第百九十二話
「なんだ……これは、どういうことだ……」
「こういうの、初めて」
「警戒はしておいた方がいいですね……」
「むむ……でもなにもないわねー?」
ダンジョン探索、恐らく今日で最終日。
一二〇層の、ダンジョン内とは思えない渓谷のような空間で一夜を過ごし、俺達は一二一層に足を踏み入れた。
だが、そこは浅い階層、それこそ三層四層と変わらないような螺旋回廊型の洞窟が続いているだけで、そこに一切の魔物も、何かしらの仕掛けも、こちらの障害になるものが存在していなかった。
ただの見晴らしのいい螺旋回廊。魔物が蠢く気配も、天井にぶら下がる魔物も、危険な毒ガスも、身を焦がすような灼熱も、肺を凍らせるような冷気もない。
前人未踏、終着直前の階層とは思えない様相だった。
そして何より驚いたのが……吹き抜きの大穴。俺達が帰還する時に飛び込む大穴が、残り三層で終わりだと言うのに、遥か彼方まで続いていたのだ。
「やっぱり普通の空間じゃないんですね、ダンジョンって」
「そのようだな……そもそも底なんてないのかもしれないな」
「……落ちないように気を付けて。ここで落ちたら最初からやり直し」
リヴァーナさんのその言葉に、皆が恐怖するように大穴から離れる。
……そうだな。こういう場所でありえるギミックとしては『最初に戻される』があるな。
俺はその可能性を皆に話し、できるだけ手早く先の階層、ひいては最下層を目指そうと提案した。
「そうだな、ここまで来て強制的に穴へ突き落すギミックはご遠慮願いたい。確かに『即死』のようなギミックではないが……挑戦者としてはデッドエンドと変わらないではないか」
「嘘はついていませんが、確かに危険ですね、あるとしたら」
「たぶん、ある。嘘はついていない以上仕掛けてくる可能性が高い」
俺は、全員に出来るだけ周囲を警戒しながら、駆け足で回廊を通り抜けるように言う。
そうして一二一の終わりが見えてきたところで――
「ほーい! そうはさせないわよー!」
突然、前方ではなく殿を務めていたメルトの声が背後から聞こえて来た。
振り向くと、そこには突然壁から現れた謎の巨大な柱が、メルトが生み出したと思われる、地面から生えた土の巨大な塊と激突しているところだった。
「メルト!? どうしたんだ!?」
「シズマ、さっき言ってたでしょ? 私達を落とす仕掛けがあるかもって。だから一番後ろで警戒してたの。前のみんなはたぶん、対応して避けられるけど、後ろのみんなはきっと避けられない。狙うなら後ろのみんなだと思ってたの。だから、突然壁から凄い勢いで柱が出てきたから、これで防いだのよ! どう! 私だってダンジョンマスターの考えを読めたわ!」
「なるほど……確かにゴールが見えた時ほど気が緩む。そこを狙ってくると予想したんだな、メルト君は。助かった……魔法班も斥候班も、大切なここまで戦った仲間だ。ここで失う訳にはいかなかった」
なんと、本当に現れた俺達を大穴に突き落とす仕掛けを、最後尾にいたメルトが察知し、魔法で防いでいた。
……確かに、ゴールが見えた瞬間って一番人が油断するもんな。
ダンジョンにトラップを仕掛けるなら効果が大きい場所と言える。
無論……精神的ダメージも大きい。
「よし、俺が次の階層に進みます。続いてください」
俺は、薄い膜を潜り抜け、この螺旋回廊の先、一二二層へ向かい足を踏み入れた。
が、見えていたはずの地続きの回廊ではなく、俺は気がつくと階層主のフロアのような、全く異なる場所に唐突に立たされていた。
それはまるで、古代遺跡の最深部のような、明らかに人の手の入った石造りの空間。
石の柱が連なり、その間を石畳が真っすぐと伸びている。
その先には大きなピラミッドにも似た石の祭壇と、祭壇を登るための長い階段が続く。
「なんだ……まるで……ここが最深部みたいじゃないか……」
後ろを振り返っても、もうそこには俺が歩いてきた回廊の姿はない。
恐らく、メルト達は俺が階層を超えたら唐突に消えたように見えていたはずだ。
