第二百二話
家の用事を済ませ、王城へと向かう。
勿論、しっかり歯磨きうがいはしてありますとも。
昨日の今日で、使うつもりがないと言っていたダンジョンコアを使用したのだ、何かしらの言い訳、理由付けをする必要があるよな、当然。
門番さんにもすっかり顔を覚えられた俺は、すぐに城に通され、応接室にて女王陛下から呼ばれるまで待機することになった。
最近では、午前中は国内の貴族や海外からの来客との謁見で予定が埋まることがザラで、突然来訪してもこちらを優先することはできないのだそうな。
いや、当然だよな。俺だってすぐに謁見できるとは思っていなかったのだし。
応接室で待機していると、扉をノックされた。
もしやもう俺の謁見の番がきたのかと思っていると――
「失礼する。シズマ、昨日ぶりだな」
「クレス団長。昨日は満足にお話もできませんでしたね。もう、俺の番が来たんですか?」
「いや、まだもう少しかかるだろう。国内の貴族から報告、嘆願が多くてな。枯れていた土地が豊かになっていく兆候が国中で見られているのだ。それに際し、領地開発補助の申請や相談が相次いでいる状態なのだ」
「なるほど、セイムがダンジョンコアを使用した関係、ですね」
「ああ。それに加え、旧ゴルダ領地の統治についての意見、希望を伝えに来る人間も多い。まだしばらくは慌ただしい日々が続くだろうな」
そうか。今、この国は大きな変革、躍進を遂げている最中なんだろうな。
だからこそ、地盤をしっかり固めないといけないんだ。
俺が旅立つにしても、この土地にはセイムをしっかり残していかないと、だよな。
戦力的な意味でも、問題解決に際する協力者としても。
「それで、今日はどういった用向きで謁見を申し込んだのだ? 昨日の今日だ、何か旅団で動きでもあったのか?」
「そうですね、できればこれは女王陛下に直接、内々で報告したい話ではあるのですが」
「安心しろ、シズマを始めとした旅団の面々との謁見は、他の多くの宮廷貴族には聞かれない場所でのものとなる予定だ。では私もその時まで訊ねるのはやめておこう」
「助かります」
しばしの沈黙。恐らく、退屈しているであろう俺の話し相手になるために来てくれたのだ、何かこちらから話題を振ることができたら良いのだが……そうだ。
「そういえば、クレス団長のお姉さん、シュリスさんもヤシャ島に出向いているんですよね。俺も少し前にヤシャ島にいましたから、セイムから少し話は聞いているんです。何か連絡とかあったりはしないんですか?」
「ああ、姉上か。少し前に帝国からの賓客、それもかなりの重鎮が来ていたのだ。その応対のため、父上共々あの島に渡っていた。が、近々その客人と共にリンドブルムに戻ってくると文が届いた」
「へぇ、そうだったんですね。帝国の偉い人との仲も良好みたいですね、安心しました」
「ああ。なにやら騒動も起こったらしいのだが、それも良い方向に働いたと聞いている」
恐らく、セイムとして戦ったあの一幕の関係、だろうな。
あれで帝国の、いやあの公爵の考え方が変わったのなら良かった。
「そうだ。私からも少々報告があったのだった。お前の同胞……と呼んでいいのかは分からないが、同じ異世界の勇者候補だった者達がいただろう。そのうちの一人『カズヌマ』という名の若者を、現在神公国騎士団の見習いとして、私の管理下にあるのだ」
「え、コウヘイが騎士団に? 大丈夫なんですか?」
俺はその意外過ぎる報告に、ちょっとだけ声を大きく反応してしまう。
……勇者としてのポテンシャルはあいつにもあるんだ。自由にして平気なのか……?
