第二百十七話
(´・ω・`)今月13日に一巻が発売されますので、今日からまた少し頑張って毎日投稿するよ!
「食べられていますね、残しておいた内臓が。どうやら巣に一部持ち運んだようです」
翌日、早朝から森の奥地へと向かい、恐らく魔物や動物の水場と思われる池へとやって来た俺達は、池のすぐそばに残されていた赤黒いシミを前に、シーレの見解を聞いていた。
「この水場は日当たりも良く、そこそこ見通しも良いですからね。ここで落ち着いて食べることをせず、巣に持ち帰ることを期待していました。血の跡が途中までですが森に続いていますからね、追跡してみましょう」
彼女の指示に従い森へ入ると、確かに変色した、赤黒い血痕がぽつぽつと地面に残されていた。
まばらな痕跡だが、彼女にはそれを読みとる力があるのか、淀みなく森の中を進んで行く。
「住人の証言から、恐らく魔物の群同士の抗争があったのは確実。水場に戻るのを躊躇していたのは、恐らく完全にほとぼりが冷めるのを待っていたから。荒らされていた付近の様子から察するに、勝った群にも相当な被害が出ているはずです。身体を休ませる必要もあり、慎重になっていたのでしょうね。相当知恵のある、そして肉食の魔物です。考えられるのは狼に似た魔物でしょう」
シーレの推理を聞いていたメルトが、感心したようにウンウンと頷いていた。
彼女も森生活が長い関係で、シーレの推理に納得しているのだろう。
「たぶん正解じゃないかなー。内臓を置いていったんだよね、シーレ。内臓を優先的に食べる魔物、いるよ。狼型の魔物で『スカベンジャーウルフ』っていうのよ。『フォレストウルフ』の変種で、仲があまりよくないの。これだけ深い森で、食べられる木の実とか山菜も多いから、普通は縄張り争いで大きな抗争って起きないのよ。でも、元々仲の悪い種同士ならありえるかなー」
「なるほど、そういう魔物がいるんですね。メルト、もしかしてその魔物は日光を嫌う性質があったりしませんか? ただ夜行性なだけではなく、極端に日光を嫌う、そんな習性が」
「あるよー。日光に弱い目をしているの。暗い所じゃないと満足に動けないのよ」
「なるほど。やはりそうでしたか。道が少々緩やかな傾斜になっているので、どこかに小高い山、洞窟があるような山がこの先にあるのだと思いまして。その中を根城にしているのかな、と」
……今回、俺は本当についていくだけになりそうだな。二人の知識と推理にまったくついていけない。せめて魔物の討伐には貢献しなければ。
その後、俺達はシーレの予想通り、丘と呼ぶべきか迷うくらいの規模の、小さな山を見つけた。
ここからでも洞窟の入り口が見えるが、さて……どうやって攻略しようか。
この辺りはまた深い森の中なので、日の光もあまり届かず薄暗く、恐らく魔物の正体である『スカベンジャーウルフ』が活動するにも申し分なさそうだ。
なら、明るい場所におびき出すか、それとも能力の高さでゴリ押すべきか。
「シーレ、どうやって倒すつもり?」
「……恐らく、夜になるまで極力動くつもりがないのでしょう。血の乾き方からして、内臓を持ち帰ったのは夜のうちでしょうしね。巣穴の中で眠っている可能性を考慮して……」
すると彼女は、静かに物音を立てずに、洞窟の入り口へと向かって行った。
中を探るように、入り口に耳を向け、さらに気配を探るように、暗闇の中を観察していた。
恐らく暗くて中が見えなくても【観察眼】である程度情報が読みとれるのだろう。
やがてシーレは入り口から離れ、俺達の元に戻って来た。
「間違いなく群の巣で間違いありません。目視はできませんが【観察眼】でかなりの反応がありました。少なく見積もって一三匹、洞窟の中で休んでいますね」
「どうやって仕留める? 炙り出して出てきたところを狙い撃ちとか?」
「んー、中に入るのは不利よねー?」
「メルト、入り口を魔法で塞げませんか?」
「あ、閉じ込めるの? 飢え死にするのを待つのかしら?」
「いえ、中に炎を放って蒸し焼きにしてしまおうかと」
あ、結構えげつない。が、一番効率が良いか。
メルトの魔法なら、そこまで大きな音を立てずに、あっという間に密室状態にできるもんな。
「シーレ残酷! でも効率はいいと思うわ! 他の出口がないか調べてからやろっか」
