第二十話
(´・ω・`)いろんなゲームの発売日ねそろそろ。
「ねー? なんで目瞑ってるの? 頭の石鹸が目に入ったの?」
「これはシャンプーと言うんですよ。目を瞑っているのは……私の中にある尊厳や良識、最後の矜持を守る為です。すみません、湯船までエスコートをお願いします」
大衆浴場。本日は一番風呂を頂くつもりで早朝にやって来たものの、それは他に利用客が少ないだろうと予測してのことだった。
私は、女だと自覚している。いや、男としての記憶も経験も人生も内面に含まれていると知っているけれど、少なくともこの姿の自分は……明確に女なのだ。
シズマがメインの人格であり根本なのは分かっているけれども。
なら、何故目を瞑っているのか。
それはひとえに、シズマやセイムに戻った時、ここで見た記憶も共有されてしまうからだ。
それは、許容出来ないし、きっとシズマとしてもそうしてもらいたいはずだから。
「よくわかんないけど……はい、足元気を付けてね」
「ありがとう、メルトさん」
「『さん』はいらないよー」
「ふふ、わかりました」
そうして、早朝から苦行めいた一時を過ごし、今日の目的である文字を覚える為、勉強に集中できそうな場所、図書館のような場所はないか探すのだった。
「しかし、この広大な都市を当てもなく探すのは不可能に近いでしょう? まずは総合ギルドで聞いてみるのが良いと思いますよ」
「あ、そっか。じゃあ冒険者ギルドに聞いてみる?」
「いえ、恐らくですが『学者ギルド』の管轄ではないでしょうか。私の身分証明とする為、私自身が学者ギルドに登録しておくべきだろうと思いまして」
実際、私を含めて全てのキャラクターにそれぞれ身分があった方が動きやすいだろう。
……ただ、一人くらいは自由に好きなことが出来る、非合法な立場でいられる人も必要かもしれない……。
ダメだ、ダメです、私の意識が本当にシズマを、男性人格を上書きしていくような感覚がする。
これは……恐らく『私が強すぎるから』だろうか。
シズマやセイムではなく、現在確認している中で私よりも強いシレントに、近々交代して過ごすべきだ。
ただ、一つ可能性として考えられるのは……私達全員のベースであるシズマ、本来の自分が『最も強くなれば』自我を薄れさせることもなくなるのではないか。
可能性としては考えられる。シズマは、セイムやシレントの職業基礎スキルまでも習得していた。そしてステータスの備考欄にあった『完全反映』の文字。
それが文字通りの意味なら……シズマは誰よりも強くなる。
が、その反面。私達キャラクターの経験や知識、記憶まで『完全反映』しているのだとしたらどうだろうか? 確実に、本来の人格に影響を与えてしまうのではないだろうか?
もし、シズマが最も強くなれば……『精神力』が強くなれば、文字通り精神を安定、他の影響を受けにくくなると考えても良いのではないだろうか?
それに、ステータスが伸びなくても、私を含む全てのキャラクターのスキルを習得したら……もう、それだけで手が付けられない強さになるだろう。
これは、確かに楽しみだ。
例えば学者の初期習得スキルにはこんなものがある。
『初級付与魔法』
これは、自分を対象にしか発動できないが、自分の武器に自由に属性を付与出来る力だ。
それをもし、前衛のキャラクターが持つ強さで使えたら、それだけで火力の伸び、攻撃力の伸びも対応力も格段に跳ね上がる。
さらに『観察眼』というスキルも初期習得スキルで存在している。
これは簡易的ではあるが、見ただけで対象の情報がある程度入ってくる力だ。
ゲーム時代は、敵の弱点部位や体力のおおよその値、そしてアイテムの詳細を見抜けるというもの。
これも、生きていく上で実際に持っていたら、この上なく有用なスキルだ。
それらスキルが全てシズマに集約されたとしたら……。
っと、思考が少し飛躍してしまった。
「学者ギルドってなにするところなの?」
「うーん、分かりませんね? 恐らく、登録することによりこちらに仕事を与えたり、なんらかの研究に従事することも出来るのかもしれませんが、現状私はこの都市に長期拘束される訳にはいきませんからね、メリットにはならないかもしれません」
「なるほど……でも、そういう立場なら、もしかしたら他の都市で重宝するかもねー? 研究ってその場所ごとにテーマも変化するだろうし、何かに関わりたい時とか便利かも」
「なるほど、その通りですね。メルトは賢いですね、本当に」
「そうかなぁ? 集落に研究に関する本とかいっぱいあったからだよ?」
「それらを理解し、噛み砕いて知識として身につけているではないですか。それは十分にメルトが賢いという意味なんですよ?」
「そっかなー? へへ……照れる!」
メルトは本当に可愛い子です。
