第二百十八話
(´・ω・`)一巻発売前なので、少し更新頻度を上げようと思います
「これで明日からダンジョンに挑めるね。食料は……かなりストックがあるし、必要な道具も前回、ヤシャ島のダンジョンに向かった時に買った道具がかなり残っているし、準備は万全かな」
「そうねー! でも、やっぱりダンジョンの詳しい情報を知ってる人、ほとんどいなかったね」
「そうですね……未踏破であることと、うま味が少ないこと、難易度が高いことしか知ることができませんでしたね」
本日も公衆浴場で疲れを癒し、宿に戻り明日以降のダンジョンについて話し合う。
一応、日中村の中で聞き込み調査を行ったのだが、ダンジョンについて詳しい話を知っている人は誰一人いなかった。
というのも、探索者そのものが、この村にやってくることが稀であり、挑んでもその難易度の高さとうま味の少なさに、辟易した様子ですぐに帰ってしまうのだそうだ。
話しても面白くない、ただ疲れただけの話なんてわざわざ村の人間に愚痴らないだろうしな。
「それでも、挑んだ人間が帰ってこなかった、という話は聞きませんし、命の危険があるような類の高難易度……という訳ではないと思います。なんらかのギミックによる難易度かもしれませんね」
「なるほど……初めてクリアした国境のダンジョン。焦土の渓谷がそのタイプのダンジョンだって話だったよ。本来は正解の道を選ばないと、スタート地点近くに戻されるんだって」
「なるほど……ではもしかしたらここも似たような仕組みかもしれませんね。渓谷はどうやって突破したんですか?」
「焦土の渓谷は、先行していたメルト達の中に、道を迷わない力を持っている元クラスメイトがいたんだ。それに、マップそのものは表示されていたから、連中が通った後だって分かる痕跡を追いかけたんだ」
「ふむ、つまり『目印になる先行した人間の痕跡があったから』ですか。もし同じギミックなら、今回はそれは使えなさそうですね……留意しておきましょう」
確かにそうだ。マップで道は表示されていても、間違った道に行ったら戻されるなら、実際に行ってみるまで正解は分からない。
もし同じ構造なら、先人の痕跡なんて残っていないだろうし、苦戦は必至か。
「今から悩んでも仕方ないから、寝よう! シーレ、今日も同じベッドね!」
「ふふ、そうですね。寝ましょうか、シズマ」
「そうだね、メルトの言う通りだ。じゃあ……おやすみ」
そうして、明かりを消し、窓の外の明かり一つない森に一瞬視線を向け、眠りに落ちる。
一瞬だけ、頭の中で『パンくずでも落としながら進んでみようか』なんて考えたのは、きっと俺も眠くなっていたからだろうな。
その晩、俺は夢を見た。
俺が目印に置いたパンくずを拾いながら、後ろをついてくるメルトの夢を。
『食べ物粗末にしたらいけないのよー』なんて言いながら、俺を追い越していった。
なんで俺より前にもパンくずが落ちているんだ……。
翌朝。寝起きと同時に聞こえてきたのは、宿屋の屋根を打つ雨音だった。
雨か。ダンジョンに入るならあまり関係ないが、どことなく気分が滅入る。
一応傘は買ってあるので問題はないのだが。
「おはよう、メルト、シーレ」
「おはようございます……雨音は聞いていると眠くなります……」
「私は雨イヤー……尻尾の毛がブワッて広がっちゃうもの」
隣のベッドに目を向けると、既に着替えているメルトが、ベッドでしきりに尻尾をブラシで撫でつけ、シーレは眠そうな表情で、パジャマのままぼーっと窓の外を見つめていた。
なんとも対照的な二人を見て、少しおかしくて笑いそうになる。
俺が朝の準備を済ませる頃には、メルトは尻尾の毛を撫でつけるのを諦め、シーレはまだ少し眠そうだが、しっかりと着替えを終えていた。
「朝食を食べたら早速ダンジョンに行こうか。いつも向かう道の反対側だったかな。そっちから森に入ってすぐ、少し開けた広場があるそうだよ。そこにダンジョンの入り口があるってさ」
「うー、ダンジョンの中は空気がカラっとしてるといいなー……」
「ふむ……どういう環境のダンジョンかすら、情報がないのはいささか不安ではありますね」
確かに、今回はかなり情報が少ない。が、行くしかないからな。
最悪、死ぬような危険がないのなら、それで充分安全とは言えるのだから。
