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じゃあ俺だけネトゲのキャラ使うわ ~数多のキャラクターを使い分け異世界を自由に生きる~  作者: 藍敦
第十三章 心の成長

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第百九十八話

「メルト、何かあったらいつでも来て。私はクランハウスに暫くいる」

「うん、ありがとうリヴァーナちゃん」

「メルト。家に着いたんだから、しっかり寝た方が良い」

「そうだね、たぶん落ち着いて眠れると思う。私のベッド、凄く大きいから」


 その頃メルトは、長旅を終え、リンドブルムと王城との間にある自分の家に帰宅していた。

 リンドブルム到着後、リヴァーナはそのまま徒歩でメルトを家まで送っていったのだが、その理由はやはり、どこか焦燥にかられたような表情を時折浮かべていたメルトを心配してのこと。


 そうしてリヴァーナはメルトが家に入っていったのを確認し、まだどこか表情の暗かったメルトを心配しながらも、自分達の拠点に戻っていくのだった。




 一方、メルトは久方ぶりの我が家に戻り、そこが改めて『一人で過ごすには広い家』だと、しみじみと思いながら、まるで幽鬼のようにフラフラと歩き、談話室へ移動しソファに体を預ける。


「絶対戻ってくるもん……きっとダンジョンが遠いからに決まってるわ。あそこは天然の地形じゃなくて、異空間だったはずだもん……だから鈴の反応が遅れてるだけだもん……」


 メルトは、自分を納得させる理由を沢山沢山考え、己に言い聞かせていた。

 それでも帰宅の道中、周囲の反応が『シズマは帰らぬ人になった』と言っているかのようで、それを事実だと受け入れそうになって、より一層彼女を苦しめていた。


『戻ってくるのにみんなの様子がおかしい』と自分に言い聞かせ、半ば心を閉ざしていたメルト。

 それでも、元来心優しい彼女は、それでも『みんな私を心配してくれている』と分かってしまい、邪険にすることも、反発することもできず、ただ二律背反の心に苦しんでいた。


「戻るのに……帰ってくるのに……」


 自分の家。シズマと暮らした家。微かにシズマの気配が残る家。

 その安心感に、ここ何日もまともに眠れていなかったメルトが、ついにソファに横たわったまま動かなくなる。

 深い眠り、極度の疲労からくる、本当の眠りに。

 家に来たら真っ先にまた鳴らし始めようと握りしめていた鈴が、彼女の拳から転がり落ちる。




 寝息に呼応するような『チリン』という、小さな音をさせながら――








 眼前に迫る川の流れが、突然消える。

 すると、こちらの顔に激突したのは木製の床で、その突然の痛みに大きく目を瞑ってしまう。

 いや、それより今、俺は確かに聞いたぞ、鈴の音を。


 目を開けば、そこは間違いなく俺の、俺達の家だった。

 起き上がり床に座る俺の真横から、静かな寝息が聞こえてくる。

 振り向くと、そこにはソファで眠っている、メルトの姿があった。


「帰ってこられた……鳴らしながら眠ってしまったのか……」


 俺は、起きた時に別人の姿でいると戸惑うかもしれないからと、元の姿に戻る。

 今すぐ起こしたい気持ちもあるけれど、見たところ熟睡している様子なので、それをグッとこらえ、そのまま俺はソファの座面に寄り掛かるように床に座り、彼女の起床を待つことにした。


「……待たせちゃってごめんな」


 だらりと、ソファからずり落ちたメルトの手を静かに取る。

 外見よりもずっと硬い、戦う人間の、戦い抜いてきた人間の手。

 静かに、その手を握ったまま、俺も少しだけ目を閉じる。


「ただいま、メルト」


 俺も少しだけ、眠ろう。最近、ずっと森の中で安心して眠れなかったんだ。

 ……あっちの大陸に残してきたみんなは平気かな。

 馬車、壊れてはなかったから、無事に港町には行けたかな?

