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第二百四話

 メルトが薬の作成を始めてから五日の時が流れた。

 既に助手、つまりセリーンに任せられる仕事はなくなり、彼女自身が毎日部屋に籠り、錬金術を交えた高難易度の調合に勤しむ、そんな日々。


 俺は彼女の邪魔にならないよう、極力音を立てずに過ごし、ご飯が出来た時以外は声を掛けないようにして過ごしていた。


 その間、こちらはこちらで、仮にライズアーク大陸に旅立つ場合に必要な知識や、向こうの大陸に関する情報を得るために図書館に行ったりしていたのだが、図書館や学園のある上層では最近、新しい音楽ホールを建設するという動きも出てきてるという噂を小耳にはさんだ。


 もしかしたら、国外の貴族をもてなすためにも、そういった施設が増えていくのかもしれない。

 きっとそういった文化の発展を推し進めている動きには、かつてハッシュを雇った貴族、ハカートニー伯爵も関わっていることだろう。

 ……ハッシュが知ったら喜んでそこで演奏したがるだろうな。


 そして俺は今日も、メルトが喜びそうな屋台の料理を買いに出かけ、帰宅したらそれに合うような付け合わせ、主に野菜を使ったものを作ろうと考えながら帰宅すると――


「シズマー! 一段落着いた―! 見て見てー!」


 メルトが、大はしゃぎで二階から駆け下りて来た。

 その両手に、それぞれとてつもない存在感を放つ、握りこぶし大の宝石を持ちながら。


「メルト、完成品がそれなのかい? 大丈夫なの? そんな雑に持ってきて」

「大丈夫! これだけだと、ただの凄い力を秘めただけの宝石だもの!」

「凄い力……恐くなってきた……」


 左手には、黒く、そして光を受けると微かに青黒く輝く宝石が。

 右手には、白く、そして光を受けるとその光を増幅するようにキラキラ輝く宝石が。

 何も効能を知らない俺が一目見ただけで、とてつもない力が秘められている気配が――




『水底の闇』

『この世全ての怨嗟を押し固めたような深い闇を湛えた神の左目を再現した宝玉』

『人の心の闇を増幅し自在に操る強力な呪詛の力を秘めた禁断の品』


『蒼穹の光』

『全ての人類の希望を受け光り輝く栄光を司る神の右目を再現した宝玉』

『人の可能性を開花させ悪しきを滅ぼす正義の心に目覚めさせる秩序の宝』




 な、なんてもの作ってるんだ!?

 こんなん……こんなん世界を取れるレベルの宝物じゃないんですか!?

 いや、無論誇張された表現だとは思うけれど……絶対、人に取られる訳にはいかない品だ。


「メルト、悪いことは言わないから、しっかりしまって、誰にも見せないように大事に大事に保管しよう。とんでもない品なんだよね、どっちも」


「はーい。そうね、とっても大事な素材だからね! これで後は『ハムンチュソウル』だけよ! これが一番難しいと思っていたんだけど……私、実は一カ所だけこれが手に入るかもしれない場所に心当たりがあるの! 明日、一緒に行こう?」


 どうやら、メルトにとってはこんな凄い宝石も、みんなに意思を宿らせるための薬の素材という価値しかないようだった。


 そうだな……こんなやばそうな素材、早く薬にしちゃった方がいいよな……。

 して、最後の素材は自分で作るのではなく、どこかから採ってくるものなのか。


「どこかに採取に行くか、魔物から採ってくるのかい?」

「ううん違うの。持ってる人にお願いしに行くのよ」

「な、もう持ってる人がいるのかい? 貴重そうなものだし、中々譲ってくれないんじゃない?」

「うーん、大丈夫だと思うわ! 専用の入れ物さえもっていけば、すぐに分けて貰えると思うの」


 ほほう……察するに、その人物は素材を沢山持っている様子。

 が、俺は念のため、交渉に使えそうなお金をある程度用意していくことにした。


「そうだ、今日の晩御飯買って来たから、付け合わせのサラダ、作っちゃうね」

「あ、オニオン! 私、少し火の通った玉ねぎのサラダ大好きよ! 甘くてシャキシャキで!」

「よし、じゃあ今日もそれを作るよ。乾燥ベーコンと乾燥チーズをすりおろして、トッピングだ」

「クルミも! 砕いたクルミもお願いねー!」


 最近、メルトが徐々に野菜好きになってきているので、一安心だ。

 一時、マルメターノとか毎日食べていたからね……まんまるフォックスになるとこだった。

 そうして、晩御飯を済ませた俺達は、少しだけライズアーク大陸の話をしたり、どんな場所に行ってみたいかを語り合い、この先の未来に思いを馳せる、そんな夜の憩いの時間を過ごした。




