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第百九十七話

「あー! それ乗ります乗ります! これお金!」

「お急ぎくださーい!」


 親切な二人組に教えられ、俺は道なりに進み、無事に小さな村の近くまでやって来た。

 が、なんとそこに丁度、随分と大きな馬車が停まっており、客が全員乗り込み出発しようとしているところだった。


 俺はすぐにお金を渡し、馬車にしてはかなり大きな客車に乗り込む。

 ……これ、本当に馬が引けるのか? もしかして馬によく似た他の生物だったりして。


「お客さん、全部一〇〇リクス硬貨なんて意地悪だねぇ。つり銭に使えるから便利なんだけどね」

「いやぁすみません……」


 客車の中はまるで小さな路面電車のような、快適そうな椅子が沢山固定されていた。

 皆港に用事があるのか、服装から察するに普通の村人や、中には冒険者風の装備を纏う人間の姿もある。

 もしかしたら、護衛として乗り込んでいる人間かもしれないな。


「ふぅ……これで一安心だな……」


 本来なら走っていくこともできるのだが、流石に気疲れしてしまった。

 しばらくは馬車で座るだけの状態で心身共に癒しておきたい。


「おねーちゃん、どこから来たの?」

「ん?」


 ふと、幼い声に視線を上げれば、前の席に座っていた子供がこちらに身を乗り出し話しかけてきていた。

 年の頃五歳かそこらの、まだまだ小さな女の子だ。

 どうやら獣人らしく、どことなく丸みを帯びた耳を頭からはやしていた。


「お姉さんはずっと後ろにある山の方、シジュウっていう国の方から来たんだよ」

「へー! 私のおじいちゃんとおばあちゃんも住んでるんだよ! シジュウ!」

「へぇ、そうなんだね」


 ふむ、どうやら一般人の出入りは自由みたいだな。

 てっきり結構険悪な中だと思っていたのだが、そんなことはなかったのか。


「ごめんなさいね、うちの子が。ほらほら、馬車が揺れたら転んじゃうから、しっかり座りなさい」

「はーい」

「はは、可愛い娘さんですね。港に向かわれるんですか?」

「そうなの、今日長い間遠洋漁業に出ていた旦那が帰ってくるのよ。そのお出迎え」

「へぇ、そうなんですね。よかったね、お嬢ちゃん、お父さんにもうすぐ会えるね」


 俺は人に飢えていたのか、積極的に話をしながら、この妙に揺れの少ない、そして速度の出る馬車に揺られていくのだった。

 ……なるほど、工業的にもレンディアより一歩先を行ってる感じがするな、コンソルド帝国は。




「……いや、しかし本当揺れない馬車ですね」

「あら? 貴女もしかして海外から来たのかしら?」

「ええ、実はそうなんです。この国の馬車は初めてで」


「そうなのね? なんでも、数年前に『異世界の勇者』を召喚したらしいのだけど、その勇者様が異世界の色んな知識を分け与えてくれてね、それからもの凄い勢いで交通の便がよくなったのよ」


「へぇ! 異世界の知識なんですね!」


 ふむ……この国でも召喚は行われているのか。

 ……その知識も、フースの一味からもたらされたものなのだろうか?

 が、こうして便利な知識が一般人の生活にも役立っているのなら……召喚が全て悪とは限らないのかもしれないな。


 勢いよく過ぎ去っていく森の景色を、目で追うようにしながら時間を潰していた時のことだった。

 まるで、森の中を並走しているかのような、黒い影が視界の隅に入るようになった。


 この森は俺が抜けだした『エグソースト』の一部なのだろうか?

 これ、ヤバいんじゃないか? この魔物、普通に外に出てこられるんじゃないか?

 俺は周囲の人間に悟られないように、静かに冒険者風の装備を身に纏う男性に話しかける。


「あの、すみません」

「あん? なんだ嬢ちゃん、駆け出しの冒険者か?」

「そんなところです。あの……少し耳をかしてください」

「なんだなんだ? 俺とお近づきにでもなりてぇってか?」

「……窓から森の方を見てください。大きな影が並走しています」


 そう告げた瞬間だった。

 男は窓の外を確認するや否や慌てて立ち上がり、御者の元へ駆け寄っていった。


「森から離れろ! 全速力だ! 『境界破り』がいるぞ!!!!!」


 その叫びの意味を、俺は理解していなかった。

 だが他の乗客はそうではなかったらしく――


「イヤ! イヤアアアア!!! どうして、どうしてよ!!!!!!」

「なに!? なんなのお母さん!」

「は、早く離れてくれ!」


 阿鼻叫喚。皆がパニック状態に陥っていた。

 それほどまでに恐ろしい相手なのだろうか。


「……クソ! なんでよりによって俺が当番の日に! クソ! クソォ! 死にたくねぇ、死にたくねぇよなぁ本当! チクショウが!!!! おい御者! 一瞬だけ速度を緩めろ! それで俺が……俺が飛び降りて時間を稼ぐ! もしかしたら俺を無視してそっちを追いかけるかもしれねぇが、そん時は恨んでくれるなよ! チクショウ!」


