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第二百五話

 もしも、メルトの薬が成功したら。

 セイムとシーレが自由に生きられるようになったら。

 その時、二人は本当に俺の願いを聞いてくれるのか。


『もうキャラではなく一人の人間だ』と、自分で一人で生きていく道を選ぶのではないか。

 最近、そんな不安を抱くようになった。


 メルトが最後の調合に入ってから今日で四日。

 この日も、彼女は朝食をテーブルに残したまま、まもなくお昼になるというのに部屋に籠り切りだった。


 それを不満には思わない。ただ、心配をしているだけだ。

 俺は新たに昼食を作るよりは、食事を温めなおすほうが良いと判断し、盛り付けた料理を再び温めていく。


「電子レンジって、今考えるとキッチン用品の中だと最高クラスの発明だったよな」


 そんなことを考えながら、電子レンジの利便性を懐かしんでいた。

 と、その時だった。家の扉をノックする音が響き、俺はメルトの集中の邪魔にならないよう、急ぎ扉へ駆け寄り、声を掛ける。


「どちら様でしょうか?」

『こんにちは、ピジョン商会の商会長を務めております、ポポーです』

「あ、セイムのご友人の商会長さんですね。少々お待ちください」


 鍵を開け、家に招き入れるのではなく、そのまま彼と共に庭のガゼボへと向かう。

 もう暖かい季節なのだし、ここで要件を聞くのも良いだろう。


「すみません、実は今、家の中でメルトが大事な作業をしておりまして、こんな場所ですが、ここでお話を聞かせてくださいませんか?」


「もちろんですとも、良いですなぁこのガゼボは。大きな炊事場もありますし、暑い日などはここで料理を作り、つまみ、酒を飲みかわす……理想的な休日の過ごし方が出来そうですな」


「はは、俺も同感ですよ。して、セイムに何か用事があったのでしょうか?」

「ええ、実はそうなのです。ですがこの様子だと、彼は外出中なのですかな?」


「ええ、そうなります。今は俺が家の管理を任されているんです。何か用事があるのなら、お伝えしますよ。これでも『旅団』のみんなからは頼りにされてるんですよ? 俺」


 恐らくセイムへの用事なら、旅団全体にも関わっているかもしれないので俺が話を聞く。

 逆に護衛関係の依頼なら、今回は断ることになりそうなのだが――


「そうですな、実はセイムさんというよりも……ハッシュさんへのご依頼……という形なのですが」

「ハ、ハッシュですか」


「ええ、そうなのです。実は今、貴族街に新たにコンサートホールを建造するという話が上がっておりまして、まだまだ先のお話になるのですが、是非ともハッシュさんに、コンサートホール専属の楽師として、正式に契約を結びたいというお話が、今回の建設の責任者であるハカートニー伯爵から出ており、その伝言を、と」


 こ、これは……絶対今夜あたりハッシュが円卓で騒ぎだしそうな案件……!

 流石にこの状況で『今は遠くにいるから伝言できない』というのはハッシュに申し訳ないので、一応伝えるだけ伝えると言っておかないと。


「ハッシュなら一時的に旅団に戻ってきているので、お話だけは伝えておきますね」

「おお! 助かります、私も恐らくハッシュさんは放浪の旅に出ていると思っていたのです」


「基本はそうですね。必ずお伝えしておきます。この街にそういう文化的な施設が増えるのは、きっとハッシュも喜ぶと思いますから」


「そうですな。最近では国外のお客様も増えていますし、獣人のお客様も増えました。我々商会の扱う商品も増やしている最中なのです。いや、お話出来て良かった。ハッシュさんへの伝言、お願いいたします」


「お任せください。ではポポー商会長、お気をつけてお戻りくださいね。ダンジョンコアの関係で、こちらの森も豊かになりました。魔物だってそのうち移住してくるかもしれませんしね」


「その通りですな。ふふ……噂の『旅団』は、恐らくセイムさんやシズマさんの関わる『旅団』と同一のものなのでしょう。私はこの縁を大切にしたいと考えています。セイムさんとはまた、是非お話したいと思っていますので、その旨もどうか」


