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じゃあ俺だけネトゲのキャラ使うわ ~数多のキャラクターを使い分け異世界を自由に生きる~  作者: 藍敦
第十三章 心の成長

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第二百七話

「よく来てくれたねハッシュ君! 既に聞いているかもしれないが、実は貴族街の上層、以前君が演奏した『オールヘウス元侯爵の屋敷』があっただろう? あの屋敷のホールを改装し、新たにコンサートホールを建造するという話が出ているんだ」


「それはなんと素晴らしい! かの家が逆賊として取り潰されたことは聞き及んでおりますが、かつての敵地を国の文化の発展のために利用するとは、なかなかに物語性を感じさせますね!」


「そうだろうそうだろう、実は私の考案なのだよ! あの家の立地やホールは、まさにコンサートホールにうってつけなのだよ。改装とはいえ、ホール完成までにはまだ数年、早く見積もっても二年は掛かる見通しだ。ハッシュ君、君とは二年後、そこのホールで定期演奏をしてもらうための契約を結びたいと思っているんだ」


 翌日、俺はハッシュの姿となりハカートニー伯爵の家を訪れていた。

 どうやらオールヘウス侯爵の失脚の煽りで、多くの派閥貴族が困窮しているようだが、この家はそこまで影響は受けていないようだった。


 元々、音楽に関する提案しかしていないのは周知の事実だったようだし、ほぼ無害だと断じられたのだろう。

 そして想定通りの契約の持ちかけ。最速で二年後、それまでにハッシュを自由の身にしておく必要がある……と。間に合うだろうか? いや、間に合わせるのだ。


「分かりました。それまで私は音楽探求の旅を続けますが、コンサートホール完成の暁には、必ずこの地に舞い戻りましょう! 勇ましき竜の名を冠するこの地が、音楽の翼を新たに得て世界に羽ばたくのです! その羽ばたきの一助になれるのなら、これ以上名誉なことはないでしょう!」


 あの、俺『分かりました。それまで放浪の旅を続けますが、完成したら戻ることをお約束します』としか言ってないんですよ、今。

 それなのに自動で……! 相変わらずのオートポエマーめ!




 ハカートニー伯爵との面会を終え、久しぶりに東の街道に隠された地下道の入り口に向かった。

 ここ、便利だよな、これまで沢山活用してきたし。


 旅に出たらもう、ここを利用したキャラチェンジの違和感を隠す工作も出来なくなるんだよな。

 まぁ、もうそれを気にする必要もなくなりつつあるわけだが。


 メニューを操作し、ハッシュから元の姿に戻り、地下道を利用し帰宅する。

 この地下道も、アンダーサイドで拡張工事でも行われたら、そのうち露呈してしまうかもな。

 そうなる前に何か対策をする必要があるけど……まぁ最悪バレても知らぬ存ぜぬで通せばいいか。


「ふー……帰宅帰宅――」

「……お、おかえりなさいシズマ」


 俺は、万が一来客中の可能性も考慮して、家の暖炉の出入り口ではなく、二階の寝室の出入り口から帰宅した。

 が――丁度そこに、着替え中のシーレの姿がありました。


 そ、そうだ……昨日、みんなが寝る部屋を決める時、俺の寝室をシーレに貸して、俺とセイムは談話室のソファで眠ったんだった……!


「シーレごめん! いつもの癖で……」

「大丈夫ですよ、驚いただけですから。シズマになら見られても平気ですよ?」

「俺が平気じゃないです」

「あらま顔真っ赤。ふふ、慣れてくださいね? これから一緒に旅に出るんですから」

「青少年をあまりからかわないでくださいませんか」

「もう成人しているでしょう? はい、もう目を開けて大丈夫ですよ」


 咄嗟に目を瞑ったので、俺はほとんど見ていません。

 そう、ほとんど見ていません。少しだけ、一部だけ見えていたのは否定しません。

 目を開くと、何故かシーレの顔が目の前にあった。


「うわ!」

「バァ! ふふふ……こうして目の前に実際にいるのを実感したくてつい」

「うーむ……我が家のお姉さんはなかなかに悪戯好きなご様子ですな……」


 もう、口には出さないけど、美人過ぎるお姉さんの距離が近いと、男子というのは簡単に心拍数を上げてしまう生き物なので、もう少し適切な距離を保って頂きたい!


「ところで、俺はもうハッシュの姿で伯爵と会って来たんだけど、シーレは今起きたの?」

「……はい。どうにも、実際に肉体を得ると沢山寝てしまうみたいでして……」

「旅に出たら俺がシーレの目覚まし係だなーこれは」

「優しく起こしてくださいね?」


 起きる努力をしよう、な!


 二人で一階に向かうと、メルトがリビングで、大量の荷物を床に広げていた。

 どうやら自分の収納魔導具にしまっていた品々を並べているようだが、どうしたのだろう?