そうして無事に総合ギルド、巨大すぎるこの施設に再び訪れた私達は、まずは図書館の場所を訊ねるのだった。
流石に、学者ギルドに登録したい人間が文字の読み書きが出来ないなんてお話になりませんからね。
「図書館ですか? 一応、利用は有料となっているのですが、問題ないでしょうか?」
「そこまで高額なのですか?」
「一日で小金貨一枚と、それなりに高額になってしまうのですが……」
「なるほど。多くの研究の成果や先人の知恵、採取や調合に必要な知識を探すことも出来るかもしれない、まさに『飯のタネ』とも呼べる場所ですからね。さすがに自由閲覧は出来ませんか。分かりました、正当な対価だと思い支払います。では図書館の場所をお教え願いませんか?」
学者ギルドの窓口にて用件を伝えると、すぐに図書館について教えてもらった。
やはり、この世界では日本や現代のように知識を自由に得ることは出来ないのだろう、当然多額の利用料を取られることになった。
が、それだけの価値はある。メルトと私で合計で小金貨二枚、日本円にして二万円相当。
なかなかの出費ではあるが、必要経費だろう。
「メルト、行きましょう。図書館は上層エリア『学園区』と呼ばれる場所にあるそうですよ」
「へー! 学園って……あれよね、同じくらいの年の子達が勉強する施設よね? 昔憧れたなー」
「ふふ、やはりメルトは学ぶことも好きなんですね」
「そうかも。ずっと一人で勉強してたからねー」
その気持ちは『私』には分かるし、学園にあこがれる気持ちも共感出来る。
しかし『シズマ』としては、同意しかねるようだ。
……これはこの世界に来てから経験した出来事の所為、だろうか。
違いますね、修学旅行の班決めで余計なことをした教師に失望したのが大きいようです。
本当は楽しみにしていたという気持ちが伝わってきます。
どんな世界、どんな時代でも、教える側の不手際で苦しむのは生徒の方、ですね。
「では行きましょう、メルト」
「うん、早めにここ出よう? シーレ、注目されてるよ」
「え? ……そうみたいですね」
……なるほど、これは近々伊達眼鏡などが必要そうですね。
近いうちに学者ギルドに登録も済ませておきたかったのですが、機会を改めましょうか。
リンドブルムの都市は、下層、中層、上層の三層に分けられている。
生活するのに必要な施設が密集し、様々な通りがあり、私達が先ほどまでいたのが中層。
そして下層は、街門に通じる、旅人が通り際に利用するような施設が密集する層であり、冒険者の巣窟はこの下層と中層のほぼ中間にある坂道になっている通りだ。
また他にも、下層では街壁に沿って都市内にも関わらず放牧や農耕も行われており、主に商会直営、管理下にある農地が存在しているそうだ。
無論、一般の農家は街の外に畑や牧場を持っているので、下層の農業地帯ほど安全ではない。
それでも街の周辺ということもあり、当然人の目も多いので犯罪は極めて少ないらしいが。
そして、今向かっている上層。
ここは主に『貴族』と『貴族お抱えの職人』そして『学問を収める為の施設』とその利用者である『貴族の子弟や優秀な人間』の為の層ということになっている。
例外として、名を上げた冒険者や探索者の持ち家や、騎士の宿舎もあるそうだ。
つまり、私達のような人間は悪目立ちする可能性がある、と。
「と言う訳で、上層区は身分の高い人間も多く、私達は気を付ける必要があります」
「そーお? シーレからもらった服のお陰で、そこまで私目立ってないんじゃないかしら」
「ふむ……確かに。似合っていますよ、メルト」
メルトには今朝の大衆浴場で、着替え用に私の装備を数着渡しました。
彼女が喜びそうなロングワンピースの装備を着せているので、外見上は上等な衣服を着た美しい女性でしかない。
口を開くと、少しだけ幼い、天真爛漫過ぎる印象を受けてしまうけれど。
「シーレはたぶん何着ても目立つよ。だってこの都市で見かけた誰よりも綺麗だもの。本の絵で出てくるお姫様とか、古い演劇のチラシに載ってる人より綺麗よー?」
「ふふ……ありがとうございます」
……早く、文字を覚えて男性キャラクターに交代しなければ。
シズマがどんどん女性化してしまう。セイムになっていた頃はまだ背格好が近い男だから長期間姿を変えていてもそこまで変化を感じられなかったようだが、私は……ダメだろう。
それに、得てして容姿が優れている女性というのは、こういう上流階級の場所での面倒事の遭遇率が高いというのがお約束なのだから。
「早く図書館に行きましょう。目立つ前に」
「そうだね。うーん……でも本当綺麗な街並みね?」
「ええ、そうですね。喧噪も少なく、優雅で……」
そして、ちらほら向けられる視線。
が、そんな視線を向けられながらも、ついに目的地が見えてきた。
