第二百十一話
「これで本当にこの国で一番大きな街じゃないのかしら……信じられないわ」
「広さはもしかしたらこの街が勝ってるかもだけど、同じ規模の都市がまだあると思うよ」
「そうですね、そもそも国土の広さも、人の生活圏の範囲もダスターフィル以上ですからね」
馬車で街中を進んでいると、メルトがまるで初めてリンドブルムを訪れた時のような反応を見せていた。だが、正直それは俺も同じ思いだ。
ダスターフィルは、大陸の大きさに対して人口が少なく、人の生活圏よりも自然の方が遥かに多い大陸だった。だが、おそらくライズアーク、特にコンソルド帝国はそうではないのだろう。
人の手が随所に入り、大勢の人間が暮らす大国。それが俺が勝手に抱いているイメージだ。
大通りを馬車で進み、細かく周囲を探すのなら、一度馬車をどこかに預けた方が良いと判断し、まずは今日の宿を決めることに。
こちらは思ったよりも早く見つけることができ、どうやら宿というよりはホテルと言った方がよさそうな、そんな大きな建物だった。
「ヤシャ島で泊まったところよりおっきいわねー」
「かなり大きなホテルですね、周囲の建物と比べても」
「確かに。もう本当に近代って印象だよ、この街は」
窓の数から、少なくとも八階建ての高いビル。
これがまるごとホテルだというのだから、いかにここが宿泊客の多い街なのかが窺い知れる。
フロントで受付を済ませ、馬車をホテルの係員に預け、部屋に案内される。
とはいえ、ここで休憩するのではなく、まずは街の中を散策し、冒険者ギルドに相当する組織を探すのだが。
「ぼよーん! ここのベッドは弾力が凄いわね! ぼよーん!」
「メルト、危ないですよ? ……確かにかなりスプリングが強いですね」
「どうする? 少し休んでから探しに行こうか?」
「まだ元気よー。探しに行こっか」
「フロントで聞いてみるのも良いかもしれませんね。ここまで近代化が進んでいるのなら、ガイドマップもあるかもしれませんし」
一階ロビーに辿り着いた俺達は、相変わらず静かで上品な空気に若干委縮しつつも、早速フロントにて、この大陸のギルドについて尋ねてみることにした。
「コンソルド帝国では、冒険者という役職はあまり馴染みがないのです。『探索者ギルドに所属する人間のダンジョン外任務』という方がしっくりきますね。冒険者という存在もいますが、ほぼ探索者として活動、そちらの肩書きを名乗られる方が多いですよ」
「なるほど、そうだったんですね。では、探索者ギルドへの所属はどうすれば良いのでしょうか? 何分ここまで広い都市は初めてでして、自分で見つけられるか自信がないのです」
「それでしたら、ここがメインストリートとなっておりますので、都市の出口へお向かい下さい。出入口のすぐ近くに探索者ギルドがありますので、すぐに分かると思いますよ。基本的に探索者ギルドは都市間や街、村への移動も多いので、ギルドはほぼほぼ出入り口付近にあるのですよ」
「なるほど、そうだったのですね。ご丁寧にありがとうございます。それでは、私達はそちらに向かいますね」
フロントでのやり取りも、基本的にシーレに任せていた。
エルフという存在は、やはり中々に希少らしく、この街でもまだ二人程度しか見かけていない。まぁ俺が見落としているだけの可能性もあるのだが。
ホテルに馬車を預けたまま、徒歩で探索者ギルドへと向かう。
都会の空気を感じるも、まだ排気ガスのようなものが大量に排出される工業製品が一般的ではない世界だからか、そこまで嫌な臭いではなかった。
ただ、機械油や鉄の匂いが微かに香る、そんな程度。
海に面した街だというのに、もうこの辺りになると潮風の香りなんて微塵も感じないのは、さすが大都会って感じだな。
「馬車がいっぱいねー? 向こう側に渡るの、難しそうだわ」
「あそこに歩道橋がありますよ。あそこを通るんです」