「ええ、ほぼ正解ですよ。実質ここが最終フロアです。この先は一二三層、ダンジョンの最先端であり、貴方達の言う『大地を蝕んでいる現場』でもあります」
その時、この空間にダンジョンマスターの……フェルシューラーの声が響く。
祭壇の最上段から、ゆっくりと階段を下ってくるその姿は、妙にさまになっており、一種の神聖さすら感じるほどだった。
「ふむ……他の皆さんはまだ到着しませんか。それとも、押し出されて落下してしまいましたか?」
「生憎、そのトラップは未然に仲間が防ぎましたよ。恐らく俺が消えて警戒しているだけかと」
「なるほど、ではまもなく来るでしょうね。それまでの間私と、いえ『お姉さん』とおしゃべりでもしましょうか」
驚いたことに、このダンジョンマスターは俺と会話をするつもりがあるらしい。
それに、俺が以前『お姉さん』と呼んだのを覚えていたのか、そう自分で訂正している。
「じゃあ……たぶん、核心的な話はしてもらえないだろうから……どうしてダンジョンの外を侵食するような真似をしているんだ? ダンジョンの運営から逸脱してるだろ、それは」
「そうですね。これは正直不本意な形でもあります。ただ、これは踏破してダンジョンコアを入手しないと止められないのですよ」
「貴女の意思ではない、と?」
「ええ、そうですね。この場所にダンジョンを展開したら、どうやらこの場所があまりにも相性が良かったのか、必要以上に活性化してしまいましてね。正直誰かにクリアしてもらわないと、将来こちらの陣地に影響を与えてしまうのですよ」
「……貴女達は、この世界で陣取り合戦でもしているんですか?」
「ふむ……君、名前は?」
「シズマです」
「そう、シズマ君か。ふむ……どうやら、グリムの馬鹿は君に強大過ぎる力を与えてしまったようだね。シズマ君、君は知るべきことじゃないことまで知ってしまっているね?」
その瞬間、身体が動かなくなった。
目に見えない力なんかじゃない。純粋に、生物の本能で、動けなくなったんだと思う。
指の関節一つ一つに無意識に力が入り、全身が硬直してしまったような感覚に陥る。
それなのに、心臓をそれに反比例するかのごとく、激しく鼓動を刻む。
呼吸を、忘れるほどに、呼吸をためらうほどに、俺は、恐怖していた。
「……まぁ、君に責任はないのは分かる。ここまで恐がるような子に、これ以上強く尋ねるつもりもないよ。悪いのはグリムだからね。恐がらせてごめんね、シズマ君」
「……はい」
「まぁ、君の予想はおおむね正しいと思うよ。たぶん、私達がどういう存在なのかも薄々勘づいているね、君は。とりあえず……今の状況はイレギュラーであり、私もこのダンジョンの侵食を是とはしていない。かといって、ダンジョンを消滅、休眠状態にするのももったいない。クリアできずに国が荒廃していくなら、それは国の責任。そう考えて私は放置し、運用を続けてきたんだよ」
「なるほど。話は分かりました」
「ん、お話はここまでのようだね」
その時、俺の背後に人の気配を感じ振り返る。
すると、続々とこの空間に、探索隊の面々が現れた。
「シズマ! 大丈夫!? 無事だった!?」
「ああ、大丈夫だよみんな。どうやらここが実質最終フロア、階層主のエリアだったんだ。だから俺が消えたように見えたんだよ」
「そうだったのか……どうやらここでの相手は本当にお前のようだな、ダンジョンマスター」
「危険な相手。全員、死力を尽くして」
「……後衛の人間は私の後ろへ。下手な援護は効果がない。チャンスを見定めて畳みかける時まで備えているんだ」
リーダー格の三人が警戒度を引き上げる。
メルトも、相手がかつて己を苦しめたダンジョンマスターと同種だということもあるのか、身体が若干震えているのが分かる。
「……シズマ、こいつ凄く強いと思う。私達……勝てるのかしら」
「……準備はしてきたつもりだけど、正直分からない」
かつて、グリムグラムを倒せたのは、この世界に再現されたゲーム世界のアイテムが『説明通りの効果』を持っていたからにすぎないと思っている。
