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第二百六話

 無言で、無表情で薬を飲み干す二人を、メルトと共に固唾をのんで見守る。

 外見上の変化はない。飲み終えた二人はただグラスを置き、直立不動のままピクリとも動かなくなるだけだった。


「……失敗かなぁ」

「もう少し様子を見ようか」


 だがそれでも、二人は眉一つ動かさず、瞬きだけが生理反応として繰り返されているだけだった。

 それはもう、実験の失敗を物語るには、十分すぎる結果だった。

 みるみる表情を悲し気に変化させるメルトを前に、俺はなんとかできないかと、頭を捻る。


「外部からの刺激でなんとかならないか、やってみようか。俺はセイムに試すから、メルトはシーレをお願い。流石に、いくら人格が宿っていなくても女性の身体だからね、任せたよ」


「そ、そっか。じゃあ……」


 メルトがシーレの身体に手を伸ばそうとしているのを確認し、俺もセイムの背筋を指でなぞったり、脇腹をつついてみる。

 が、それでもやはり反応がなく――ん?

 いや、脇腹突いたとき、微かに腹筋が動いた気がした。まるで笑ったように、一瞬だけ力が入ったような、指を押し返されたような、そんな感覚を確かに指先に感じたぞ。


「……セイム?」

「…………」

「おりゃ」

「グハァ!」


 軽く鳩尾に拳をめり込ませた瞬間、セイムが声を出し身体を丸めた。

 動いた! 喋った! 今までならそれでも無反応だったはずだ!

 つまりこいつは……途中から俺達をからかって――


「キャ! やめ……メルト、やめてくださ――」

「動いた! シズマ! シーレが動いたよ! 喋ったよ!」

「やめ……! あ……こら!」


 横から更にシーレの声が聞こえ、そちらを見れば、メルトがまるで連打するかのように、シーレの上半身全てを指で突いていた。

 そう、全てだ。絶対に俺では真似できないようなことを、メルトが平然としていたのだ。

 シーレはそれに耐えられなくなったのか、しゃがみ込み、身体を隠してしまっていた。

 ……こっちも、わざと無反応なふりをしていたな……!


「メルト、実験は成功だね」

「うん! やった……やった! セイム、シーレ! おはよう!」


 嬉しそうに、メルトが二人に声を掛ける。

 シーレはまだしも、セイムは実質……初めましてだ。

 だがそれでも、セイムも満面の笑みを浮かべ、そして俺とメルトの手を取り、まるでかけがえのないものを掴むように、俺達の手を、両手でしっかりと包み込む。


「ああ……ああ! おはよう、二人とも!」

「私も便乗しましょう。シズマ、メルト。おはようございます」


 それに続くように、シーレがセイムの両手ごと、更に俺達の手に自分の手を重ねる。

 見れば、彼女の眼にはうっすらと涙が浮かび、心の底から嬉しそうに、愛しそうに、俺達を見つめていた。


「本当に、成功したんですね。これで……私は一人の人間として、貴方達と共にいられる」

「僕も、君達の役に立てる。この世界を……この街を、見守っていける……!」


 嬉しそうに、今度は二人が、確かめるように自分の身体を確認する。

 両手を開き、握り、肩を回す。そこで自分の身体に不備がないのを確認できたのか、今度は虚空に手をかざし、自分にしか見えていないであろう、メニュー画面を操作しているようだった。


「ふむ……どうやら、僕達は自分のアイテム欄にしかアクセスできないみたいだね。いつも使っていた共有ストレージにはアクセスできないみたいだ」


「そのようですね。それにキャラクター関連、ビルド関連もグレーアウトしています。本当に自分のことだけしか操作できないみたいですよ、シズマ」


「あ、なるほど。こっちは……うん、どうやら二人は俺の管理下から完全に独立してる。キャラチェンジにも、オーダー召喚にも二人の名前がないよ。なんだか、少しだけ寂しいかな」


「……そっか。僕達の名前は、シズマの元から消えてしまったんだね」

「それは、少し寂しいですね……」


「でもここにいる。俺から、俺の中にいるみんなとは切り離されたけど、こうして目の前に家族としている。いつか、他のみんなのことだって外に出す。また、みんなに会える日が来る」


