第百九十九話
「オオオオ……オオォォォン……」
「ぐおお……うう……うおおおん……!」
ギャー! ムサイ! でっかい戦士二人が抱き着くな!
とは、流石に口には出さないけど! 心配かけてしまいましたもんね!
ガークさんとアラザさんが、まさかの泣きながらこちらに抱き着いてきたのだ。
「よくぞ、よくぞ……戻った! 本当によく戻ってくれた……!」
「私が! 私が君を誘ったばかりに……! 本当によく無事で……!」
「大の男が泣かないでくださいよー! 離れて離れて」
「ぐ、すまない……感極まってしまった……そうか……本当に帰還できたのだな」
アラザさんが、本当に目を手で拭いながら聞いてくる。
すると――
「ね! 言ったでしょ! シズマは絶対戻ってくるの! 私の鈴がきっとちゃんと鳴ったのよ」
「そうだね、たぶん眠ってる間に手から零れ落ちたんだ」
「そうか……本当にそんな道具が……」
「使い捨て、なんですけどね。それに残り僅かです。でも、あれが最善だったと俺は思ってます」
俺より先に、メルトが自信満々な様子でそう語るのだった。
「む、そうだ。シズマ君、君から借りているアクセサリー、こちらは全て回収しておいた。ガーク、持ってきてくれ」
「了解! シズマ君が戻ってきてくれて本当に良かった……アクセサリーだけを旅団に返却するとなると……恐らく全面戦争になってしまうのではないかと、実は密かに他勢力と相談していたんだ」
「え! そんなことしてたんですか!?」
「だってそうだろう……旅団からの客将を犠牲に我らだけが戻り、それでアクセサリーだけを返却してそれで済むはずがないからね。実は……女王陛下の耳にも届いている。できればこの後すぐ、王城に謁見に向かって欲しいくらいだ」
「そうだな、正式にダンジョンをクリアしたと報告し認めてもらうには、どのみち君の持つダンジョンコアも必要なのだ。提出をする必要はないが、しっかりと見せ、そして君の無事も知らせないと……恐らく近々国が正式に旅団への謝罪の席を設けることになるだろうな」
「うわぁ……じゃあ大至急お城に行かないとじゃないですか」
「ああ。なので、突然だがこの後、我々代表と一緒に登城してもらえないだろうか?」
そうだよなぁ、考えてみれば旅団ってこの国の重要なポジションに収まりつつあるんだもんな。
そこに所属する人間が国に認められた十三騎士率いるクランに貸し出され、それで死なせたとなれば……普通は国単位で謝罪をしなければいけない事態に発展しかねないもんな。
「シズマ、こっち来て」
「ん? どうしたんです」
すると今度は、少し離れた位置でメルトの隣にいたリヴァーナさんに呼ばれ、そちらに向かう。
すると次の瞬間、俺より少し、いやメルトより少し背の低い彼女が突然抱き着いてきた。
鳩尾に頭頂部を押し当てるようにしながら、強く抱きしめられる。
「無事でよかった。本当に、よかった」
「本当、ご心配おかけしました」
「ムー……リヴァーナちゃんダメ、シズマの鳩尾『ぐえっ』てなっちゃうから離れて」
「……分かった」
確かに若干苦しかったです。弱点にクリティカルヒットでした。
「シズマ、本当に、本当に心配した。メルトも、凄く心配してた。メルト……良かった。元気になって、本当によかった」
「リヴァーナちゃん……うん、ありがとう、心配してくれて。ギュー」
「ギュー」
あ、珍しく長い言葉を話したと思ったら、メルトに抱き着かれた。
本当に仲良しさんだな……もしかして年齢も近いのだろうか?