「ええ、お願いします。先に入り口を塞いでしまいましょうか」
メルトの魔法で、洞窟の入り口が完全に閉じられる。
土壁でしかないが、それでも分厚い壁なら、突破するのに相当時間が掛かるだろう。
すると、今度はそこに――
「付与魔法で土壁に霜を発生させました。メルト、これをさらに操作して氷を広げられますか?」
「分かった! この壁を氷で補強するのね?」
「ええ。中で炎を燃やしても大丈夫なくらい、強力に凍らせてください。ただの氷より、中に不純物、植物の繊維や土が一緒に凍っているものの方が強度も高いですし」
完全に塞がれる洞窟の入り口。そしてその状態で、この小高い山の周囲をぐるりと見て回る。
俺の【神眼】も発動させ、この山に何か特別なもの、外に出るための他の通路が存在しないか確認しながら。
「どうやら他に出入り口になりそうな場所もありませんね。メルト、さっき塞いだ入り口に、小さな穴を空けてもらえませんか? そこから私が炎属性を付与した矢を大量に打ち込みます。メルト、内部の炎を操作できますか?」
「たぶんできるよー。不謹慎だけど、少しワクワクしてきたわ。一網打尽よ!」
「こりゃ俺が活躍する機会はなさそうだなぁ」
「ふふ、ダンジョン探索が始まったら、頼りにしていますよシズマ」
我が家のお姉さんのフォローをしみじみと噛みしめながら、メルトの作業を見守る。
凍り付いた分厚い土壁に、野球ボールくらいの直径の穴が空き、洞窟の内部まで貫通する。
すると、今度はシーレがその穴から少し離れた場所に立ち――
「では……ハッ!」
早撃ちというか、連射というか、もはや達人技と呼べるシーレの動作。
指の間に挟んだ四本の矢を、次々に射出する。
これは『クアッドシュート』という技だ。
炎を纏った矢が、次々と狙い通り穴の中に飛び込み、中で炎が生まれているはず。
すると、今度はメルトが穴を覗き込み、氷の土壁に手の平をあて、集中する。
「中の炎だけ操作……むむむ……いけた! 広がれ広がれー! 洞窟の中全部に広がれー」
穴を覗いているメルトしか中の様子は知れないが、どうやら順調に内部で炎が広がっているようだ。
が、次の瞬間――
「ひゃ!」
何かに驚いたように、メルトが覗き穴から顔を離し、尻もちをついてしまった。
一瞬遅れて、土壁から『ドンッ』という衝突音が何度も聞こえてきた。
恐らく、中の魔物が外に逃げようと、壁に向かい飛び込んできたのだろう。
それに驚き転んでしまった、と。
「メルト、壁の強度は大丈夫ですか?」
「う、うん! オウルベアのタックルでもへっちゃらよ。みんな、この穴を広げようと必死みたいだから、この穴も塞いじゃうね」
「そうですね、お願いします」
完全に密封される。恐らく、暫くは時間が掛かるだろうが、内部の炎も酸欠で消えてしまうだろう。
が、それはつまり酸素が失われ、一酸化炭素で内部が充満するということだ。
魔物だろうと……生物である以上、助かりはしないはずだ。
「……えげつない方法だなぁ」
「ですが、一番安全で効率が良いですからね」
「壁に突進してくる音も聞こえなくなったねー」
音がしなくなってからもさらに一〇分程時間を置いてから、ようやく壁を消し入り口を元に戻すと、そこにはあまりにも……むごい光景が広がっていた。
大量の魔物がのたうち回った痕跡が残り、地面で口から泡を吹き出して窒息死していた。
地面や壁をひっかいた跡が大量に残り、壮絶な最後を、必死のあがきをしていた様子が目に浮かぶような、そんな有様だった。
「まだ洞窟に入らないでくださいね。内部に悪い空気が溜まっていますから」
「分かった、じゃあええと……」
「ああ、それなら俺が」
一応、【初級万能魔法】の効果で、初級と中級の攻撃魔法なら俺も使える。
その中には『風属性初級魔法』も含まれているので、突風を洞窟の中に吹き込み、内部の一酸化炭素を散らすつもりで風を送り込み続ける。
「んー、そろそろいいかな? シーレ、この死体はどうする?」
「そうですね、討伐の証明になるような部位、この場合は牙を回収しましょうか?」
「そうねー。全部の死体から一番大きな牙を折って提出して、残りは穴を掘って、その中で燃やして埋めましょう? この魔物は食べられないからねー」
やはり肉食の魔物はあまり美味しくないのだろう。