「わ、分かりました……! どうか……どうかご武運を!」


 覚悟が、伝わって来た。この魔物はどうやら、とてつもない災厄だったようだ。

 もしかしたら、そうそう現れるものではなかったのかもしれない。

 俺が森の中で出会わなかったのは、ただの幸運だったのかもしれない。

 そして――


 もしかしたら、俺が森の中を目立って通り抜けたから、こんな場所まで出てきたのかもしれない。

 そう思うと、俺はこの、一人覚悟を決めた男性の隣に、立たずにはいられなかった。


「私もお供します」

「馬鹿野郎! 死ぬのは俺一人だけでいい! まだガキのお前がいっちょ前に出てくんな!」


 一瞬、速度が緩む。

 文句を言いたいだろうが、俺は彼に先んじて、この馬車から飛び降りた。


「この馬鹿!」


 すぐさま、隣に彼が着地する。


「来てくれたんですね」


「くそ! この自殺志願者が! ほら見ろ、アイツこっちを見てやがる! いいか、俺が引き付けるからお前は逃げ――」


 駆ける。この『境界破り』と呼ばれた、巨大な狼の魔物の目の前へと。

 躍り出る。この体長二〇メートルは確実にありそうな、まるで神話の世界から飛び出したような姿の魔物の前へと。


 フェンリルってこれくらい大きいのか? でも、こいつはどっちかというと、もっと邪悪なものだな。

 顔が偉く醜い。目がいくつあるか分からない。

 口が首まで裂けているし、牙が口からはみ出すように生えている。

 醜悪で、邪悪で、凶悪で。こりゃ恐い、マジで恐い。


「相手にとって不足なし。来い」


 槍を構えつつ、薬瓶を一つ咥え飲み干す。


【オーバードーズ】


『使用した薬の効果を1.5倍にし追加効果を発生させる』

『補助効果のない薬なら攻撃と防御が上昇する効果を』

『回復効果のない薬ならHPとMPの自然回復速度上昇効果を』

『一定のレアリティ以上の薬の場合は全能力値上昇の効果を』

『効果時間は使用した薬のレアリティ×1m』


『神酒レイディアントエール』


『戦闘不能を三回無効化し全状態異常耐性を付与する』

『効果時間は使用者のレベル×1m』




 本気で殺す。最も制作難易度の高い薬を飲み干し、このデカ犬を潰す。

 技はなくても、四つ足の獣と戦う術くらい、知っている。


「貴方は少し離れていてください」

「な、なに言ってやが――」


 駆け出し、一瞬で狼の懐に潜り込み、まずは身体を軸に槍を大きく回転させるように振り回しながら、高速で足の隙間を縫うように駆け抜ける。


 重厚な手ごたえを感じ、一瞬身体を持っていかれそうになるも、確かに肉を切り裂く感触と、血しぶきが辺りに散るのが見えた。


『ガヴァン! ガヴァア!』


 悍ましい悲鳴があがる。

 だが確かに、魔物の足にダメージが通ったのが分かった。

 ……こいつ、べらぼうに強いな。


 少しだけ鈍った速度でこちらに走り寄る魔物が、途中でダイブでもするように加速し、大口を開けて迫ってきた。

 ……いけるか? いやいくんだよ。気持ちの問題だ。


「オオオオオオオ!!!!」


 槍を構え、迫る大口に勢いよく飛び込む。

 閉じられる口と牙に襲われるよりも早く、中を貫き通るために。

 喉を切り裂きながら、生臭く湿った暗闇の中を突き進む。

 かなりの抵抗を感じるも、突き刺し、切り裂き、その隙間を広げるように身体を押し込む。

 そして――


『ガブ……ゴフ……ガ……』


 天に向かい噴き出した血しぶきが、重力に従い降り注ぐ。

 足の下、地面でのたうつ様に足をばたつかせる、巨大な魔狼。

 やがて、動きが止まる。

 吹き出る血しぶきは止まることなく、まるで労うように俺に降り注ぎ続けていた。


「ふぅ……くっさ!」


 惚けていた意識が覚醒し、急ぎ死体から離れると、丁度魔物の身体が光の粒となり消えていった。

 どうやら本当にダンジョンの魔物だったようだ。こんな風に消えるのはダンジョンの魔物の特徴だからな。

『境界破り』とは……ダンジョンの境界を抜けて現れる魔物のことなのだろう。


「撃破完了です! もう大丈夫ですよ!」


 気が付くと、俺に付着していた血も消えていた。

 よかった……血も死体の一部って判定だったのか。


「す……すげぇ……すげぇよ! お前……いや貴女は何者だ!? 境界破りを倒すだって!? そんなの聞いたことがねぇ! すげぇよ……すげぇよぉ……! 俺、俺もう、死ぬつもりだったんだよ! それが……それが……!」