 翌朝、メルトが何やら不思議なものを抱えながら二階から降りて来た。

 それは、ボーリングの球くらいの大きさの、どうやらガラス玉のように見えた。

 が、その中は空洞で、瓶と呼ぶには少々ガラスが厚い、不思議なものだった。

 いや、そもそも注ぎ口のようなものも何もない、完全な球体だ。


「おはよう、メルト。それはなんだい?」


「おはよ、シズマ。これはね、ハムンチュソウルを溜める容器なのよ。素材の中には、意思や精神、物質以外の存在もあって、それを集める構造、素材で出来ているの」


「ふむふむ……そのハムンチュソウルっていうのは、じゃあ物質ではないんだね」

「うん、そうよ。だから、これから分けて貰いに行くの。たぶん、分けて貰えるはずよー」


 口ぶりから察するに、そこまで貴重なものではないのだろうか? だが、珍しいもののように以前は言っていたような気もするし……どういうことなんだ?

 朝食を食べ終えた俺達は、メルト先導の元リンドブルムに向かうのだった。




「メルト? そっちは冒険者の巣窟だよ? 素材とか分けて貰うなら、てっきりギルドに行くのかと思ったんだけど」


「こっちで合ってるよー。私がハムンチュソウルを分けて貰いに行くのはねー、パイ屋さんの『じゃんがり庵』なの! あそこの店主さんにお願いしに行くんだー」


「なんと! あそこの店主さんが貴重な素材を持ってるって!?」


「そのはず! 噂だけど、あそこの店主さんって『ハムステルダム』出身っていうお話だから、いけると思うんだけどなー」


 ……あのあの、もしかして『ハムンチュソウル』って『ハムスターチュウチュウ』的なネーミングだったんですかね……?


 なんかとんでもない宝玉二つ使う薬なのに、それと同列で使われる素材がハムスターに関係する薬っていうのも、なんだか変な話だと思うのですが……。


「見えて来た! まだお店の開店時間じゃないと思うから、裏口からお話聞きに行きましょ!」

「そういえば、こういう通りの裏側って行ったことないや」

「私も初めてねー。ちょっと不思議な感じするね?」

「確かに。それに少し緊張するね。メルト、どうやって頼むの? 素材を分けて欲しいって?」

「ううん、違うよ。お話を聞かせてってお願いするの」


 お話を聞かせて? それが素材交渉に必要なのだろうか?

 俺の疑問を他所に、店の裏側に回り込んだメルトが、従業員用の出入り口の扉をノックする。


「ごめんくださーい」

『はーい、どなたですかー』

「冒険者のメルトって言いますー、怪しい人じゃないよー」

『ははは、分かった、今開けるよ』


 随分と可愛らしい名乗り方に警戒心を解かれたのか、すんなりと扉が開錠される。

 現れたのは、中年を過ぎ去り、初老に一歩踏み込みつつあるような、柔和な顔つきの男性だ。


「おやおや、可愛らしいお客さんだ。冒険者さんが何の御用かな? 予約のお話なら、今日は難しいよ。明後日まで予定が入っているからね」


「ううん、違うの。店主さんのお話が聞きたくて来たの。店主さんって、ハムステルダム出身って本当なのかしら? まずそこを教えて欲しいのだけど」


「ああ、たまに聞かれるね。そうだよ、僕は……そうだね、一七年前までハムステルダムに住んでいたよ」


「あ、本当なんだ! じゃあじゃあ、そこで出会った精霊『ハムスター』のお話、聞かせてくれるかしら! 私、あそこで暮らした人からハムスターのお話を聞かせてもらいたいの!」


「ほほう、いいとも。聞かせてあげようか」

「うん、お願い! ハムスターのお話、いっぱい聞かせて欲しいの」


 ……? まさか、この話を聞くのが素材に関係あるのだろうか?

 それに前々から気になっていたこの世界のハムスターの真実を……ようやく知ることができる。


「そうだね……僕が初めてハムスターと出会ったのは、周辺諸国に料理の腕を認められて、入国を許可された日のことだった。私は『異世界から流れつく文化や存在で成り立っている国』だというハムステルダムに、まだ見ぬ料理、調理法、味付けを知るために上陸したんだ」


『異世界から流れつく文化や存在で成り立っている国』?

