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第二百八話

「お久しぶりです、女王陛下」

「うむ、久しいなセイムよ。しかしこうして……旅団の者が複数揃っての謁見は初めてであるな」


 旅立ちの準備を始めてから数日、どうやらセイムの用意していた『手土産』の手筈が整ったらしく、その翌日の今日、ついに俺達全員で女王陛下の元を訪れていた。


「ところで……その者と見えるのは初めて、であるな?」


 女王陛下は、この中で唯一の新顔である、シーレに注目した。


「お初にお目にかかります女王陛下。私の名はシーレと申します。お察しの通り、私も旅団に所属する身にございます」


「なるほど。メルト以外にも女性のメンバーがいたのだな。してセイムよ、このような大人数での謁見、何かあったのだな?」


「はい。実はこの度、私が所属していた旅団が正式に、この大陸を一度離れるという決断を下しました。本日はそのご報告とご挨拶に参った次第です。あ、無論私はこの街に残るのですが、他の面々、シレントを始めとした人間は皆、再び旅に出る予定なのです」


 セイムのその報告に、一瞬女王陛下が立ち上がりそうになるのを見逃さなかった。が、すぐにセイムだけは街に残るという報告を聞き、その衝動を抑えたように見えた。

 だが、謁見の間に同席していたクレス団長が、俄かに声を上げた。


「し、失礼します女王陛下。私から良いでしょうか」

「構わん、許可しよう」

「は。セイム、その旅団の移動というのは……シズマも含まれているのだろうか?」

「はい、ここにいるシズマ、そしてメルトも含まれます」

「そ、そうか……そうか…………」


 う、なんだか凄く寂しそうな反応だ。

 すみません、俺はやっぱり騎士団に所属する気はないんです。


「そうか、少々意外ではあるな。メルトとセイムは常に一緒だと思っていたのだが」


「確かに、彼女には私がずっとついていましたからね。街での生活に不慣れである以上、街での暮らしを教える必要がありました。そこで、旅団を抜けてこの国に根を下ろす私が、教育係に選ばれたのです。もう、メルトは人の多い国や街、制度にも慣れましたし、安心して長旅に送り出せます。幸い、シズマとシーレが一緒に行動してくれますからね。シズマは勿論ですが、シーレは我が旅団随一の知恵者ですし、その戦力もシレントに匹敵する武闘派ですから」


「なんと! 其方、あのシレントに比肩すると申すのか」

「お、お恥ずかしい限りです……」

「なるほど……しかしメルトも行ってしまうとなると、確かに寂しくなるな」

「女王様、私、たっくさんお土産持ってくるわ! 楽しみにしていてください!」


 もしも他の宮廷貴族や兵士が同席していたら、思わず眉を顰めてしまいそうなメルトの言動だが、女王陛下は気分を害した様子もなく、微笑ましそうにしていた。


「ああ、楽しみにしていよう。シズマよ。異世界より、この世界の勝手な思惑により呼び出されたにも拘らず、これまでよく、平和のために動いてくれた。其方の献身を我が国は決して忘れないと約束しよう。最後に、何か希望があれば申して見よ」


 女王陛下が、俺に話を振った。正直、何も希望はないのだが――いや、一つだけあるな。


「では、少しだけ自分の言葉を、覚えておいてください」

「ふむ、申して見よ」


 今、この国には『地球人』が三人残っている。

 その知識は、遠くない未来、この国を更なる発展に導くだろう。

 だから、最後に同じ地球人である俺から、警告をしておこうかと思う。


「今、治療中の人物を含め、自分と同郷の者が三人、この国のお世話になっていると思います。連中は、自分達の価値を示そうと必死になると思います。中には、自分の世界の知識をこちらにもたらそうとすることもあるかと思います。コクリさんが重用しつつあるヒシダさんなんて、まさしく知識の宝庫です。ですが……自分達の世界には、魔法すら凌駕する恐ろしい知識が、山のように存在します。コクリさん、どうか聞き出す知識や、彼女から伝えられた知識については慎重に、誰かと相談した上で活用してください。容易く、世界を滅ぼす力に溢れた世界でもあるんです、自分達の世界は」