 少しだけ寂しそうな二人に、俺は改めて宣言する。皆を、俺の中から解き放つと。

 方法が確立された以上、もう悩まないし迷わない。俺は、ここから先ダンジョンを次々に踏破し、ダンジョンコアを手に入れて見せる。


「ありがとうございます、シズマ。ええ……みんなもきっと、外に出してあげてください。今回は私とセイムが優先されましたが、きっとみんなも待ち望んでいるはずですから」


「そうだね。レントやルーエあたりが羨ましがっているだろうね」

「そうですね。それにハッシュも、私の背を押してくれてセイラも……」

「あ、そうだ。近いうちにハッシュの姿で、貴族に会いにいかないといけないんだった」


 これからのことを話していると、メルトがどこか不思議そうにセイムを見つめていた。

 そうだ、実質初めまして、初対面なんだもんな、今のセイムとメルトは。


「セイムは、私が知っているセイムじゃないの?」


「ん、そうだね。メルトが知っているセイムは、シズマだからね。僕は、メルトのことはずっと見て来たけれど、メルトは僕と初めましてになるのかな?」


「でも、そんな気がしないわ。ずっと、一緒にいたセイムと同じに感じるもん」

「……そっか。僕は、僕のままで問題ないんだね。何も怖がる必要はなかったんだ」


 メルトの言葉に、何かがセイムの中で救われたのだろう。

 セイムは微笑みながら、何かに納得するように頷く。


「怖い? セイム、何か怖いのかしら? シズマ、分かる? それって退治できるかしら」

「んー、退治はできないけど――」

「今、メルトがおっぱらっちゃいましたね。セイム、よかったですね」


 セイムの悩みは、きっと関係性を引き継ぐことや、メルトに他人として見られること、自分が変わってしまい、メルトに失望されることを気にしていたのだと思う。

 が、そんな心配が全て、メルトの言葉の前に吹き飛んでしまったのだろう。


「そうだね、メルトが臆病なお化けを追っ払ったんだ。ありがとう、メルト」

「……やっぱりいたのね、この家にお化け。いなくなったなら一安心ね」


 分からなくても良いんだ、メルト。ただ君の無邪気さに救われる人間は、きっと君が思っているよりも、ずっと多いんだ。

 俺も、セイムも、シーレも。俺の中にいる沢山の仲間達も、きっと君に救われているはずだから。




「さて、じゃあ面倒な仕事だけ先に終わらせるべきかなー」

「というと……ハッシュの件だね?」


「そ。ハッシュの姿になると、半分以上ハッシュの言葉になっちゃうんだよなぁ。意思は俺のものなんだけど、言動がハッシュになっちゃうんだ」


「それは……中々精神的に辛いものがあるね。じゃあ、シズマがハッシュとして仕事の話をしている間……僕らはどうしようか?」


「そうですね、私はかなり長い間、リンドブルムを離れていましたからね。今更感はありますが、近々隣の大陸に渡る予定、なんてすよね?」


 今日の予定を相談すると、早速シーレが、隣の大陸に向かうことについて触れて来た。

 確かにそうだ。それならいっそ、先に冒険者ギルドに長期で街を空けることを報告しにいった方がいいかもしれないな、俺も先に。


「じゃあ、みんなで冒険者ギルドに行こうか。ハッシュの件は明日、改めてという形で」

「四人でお出かけね! 終わったら四人でご飯、食べに行きましょう! じゃんがり庵行こう!」


 メルトが、嬉しそうにその提案をする。

 そうだな、薬の最後の素材を提供してくれた人のお店なんだ、是非、売り上げに貢献しなければ。


「ふふ、ではそうしましょうか? なんだか本当に不思議な気分です。シズマと、私と、メルトと、セイム。この四人で一緒に街に出かけるなんて、本当に不思議な気分になりますね」


「そうだね。よし……じゃあ早速行こうか」

「わーい! 家族みんなでお出かけよ!」


 その、無邪気な言葉に、俺達三人は顔を見合わせて笑みを浮かべる。

 そうだ、俺達は家族だもんな。きっと、メルトが次女で、シーレが長女。

 セイムが長男で、俺が次男。四人兄弟のような、そんな関係性。

 こうして、俺の目標の『旅団を完成させる』。その最初の一歩を踏み出したのだった。






「実際にこの目で見ると、凄い賑わいですよね……」

「だろう? セイム、これから忙しくなりそうだな」


「そうだね、できるだけ精力的に動きたいけれど、僕のランクにしかできない仕事もあるだろうからね。慎重に依頼を選ばないとね、これから先依頼を受けるとしたら」


 ギルドに着くと、最近の盛況ぶりを実際に目の当たりにし、セイムもシーレも感嘆の声を漏らしていた。

 俺が見た外の様子を円卓でも見ていると言っても、それは全てではないし、それこそ視界外のことは知らないはずだ。

 俺が強く思っていることは伝わるようだが、こういう日常風景の情報までは共有されていないのだろう。


「そうだ、正式にシズマとメルト、私がパーティーを組んでいるということで申請しましょうか。セイムも一緒にと思いましたが……一人街に残るのですよね? どうしましょうか」


