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第百九十五話

 時は少しだけ遡る。

 崩壊していく『大地蝕む死海』から抜け出すため、最下層から続く階段を上っていった一行は、シズマの読み通り螺旋回廊へと辿り着いた。


 だが、既にその回廊の崩壊も始まっており、吹き抜け部分に大量の岩が降り注ぎ、今まさに自分達の立っている場所までもが崩落しそうになっていた。


「シズマが! 引き返すべき!」

「リヴァーナ! それは許さん! 彼は大丈夫だと言った! すぐに吹き抜けに飛び込むぞ!」


 一人置いてきたシズマを思い、必死に引き返そうとするリヴァーナ。

 それとは対照的に、メルトは冷静にしっかりと鈴を握りしめ、それを無くさないように自分の収納の魔導具に収める。


「リヴァーナちゃん、シズマは本当に大丈夫だから、行こう!」

「メルト……分かった」


 最もシズマと近しいメルトが、冷静にたしなめたお陰だろう。

 リヴァーナも強く頷き、二人一緒に吹き抜けへと飛び込んだ。

 いつも感じる浮遊感を味わいながら、探索隊は気が付くと、ダンジョン外の浅瀬に辿り着いていたのであった。




「なんだ!?」

「ダンジョンの入り口が! 崩れていく!」

「みんな逃げろ!」


 暫くすると、次々に浅瀬にダンジョン内にいた人間が転送されてきた。

 この異常事態に、全員吹き抜けに飛び込んで脱出してきたのだろう。


 中には、人だけでなくダンジョン内の瓦礫も一緒に転送されてきており、その異常さに周囲の人間も薄々『これはダンジョンが終わりを迎えるところなのではないか』と感じているようだった。


「転送されてくる人間が消えた、か。ダンジョンの入り口も……完全に海に消えたか」

「これで……本当にダンジョンは消滅したんですね……」


 ガークとアラザが、噛みしめるように呟いた。

 悲願であったダンジョン踏破。それが、ダンジョンの消失を以って確認できたからであろう。

 だが同時に、全てが終わったのにも関わらず、シズマの姿がどこにもないことに、一瞬遅れて気が付く。


 そして――


「な、なんで! なんで!!!! この……! この……!」


 浅瀬の中、必死に手を振っているメルトの姿を見止め、周囲の人間が声をかけられずにいた。

 彼女の手には鈴が握られており、それはシズマが託した鈴の片割れ『呼び寄せの鈴』だった。


 しかし、いくら振っても鈴の音が鳴らず、それは同時に『シズマが戻ってこられない』という意味でもあるとメルトは思っていた。


「どうして……どうして鳴らないの……?」

「メルト、どういうこと?」

「鈴……これを鳴らせば、シズマが戻ってこれるはずなの……でも、鳴らないの……」

「鈴……? 転移の魔導具……? そんなものが実在するの?」


「するもん……前に見せて貰ったんだから……これを鳴らすと、しばらくするとシズマが帰ってくるの……でも……鳴らないの……」


 それは、前に使われた鈴がまだ現存しているから。

 そして、前に使われた鈴が消滅したところで、今度は対になる鈴をスティルが顕現させていないから。


 スティルは、黒幕の元へ向かう為に、万が一にも間違って『転移の鈴』を鳴らし、途中でヤシャ島に戻ってしまわないようにしていたのだった。

 ましてや、今の姿はシズマではなくスティルである。絶対にそれだけは避けたいところだ。


 故に鈴は鳴らず、メルトは失意のまま、鈴を己の収納魔導具にしまい、一度ベースキャンプに戻るのであった。




「どうして……なんで鳴らないの……」

「ふむ……少し貸してもらえないだろうか?」

「ダメ! 絶対にダメ! これは私がシズマから預かったの! 私が鳴らさないといけないの!」

「そうか、すまない」


 キャンプに戻った後も、メルトは必死に鈴を振り続けていた。

 半ば目に涙を浮かべながら、まるで自分の所為でシズマが戻ってこられない、そのまま死んでしまうのではないかと思っているかのように。


「鳴ってよ……鳴ってよ……!」

「…………メルト」


 リヴァーナは、メルトの言葉を信じていないわけではなかった。

 メルトが言うように、鈴には不思議な力があるのだろうと。


 数多くの回復薬や、凄まじい効果を持つアクセサリーを所持していた、旅団の物資を任されていたシズマなら、転移のような超常の力を秘めた魔導具を持っていても不思議ではないと考えていた。