「なるほど! 本当に凄い……リンドブルムより広い街があるなんて思ったこともなかったもん」
「確かにこれは想像以上だったなぁ」
ここまで人が多いと、もはやくだらないいざこざも少ないのかもしれない。
辺りに目を向ければ、しっかりと制服を身に纏う、一種の警察組織だろうか? そういった人間が巡回している様子も見える。
治安は恐らく、この上なく良いのだろう。少なくとも、ここのような大通りでは。
ホテルのフロントに言われた方向へ向かっていると、その最中にとても大きな建物が見えて来た。
非常に目を引く大きさで、沢山の馬車が停められている駐車スペースも完備されている。
恐らくなのだが、この広い大陸に随所に大小様々なダンジョンが点在し、それに挑むために個人の馬車を所有する探索者が多い関係なのかもしれない。
「おっきいわ! じゃあ、中で手続きするのよね? 三人パーティだから一緒に手続きするの?」
「そうだね、さすがにこれは俺が代表になった方がいいかな」
「そうですね、少なくとも探索者や冒険者としての実績はシズマが上ですから」
ともあれ、その建物に足を踏み入れる。
「なるほど……確かにこりゃ近代的だ……凄い部門分けがしっかりしてる」
内部には案内板が設置されており、細かな説明も書かれていた。
どうやら『新規登録申請』の他にも『外部ギルド経験者用窓口』というものもあるらしく、俺達はそちらに向かうために二階に移動する。
どうやら、元々外部組織、この場合はシジュウ共和国だろうか? そこからの転入者が多いのか、その窓口前の待合スペースの大半が、獣人の利用客で埋まっていた。
案外、コンソルド帝国との二国間で、人の行き来は多いようだ。
受付手続きを済ませ、代表者である俺の名前が呼ばれるのを、ベンチに座り待っていると、少しだけ、若干の注目を周囲から集めていることに気がついた。
小さな声や、向けられる視線、どことなくこちらを避けるような、そんな身じろぎ。
……どうやら、今回の注目の原因は俺でもシーレでもなく、メルトにあるようだった。
「……目立ってるね」
「うーん……そうかも」
「なるほど、そういうことですか。問題が起きないのなら、慣れるしかないですが、どうします?」
「たぶん、そのうち慣れるわね!」
まぁ、慣れるだろう。それにいつまでも注目を集めている様子でもないようだ。
もしかしたら、シジュウ共和国に渡る時だけは、何か対策が必要かもしれないな。
これまでメルトの種族について問題が起きたことはなかったが……今後は気をつけなければ。
「次の方のお名前をお呼びします。リンドブルムよりいらしたシズマ様」
「お、俺達の番だ。行こうか」
受付に向かうと、すぐに眼鏡をかけた女性が対応してくれた。
「ようこそ『海運都市エルドラーク探索者ギルド』へ。本日はどういったご用件でしょうか」
すみません、この街の名前今知りました。やばい、船に乗ることで頭がいっぱいで、目的地の大陸名しか見ていなかった。
そうか、やはりここは都市という扱いだったのか……。
「今日は我々パーティをこちらのギルドに登録したく参りました。今後しばらく、こちらの大陸で活動したいと考えているのです」
「なるほど、了解致しました。ようこそ、ライズアーク大陸へ。それでは、以前所属していた団体の登録タグなどをお持ちでしたら、メンバーそれぞれのものをお貸し頂けますか?」
「了解です」
「あ、私もなんだ」
「どうぞ、こちらです」
俺達はそれぞれの登録タグを提出する。すると、それを確認した受付が驚いた顔をした。
「これは……驚きました。まだお若いように見えますが……既にダンジョン踏破者が二人もいるパーティなのですね。……え、ですがダスターフィルに存在するダンジョンは……」
「できるだけ内密にお願いします。この子は二つ、そして自分は一つ踏破しています」