一応、ダンジョン近くには管理小屋もあるので、そちらで最後の聞き込みもできるはずだが……昨日のうちに行っておけばよかった。村でも情報が手に入ると高を括ったのが悪かったな。
朝食は、俺達が村中に行き渡らせた木の実『ジアース・チェリー』のソースがたっぷりかかったパンケーキだった。
甘さと酸味のバランス、そして仄かに効いたシナモンの風味が絶品のソースと、優しい甘さのパンケーキの調和が、うちの女性陣を完全に魅了してしまっていた。
「美味しかったねー……あのパンケーキ、物凄く美味しかったねー……」
「あれは良いものです。ソースだけでも再現できるように……シズマ、お願いしますね」
「ははは……確かに料理レベルが多少はあるから、真似できないか今度試すよ」
朝食の余韻に浸りながら、いつもとは違う方角から森へ入る。
やはり探索者がほぼ訪れないからか、いつも通る道よりも雑草が伸びている。
濡れた草がズボンの裾を濡らすのが若干煩わしい。
だが意外にも、森に入ってからは、傘を打つ雨音が少なくなった。
そうか、森の木が雨をだいぶ防いでくれているのか。
そうして森を少し進んだところに、木々の少ない広場が現れる。
村と同じように、この周辺も木の成長が異常に早いポイントではないのだろう。
もしくは、ダンジョンの入り口付近だからこそ、そこが木々に埋まるのを『何者かが』嫌ったか。
「小屋があるけど、人がいるのかしら? なんだか人が住んでるようには見えないけども」
「……いえ、どうやら人が出入りしている形跡はあるみたいです。行ってみましょう」
広場の傍らに、一軒家と呼ぶにはいささか小さい小屋が立てられていた。
苔むした屋根や、雑草に覆われた外壁。手入れがされているようには一見すると見えないが、シーレは人の出入りの形跡があると言う。
ふむ、確かに出入口の扉の周りだけ草木が倒れているな。外開きの扉なのか。
早速、その扉をノックする。
「すみませーん、どなたかいらっしゃいませんかー?」
『ぁぁーぃ……』
「お、人の声だ」
凄く小さな声……というよりも、何かに遮られて籠っているような声が聞こえてきた。
扉をゆっくりと開くと、中は想像していたよりも『人の生活空間』だと感じさせる様子だった。
掃除の行き届いた屋内には、綺麗なカーペットが敷かれ、来客をもてなす用のテーブルセットが置かれている。
が、その生活空間と入り口の間には、ギルドのようなカウンターが存在し、ここがしっかりと受付業務を行う場所なのだと主張していた。
して、この外観と内装のギャップの激しい小屋の主の姿はどこにあるのかと、中の様子を探ると――
「あの……何してるんですか?」
『ちょっとまってね、今屋根裏に逃げたペット探してるの』
部屋の隅で、天井の一部から屋根裏に頭を突っ込んでいる子供の姿があった。
その臀部には尻尾が生えており、獣人だということが窺い知れる。
むむ……大きくてふわふわそうな尻尾だ。あれは……。
「わー……栗鼠族……! 本物初めて見た……!」
「クリネズミ族……なるほど、リスですか」
「ほほう、じゃああの大きな尻尾はリスの尻尾か」
その尻尾は、頭と上半身の一部が天井裏に隠れていることを加味しても、身体の半分以上の大きさはある、たいそう立派なものだった。
というより、もしかしたら……子供ではなく、背の低い種族なのかもしれないな。
『いた! ほーらこっち来ーい……捕まえた!』
『チチチ!』
天井裏から聞こえてくる子供、女の子の声に混じり、小動物の鳴き声も聞こえてきた。
なるほど、きっとネズミかリスを飼っていたんだな。
すると、天井から頭を出した女の子が、髪についた埃を掃いながら脚立から降りてきた。
「いやはやお待たせしました。ええと、何の御用でしょうか?」
「あ、すみません。外部から来た探索者なのですが、こちらのダンジョンに挑む前に、少しお話をお聞かせ願えないかと思いまして」
言葉遣いがかなりしっかりしている。
外見は確かに、小さなリスのような耳のはえた、小学生の高学年くらいの子供に見える。
が、恐らくもう成人しているか、それに近い年齢なのだろうと認識を改める。
「おおー! 半年ぶりの探索者ですね! いいですよ、なんでも聞いてください!」
「あ、では遠慮なく――」
どうやら、彼女はここのダンジョンの情報をある程度知っている様子。