 それは……非常に興味深い国だ。俄然、興味がわいてきた。


「あの国にはね、異世界から『命を失った愛された小さき存在』『役目を全うした力ある魂』『力あるものと強い関わりを持つ魂』も迷い込む国でね。恐らく、どこかの異世界で飼われていた生き物が、精霊となって楽しく生きている国なんだ。私は、あの大陸に上陸した瞬間、違和感を覚えてね、気がつくと服の胸ポケットの中に、見慣れない小さな生き物が潜り込んでいたんだ」


 !? 気が付いたら胸ポケットにいた!?


「それは、小さくて、もこもこで、つぶらな瞳で私を見上げてきたんだ。あの瞬間、私はハムスターの魅力に取りつかれたんだ。あんな可愛い生き物がいるなんて……と。その後、その生き物は『異世界で命を失った命達』だと知ったよ。彼らはハムステルダムで、精霊として自由にのびのびと、皆に愛されて生きていたんだ。そして、いつかハムスター達は満足すると、元の世界に新たな命として生まれなおすそうだ。つまりハムステルダムは『小さき命が転生するまで自由に暮らす国』なんだよ。凄く、優しい国なんだ。だから、入国には厳しい審査と実績が必要なんだよ」


 ……それはつまり、よくある『生まれ変わるまで天国にいる』みたいな話の……ハムスターバージョンなのか!? ハムスターの寿命的に……ハムスター精霊で溢れかえっていそうだな……。


「他には? 他にもハムスターの思い出を沢山教えて欲しいわ。どんな風に暮らして、どんな風なことがあったのか。できるだけたくさん」


 メルトは、次々に話を引き出しながら、時折持ってきていた袋の中を確認していた。

 ふくらみ的に、袋の中身は例の容器が入っているのだろう。

 ちらりと見えたその中身の容器には、いつのまにかキラキラ光る何かが満たされ始めていた。


「……そういうことなのか」


 理解した。恐らくハムンチュソウルというのは、ハムステルダムで暮らした人間の、ハムスターに関わる思い出を分けてもらい、閉じ込めたものなんだな!?

 どういう理屈なのか、ただの思い出話ではいけないのか分からないけれど、そういうことなのか。


 その後も、メルトは沢山話しを聞いていたのだが、どうやら目的を達成したのか――


「店主さん、沢山お話してくれてありがとう! お店の準備もあると思うの、だからこれで終わりにするね。邪魔をしちゃってごめんなさい」


「おっと、そうだった。うん、話を聞いてくれてありがとう。とても懐かしい気持ちになったよ。……もう一度、足を運びたいけれど、お店もあるしね。メルトちゃんなら、もしかしたらそのうち行けるかもしれないね。じゃあ、今日はお話できて嬉しかったよ」


「そうねー、一度行ってみたいなー。またね、店主さん。いつも美味しいパイを焼いてくれてありがとうね! また食べに来るね!」


 そうして、話を切り上げたメルトと共に、店を後にする。

 するとメルトは袋の中から容器を取り出し、いつのまにか容器を満たしている、キラキラ白く光る物体を揺らして見せた。


「見て見て! ハムンチュソウル、こんなに溜まったわ! 本当にハムステルダムでハムスターを大事にして、それでハムスターからも大事に思われていたのねー」


「なるほど……そういう人の思い出話が必要なんだね」

「うん、そうなの。前々からここの店主さんがハムステルダム出身だって噂があったのよ」

「そっか、それで集められると思ったんだね。じゃあこれで……材料は全部そろったんだね?」


「そうよ……いよいよ一番難しい錬金調合よ……今日からまた、暫くお部屋に籠るね。ご飯も、今度からは私の分、テーブルに置いておくだけでお願いするね、ごめんね」


「分かった、ここが正念場だからね。メルトの言う通りにするよ」


 メルトのその覚悟に応えるために、今度からは食べやすくて出したままにしていても美味しいご飯を用意しておこう。


 この実験が成功するかしないかは分からないけれど、ここまでずっとメルトは頑張って来たんだ。

 その努力が報われることを祈る。人格が反映されるからとかじゃない、ただ、純粋に家族の努力が報われて欲しいと、そう願うのだった。

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