「畏まりました。冒険者としてもかなりの腕前のご様子。ただ、そちらのシーレ様だけ一つランクが低いようですね。実は、コンソルド帝国内での探索者には、独自のルールがあり、たとえパーティを組んでいても、個人の実績やランクによって挑む際に制限が発生するのです」
すると、受付の女性は一枚の紙を取り出し、それについて解説をしてくれた。
それを簡単にまとめると――
『帝国探索者ギルドランク』
『黒曜竜翼章』
国に認められた者にだけ与えられる最上位の階級
国全体に影響を与える功績を幾つも上げ一人で大軍に匹敵する実力者に与えられる
『白金鳳翼章』
国に認められた者にだけ与えられる二番目に高い階級
国に大きな利益をもたらすような功績を上げた人間に与えられる実力者の証
『黄金隼翼章』
ギルドに認められた最高ランクの功績を上げた者の証
他国で大きな功績を確認された上で国内でも大きな功績を残した者に与えられる
『白銀鷲翼章』
ギルドに認められた実力者の証
他国にて一定の評価を得た人間はこのランクからスタートとなる
ある程度の手続きの免除を受けられるため自由にダンジョンに挑むことが可能(一部除く)
『赤銅鷹翼章』
ギルドに認められた一人前の人間の証
他国での実務経験や国内で一定の評価を受けた人間が至れる一人前の証
ある程度のダンジョンなら軽い任務をその近辺で達成すれば探索を許可される
『鈍鉄鴉翼章』
ギルドに所属した人間に与えられる駆け出しの証
まだほとんど実務経験のない人間に与えられる証
国内のダンジョンにはまだ挑むことができず、ダンジョン外での任務を地道にこなしてランクを上げないとダンジョンに挑めない
という制度らしく、俺とメルトは『白銀鷲翼章』を与えられることになるそうだ。
が、シーレだけはそれから一つ下の『赤銅鷹翼章』を与えられることになり、ダイレクトでダンジョンに挑むことができず、そのダンジョンがある地方で、なんらかの任務に従事する必要がある、とのことだ。
「了解しました。そのランクで登録したいと思います」
「畏まりました。それでは手数料として、三人で三〇〇〇リクスとなっております」
「どうぞ」
なるほど、こういう手続きにお金が発生するのか。
少しすると、俺達の登録タグが先に返却され、こちらのギルドの登録証である勲章が発行されるまで、もう少し待合スペースで待つことになった。
「すみません、私ももう少し冒険者として実績を積んでおくべきでしたね」
「いや、どの道ダンジョンの周囲については調べたかったし、簡単な任務を受けてその土地について知ろうと思っていたからね、問題ないよ」
「そうねー。それに、ダンジョンに挑んでいたら、すぐにシーレのランクも……ええとあれ、銅から銀になると思うわ」
メルト、ランクの名前を忘れたな。俺も忘れた。
なんか無駄に仰々しい名前だったので……。
「お手数おかけします。では、今日はここで一泊した後に、どこかダンジョンに向かいますか?」
「そうだなぁ……この大陸の地図とかダンジョンの情報を調べられたらそうしようか。ここは二階だから、ダンジョンの情報とかは一階のホールで調べられるんじゃないかな」
「一階は凄く沢山人がいたねー!」
三階建てのこの施設は、どうやら利用頻度が高い受付は一階に、反対に俺達のような他国からの転属に近い手続きは二階という風になっていた。
で、三階はどうやら、もっと内々の仕事や報告、特別な任務に関係する階のようだった。
「お待たせしました。三名でお待ちのシズマ様」
「お、行こうか」
呼び出され、俺達に渡される新しいギルドに所属している証。
服の襟や胸に取り付けられるピンバッジタイプのようで、コインサイズでありながら、美しい意匠が施されていた。
俺とメルトは銀色の、シーレのは銅色のバッジが手渡され、自分達の服に取り付けていく。
「よし、じゃあ次はダンジョンの情報を集めようか」
こうして、俺達のライズアーク大陸、コンソルド帝国内での活動が始まったのであった。