 これだけは、伝えないといけない。

 魔法よりも危険な兵器が溢れている世界なんだと、一歩間違えれば、災厄を呼び込みかねない、恐ろしい存在なのだと、それを今一度伝えておく。

 それが、俺の役目だと思ったから。


「……そうか。その言葉、しかと受け止めよう」

「そうですね、知識の危険さは、私にも覚えがあるからね……忘れないよ、シズマ君」

「自分からは以上です。あ、でも最後に、一応同郷の者に顔だけは見せておこうかと思います」

「許可しよう。クレス、調練中のカズヌマをコクリの研究室まで向かわせておいてくれるか?」

「かしこまりました」


 これで、本当に終わりだ。


「自分からは以上です」


「そうか。セイム、そして旅団に属する他の者達も。此度は本当に、心から感謝している。この国の平和は、間違いなく其方達の活躍が礎となっている。旅の無事を心から願っている。そしてセイム……これからも、どうか良き関係を続けていけたら、と心から願っているぞ」


「ありがたきお言葉。では、本日はお時間を割いていただき、誠に感謝いたします、女王陛下」


 セイムの礼に倣い、皆で一礼し、退室する。

 すると、後ろから続いてきたコクリさんが、そのまま俺に話しかけてきた。


「シズマ君、このまま私の研究室に同行してくれるかな? そろそろカズヌマも到着している頃だからね」


「分かりました。じゃあみんなは……一度家に戻って、出発の準備をしておいてよ」

「分かった! いよいよ出発ねー……寂しくなるわ、コクリちゃんとも会えなくなるし」


「ふふ、そうだね。私も寂しいよ。それに……旅団の知恵者だという、貴女とも是非一度、色々な話をしてみたかったよ」


「ええ、私も同じ思いです。旅も、いつか終わりを迎える日が来ます。そうしたら、私もこの国に戻りますから、この旅で得た知見も交え、たっぷりと語り合いましょう」


「その日が待ち遠しいよ。ではセイムさん、シーレさん、メルトちゃん。シズマ君をお借りするよ」

「シズマ、僕はちょっと手土産を用意しておくから、家に戻るのは少し遅れるよ」

「了解。じゃあまた後で」






 研究室に案内されると、そこには、この国の兵士と同じ装備に身を包んだカズヌマと、白衣を着たヒシダさん。そして――まるで入院患者のような、患者衣のような出で立ちのムラキまで控えていた。


「! シズマ君!?」

「シズマ……」

「……し……ずま」


 驚いたことに、ムラキまでもが、たどたどしくはあるのだが、しっかりと言葉を口にしていた。


「驚いた。もうほとんど元通りじゃないか、ムラキも」

「あ……ぁ」

「兵士としてしっかり訓練しているんだな、カズヌマも」

「ああ、そうだ。俺ができることなんて、これくらいしかないから」

「ヒシダさんはまぁ、予想通りではあるね」

「ええ、私には頭の中身くらいしか価値はないもの」


 本当は、彼女の『迷わずの力』を、ダンジョン攻略を生業にしているキルクロウラーに貸し与える、という使い道もあるのだが。

 まぁ、こっちの方がより貢献できるだろう。


「今日はお別れの挨拶に来たんだよ。俺はこの大陸を出る。やることができたからね。もし、元の世界に戻る方法の手がかりでも見つかれば、こっちに報告するよ。俺は戻る気はないけれど」


「そうなの……」


「手がかり……か。最近は、あまり考えなくなっていたよ。俺達は、責任を果たさないといけないからさ。あまりにも、俺達がしてきたことは軽率だったって、今になって理解したから」


「……きを、つけろ……よ」


「ああ、ムラキは無理をしないでくれよ。カズヌマ、もう、二度と間違うなよ。ヒシダさんも、絶対に『与え過ぎない』ようにね、この世界に。俺は、容赦なくみんなを切り捨てられる人間だってこと、絶対に忘れないで」