「おはようございます、メルト。何をしているんですか?」

「あ、おはようシーレ。おかえりシズマ。今ね、旅に出るなら家に置いていく物を選んでいたの」

「ただいまメルト。そっか、持っていく物の選別か……俺に預けてくれれば全部持っていけるけど」


「でも、家に置いていっても問題ない物も沢山あるし、選ぼうかなー。なんだか帰る場所って感じがして、少しウキウキするもん」


 なるほど、確かにそうだ。無理に持っていかなくても、もう安心して帰ることができる家がある以上、安心して置いていくことだってできる。

 その事実を噛みしめながら、荷物を選別しているんだろうな。野暮なこと言っちゃったな。


「そういえば、セイムはどうしたんですか? 姿が見えないようですが」

「あ、セイムならピジョン商会さんのところに行ったよー。何かお願いしたいことがあるって」

「セイムが? なるほど、早速この街の人脈を直接肌で感じようとしているのかな」


 セイムはこの街に残った後、ピジョン商会やグローリーナイツ、それに王家に関係する人間とも付き合っていくことになる。だから今のうちに顔合わせも兼ねて面会に向かっているのだろうな。


「でも楽しみだなー『ララレイア大陸』。どんな街があるのかしらね!」

「おや? メルト、これから向かうのは『ライズアーク大陸』のはずですが」

「え? あれ? お隣の大陸に行くのよね? 西のお隣よね?」

「うん、そうだよ。西の大陸の名前はライズアーク大陸だよ」

「あれれ……でも私が持ってる本だと……」


 そう言うと、彼女は広げた荷物の中から、実家から持ってきたと思われる古い本を取り出した。

 そのページをめくり、ある部分でそこを開いてこちらに見せて来た。


『獣人の大陸ララレイア』

『多くの国が隣接する最大の大陸であり、大陸中央には巨大な湖が存在する』

『中央に浮かぶ巨大な島には“精霊国家ハムステルダム”が存在する』

『種族間の争いが絶えなく、上陸するのは極めて困難だ』


 メルトの本には、確かにそう記述がある。

 だが……種族間の争いの話は、以前コンコーン商会のコヤンさんから聞いた時はなかった。

 それどころか、獣人の大陸ではなく、東西で治める国が違う大陸だと言っていたはずだ。

 もしかして、メルトの知識はかなり古い時代のものなのではないだろうか?


「なるほど……これ、お婆ちゃんの本だから、大昔の情報なのかも。そっかー……大陸の名前が変わるくらい大昔だったのねー」


「ふむふむ……興味深いですね、古い時代の本というのは。後で私にも見せてください」

「いいよー、はい預けておくね」


 大陸の名前が変わっている……か。そしてこの本では『獣人の大陸』ともある。

 だが、今のライズアーク大陸の半分は、恐らく普通種、人間が主体の国であろう『コンソルド帝国』が治めている。

 公爵が普通種の人間だったんだ、恐らく皇帝も同じく普通種の人間で間違いないだろう。


 ……もしかしたら、こっちの大陸以上に根深い種族間の問題が存在しているのかもしれないな。

 でも……普通にあっちの大陸、帝国内の領土と思われる村にも獣人の親子が住んでいたよな。


 そういえば、あの親子は結局、父親を出迎えることができたのだろうか?

 結局、突然こちらに転送される形でお別れになっちゃったからな、心配しているかもしれないな。


「ただいまー」

「お、セイムおかえり」


 するとその時、ピジョン商会に行っていたセイムが帰宅した。

 何やら上機嫌な様子だが、商会で良いことでもあったのだろうか?

 そのことについて訊ねてみると――


「実は、三人が旅立つ前に手土産を渡そうと思ってね。ちょっと商会に頼んできたんだ。ちなみに料金は僕の倉庫に眠っていた宝石系素材で支払ってきたよ。あんまり高額にならないよう、できるだけ小さなルビーとトパーズに絞って来たから安心して欲しい」


「あ、そうだった! お金って全部俺が持ってるんだった。セイム、街に残るなら半額預かっておいてよ。何かと入用になるかもしれないし」


「いいのかい? 僕なら高難易度の依頼で稼ぐこともできるけど」

「いいんだよ、だってセイムが稼いだことになってるんだから。じゃあ半額ということで――」


 ……いつの間にか俺の所持金がとんでもないことになっているのですが。

 シレントで稼いだ金額もあるし、セイムとしてオークションで稼いだお金も全部共有ストレージに保管しているもんな。


 俺は、とりあえずキリが良い数字ということで、オークションで落札された金額の半額、大金貨四〇〇〇〇枚をセイムに渡すべく、樽型のアタッシュケースにジャラジャラと詰めていく。


「……精神衛生上あまりよくない光景だね。こんな大金、見る人が見たら心が病んじゃうかもしれない。ここまでの大金は必要ないけれど、貯金という意味でも僕が半額、預かっておくよ」