「シズマ君、これが君から借りていたアクセサリーだ。お返しするよ」
「ありがとうございます。俺もコアは持っていますから、これから謁見に向かいますか?」
「そうだね……マスター、どうしますか?」
「向かうべきだろう。リヴァーナ、今から城に向かうが大丈夫か?」
「構わない。メルトも、行く?」
「行っていいの?」
「無論だ。メルト君も今回のダンジョンチャレンジの立役者の一人。ましてや、旅団からの客将の一人だったのだから」
そうだった。俺が客将だったように、メルトも同じく旅団から派遣されたって扱いだった。
そうして、今回の探索隊の主要メンバーで王城に向かうこととなり、キルクロウラーの馬車で向かうことになったのであった。
ダンジョンコア……後で『オーダー召喚』が可能になった人数が増えたか、確認しないとな。
馬車が王城に差し掛かると、御者を務めるガークさんのチェックだけを門番さんが済ませ、後ろの荷台にいる俺達のチェックはされなかった。
少々不用心が過ぎると思ったが、それだけキルクロウラーというクラン、そして御者を務めるガークさん自身が信用されているのだろうと納得した。
「実際、私のクランの人間が誰かに脅されて不審者を城に運び込む……なんてことすら想定していないんだ。そうなるくらいなら我々は自決する。そういう覚悟で挑んでいるのだよ」
「あ、顔に出てましたか、俺」
「不思議そうな顔をしていたよ。まぁ、実際城内にはクレス団長やコクリ女史がいる。手出しするのは不可能だろうさ」
「そういえば……かつて、近衛騎士団から裏切り者も出たんですよね」
「ああ、そうだ。よく知っているな。あの時は、当時副団長だったクレス団長が取り押さえ、責任を取るために当時の団長が辞任した。もし……彼がまだここに残っていれば、さらに守りは盤石になっていただろうに」
「そんなことがあったんですか……」
俺は何となく、その責任を取った元団長が誰なのか、知っているような気がした。
……どこか憂いを秘め、力の振るい先に迷い、圧倒的な武力を誇る、そんな人を――
王城の中の様子は、最後に見た時から特に変わった様子もなく、何か大きな事件が起きた気配もなかった。
だが、実際には帝国からの使者も訪れているだろうし、その他の国からも謁見の申し込みが後を絶たないような、そんな状況なのではないかと推理する。
そのまま、俺達は謁見の間ではなく、最上階の会議室に案内される。
以前、シレントやセイムとして戦争前に訪れたことのある部屋だ。
キルクロウラーの面々が先に入り、そして最後にメルトと俺が入室した。
だがその時だった、突然の大きな声に、身体が硬直したと思ったら、次の瞬間――
「シズマ!!!!! シズマお前! 無事だったのだな!!!」
「どわ!」
突然、中にいたクレスさんが駆け寄り、硬い鎧のままこちらに体当たりするような勢いで抱き着いてきた。
俺……今日こんなのばっかりじゃないですか……あと普通に痛いです鎧……。
「無事だったのだな……! 昨日、アラザ殿のクランから報告があったのだ……そこで『シズマ君が犠牲になった』と言われ……我が国は……私は……この先どうなってしまうのかと途方に暮れていたのだ……!」
「シズマ……無事であったか」
「あ、女王陛下。お久しぶりで御座います」
俺はクレスさんの拘束から逃れ、上座の女王陛下に跪く。
「よい。其方の無事、心から安堵した。そうか……無事であったのだな」
「は。心労をおかけしてしまい、誠に申し訳ありませんでした」
「よい、これは私が為政者としてまだ弱いだけのこと。其方の損失に、旅団の面々になんと詫びればよいか、それを心配していたという浅ましき王の杞憂だ。許してほしい」
「そんな……自身を卑下するのはおやめ下さい、女王陛下」
「ふふ……本当に聡いな、其方は。ああ、分かった。己を卑下するのは止めよう」
どうやら、本当に俺の犠牲はそのまま旅団の不興を買うと思っていたようだった。
かつて、シレントが死んだという偽の報告を聞いた時のように。
「女王陛下。今回のご報告は、シズマ君の帰還の知らせだけではなく、正式にダンジョンを踏破したことを改めてご報告する為のものです。今回、彼がダンジョンコアを持ち帰ったため、それをお知らせしておこうかと思い、こうしてこの場を設けさせて頂いたのです」
「なんと……誠か、シズマよ」
「はい。こちらがダンジョンコアでございます」
俺は『大地蝕む死海』のコアを取り出し、よく見えるように女王陛下に近づける。
「おお……これは確かにダンジョンコアに相違ない。コクリ、念のため鑑定を頼む」
「はい。シズマ君、少し貸してもらえるかな。しっかりと返すから安心して欲しい」