「一応、逃亡防止の術や魔導具は取り付けているが、私の見立てではその心配はないと思っている。あの男、随分と従順というより……生来のものなのか、随分と真面目な様子だ。訓練にもかなり熱心に取り組んでいるとの報告も上がっている」
「あー……なんだか想像できますね。ええ、確かにあいつは元々かなり真面目なタチでしたね。実際、自分達の面倒を見てくれていたゴルダに対しても、愚直に信じ役に立とうとしていたんだと思いますよ。まぁ騙されやすい、利用されやすいとも言えます。しっかりその辺りをカバーするといいと思いますよ」
これが、今だから言える俺の私見だ。
あいつ、真面目なんだよ。どこまでも真面目で、だから騙されやすく、利用されやすい。
この世界じゃなく日本だったとしても、いつかあいつは、誰かに騙されていたかもしれないな。
「そうか、カズヌマをよく知るシズマがそう言うのなら、そうなんだろうな。一応、教育係というか監視役はつけている。先程の話、伝えておこう」
「よろしくお願いします。そうだ、魔物に変化してしまった男、ムラキの容態ってどうなんですか?」
「ああ、コクリから話が出たな。一応、変貌した肉体は全て封印し分離、外見上は元の姿に戻ったと言えるそうだ。が、まだ運動能力は戻らず、これは身体が機能を取り戻すまで今しばらくかかるそうだ」
「へぇ、かなりの進展ですね。今回の戦争の背後にいた存在、たぶんそいつらの技術なんだと思いますが、それが解明されつつある、ってことですよね」
「ああ。意識もまだはっきりとまではいかないが、意思疎通が取れる状態まで回復しつつあるそうだ。そうなれば、もっと具体的にどんな術、実験を行われたのか分かるかもしれない」
「良いですね、進展があるのは。……でも、相手の技術や魔術、術式の解明は、もしかしたら向こうも警戒しているかもしれないですし、慎重かつ厳重に動いた方が良いかも、ですね」
「そうだな。コクリもその点は留意しているのか、最近は研究院の防護をさらに強化しているそうだ。中々、優秀なアドバイザーを得たと言っていたよ」
それはもしかしたら、ヒシダさんのことかもしれないな。
あの人頭いいし。現代の知識だって沢山持っているだろうし。
賢すぎて変なことを考えなければ、国にとってメリットになる人材だろうな。
その後も、とりとめのない雑談をしながら過ごしていると、今度こそ女王陛下の使者からのお呼びが掛かり、今回も上階にある会議室に呼び出されたのだった。
「謁見の申し出がこうも早いとは、何かあったのか? シズマよ」
会議室に入ると、挨拶もそこそこに女王陛下から疑問を投げかけられる。
それは不機嫌そうな声色というよりも、何か悪い知らせではないかという警戒の色が見え隠れしているように感じ、俺はその不安を早急に取り除くため、簡潔に報告する。
「はい。女王陛下、私は昨日『大地蝕む死海』のダンジョンコアを、この国の大地に返還致しました。つきましては、その影響でどのようなことが起きえるのか、それをご報告に参った次第です」
「な……! それは誠か!? それが旅団の総意なのか!?」
「いえ、私の独断です。ですが、このコアの使い道については私に一任されていました。事情は話せませんが、私には少々コアで試したいことがあり、それが済んだため返還した次第です」
「そうか……それは、本当にありがたい話だ。今、我が国は変革の時が来ていると私は見ている。故に外敵をより一層警戒しなければいけないと思い、地盤を固めていた。そこに更なるコアの返還となると、あまりに喜ばしい話が続き、警戒を強めてしまうほどだ。して、コアの返還でどのような影響が出るのか、説明してくれるか、シズマよ」
俺は、港町およびヤシャ島の近海における海流の乱れや、渦潮発生の抑制、海産物の漁獲量が増える可能性と、同時に魔物が内海に入り込む可能性について説明する。