 俺の言葉を、二人はしっかりと受け止めたのか、静かに、そして力強く頷いた。

 ムラキはまだ、どこまで事態を把握しているのかはわからないけれど、この二人と、そしてこの国の人間がいれば安心だな。


「……シズマ、お前に見逃してもらった命だ、その選択を絶対に後悔させない」

「私も……そうするわ。もう、誰かに流されるようなことはしない」

「……しずま……」


 その時、まだ歩くのに慣れていないであろうムラキが、こちらに一歩、歩み寄ろうとしたのを見て、転ぶ前に迎えに行った。


「どうしたムラキ」

「……わる……かた。おま……待つべ……きだった……」


 ……もう、それはいいんだ。とっくに俺の中で消化されて、そのままトイレに流したような、その程度の話なんだ。


「もういい、謝らなくて。ちゃんと元気になれよ」


 ムラキを、二人に預ける。

 これで、本当に全ての要件は終わりだ。


「コクリさん、これにて失礼します。この街にはセイムが残りますから、何かあればセイムにも相談してください。セイムにも、ある程度俺の世界のことは話してあるんです」


「ん、了解したよ。じゃあシズマ君……色々ありがとう。私は君のこと、クレスほど熱烈にではないけれど、かなり気に入っていたよ。どうか元気で」


「凄く照れます。クレス団長にもよろしくお伝えください。この国の発展を、旅先で祈っています」


 研究室を後にした俺は、胸中に沁み込んでくるムラキの言葉に、思いを馳せていた。

 一人の悪意と、同調した者の心無い言葉。それで俺は、全てを切り捨てる選択をした。


 それを間違っていたとは思わない。だがそれでも、相手の心境の変化を、勝手に後悔して勝手にこちらに謝罪するのを、俺は許そう。


 それがたとえ自分が楽になる為の謝罪だとしても、俺はその行為を許そうと思う。

 受け入れるかどうかはまた別の問題だけど。ただ、そうすることを咎めはしない。

 少しだけ、心のどこかに残っていた、微かな澱のようなものが、外に流れていった気がした。






 その後、自宅で全ての忘れ物のチェックを済ませた俺達は、セイムが戻って来たのを合図に、いよいよリンドブルムの西門、港町に続く街の出口へ向かった。


「セイム、そろそろ手土産について教えてくれよ。何を用意したんだ?」

「んー? 出発する時に渡すよ。それまでもう少しの辛抱だよ、シズマ」

「なにかしらねー! 私の予想だと……旅の暇つぶしになるものね! 本とか!」

「ふむ……セイムのチョイスですからね、手配したという言葉から察するに――」

「シーレ……本気で推理するのはやめてくれないかな? 野暮じゃないか」

「ふふ、そうですね。ごめんなさいセイム」


 和気あいあいと、街の中を移動する。もう、すっかり有名人になったのか、冒険者の巣窟を通る際、気が付けばセイムやメルトに声をかける人間の姿がちらほら現れる。

 いや、俺もだ。キルクロウラーの構成員も、どうやら何人かここで飲んでいたようだ。


 そういった、縁を結んだ人達に手を振り返しながら、西門を目指す。

 門が見えてくるのが少しだけ惜しいような、そんな気持ち。

 やがてメインストリートにあたる旅宿通りに差し掛かると、西門がはっきりと見えて来た。


 すると、門の前で意外な人物が待ち構えていた。


「こんにちは、皆さん。私もお見送りに来させていただきましたぞ! メルトさん、貴女とも長いお付き合いをさせて頂きましたね。寂しくなりますなぁ……」


 西門でこちらを待っていたのは、なんとピジョン商会の商会長、ポポーさんだった。

 これからどこかに行く予定なのか、いつもよりもしっかりとした、遠出に向いていそうな馬車の前に立っていた。


「商会長さんだ! 商会長さんには、たーっくさんお世話になったわ、私も! 凄く寂しい! 私を、この国に連れてきてくれてありがとうございます」


 メルトも、彼には沢山思い入れがあるのだろう。しっかりと頭を下げ、これまでの感謝を言葉にして伝えていた。


「……はい、私もメルトさんには、沢山の元気をいただきました。護衛任務に、警備の任務。本当に私も、メルトさんには沢山お世話になりました」


 商会長さんが、目を瞑りながら、過去を思い返すように言葉を紡ぐ。

 心なしかその声が震えているのは、きっと気のせいなんかじゃない。


「さて……これが僕から、旅立つ三人への餞別だよ」


 すると、セイムがようやくその言葉と共に、用意したというものを披露しようとした。

 だがそこには何もなく、ただ商会長さんがいるのみだった。

 ……?