ましてや『スカベンジャー』の名を冠しているのだし、かなりの悪食だと思われる。
メルトがいつもの調子で地面に大きな穴を生み出し、そこに牙を採取し終えた死体を放り込み、全てを燃やした後に完全に埋める。
これで、死体目当ての他の魔物が寄ってくることもないだろう。
「よし……スカベンジャーウルフ一三匹の討伐完了。村に戻ろうか」
「途中でまた山菜とか木の実があったら採って帰りましょう? きっと村のみんなが喜ぶわ」
「そうですね、どうやらこの森には、地球で言う『ユスラウメ』に似た木の実が多いようです」
「あ、それは『ジアース・チェリー』って言うのよ。おばあちゃんが昔、ジャムとかシロップをよく作っていたんだー」
「なるほど、では私達の分も採って帰りましょうか」
さすが、二人とも切り替えが早い。
そうだな、俺もちょっと考えが甘かったな。取れる手段は全部取って討伐する。
えげつないかもしれないが、これが正解だったのだ。
直接戦うだけが全てじゃない。時にはこういう方法で、容赦なく殲滅することだって必要なのだ。
「よーし、今回俺はほぼ出番がなかったし、木の実は全力で採るからなー」
「負けないわよー! 森生活の長さは伊達じゃないんだからねー」
「では私も、学者で狩人なので、負けませんからね?」
「お疲れ様、シズマさんに皆さん。首尾の方はどうだったかしら?」
「森の奥地で群を作っていた『スカベンジャーウルフ』を一三匹討伐してきました。これがその牙です。それとついでに、依頼にはありませんでしたが、大量の『ジアース・チェリー』を採ってきましたよ。常駐依頼ではありませんが、買い取って頂けますか?」
「あらま! 魔物の群をもう倒しちまったのかい!? ちょっと支部長を呼んでくるからね!」
はい、採りすぎました。背負い籠が満杯になるくらい採ってしまいました。
これたぶん一籠で八キロくらいあります。ちなみにアイテムボックスの中にメルトとシーレの分の背負い籠も、満杯の状態で収納済みです。
これ、今度セイラをオーダー召喚して、ジャムとかシロップにしておいてもらった方がいいだろうな……たぶんそれでも大量に完成品ができてしまうだろうけど。
「お疲れ様です皆さん! どれ、私が部位の査定をさせて頂きますよ」
とそこへ、支部長を伴い受付の女性が戻って来た。
大きな牙を一三匹分、しっかりと鑑定する支部長。
やがて、それが本物だと判断したのか――
「確かにこれは『スカベンジャーウルフ』の牙で間違いありません。いやはや……さすがは銀と銅のパーティですね。祖国の方でかなり活躍なされていたのでしょうなぁ」
「そうですね、それなりに、ですかね」
「木の実の方も喜んで買い取らせて頂きます。この村では、この木の実を使った果実酒、醸造酒の生産が盛んなんですよ。冬になる頃には外部から沢山の行商人さんが来るのです。言うなればこの村の書き入れ時ですな」
「なるほど、そうだったんですね。そうか……森の幸の加工食品が主力商品だったのか……」
「ええ、そうなんです。ただ……この森を持て余しているという面もあるのですよ。もう少し切り開いて、大規模な醸造所を建てたりできたら良いのですが、中々うまくいかず」
「そこまで木の生育が早いんですね」
「ええ、こうして村が存続できる程度の、木の生えにくい土地が森に点在はしているのですがね」
「なるほど……」
これも、ダンジョンによる周囲の土地への自然災害の一環だよな、やっぱり。
そうだ、これでダンジョンに挑めるようになったのだろうか?
そのことについて訊ねてみると――
「もちろんです! これで我が地方のダンジョン『心穿つ久遠秋愁』への挑戦を許可できます」
「『心穿つ久遠秋愁』ですか……中々、難易度の高そうな名前ですね」
「そうですね……正直、最深部に到達した人間はいません。無論、挑んだ人間そのものが少ないということもありますが、それでも口をそろえて『難易度が高すぎる』と探索者の皆さんが仰っていました」
心穿つ……か。名前の通り、心が折れるような、過酷なダンジョンなのだろう。
少々気合を入れ、明日からダンジョンに挑むということで話がまとまる。
さて……ライズアーク大陸、コンソルド帝国。
その最初のダンジョンは、果たしてどのような場所なのだろうか――