「うん、有効に活用して欲しい」


 そうして半額セイムに預けたところで、今度は何かを思い出したようにメルトが声を上げた。


「セイムセイム、私がいない間、エビのお世話をお願いできるかしら! ある程度川から餌になりそうな小さい虫とかも流れてくるんだけど、二日に一回は餌、撒いて欲しいわ! あと、野鳥と日差しよけの屋根が壊れたら、直してくれる?」


「はは、了解。一応、家の周りの土地を柵で囲う手筈も商会でしてきておいたよ。最近、この辺りも人が増えたからね。池の周囲と流れ込む小川の一部も柵で覆うから安心して欲しい」


「さすがセイム。抜かりないね」


「これで安心して旅立てますね。メルト、今回は今まで以上の長旅になりますから、しっかりお友達、カッシュ君やグラント君、リッカさんに……レティさんにもご挨拶しておいた方がいいんじゃないですか?」


「あ、そっか。寂しくなっちゃうなー……レティちゃんから借りたバイオリンの本も返さなきゃ」

「そういえば、今もたまに朝に弾いているね。随分上達したし、披露したらいいんじゃないかな?」

「そうね、いい考えだわ! じゃあ明日、行ってこようかな。ギルドで三人を探してから」

「私は明日はどうしましょう……特にこれといった知り合いはいませんが……」

「シーレは一応、十三騎士のヴィアスさんにお世話になってなかったかい?」

「それはそうですが、会おうと思って会える人でもないでしょうしね」


 こうして、徐々にこの街を旅立つ準備が整っていく。

 新しい冒険、楽しい旅立ちだというのに、言いようのない寂しさが胸中に去来する。

 ……ずっと、俺もここにいたもんな。そして今回の旅は、これまでとは違う。


 明確な終わりのない、ダンジョンを巡ったり、世界を見て回る旅だもんな。

 次にいつここに戻ってこられるか分からない、そんな旅だもんな。

 ……つまり、ずっと一緒にいたセイムとも、別れることになるって意味でもある。

 この感情は当たり前、か。


「シズマ。寂しいって思ってくれていることは分かるよ、顔を見れば」

「バレたか。当然寂しいよ、セイムを筆頭に、この街にも沢山の思い出があるんだ」


「でも『鈴』はなしだよ。あれは一人にしか効果がないし、今ここで使っちゃうと、旅先で使えなくなる。前回の反省も踏まえて、ね」


 その通りだ。もし、これから長くなるであろう旅で、鈴が必要になるタイミングが出たら。

 鈴で優先されるのがこの家への帰還になると、何かと問題が出てくるかもしれない。

 前回がまさにそうだったのだから。


「分かった、無しで行こう。セイム、便利そうなアイテムや回復薬を半分こっちに残していくよ」

「そうだね、それなら安心して受け取ろうかな? だってシズマ……何スタックも持ってるよね」

「もちろん。半分渡したところでたぶん使い切れないくらい持ってます」


「使用は慎重に。僕達の薬は、この世界の人智を超えているものも少なくない。時にはお金以上に人心を惑わせることもあるからね。そこだけは留意するように……って、シーレがいるなら安心か。あ、そうだ。僕にも鈴を一つくれないかな、そっちと使用タイミングが被る可能性もあるけど、保険として一つは持っておきたいんだ。残り少ないはずだけど、いいかな?」


「ああ、確かに何かの為に一つ渡しておくよ」

「ありがとう、シズマ」


 セイムは、本当に面倒見が良いということが、会話の節々から伝わってくる。

 本当に、頼りになる兄という印象を受けるのだ。


「僕の手土産の手配はもうしばらくかかるらしくてね、それが届いたら出発、っていうことで良いかな?」


「その手土産っていうのが気になるけど……そうだね、それまでにお世話になった人への挨拶を済ませておいた方が良いだろうね。俺はお城のコクリさんやクレスさん、陛下にもお話しないと」


「その時は僕も同行するよ。これからしばらく街に留まるって伝えておかないとね。その代わり……旅団はまた旅立ったと、しばらくは僕一人だって伝えておかないと」


「あ、私もご挨拶に行っていいかしら! 女王様とコクリちゃんに挨拶したいわ!」


 国を出る。その実感がどんどん強くなる。

 ……仕方ない、ついでだ。元クラスメイトにも最後くらい顔を見せてやるかな。


 しっかり目の前で『もしもの時は容赦なく罰してください』ってコクリさんに言って釘を刺してやらないと。

 ま、そんな心配はないって頭では分かってるんだがね。


「じゃ、今日の晩御飯は俺が作るよ」

「シズマ、私もお手伝いしますよ。私も【料理Lv1】を持っていますから」


 そう自信満々に名乗り出るシーレ、だが――


「でもシーレ、料理何度も失敗してたわねー? 大人しく待っていようよー」

「……はい」


 メルト、グッジョブ。

 こうして、俺達の旅立ちの日が刻一刻と近づいているのを感じながら、残り少ない四人での団欒を満喫するのであった――

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