まるで、大きな教会のような、荘厳な装飾のなされた背の高い建物。
サグラダファミリアのようだと一瞬思うも、実物を見た記憶が私にはない。
やはり、ゲーム制作者の知識や資料の一部が、私達キャラクターにも反映されているのだろう。
「わー……すっごい場所ね? 緊張するね?」
「そうですね。では、行きましょうか」
そうして、あまり利用客が多くない様子の、静寂に包まれた図書館に足を踏み入れる。
厚手のカーペットの敷かれた室内は、足音すらほぼ無音になってしまう程。
これは勉強に集中できそうだと、メルトと二人事務所で利用受付をする。
「これはようこそ、お美しいお嬢様方。利用は今日一日、深夜まで。一度退館なされた場合の再入館は有料となっています。また資料や書籍の持ち出しは厳禁です。飲食は専用のスペース、図書館深部にあるサロンにてお願い致します」
「了解致しました。少々お尋ねしたいのですが、勉学を行うためのスペースなどはありますでしょうか?」
「それでしたら、各階層に実習用のスペースが用意されていますので、そちらでお願いします」
「分かりました。では、失礼します」
かなり、敷居の高い施設なのだろう。
無論それは外観から予想出来たことではあるけれど。
「さて……ではメルト、何か勉強に必要になりそうな書籍を一つ選んでから向かいましょうか」
「う、うん。じゃあ……文字が多そうな本を一冊持って、机とかある場所に行こうか」
「……うん、そうだよ。これが『あ』始まりの音。やっぱり不思議だよね……セイムもシーレも、会話が成立してるんだもん。文字だけ分からないのって違和感があるよ」
「私もそう思います。しかし……なるほど、文字を理解する感覚が少し異常ですね。まるで一度覚えると……脳が勝手に変換するような感覚がします」
一冊の本を教材にメルトから文字を教えてもらい始めて数分、早速『学者』の能力補正を感じる。
理解し、覚えた時の感覚が異常なのだ。
まるで、それまでの前提知識に最初からあったかのように、すんなりと覚え、勝手に文字が日本語に変換されていくのだ、脳内で。
いや、そもそもこの世界に召喚された段階で会話が可能だったのだ。なんらかの力でこちらの脳に『生活に必要な最小限の力と知識は与えられている』と見るべきだろう。
つまり、文字というのは最小限の知識には含まれていない、と。
だが話せる以上、習得する下地は元々備わっていたのだろう。
幸い、文字の数が日本語と大差がないし、複数の文字で表される音も簡単に理解出来そうだ。
ただ、鼻濁音に対応する文字も存在する為、日本人としての知識、経験、資料を基礎に持つ人格としては、非常に違和感を覚え、同時に面白くも感じる。鼻濁音の文字……新鮮だ。
それにメルトが選んでくれた本も、学習にかなり有用なものだった。
『古代文字の解読と希少種族の言語についての考察と解明』という研究資料であり、まさに私が今していることに近い検証方法が行われていると、メルトが言っていた。
「じゃあこれ……『あいうえたゆえのきょうこう』この文字の意味は分かる?」
「『愛飢えた故の凶行』……悲しい歴史と事件の話ですね。なるほど、分かりにくい文字の組み合わせですが、理解出来ますね」
「おー、凄い凄い。これなら今日中に文字も意味の当てはめも理解出来そうねー?」
「メルトのお陰ですよ」
そうして、メルトの想像以上に分かりやすい授業のお陰もあり、夕食の時間になる頃には本を一冊、自分の力だけで読み切ることが出来るようになったのだった。
……後は他のキャラクターでも読み書きが出来るようになっているのか、確かめてみる必要がありますね。
「シーレ、ご飯どうする? 食べに行くならここを出ないとだけど、そうなるともう戻れないんだよね?」
「ふむ……もう一冊本を読んだりして試してみたいところですが……今度は少し難しい本等で」
「なら我慢する?」
「念のため、一度サロンを覗いてみましょうか。もしかしたら軽食等が売られているかもしれませんし」
「サロン……ってなに?」
「休憩スペースのようなもの、と考えてください。少しだけ上品な場所をイメージしてくだされば」
「なるほど、シーレみたいな人が似合いそうね?」
「ふふ、すぐにメルトも似合う女性になりますよ」
現に、ここに来てから凄く物静かに過ごしているし、勉強を教えるのも上手だし、本を読んでいる彼女の横顔は、紛れもなく知的な女性そのものだった。
今の私から少しでも何かを学ぶことが出来れば、きっと彼女は徐々に女性としての自覚も芽生えていくだろう。
「では行きましょうか」
そうして、利用客が少ない、静寂に包まれた図書館を、さらに奥へと向かうのだった。
(´・ω・`)ゼノクロとアトリエ新作を買おうかしら……。