なので、どういった構造、環境なのか、最深部に挑んだ人間はどうなったのか、どうして難易度が高いのか、それら疑問に思っていたことを全て訊ねてみることに。
「なるほど……私、このダンジョンの黎明期にはここに配属されていなかったので詳しい状況までは分からないのですが、赴任してから何組かダンジョン探索者の方々とはお話しているんですよ。一応、ダンジョンの情報をまとめるのも業務の一環なので」
「なるほど、そういう仕事もしているんですね。でしたら、知っていることだけでも」
「ええとですね……『心穿つ久遠秋愁』は、少々異質なダンジョンなのです。はっきりとしたことが言えないのですが、挑んだ人間は皆『何故だか、家に帰りたくなった』って口を揃えて言うんです。私も意味が分からず、一度だけ自分でも入ってみたのですが……なんでしょうかね、凄く『切ない』ような『寂しい』ような感情に囚われるんです。ダンジョンに挑もうという気概を削がれるのかもしれませんね、探索者の皆さんは」
もたらされたのは、そんな異質なダンジョンの特性に関する情報だった。
それだけではない。そもそもダンジョンの構造が異質なのだ。
彼女の話をまとめると――
ダンジョンの入り口を潜ると、そこは『一般的などこかの森』である。
いつ入っても紅葉の終わり、落ち葉が降り積もる、寂しい光景が延々と広がっている。
遮蔽物は木だけで、ダンジョンと呼ぶにはあまりにも拓けているが、次に進む道がない。
魔物は突然何もない場所から、駆け足でこちらに向かってくる。
こちらが背を向けると、魔物は近づいてくるのを止める。
戦闘をしても何も落とさずか、かといって弱いわけではなくむしろ強力な部類。
日が暮れることはなく、永遠に日が落ち始めそうな中途半端な青空が続く。
気温は若干低く、それこそ秋を思わせる気候。
どこかに次の階層へ向かう道が隠されていると思い調査をされるが、一度も発見されていない。
と、いうことだった。
これは……かなり厄介なダンジョンのようだな。
精神系の妨害に加えて、ノーヒントの森の中に飛ばされるのか。
さらに魔物の奇襲に常に怯えないといけないというのは、心休まるタイミングがないってことだ。
「なんだか不思議なダンジョンねー……」
「そうですね。シズマ、もう一度あえて言いますが『不思議なダンジョン』ですね」
「シーレ……もしかしてローグライク好きだったりする?」
「ふふふ、割りと」
うむ、シーレの緊張感がほぼないのでなんだかこっちも安心だ。
つまり、シーレ的にはこのダンジョンを脅威だとは思っていないってことか。
「ありがとうございます、職員さん。本当に難しそうなダンジョンですね。まずは一度入ってみます。難しいと感じたら今日中に戻りますし、なんとかなりそうなら、一日だけ挑戦を続けて、調査してみますよ」
「はい、くれぐれも無理は禁物ですからね。魔物は戦闘中でも、背中を見せれば引き返してくれますので、ピンチになったらそうやって戦闘を避けてくださいね」
なるほど、だから難解なダンジョンだというのに、誰も死亡したりせずにダンジョンから出てこられたのか。
確かにその特性を知っていれば、戻ってくることはさほど難しくないだろうな。
小屋を後にした俺達は、そのダンジョンの入り口だという、大きな古木、恐らく屋久島の縄文杉に匹敵する巨木の洞に踏み入る。
なんだか、昔見た有名なアニメのワンシーンみたいだな、木の洞に入っていくと不思議な空間に迷い込むなんて。
薄暗い洞は、思いの外長い洞窟になっているようだった。
その暗いトンネルを歩いていると、唐突に『あるフレーズ』が脳裏をよぎる。
『メルト! 貴女メルトって言うのね!』とか言いたくなるな……!
「メルト! 貴女メルトって言うのね!」
「え? え? なになに? 突然どうしたのシーレ……?」
「いえ、すみません、つい我慢できず」
「……シーレ、俺今同じこと考えてたけど自重したよ」
「……お恥ずかしい。初めてのダンジョンに少し浮かれていました」
どうやら、思考回路が俺と近しいシーレの言葉に緊張を解されながらも、俺達は無事にこの巨木の洞を潜り抜け、唐突に広がる見知らぬ森に出たのであった。
だが同時に――酷く、心が苦しくなった。
これが、この感情が『心穿つ久遠秋愁』の洗礼なのか――