「はい、お願いします」
静かに控えていたコクリさんも、俺に話しかける時、優しく微笑んでくれたように見えた。
「ふむ……間違いありません、ダンジョンコアです。シズマ君、お返しするよ」
コアを受け取る。さて……ここからは恐らく、このコアをどうするつもりか聞かれるんだろうな。
少なくとも、今回は献上する予定はないし、この大陸に還元するつもりも今はない。
まず、オーダー召喚について検証をするのが先決だ。
「シズマよ、そのダンジョンコアをどうするつもりだ?」
「はい。これは旅団で管理する予定です。これは既にシレントからキルクロウラーに伝えられている条件なので、俺の一存で覆すことはできませんし、恐らくルーエも覆すつもりはないはずです」
「そうか、分かった。ダンジョンコアを求める勢力は多い。今回、キルクロウラーの面々がダンジョンを踏破したという噂は既に広がっているはず。故にコアを持つと思われる者は狙われる心配があったが……このクランを狙う者などそうそういないであろう。それに、今日わざわざこうして馬車で城に乗り込んだ。既にダンジョンコアは我が国に献上したと、大多数の人間は思うであろう」
「なるほど……そういう意図もありましたか。では、こちらのコアはこのまま俺が持ち帰っても?」
「ああ、勿論だ。セイムは今、またリンドブルムを離れているのだろう? もし会うことがあればよろしく伝えてくれ。無論、旅団の本隊にいるルーエ殿にも」
「はい、もちろんです。ご配慮いただき、そして身を案じて頂き、誠に感謝致します、女王陛下」
こうして、無事にダンジョンを踏破したことを正式に報告した俺達は、何事もなく城を後にした。
「二人の家は確か南門に向かう途中だったか。家の前まで送ろう」
「ありがとうございます、アラザさん」
「シズマ、またいつでも遊びに来て良い。私達は暫く、この街でリンドブルムの巣窟に挑み続ける。とても美味しいダンジョンだから」
「そうだな。恐らく無限に続くダンジョンだ。一定の深さを安定して探索できる存在は、立派な国の財源として役立つことができる。ここで新人の育成を促し、行く行くは帝国にある無数の未踏のダンジョンに挑むつもりだ」
「そう。いつか、私達も帝国に向かう。『スペリオール』に後れを取らない」
「ふふ、確かにそうだな」
む、初めて聞く単語だ。どうやら人名、もしくは何らかの組織の名前のようだが。
「シズマ、シズマ。スペリオールって私、知ってるわ! 神話に出てくる騎士の名前なのよ! その昔、青き竜のリンドブルムと剛腕の巨人ゴルディオンの争いに、人間なのに割って入ろうとした、すっごく強い騎士さんなんだって! でも、確か相手にされなかったのよね?」
「ふふ、よく知っているなメルト君。確かにスペリオールは神話から取られた名前だが、リヴァーナが言っているのは探索者クランの『スペリオール』という連中のことなんだ。あのクランも、クランマスターが私と同じ十三騎士でね。中々面白い人物だよ」
「対抗意識を燃やしている癖に他大陸に渡った。逃げた」
「こらこら……余計な団員同士のいざこざを未然に防いだだけだろう」
「アラザは人を良い方に捉えすぎ」
「ははは……そういうクランがあるんですね」
なんだか、少し因縁のありそうな相手だな。
しかしそうか……もう既に帝国に遠征に向かっているこの国の十三騎士もいたのか。
そういえば、十三騎士と言っても、実際に存在を知っているのは……ええと六人だっけ?
あれ、コクリさんも十三騎士なんだっけ……? もしそうなら七人?
とにかく、俺はまだ半数しか知らない。
「着いたぞ。シズマ君、メルト君。先程リヴァーナも言ったが、我々は暫くこの街に留まる。もしも何か用事があれば、遠慮なくクランハウスを訪れてくれ。君達はもう、私達の仲間だ、遠慮はいらない」
「はい、ありがとうございますアラザさん」
「うん、また遊びに行くね! 今度、アラザさんが遊びに来たら、川のエビのから揚げ作ってあげるね。私のお家の庭で、たーっくさんエビを育てているのよ!」
「ほう……! それは是非ともお相伴に与りたくなる話だ」
「はは、そうですね。いつでも遊びに来てください」
本当にエビが好きなのか、一瞬表情を輝かせたアラザさんと別れ、俺達は無事に帰宅する。
さて……じゃあ、しっかり家の鍵をかけてから、周囲をサンルームの窓で調べないとな。
「メルト、少しいろいろ実験するから、もし誰か来たらすぐに鍵を開けないようにね」
「うん? 実験? あ、ダンジョンコアを使うのね? りょうかーい」
さて……まずはオーダー召喚関係の検証からだな。
これで、一度に召喚できる人間が二人になれば良いのだが……。