 ああ、そうだ――あの女の子の傷、ちゃんと治ったかな――






 突然、身体を締め付ける強烈な刺激に意識が覚醒する。


「シズマ! お帰りなさいシズマ! これ夢じゃない!? 夢じゃないのよね!? やっぱり、やっぱり戻ってこられたのよね!?」


「う……メルト……おはよう……」

「うん!」


 さらに加えられる力に、身体が悲鳴を上げる。

 メルトの腕が俺を強く強く抱きしめ、胸にぐりぐりと彼女の顔がこすりつけられる。

 頭の耳が、何度も俺の顔をくすぐり、凄くすぐったいけれど、なんだかそれが可愛くて。


「遅い! 遅いよー! 鈴、鳴らなかったの! みんな、シズマはもう死んだんだって顔してて、私凄く恐かったのよ! 鈴壊れてたよー! 馬鹿ー!!!」


「……ごめんな、メルト。遅くなって本当にごめんなぁ……」


 頭をそっと抱き返す。

 二回目なのだ。俺が、メルトを深く悲しませたのは二回目なのだ。

 ……もう、止めよう。誰かのために、メルトを悲しませるようなことをするのは。

 もう、スティルの策よりも何よりも、メルトを優先しよう。


 腕の中で、喜びながら涙を流す彼女を見つめながら、俺はそう誓った。

 黒幕を倒すチャンスだとか、そんなのはどうでもいい。

 もう、俺が全てを守れるだけの力を手にすれば良いのだから。

 俺が、皆を顕現させることができるようになれば良いのだから。


「メルト、そろそろ離れよう? 俺を心配してくれている人達に、帰ったって教えにいかないと」

「ヤダ! 今日はずっとこのままがいい!」

「うーん……じゃあせめてソファに座らせて?」

「分かった」


 もう、離れてくれない。まるで俺を離したらどこかに行ってしまうとでも思っているかのように、抱き着いて離れない。


 それがまるで、小さな子供のようで、俺はそれを無理に引きはがすことができそうになかった。

 随分大きな子供だなぁ……うちの子狐さんは。

 そうして俺は、メルトに抱きしめられたまま暫くソファで動けなくなっていたのだった。




 それからどれくらい時間が経ったのか、腕の中のメルトから、可愛い『キュー』というお腹の鳴る音が聞こえてきた。

 ずっと胸に顔をうずめたまま、半分眠るようにしていた彼女が、ようやく頭を離す。


「お、お腹すいたわ……! 最近、全然お腹がすかなかったのに……」

「もしかして、満足にご飯も食べていなかったのかい?」

「うん、食欲が全然湧かなかったの。でも今はお腹ぺこぺこねー」


 もしかして、俺を心配していたからなのだろうか。

 よし、じゃあ胃を驚かせないように、少し消化に良いものを作らないと。

 ……柔らかく煮たポトフとか、パン粥とかで良いだろうか?

 この世界にもっと一般的に米があれば、エビのリゾットとか作れたのだけど。


「よーし、じゃあ俺がご飯作るから、手伝ってくれるかい?」

「うん! 私、エビが食べたいわ! シズマ、まだエビって残ってるかしら?」

「まだあるよ。じゃあ……エビを使ったポトフにしようか。うーんとエビの味が濃いの」

「わーい!」


 しっかり、手間暇かけて作らないとな。

 俺の帰りを待っていてくれた、この可愛い家族のために。

 よーし……じゃあまずはダンジョンのエビ肉だけじゃなくて、港町で買った普通のエビも使わないと。


 エビの殻をこんがりオーブンで焼いて……それで出汁を取って……エビも鶏肉と混ぜてたっぷりのエビ肉団子にして、ポトフにたっぷり入れてあげて……。


 こんな風に、大切な家族と美味しいご飯を食べられることが、どんなに幸せなことなのか、俺は改めて噛みしめる。

 ……よかった、本当に戻ってこられて――






 翌日。朝食に昨晩食べきれなかったポトフを食べた俺とメルトは、食後の散歩も兼ねて『アンダーサイド』つまりキルクロウラーのクランハウスへと向かっていた。


「はー……二日目も美味しかった! エビのお団子、とっても満足よ! エビと鶏が合体すると、あんなにぷりぷりで、お肉の充実感もあって、とても食べ応えがあったわね!」


「そうだね。今度はそうだなぁ……調味料とか色々集めて、エビチリとか作りたいなぁ」

「エビチリ? 新しいエビの料理かしら! 食べてみたいわ!」


 嬉しそうに、笑いながら彼女と共にリンドブルムに入る。

 南門の門番さんはすっかり俺とメルトのことを覚えてくれたのか、気軽に挨拶をしてくれる。

 それがなんだか、もう俺もメルトも、この街の住人として認められたようで、少しくすぐったいような、嬉しいような、そんな気持ちになった。




 そうして街の中を歩いていると、ヤシャ島に行っていた期間が長かったからか、少しだけ街の様子が様変わりしたように感じた。

 具体的に言うと、住人の様子が変化しているのだ。


「そういえば、街中で獣人の姿が目立つようになったね」

「ね! きっと、ゴルダの方で辺境の村にいた人とかがこっちに移住してきたのね?」


「そっか、こっちでのびのび暮らせるようになるといいね。もちろん、ゴルダの方の統治も安定してきたら、希望者は故郷に帰れるように、復興とかも国が支援してくれるといいんだけど」