「商会長さんくれるの!?」

「なんと!? 違いますぞ! 私はあげられませんぞメルトさん」

「ふふ、なるほど。私の予想は当たったようですね?」


 そこで俺もようやく気がついた。

 セイムが示したのは、商会長さんではなく――その後ろだ。


「この馬車を、プレゼントしようと思ってね。商会長さんに手配してもらったんだ。これはライズアークから取り寄せられた部品が組み込まれていてね、揺れがとても少なくて、長旅に向いている車体なんだ。もちろん、引くのは通常の馬よりも持久力の高い、半魔獣って呼ばれている生き物なんだ。普通の馬よりも遥かに長い時間走れるんだ。餌は通常の餌に加えて、魔力回復薬が必要になるんだけれど……シズマなら大丈夫だろう?」


 そう、俺が目新しい馬車だと思っていたその馬車が、セイムから俺達へのプレゼントだったのだ。

 広大な大陸をこれから旅するのなら、自前の移動手段は絶対あった方が良いもんな。


 御者なら、たぶんシーレが出来るはずだし、俺もみんなの経験の一部を引き継いでいるから、やってできないことはないだろう。


 これから旅立つ俺達には、これ以上ないプレゼントだ。


「その馬車は極端に揺れが少ないんだ。どうやらサスペンションが油圧式ダンパーを魔法で再現したものみたいでね。かつて呼び出された地球人から情報を得ていたんじゃないかな。いいかい? 『本当に揺れない』けれど、だからって悪路を走ったり、高いところから落ちないようにね」


「なるほど……かなり快適そうだね。セイム……本当にありがとう、最高の贈り物だよ」

「ありがとうセイム! 大きなお馬さんも嬉しいわ! 可愛いねー」

「はは、そっちも喜んでくれて嬉しいよ」


「セイム、感謝いたします。これは想像以上でした。……これから、貴方は孤軍奮闘することになるかと思いますが、絶対に無理はしないでください。シズマだけではありません、私は貴方のことも弟だと思っているのですから」


「ははは……少し照れ臭いね。でもそれは違うよ、シーレ。孤軍なんかじゃない。僕には、リンドブルムのみんながついてくれているからね」


「……そうでしたね、私としたことが、視野が狭くなっていました」


 セイムのその言葉に、シーレが考えを改める。

 そうだ、セイムは他のキャラから切り離された存在ではあるけれど……一人なんかじゃない。

 俺が紡いだ絆は、しっかりとセイムに受け継がれ、そしてセイムもその絆を新たに結び直し、さらに強固に紡いでいくはずだから。


「みんな、これから向かう大陸は、僕の読みだと想像以上に闇が深い。渦巻く思惑も、暗躍する組織も、これまでの比じゃないと思う。だけど……もう、シズマとメルトだけじゃない。シーレもついているんだ。しっかり頼って一緒に考えるんだよ。あと……武力的な意味での慢心は禁物だからね。とくにメルト、ヤシャ島で悔しい思い、したのを忘れていないだろう? 自己鍛錬を怠らないようにね」


 セイムは、まだまだ話し足りないかのように、俺達に向けた注意を、アドバイスを続ける。

 心の底から俺達の心配をしてくれているのが、深く伝わってくる。

 だが……もう、そろそろ良いだろう。必死に次の言葉を考えるのは、もういいだろう?


「あとそれから――」

「セイム。もう、大丈夫だよ。安心して欲しい」

「……そうだね。いってらっしゃい、三人共……いや、いってらっしゃい、『みんな』」


 その言葉の意味を理解し、俺とメルトで客車に乗り込み、シーレが御者席に乗る。

 御者席側の窓を開ければ、いつでもシーレと顔を合わせて会話もできる設計だった。


「セイム、商会長さん、いってきます」

「いってきまーす! お土産、絶対持って帰るわねー!」

「いって参ります! 二人のことはどうかお任せください!」


 スムーズに、揺れを感じさせずに馬車が走り出す。

 俺もメルトも、いつまでも窓から顔を出し、小さくなっていくセイムと商会長さんに手を振っていた。


 ……いってきます、リンドブルム。

 俺達の新しい故郷になってくれて、ありがとう。

 今は少しだけ、広い外の世界を旅してくるよ――

(´・ω・`)これにて十三章は終了です。

(´・ω・`)次章の更新は、少しこれまでより遅れる見通しです。

(´・ω・`)少々、リソースをお仕事をしなければならないのです

(´・ω・`)ですが、一話当たりの文字数が少ない、現在カクヨムで行われているコンテストに投稿している作品は、キリのいいところまで投稿する予定です。


(´・ω・`)暇人、パラシフ、俺ネトとはまた違う、一風変わったヒロインで書かせてもらっています、もしご興味があれば、読んでみてください。

https://kakuyomu.jp/works/822139836448239494

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