いや、それでもシレントの姿なら、グリムグラムの攻撃に耐えることはできていた。
……必要ならば、俺はここで姿をかえることも……いとわない。
「……メルト。最終手段で俺は……悪い人間に姿を変えるよ」
「っ! や、やだ……でも……逃げ道がない……それしかないの? おじいちゃんは?」
「……確実に勝てる姿になる必要があるからね」
この相手、フェルシューラーはグリムグラム以上の強さがあるという話だ。
シレントで確実に勝てる保証も、ルーエで勝てる保証もない。
俺が持つ最高戦力を投入するのが一番確実で、安全なのだ。
「ただ、それは本当に最後の手段だ。一応……策は用意してる」
こいつが強いことは、グリムグラム以上だということは分かっていたのだから。
だから……俺は『それ』に賭けるしかない。
「役者が揃いましたので、おしゃべりはここまでですね。では……改めてご挨拶を」
フェルシューラーは、少しだけ姿勢を正し、俺達から少し離れた位置に立ち、向かい合う。
試合開始の挨拶でもするかのように、これから始めるのは尋常な勝負であるとでも言うように。
「ここに辿り着いたのは貴方達が初めてです。世界の観測者『クオンタムゲイザー』が一柱。この私『フェルシューラー』がお相手します」
悪魔じみた衣装を纏うという、共通点がこいつらダンジョンマスターにはあった。
フェルシューラーの衣装は、どこかスーツにも似た、フォーマルな黒を基調としたもの。
そしてもう一つの共通点として、悪魔じみた羽と尻尾を生やしていた。
だが、目の前のこいつは、どこか悪魔ではなく『天使』を思わせる翼を広げて見せた。
それは、まるでカラスのような、漆黒の羽。
かつて『古い工房の記憶』に刻まれていた存在として見た『金糸の乙女』と似た姿をしていた。
髪色こそ、金ではなく、色を失ったような灰色ではあるのだが。
「……では」
次の瞬間、その攻撃は俺の目にも映らず、正確にメルトの胸を貫かんと突き出されていた。
が、どうやらメルトには見えていたのか、寸前で身体を捻り、腕を軽く引き裂かれながら吹き飛ばされ、それを俺が回り込むように受け止め、すぐに『回復魔法』を発動させる。
「メルト、注意して。たぶん狙われてる」
「分かった。……もうだ丈夫、動けるよ」
俺はメンバー全員に回復魔法を発動させる。
【初級万能魔法】に含まれる回復魔法は、普通の【初級回復魔法】より使える魔法が多い。
無論、強力な魔法ではないが、それでも即死を免れる可能性を少しでも上げられるのなら、使わない手はない。
『リジェネレーション』
『範囲内の味方に【HP自動回復】を付与する』
『効果は二秒毎に体力の1%を回復』
『効果時間は五分間と短い』
そこまで大きな効果ではないが、皆に貸し与えているアクセサリーにも自動回復の効果がついているため、馬鹿にできない数値になる。
即死さえしなければ……パーティを立て直すだけの余裕を生んでくれるはずだ。
「皆さん! 回復魔法を発動させます! 前線の人間も隙を見て俺の近くに来てください!」
アラザさんが、攻撃から逃れるように俺の傍に移動する。
後衛の人間と一緒に回復魔法を掛ける。
「アラザさん、ガークさんが守っている後衛の皆さんのことを気にかけてください。あいつが突然狙いを変える可能性もあります」
「分かった。ガーク、注意しておくように」
「了解。……皆、防御に徹するぞ。私に補助を頼む」
防御を固めさせる。
アラザさんにもその考えを共有する。
その間、フェルシューラーの攻撃を一人で凌いでいるリヴァーナさんが、アラザさんの戦線復帰と同時にひとっ飛びで俺の傍まで移動してきた。
「回復お願い」
「了解。リヴァーナさん、メルトと連携、取れます?」
「やれる。動き、私に近いから」
メルトが再び攻めに加わる姿を目で追いながら、彼女も再び戦線に戻る。
……さぁ、そろそろだろ。
俺は来るべき時のために……自分の身に補助やスキルを重ね掛けする。
ここまで、多くの職業を経験してきて正解だった。
役に立つか定かではない生産職も、忌避していた最強の一角も、そして対人専門の職業も。