「そうねー。よーし、じゃあこのまま北門の方まで行くよー」

「え? アンダーサイドに行くんじゃないのかい?」


「うん、行くよー? あのね、今って北門から出てすぐ近くに、アンダーサイドに向かう大きな道ができていて、そこから馬車で帰っていったのよ、キルクロウラーのみんなは」


「へー! もうそんな立派な出入り口もできてるんだ。もうすっかり、アンダーサイドもこの街の一部になったんだね」


「そうみたいねー。私も入るのは初めてだけど、リヴァーナちゃん達の家は見つかるかしらね?」

「そうだなぁ、たぶん国の作業員さんもいるだろうし、聞いてみようか」


 そうして、俺達は北門から出ると、近くに新たにできていた道を進み、アンダーサイドへの入り口をくぐったのだった。




「うわ……! だいぶ雰囲気変わったなぁ!」

「ね! なんだか照明も増えたし、明るくて広い道になったね!」


 アンダーサイドは、以前ルーエとして見た景色から一変し、照明の種類だけでなく、物陰が出来ないように考えられて仮設住宅がいくつも建造され、明るさだけでなく、物理的にも精神的にも風通しの良さそうな場所に変貌していた。


 怪しげな格好でたむろする連中や露天の姿もなりを潜め、恐らく難民であろう住人が、その表情を曇らせることなく、元気に往来を行き来していた。


「凄いな……もう上となんら変わらないよ」

「そうねー? きっとそのうち、ここにも沢山お店ができるわね!」

「そうだね、きっと。じゃあ、キルクロウラーのクランハウス、探してみようか」


 往来が多く見通しのいい通りが増えたが、それは主に『爆発事件』が起きた場所周辺らしく、そこ以外はまだ照明の数と種類の変化に留まり、少しだけまだアンダーグラウンドな雰囲気が残っていた。


 が、すでに牛耳っていた犯罪者集団の『アビスファング』が壊滅したこともある、深部でも怪しげな連中の姿は完全に消えていた。

 そうして、道行く人にクランハウスの場所を尋ねて歩いていると、クランハウスは爆発事件があった場所と深部のちょうど中間あたり、もう俺達が通り過ぎた道の先にあるそうだ。


「結構複雑だよね、ここって」

「そうね! あとで地図とか作って、掲示板とかに貼るといいと思うの」

「あ、確かに。キルクロウラーの人達にも今度提案しようか」


 引き返して見つけたキルクロウラーのクランハウスは、グローリーナイツ程の規模ではないにしても、まるで地下にそびえる要塞のような出で立ちで、優美や豪華という言葉とは正反対に位置する外見だった。


「こんにちわー! メルトだよー!」


 俺の代わりに、メルトがクランハウスの玄関扉をノックしながら声をかける。

 その言動が、なんだか小さな子供の挨拶のようで、物凄くほのぼのしてしまった。

 ……可愛いなぁこの子本当。しっかり家族として近くにいないとダメだな、俺が。


「メルト、どうしたの」


 すると、すぐに扉を開き、中から何やら焦った表情のリヴァーナさんが現れた。

 が、どうやら焦っているというよりはメルトを心配しているようで――


「何か相談? 中入って。私が聞く」

「うん、じゃあお邪魔しまーす! シズマもおいでおいで」

「あ、じゃあ俺もお邪魔しますね」


 俺も、後ろから声をかけると、リヴァーナさんの表情が完全に固まった。

 元々表情豊かな方ではなかった彼女が、さらに表情を固め、まるで身体まで完全に硬直したように動きを止める。


「……う、うそ」

「いやぁ、ご心配おかけしました……」

「……! みんな!!!!! みんなーーーーー!!!!」


 うお! 珍しい! リヴァーナさんがあんな顔で大声を出すところなんて初めて見た!

 彼女はそのままクランハウスに引っ込み、大声でメンバーを集めに行ってしまった。

 その間に、俺とメルトは静かにクランハウスの中に入り、とりあえず戻ってくるのを待っていると――


「シズマが戻って来た! メルトと一緒にここに来た!」

「そんなまさか……私が確認しよう」

「もし本当なら――」


 すると、クランハウスの奥からアラザさんとガークさんもやって来て――

 ……普段寡黙な人とか、まじめな人ってあんなに表情が変わるものなんですね……。

 もう顎が外れそうな顔してましたよ……。

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