 だが同時に……それが発動しないのは『既に対象がこの世に存在していないから』なのではないかという、最悪のシナリオも頭に浮かんでいた。


『残酷な現実に何度も直面してきた経験』があるからこそ、その可能性に至ってしまう。

 だが、それをメルトに告げることが、彼女にはできないでいた。


 なので、ただ必死に鈴を鳴らそうとするメルトを、痛ましく思いながらも、見守ることしかできないのであった。


「メルト……少し、休もう」

「ダメ! 鳴らさないと……鳴らさないと……シズマが帰ってこられない……!」

「っ! なら……そんなに必死に動かさない方が、良い。軽く動かさないと」

「そ、そっか……」


 腕を痛めないように、そう助言することしかできない彼女。

 他のメンバーもまた、ただ痛ましそうにメルトを見守る。

 既に……皆もまたリヴァーナが至った結論と、同じことを考えていたが故に。


 そうして、気がつけばメルトは鈴を握りしめたまま、力尽きたように眠りに落ちていた。

 痛ましい、いじらしい姿に、皆が沈痛な面持ちで、静かに語る。


「……あれだけ、仲の良かった相棒だ。彼女の辛さは想像を絶するだろう」


「鈴を鳴らそうとし続けているのも、もしかすれば……『自分でも辿り着いてしまいそうになる可能性』を忘れるために行っているのかもしれませんね……」


 アラザとガークの二人は、ダンジョン攻略の立役者である二人の身を、心を案じ語る。


「……もし、メルトがここに残るって言いだしたら、私も残る」

「……許可しよう。彼女を支える存在が必要だからな」

「シズマ君……私が、彼を誘おうと進言したばっかりに……! くっ!」


 リヴァーナもまた、恐らく最も危うい状態のメルトに寄り添うための許可をアラザから得る。

 既に、キルクロウラーの面々は、メルトをもう仲間だと、大事な存在だと認めていた。

 無論……帰らぬ人となってしまったシズマのことも。


 メルトだけではなく、皆が傷心の中、夜が明ける。

 そして――




「メルト君。我々は今日船に乗るつもりだが、君はどうする」

「メルト。もし、残るなら私も残る」


 テントで目を覚ましたメルトは、すぐに自分が握りしめている鈴を確認し、早朝から鈴を揺らしだす。

 そんな彼女に、アラザとリヴァーナが声をかけた。


「私も船に乗るよ。だって鈴さえ鳴らせば、どこにいてもシズマが戻ってくるはずなんだから」

「メルト……」


「……そうか。分かった、では一緒に行こう。ただし船や馬車での移動中はしっかりしまっておくんだ。もしも落としたりなくしたりしたら取り返しがつかなくなる、そうだろう?」