「それは喜ばしい話だ。現状、なぜ他大陸の船が一度ヤシャ島に立ち寄り、そこを経由してから大陸に来るのか。その最たる理由が『航行難易度の高さ』なのだ。ヤシャ島出身の、近海を熟知している人間なくしては港町に安全に向かえないため、島に立ち寄ってもらっていた。その問題が解消されるとなると……交易の面でも、人の出入りの面でも、計り知れない益が生まれるだろう」
なるほど……そういう理由もあったのか。
大地を肥沃にさせるのとはまた違った、大きな利益を上げた……ということになるな。
「今回のダンジョンコアの使用については、公開する必要はないと思います。ヤシャ島のダンジョンの消滅で事態が好転した、で良いかと。それでも察しのいい人間は出てくるとは思いますが」
「ふむ、分かった。だが……シズマ、其方個人になんの報酬も与えないわけにはいかない。聞けば、其方はまだ『冒険者ギルド』には登録していないそうだな。探索者ギルドの推量で翠玉ランクという扱いになっているが、後ほど冒険者ギルドに登録しておくように。こちらから紅玉ランクの冒険者としての身分を与えておく。本来なら、蒼玉に匹敵する働きをしているのだがな、セイムも其方も。だが、あまり目立つランクを求めてはいないのだろう? ダンジョンに挑むのならば必要ないが、この先旅をすることも多いのなら、冒険者としての高ランクも持っているに越したことはない。それを以って、シズマへの報酬の一部とする」
「ご配慮、痛み入ります。謹んでそのお話をお受けしたいと思います」
絶妙な報酬だ。恐らく、女王陛下も旅団関係者への対応の仕方を、熟知しつつあるのだろう。
「こちらからの報告は以上となります。女王陛下、それにコクリさんから何かございませんか?」
「そうだな、特に今は伝言などの必要はない。コクリはどうだ?」
「そうですね……シズマ君、こちらで預かっている人間の近況は知っているかな?」
「はい、先程クレス団長から教えてもらいました」
「そっか。それならこちらも特にないかな。しいて言うならヒシダが中々優秀でね、後々は私の助手として正式に雇うつもりだよ」
「なるほど。良い考えだと思います。彼女は大局を、自分の立ち位置と状況をしっかり理解できる人間だと思います。そこまで警戒はしなくても良いかと思います。まぁそれでも秘密の対策とかは必要かもしれませんが」
「そうだね、私も同じ見解だよ。彼女はかなり頭もよく、立ち回りも上手だ。余計なことに考えが回らないよう、仕事と報酬をしっかりと与えて、この国に帰属させてみせるよ」
そうだな、それが出来れば、カズヌマもヒシダさんも、国の益になる人材だろう。
そうして全ての報告が終わり、俺は謁見を終えた後に城を後にしたのだった。
一応、元クラスメイトに顔を見せておくかと聞かれたけれど、仲良くするつもりもないからね。
同じ国で、別な場所でしっかり国に貢献してくれているのなら、それで別に問題ないさ。
「ふー……すっかり春になったなぁ」
城からの帰り道、リンドブルムとの間の林道を進みながら、周囲の自然を目に改めて思う。
森の緑が栄え始め、草木も伸び始めるその様子に、今年の夏の豊作を予感する。
やっぱり食べ物が豊富なのって、平和にも繋がるよな。
森の中を見れば、どうやら冒険者と思しき人間が、採取依頼だろうか? 何やら腰をかがめて何かを集めている様子も見受けられる。
以前はこちらの森は王家が管理しているからと、あまり近づく人間がいなかったそうなのだが、ダンジョンコアの影響でこちらの森にも有用な薬草や山菜が豊富に自生するようになり、こちらまで来る人が増えたのだそうな。
そのうち、俺達の家の周囲に柵でも立てておかないと、迷い込んでくる冒険者とか出てくるかもしれないな。
そんな、平和な問題への対策を考えながら、帰り道をゆっくりと進む。
平和になった影響だよな、そんな対策を考えるようになるなんて。
さて……メルトの方はどうなっているかな? しっかり助手としてセリーンが働いてくれていると良いのだが――