「そうだな……申請だけなら良いんじゃないかな。ただ、この場合はリーダーは僕じゃなくてシズマにしないとね。リーダーの移動でパーティメンバー全員の移動申請が省かれるはずだから」


「よく知ってたなセイム、俺も知らなかったのに」


「シズマ、建物の中はもっとよく観察しないと。ほら、冒険者ギルドの受付近くにある注意書き、そこに書いてあるよ『よくある質問』って」


「うわ本当だ。さすがの観察力だな……見習わないと」


「本当は、もっと一緒にいて色々教えたいんだけどね。けど、旅は待っちゃくれない。次の大陸、次のダンジョンがシズマのことをきっと待っているからね」


「はは、そうだな。セイム、一人だと負担も大きいと思う。けど、必ずセイムのところに行くメンバーを派遣するって約束する。ルーエとか」


「ああ、分かった。でも無理はしないでくれよ? 他にも優先すべき事件だって起きるかもしれない。シズマはまず、自分を第一に考えるんだ。それが、今も変わらず僕の……僕達の願いだ」


「ええ、そうです。決して無理はしないでくださいね。無理をしたい時が来たら、その時は必ず、私や、貴方の中のみんなに相談してくださいね」


 兄のように、姉のように、二人が寄り添い、考えてくれる。

 それが、本当に嬉しくて。

 つい照れ隠しのように、俺は冒険者ギルドの受付へ向かうのだった。




「冒険者ギルドにようこそ」

「こんにちは。パーティー申請をしてもいいですか? 一時ではなくて正式なパーティとして」


「はい、ではこちらに代表者の名前とランクを記入してください。できれば加入する方々にも来てもらえると手続きがスムーズに終わるのですが、本日はご一緒ですか?」


「はい、ここに来ています」


 セイム、シーレ、メルトが近くに集まる。


「セイムさんにメルトさんにも加入するのですか? 凄いメンツですね……それにシーレさんも、以前あの怪鳥を打ち取った……シズマさんご本人も、少し前に紅玉を授与されていましたよね?」


「そうですね。一応、俺がパーティーリーダーということで登録しますね」


「紅玉三人に翠玉一人……とんでもないパーティですね。恐らくリンドブルムでも一二を争う強力なパーティですよ」


 ほう、これでも最強と断言しないあたり、さらなる実力者でもいるのだろうか?

 ……シレント単独で超えそうだな。


「では、代表者はシズマさんですね?」

「はい。それでついでなんですが、セイムを除く三人で、近々ライズアークへ遠征に向かおうかと」

「なるほど、それでパーティの申請を。セイムさんは向かわないのですか?」


「そうだね、僕はこの街に残るよ。今、この街は忙しいだろう? 何か大きなトラブルが起きた時、それに対処可能な高ランクの人間が必要だと思ってね」


「それは助かります。では、三名の長期遠征の届け出ですね? 畏まりました。ではパーティ名を最後に申請して頂けると、後日パーティタグをお渡しします。申請なさいますか?」


 パーティ名……そんな制度、知らなかった。

 どうやらメルトも知らなかったらしく、セイムもシーレも、咄嗟にパーティ名と言われ、ピンときていないようだった。

 なら――


「では、パーティ名は『旅団』でお願いします」


 シンプルかつ、俺達のことを知る人間ならば、すぐに納得してくれる名前を申請する。


「了解致しました。では、三日後にお越しください」


 こうして、俺の夢の始まりとして、架空の存在だった『旅団』という集まりを現実のものとした。

 ここから、一人ずつ増やしていくと、強く心に決めながら。


「パーティ名、私が決めたかったなー」

「えー? メルトはなんて付けたかったんだい?」

「んーと『メルト家』! みんな私の家族だもん」

「ふふ、それもいいかもしれませんね? メルト―、お姉さんですよー」

「じゃあ僕はお兄さんかな? ともあれ、これが夢の第一歩だね、シズマ」

「ああ、ここからだ。じゃあその記念も兼ねて……じゃんがり庵、行こうか」


 正式な旅団の発足。

 それを祝して、今日はパイを食べに行こう。

 いつか、誰かが加入する度に、どこかに食べに行こうか。

 なぁ、みんな――

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