それらの経験が、俺に活路を与えてくれる。
「……今朝もたくさん飯食って正解だったな」
豊富な食材に感謝をしながら、俺は様々な職業の持つスキルや補助効果を駆使していく。
【一か八か】
『受けたダメージを反射するが確率で自分が受けるダメージが4倍になる』
『戦闘不能になる場合も効果そのものは発動するがリキャストが倍増する』
【お腹いっぱい元気いっぱい】
『料理の効果が発動している間自身の最大HPが二倍に増える』
『また受けたダメージに応じて最大HPがさらに増加する』
【狂信者の献身】
『自身の防御力を犠牲に魔力と攻撃力を上昇させる』
『効果時間はスキルレベルに依存する』
【目には目を】
『発動から五秒の間に受けたダメージの合計値を相手にも与える』
『自身が戦闘不能になっても効果は続く』
【大禍時】
『対プレイヤー専用スキル』
『戦闘開始から30分経過した場合のみ発動可能』
『強制的に互いの最大HPを1/10にする』
『状態異常扱いではない為一部のスキル以外では解除不可能』
最後のスキルは強制効果。だが、この相手に効くかは不明だ。
……俺が、ルーエの持つスキルの中でもここまで強力なスキルを使えるのも、ひとえに精神世界で己を鍛えたからこそ。
そして、ルーエ自身が大量の人間を殺害し、戦闘の経験を積みそれが俺に還元されたから。
ここまで手札が揃っているのは偶然かもしれない。
だが、俺はこれが突破口になると、勝利の運命が俺に傾いているのだと信じている。
皆が戦ってきた経験が、この一戦に勝利をもたらすと信じている。
「っ! どうやら……呪いのようですね。本当に多芸な子」
成功だ。どうやら自分の身に異常が起きたのを察知したのか、メルトとリヴァーナさんの猛攻を片手で平然とあしらいながら、フェルシューラーがこちらに話しかけてきた。
……化け物かよ。二人の攻撃の軌道、まったく見えないのに完全にいなしてやがる。
だが、お前はそれくらい『周囲を観察する余裕がある』ってことだ。
なら……分かるだろ? お前、なんとなくだけど『ゲームのセオリー』を理解しているよな。
お約束とか、あるあるとか、何が効果的に人をゲーム的に苦しめるのとか。
だったら……分かるよな?
俺はメルトとリヴァーナさんと戦ってる最中のフェルシューラーの姿が、一瞬でかき消えたのを確認する。
そして――その直後に自分の胸から突き出た腕を見て、ほくそ笑む。
猛烈な痛みと遠のく意識。
そして……口からあふれ出る大量の血液。
だが、聞こえてきたのはそれだけではなかった。
背後から、呻く声が聞こえる。
倒れ行く自身の身体から、腕が引き抜かれていくのを感じる。
「……お……れの……か……ちだ」
「っ! く……ぐ……」
床に倒れながら、最後の力を振り絞り首を動かせば、俺と同じように床に倒れるフェルシューラー姿が目の前に見える。
お前、ちゃんと理解してただろ? 『集団戦に置いて先に潰すべきはヒーラーかデバッファー』だって。
見ていたよな、俺があんなにこれ見よがしに回復魔法をみんなに使ったところ。
さらに正体不明の力でお前の体力を失わせたことにも気がついていた。
そんな存在を後回しにするはず、ないよな。
「攻撃の移し替え……いえ、反射の類ですか」
「…………そうだ」
俺は、再び浮上する意識と共に、全身に活力が戻るのを感じる。
全身に力を入れ、完全に癒えた身体で立ち上がり、床に倒れたフェルシューラーを見下ろす。
【食繋者】
『食事をすると6時間のリジェネ効果に加えスタミナ消費がなくなる』
『また空腹でない限り10分に一度死の淵から蘇ることが可能』
『デメリットとして食事の量が最低1キロ必要となる』
俺は、一度だけなら死を回避出来るから。
それ故に、即死するようなダメージを受けても生き残ることができる。
最大HPを増やしてから受けるダメージが四倍になることに賭けた。
というか、だ。ゲームじゃない以上ダメージに限界なんてないんだろ。