「ええ、勿論です」


 そうして帰路につく商会長を見送る。

 そうだな、やはりセイムはこの国に、この街に必要な存在だ。

 俺から、離れていくのだとしても、この街との関係を切らずに生きて欲しいな。

 俺から巣立った後も、これまで通りこの国に寄り添ってくれることを、切に願うよ。




 家に戻ると、どうやら俺が外にいる間にメルトが食事を摂ったのか、綺麗になった食器がシンクに浸けられていた。

 その食器を洗い、一息つきながら瞑想に入る。

 最近では、こうして心を落ち着かせると――円卓の精神世界に入ることができるのだ。


「……ふぅ。あれ? どうしたんだみんな」


 円卓で目を覚ますと、何やら一同が集まり、心なしか不満そうな視線をこちらに向けていた。

 ぜ、全員がだと!? なんだ、俺は何をしてしまったんだ?


「シズマ、お前が俺達のことを考えている時は、俺達にもそれが伝わってくる。俺達が独立したら、それまでの恩も、絆も、思いも全て捨てて、どこかへ行ってしまうと思っているのか?」


「心外だよシズマ。僕達は皆、シズマの家族だと自負しているんだ。家族を、主を置いて勝手にどこかに行くなんてことはしないよ」


「そうですよシズマ。私は……ずっと貴方と共にあります。どんな旅路だって、貴方とメルトの傍に寄り添うと決めているのですから」


 シレント、セイム、シーレの言葉に、全員が強く頷いた。

 俺の微かな疑念が、みんなを悲しませ、不満に思わせてしまったのか。


「悪い、みんな。杞憂だと分かっていても、考えずにはいられなかった」


「まったく……シズマ、安心して欲しいかな。僕自身、この都市の発展を近くで見届けたいという思いも、守りたいという思いもあるんだ。ピジョン商会への恩返しだってまだまだしたいしね」


 そう、セイムが笑った。

 すると、それに被せるように――


「そ、それよりもですシズマ! 先程聞いた話についてもう少し詳しく! コンサートホールの件です! 是非、是非一度私の姿で! ハカートニー伯爵の家へ参りたいのですが!」


 案の定のハッシュでした。


「どうでしょう! 次のダンジョンコアを手に入れたら、新たに独立するのは私に――」


「その件については、主の手札として控えている、ということで決着がついたでしょうに。コンサートホールのような手間のかかる建築、向こう数年は完成は先でしょうし、落ち着きなさい」


「む、むぅ……ただ、それでもハカートニー伯爵のお話は、一度私が直接聞きに行きたいのですが……どうでしょうか?」


「そうだな……うん、それは必要なことだと思う。安請け合いはさせられないけど、数年後の話、案件なら受けても良いと思う。それまでに、もっとコアを集めて見せるから。まぁメルトの薬が成功した場合の話だけどね」


「分かりました! では、今は我らが愛しき姫の織り成す奇跡が、我らに新たなる命を芽吹かせることを祈りつつ、座して待つこととしましょう!」


「一々大仰ですねぇ……貴方は本当に」


 とりあえず、ハッシュへの伝言はこれでOKだな。

 後は、本当に薬の実験を行うのが、セイムとシーレで良いのか、その最終確認だ。

 今一度皆にそのことを問うと――


「僕は、覚悟は出来ているよ」

「私も問題ありません。どのような結果になったとしても」


 他の皆も、納得し頷いてくれていた。

 するとその時――


『……自由を、肉体を手に入れる、か。この世界に興味はなかったが、少々興が乗ってきた。シズマ、今すぐでなくても良い、肉体を寄越せとも言わないが……一度、私も外の世界を歩いてみたくなった。今はまだその時ではないが、時が来たら頼むこともあるだろう』


 突然、暗闇の向こうからシュヴァイゲンの声が響いてきた。

 世界に興味を持った……? 何故、今になって……。

 こいつを外に出すのが、危険ではないと断言することが俺にはできない。

 何故なら……何故なら……。


「……何をするつもりだ、シュヴァイゲン。お前は……みんなを恨んでいるんだろう? 肉体を得て、外の世界でみんなが生き始めたから興味を持ったのか? 『今度こそ打倒すため』に」