「大の大人が泣かないでくださいよ。ほら、とっとと馬車を追いかけますよ」


「あ、ああ! 信じられねぇだろうなぁ……あんな光景、俺しか見ていなかったなんてもったいないぜ! あ! アンタ! 境界破りが何か落としてるぞ!」


「む……そうかドロップアイテムか」


 確かに死体があった場所に……何やら大きなガラス片のようなものが落ちていた。




『追憶“英雄への道”』

『こことは違うどこかの記憶に意味はない』

『異常に巻き込まれ顕現しただけのイレギュラー』

『世界の壁を超えた若き英雄の道筋』




 それは、またしても意味の分からないアイテムだった。

 確かこれ……似たようなのを人工ダンジョンで出てきたドラゴンのボスが落としたな。

 つまり、アレクラスの強敵だったってことか……。


 これ、なんなんだろうな……コレクションアイテムにしては意味深な説明だし。

 一度……シズマの姿になって【神眼】で調べてみてもいいかもしれないな。


「これ、私が貰っておきますね」


「ああ、勿論だ! うっし、馬車が心配だ、無茶な運転で横転でもしているかもしれねぇ、急ぎやしょう、姉御!」


「こんな女の子掴まえて姉御はないでしょうが」




 少し進むと、道から逸れた草むらに車輪の跡が残されていた。

 恐らく、少しでも離れるために、道ではない場所を進んで逃げたのだろう。

 俺はこの男性と共にその痕跡を追っていくと、道の先に馬車が乗り捨てられているのを発見した。


「あれは……どうやら川にはまってしまったようですね。乗客は残されていませんが」


「そうみたいっすね。慌てて川にはまって、それで逃げたか……完全な横転じゃないならそこまで怪我人は出ていないでしょうがね、心配だ。ガキも乗っていた……」


「急いで皆さんを探しましょう」


 そのまま川を下って進んでくと、次第に川幅が狭くなり、向こう岸に人の姿を見つけた。


「おーい!!! みなさん無事ですかー!」

「おおーい!! こっちは無事だぞー!! そっちの怪我人はいないかー!」


 大きな声を上げ、大きく手を振り向こう岸の人間に合図を送ると、どうやらこちらに気が付いたのか、急いで他の人間も岸に集まって来た。


「あ、あんた達無事だったのか!?」

「ああ! そっちは川を渡ったのか! もう大丈夫だから戻ってこい!」


 どうやら川を挟み、少しでもあの魔物の進路を妨害しようと考えていたようだ。

 思ったよりも水深の浅い川を、皆が渡って戻って来た。


「アンタ! 無事だったのかい!? まさかアンタまで護衛の人と一緒に降りるなんて……心配したんだからね!」


「な、なぁ! 境界破りはどうなったんだ!? 諦めて帰ったのか!?」


「へへ、御者のあんちゃん……俺はな、この目でとんでもねぇものを見ちまったのさ……境界破りは、もういねぇ!」


「へ? もう帰ったのか?」


「違う違う! この嬢ちゃん、いや姉御がな……倒しちまったんだよ! 俺の目の前で、とんでもねぇクソ度胸で、口の中から喉を貫いて! 完全にぶっ殺しちまったんだ!」


「……嘘だろ? そんな話流石に信じませんよ! でも……本当に撃退出来たみたいですね」

「……嘘じゃねぇんだけど。くそ……死体が消えるから証拠がなにもねぇ」


「いやぁ、別にいいですよ。あ、そうだ。途中で馬車が川に沈みかかっていたの、引き上げておきましたよ。誰か怪我とかしていませんか?」


 先程川に片輪を沈めてしまっていたので、引き上げておいたのだ。

 ちなみに予想通り、牽引していたのは馬ではなく、何やら馬の倍以上の大きさの体躯を誇る生き物だった。

 なんか、昔のゲームでこういうの見たことあるな。恐竜と馬を合成したみたいな。


「本当だ……馬車が川から上がってる……あ、怪我人ならあの子だ、ちょっとほっぺに擦り傷ができてしまっているんだ」


 その言葉に視線を動かせば、母親に抱かれている女の子の柔らかそうなほっぺに、少しだけ赤い擦り傷ができていた。

 目も赤くはれており、恐らく沢山泣いた後なのだろうと察することができる。


「お嬢ちゃん、こっちにおいで」

「……うん」

「ほら、この飴を舐めてごらん」


 ここ最近、大活躍のドロップを取り出す。

 これ普通に回復薬としても有能なんだよな。夜眠れなくなるけど、まだ明るい今のうちなら大丈夫だろう。

 いかにも薬って見た目だと、子供は嫌がるかもしれないしな。


「飴ちゃん! わーい!」


 口に含むと、みるみるうちに頬の傷が癒えていくのが分かる。

 さて、これでもう大丈夫だ。


「凄い……うちの子の傷が消えて……!」

「すげえ……強いだけじゃなくてこんなこともできるのか!」

「お姉ちゃん、飴ありがとう!」


 傷が治ったことには気が付いてない様子だが、女の子が嬉しそうに足元に駆け寄ってくる。

 頭を撫でようと、少しだけ身をかがめようとした時のことだった。

 バランスを崩し、俺はそのまま川にむかい転んでしまった。

 くっそー! せっかく良い感じにかっこよかったのに。


 川の水が目の前に迫る中、急ぎ息を止める。

 だが次の瞬間――鈴の音が、胸元から鳴り響いた――

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