「あ……うん、そうだね。なくしたら大変だもんね。家に帰るまでしまっておくことにするわ」


 二人は、腕を痛めそうになりながらも振り続ける彼女の身を案じていたのだ。

 それを、少なくともリンドブルムに戻るまでは休ませてあげることができたことに、ほっと一息つく。


 だが、どこにいてもシズマが戻るはずだと言い続けるメルトに、やはり胸を痛めていた。

 正式にダンジョンの消滅が確認された以上、あの地下に残っていたシズマは無事ではない。

 常識で考えれば、もう、シズマが戻ってくることはないと、二人は理解していた。


 こうして、メルトは鈴を収納の魔導具にしまい、リンドブルムへの帰路についたのであった――








「ふむ……やはり周囲に既に人の気配はありませんねぇ……痕跡も一切感じられない。この樹海、どうやら人があまり踏み入らない土地だったみたいですねぇ」


 樹海を放浪すること三日。

 どうやら完全にこちらを探る勢力がないことを確信したこの日、私はついに、己の役目を一度終えるべく、静かに瞑想の準備に入るため、大木の洞に身を潜ませていた。


「……少々期待外れでしたが、それでも向こうの戦力分析の一環にはなりましたかねぇ」


 炸裂の術式に、帝国でも屋敷を構えられる地位や立場の有無。

 そして恐らく、ギルドの一般職員に内通者がいるであろう事実と、ギルドの長が黒幕と通じていないと言う確証。


 まぁ、それでも食わせ者であるのは間違いないようですがね。

 恐らくフーレリカを泳がせるだけでなく、治療せずに幽閉していたことで、彼女を餌に黒幕に与する者を炙り出そうと待ち構えていたという側面もあったのでしょう。


 ふむ、そうなると私に治癒を依頼した職員、あれはもうギルド側に抑えられているかもしれませんねぇ。


 私は目を瞑り、己の精神を心の内に飛ばす。

 さぁ、我が主。ここからは再び貴方に委ねましょう――








 闇の空間に呼び出される。

 スティルに体をゆだねている間、俺はもっぱら円卓の間でルーエやシレントと訓練に明け暮れていたのだが、この場所に呼び出されたということは……。


「スティル、もういいのか?」

「ええ。我が主、こちらの状況はどこまで把握しているでしょうか?」

「ほぼ全て、だ。意外だったよ、フーレリカを見逃すなんて」


「あれはかつて我が主も殺さなかった相手ですからねぇ。それに直接敵対した訳でもないですし。なによりも――再び黒幕と関わる可能性だってある上、私に恩義を感じている様子でしたから。利用価値はまだあるでしょう?」


 そうスティルは言うが、俺にはこいつが、少なからず彼女に情が湧いたからではないかと思う。

 まぁ、口にしたら絶対否定するだろうが。


 ……案外、こいつの心は今も成長しているのかもしれないな。

 与えられた『狂信者めいた人格』を、自らの意思で破ろうとしているように感じる。


「そういうことにしておくよ。じゃあ、俺は……未使用のキャラクターの姿になればいいんだな?」


「そういうことです。『セリーン』などが良いでしょうね。多少、薬の知識で頭が痛い思いをする可能性はありますが、これから役に立つでしょうし、彼女の身体は十分に戦える」


「そうだな、生産職キャラの中だと……シジマと同じくらい強いか」

「ええ。それにまだ主が扱ったことのない武器を使いますからね、戦いの幅も広がるでしょう」


『セリーン』は、生産職である『調薬師』であり、サブ職業に『槍闘士』を設定してある。

 故に近接戦も十分にこなせる上に『調薬師』特有のスキルである【オーバードーズ】により、通常以上の効果を得ることができる。


 つまり『薬で己を超強化しながらリーチの長い槍や斧槍で戦う』戦士でもあるのだ。

 無論薬の消費は激しいが、回復から自己強化までを手軽に行えて、戦闘力もそれなりにあるので、そうそうソロで負けたりはしない組み合わせだ。


 まぁそれは装備や潤沢な薬を揃えているプレイヤーに限られた話ではあるのだが。

 大丈夫、俺はその条件をどちらも満たしています。廃プレイヤーですから。


「分かった。じゃあスティル、キャラチェンジを頼む」


「了解致しました。意識が目覚めたら、まず鈴を鳴らしてみてください。もしかすれば今も子狐さんが鈴を鳴らし続けているかもしれませんからね」


「そうだな……結局、また悲しませることになってしまったな……」

「……申し訳ありません、我が主」

「いや、謝らなくていい。お前も俺達のことを考えて動いてくれていたんだ」

「有難きお言葉。では……またしばしのお別れです、我が主」


 そうして、暗闇の空間から解放された俺は、少しすると――




「ん……そうか……木の洞の中か……」


 枯れ木や枯葉でカモフラージュされた木の洞で目覚めたのであった。

 意識は俺のままだな。じゃあ……まずは鈴を鳴らしてみるか。

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