『……ふ。そう思われるのも無理はないが、あれは背負わされた流れだと、物語だと理解した今、そのようなことはどうでも良いさ。ただ、純粋な好奇心だ』


 シュヴァイゲンは……『本人のストーリー以外では全職業共通のラスボス』だからだ。

 こいつの職業の名前は……かつて、最強の職業として、大幅なナーフを受けたその名前は――



『魔王』



 RPGにあるまじき職業。

 性能以外の理由でも、批判された職業だ。

 何故なら、魔王をメインにしたストーリーの場合は『英雄達を蹂躙する物語』だから。

 そしてその英雄とは、魔王以外の職業の全て。


 これまで、自分の作ったキャラクター達で紡いできた物語を、世界を、悪側として滅ぼし蹂躙するストーリーに、批判が集まったのだ。

 そして、同時に実装された『システム』により、魔王のストーリーで登場する英雄達を『自キャラ』に変更することもできたのだ。


 俺は、それを面白い試みだと感じた。

 後日、その逆バージョンも実装されたのだから。

『他の職業のストーリーのラスボスを自分が所持している魔王に変更する』という機能が。


 が、やはりそれでも批判は多く、性能の強さもあり、魔王は大幅なナーフ……ユーザーからの不満もあり、粛清のような必要以上のナーフを食らった職業なのだ。


「……時が来たら、か。分かった、約束はできないが……その時が来たら言うと良い。それまでに、俺は身体の支配権を仮にお前に奪われても、取り返せるくらいには強くなっておく」


『そうか。では楽しみにしていよう』


 それっきり、シュヴァイゲンの声が聞こえてくることはなかった。

 何故……今になって……? 何か、あいつの琴線に触れることがあったのだろうか……?


「ふぅ、そろそろ俺は目覚めるよ。じゃあセイム、シーレ。もうそろそろメルトの調合も佳境に入ると思う。その時はよろしく頼むよ」


「ああ、勿論だ」

「ええ、分かりました」


 そうして、俺は目覚めようと意識すると、自然と現実の音が、空気が身体に伝わって来た。

 目を開くと、いつもの光景。我が家のリビングだった。

 随分と器用になったものだなぁ、俺も。


「ふぅ……」


 そろそろ夕食を作り始めようと立ち上がり、身体を伸ばそうと両腕を上げたその時、扉を開く大きな音が二階から響き、そこに続くようにドタドタと大きな足音をさせ、メルトが駆け下りて来た。


「シズマ! 出来た! お薬出来た! 見て! この銀の瓶の中に、お薬が入ってるの!!!!」

「お、おお! ついにできたんだ!」


「そうよ、この容器の中でお薬が反応して変質するのを待っていたの! これ、イズベルで手に入れた心臓銀で作った瓶なのよ!」


 メルトが持ってきたのは、お酒の一升瓶くらいはありそうな、銀色の美しい容器だった。

 素材そのものの模様なのか、まるで鱗のような凹凸が刻まれた銀製の瓶のような容器を揺らすと、たっぷり薬で満たされていそうな『タプントプン』という音が聞こえて来た。


「ね、ねぇ……どうしよう! もう、実験してみる!? 誰かに飲ませてみる!?」

「そ、そうだなぁ! ちょっといきなりで緊張してきた! よ、よし!」


 声が、自然と震える。

 メルトの興奮と、これまでの苦労の成果が今目の前で報われるかどうかという緊張と、今しがた心の中で話した二人が、現実に現れるかもしれないという緊張に、心臓が鼓動を速める。


「よ、よし……」


 俺は、震える手でオーダー召喚の項目を操作し、セイムとシーレを顕現させた。

 その間に、メルトは小さなグラスを二つ用意し、そこにそっと薬を注いでいく。

 その薬は神秘的な、まるで意思を持つかのように、グラスの中で様々な色に変化していた。


 そして目の前にはセイムとシーレが現れ、ただ無表情で、無言のまま立ちすくんでいる。

 俺は、二人に指示を出す。


「セイム、シーレ。机の上にあるグラスの中身を……飲み干してほしい」


 二人はその指示に従い、ただ無感情にグラスを呷る。

 果たしてその結果は――

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