だから、俺は『できるだけ自分が大ダメージを負う構成』にしてから【目には目を】と【一か八か】で二重にダメージを跳ね返してやったのだ。
どうやらしっかり最大HPが1/10になっていたこいつは、自分のバカげた攻撃力の一撃で与えたダメージ数発分、人が安易に絶命する威力の攻撃を数発分、一気に自分で受けて、俺と相打ちになる形で体力を失ったのだ。
まぁ俺は戦闘不能を一度だけ回避できるのだが。
「……これは私の負けですね。しっかりと『このダンジョンの主としての私』を武力で上回りましたか。認めましょう『貴方』が私を倒したことを。この先の階層に進むことを」
そう言うと、床に倒れていたフェルシューラーが、何事もなかったかのように立ち上がる。
先程まで虫の息といった様相だったはずの彼女が、まるで戦闘などなかったかのように、平然と。
その姿に俺も、みんなも、警戒を強める。
「『貴方』はダンジョンの最終フロアで私を倒しましたよ、間違いなく。私は私をダンジョンのギミック、階層主の一人として扱っているだけ。それを倒したことを、ダンジョンの管理者としての私が認めたんですよ。喜んでください、これでダンジョンは踏破され、ダンジョンコアを入手する権利を『貴方』は得たのですから」
「……コアって、あんたの心臓じゃないのか?」
「『元』心臓ですよ。まぁ私は外に配置するタイプだということです。一二三階層に進みなさい、シズマ君。これで、正式に『貴方』はこのダンジョンを終わらせる権利を得たのですから」
そう言うと、彼女はこのフロアの祭壇、上部へ続く階段を指し示した。
あそこから、最後の階層に行けるということなのだろうか。
「あそこに転送紋章があります。ただし、その階層は『しっかりと最後までダンジョンらしい階層』です。どうか、気を引き締め、覚悟を決めて向かってくださいね。もはや私の手を離れてダンジョンを成長させ続けているコアですから」
そう不穏な言葉を残し、ダンジョンマスターフェルシューラーは忽然と姿を消した。
いまいち……達成したという実感が湧かないが……これで……終わりなのか?
「シズマ君……どういう方法かは分からないが、君は彼女を打倒し認められたのだろう。向かおう、このダンジョンを終わらせるために」
「そうですね……行きましょう、ダンジョンコアを回収しに」
祭壇の最上段には、紋様の刻まれた床が設置されていた。
全員でそこに立つと、かつて人工ダンジョンで経験したように足元から光が立ち上り、一瞬で俺達は別な場所、先程までと似たような様相の遺跡、その別なフロアに立たされていた。
「む……一本道か。それで……あそこにあるのがダンジョンコアか」
そこは、まるで映画のワンシーンで登場するような、奈落の底まで続くような大穴の中央に向かい、一本の細い道が伸びている、という構図だった。
大穴の中心に、光り輝く赤いオーブが安置されているのが、ここからでも見える。
後ろを振り向けば、今度はしっかりと階段が存在しており、俺は何となく『この階段を昇れば螺旋回廊に繋がるのではないか』そう、感じた。
「……なるほど。アラザさん、たぶんこの先に行けるの、俺だけです。俺がコアを回収してきます」
「ふむ……そういうことか。あのダンジョンマスターに認められたのも、倒したのも君だからな」
「恐らくそういうことかと」
フェルシューラーは、負けた時に『貴方達』ではなく『貴方』と強調して言っていた気がする。
恐らく、俺以外がここを進もうとしたら、この細い一本道が崩れるとか、そういう『ダンジョンや遺跡らしい仕掛け』が施されているのだろう。
「だ、だいじょうぶかしら? シズマだけ閉じ込められたり、しないかしら……?」
「大丈夫だよ、メルト。俺は大丈夫」
俺は、そう言いながら、久しぶりに『呼び寄せの鈴』を取り出し、メルトに託す。
「メルト、手順は分かるね?」
「あ! 分かったわ、もしもの時はダンジョンから出たら鳴らすね!」
そう、この鈴は鳴らすことで、対になった鈴のある場所に帰還できるアイテムだ。
消耗品なので残りが少なくなっているが、それでもまだかろうじてストックが残っている。
……勝手に使ったみたいだしな、スティルが。
あいつ、飴だけじゃなくてこっちまで勝手に消費しおってからに。
「では、行ってきますね」
俺は、きっと大丈夫だと分かっていても、大穴の中心に向かい伸びている細い道に恐る恐る足を乗せる。
崩れたりはしないが、それでも心臓の鼓動が強くなる。
一歩、また一歩と歩みを進め、やがて――
『フェルシューラーのダンジョンコア』
『ダンジョンマスターフェルシューラーの心臓コアが変質したもの』
『ダンジョンを司るコアにして強い力を秘める一種の魔石』
『彼女は自身の命を切り離しこのダンジョンを制御しようとしていた』
『それが叶わず彼女はこのダンジョンを操作しいつか踏破する者を待ち望んでいた』
それは、どうやらフェルシューラーの本心が、心の内の真実が記されているようだった。
俺は、ダンジョンコアにゆっくりと手を伸ばす。
だがその時――
「注意なさい、シズマ君。このダンジョンは、最後までダンジョンであろうとしています。ダンジョンの最後がどうなるのか……きっと貴方は理解できるはず」
突然、すぐ隣からフェルシューラーの声が聞こえ、慌てて振り返ると、確かに彼女がいた。
だがその表情は、先程までのどこか余裕を感じさせるものではなく、真剣にこちらを心配しているかのようなものだった。
「……なるほど、理解しました」
「では、覚悟ができたら手を伸ばしなさい。『大地蝕む死海』の最期の瞬間です」
迷わず手を伸ばし、安置されていた台座から俺はダンジョンコアを回収する。
メニュー画面にそれを収納したその瞬間――このダンジョンが大きく揺れだした。
だよな、お約束だよな。
『ダンジョンや遺跡の最深部の宝を取るとダンジョンが崩れて消滅する』なんて、お約束もいいところだもんな!
「みんな! 聞こえていますか!!!」
俺は、ありったけの大声で、対岸にいるみんなに声をかける。
「このダンジョン! 今から崩れます! 大急ぎで後ろの階段を上ってください! たぶん回廊に出るので、そこから大穴に飛び込めば一気に外に出られるはずですから!」
流石に一番上まで走り続けては間に合わないだろうと、俺は回廊から飛び込むように指示を出す。
「どういうことだ! シズマ君、隣にいるのはダンジョンマスターか!?」
「そうです! ダンジョン崩壊の可能性があると教えてくれました! 時間がありません、戻ってください!」
俺が叫ぶ最中、対岸に渡るための細い道が崩壊した。
これで、俺は通常なら戻ることができない状況って訳だ。
「シズマ! 道が!!!」
「大丈夫です! 俺には奥の手があります! 急いで戻って!」
リヴァーナさんの声が悲痛に響くも、俺は大丈夫なのだ。
既にメルトに鈴を渡しているのだから。
対岸で、少しだけ暴れている様子のリヴァーナさんが、他のみんなに連れられて階段に引きずられていく。
メルトが上手く説明してくれたら良いのだが。
「ふむ……これはあれですね? 『ここは俺に任せて先に行け』というヤツですね」
「ははは、お約束ですね、これも」
俺は、この強大で強力なダンジョンマスターが……悪人だとは思えなかった。
「本当に帰る手段があるのですか? 私は貴方を救ったりはしませんし、そんな力はありませんが」
「大丈夫です、俺にはこの鈴が――」
その瞬間、強烈な眩暈に襲われ、一瞬で意識が落ちる。
「我が主! それはできないのです! その呼び寄せの鈴は効果を発揮しない!」
「シズマすまない! こんなことになるなら早く言うべきだった! 確信が持てなくて……」
俺は一瞬で、精神世界に呼び出されたらしい。
暗闇の中、スティルとセイムが目の前に立っていた。
「どういうことだ」
「鈴は『先に使った方が優先される』のです。アイテム欄に『呼び寄せの鈴』ではなく、片割れ状態の『転移の鈴』が入っているはずです。まずはそちらを使わないと、あの子狐さんの鈴が発動することはないのです」
「僕は……スティルがいつ鈴を使ったのか、薄々理解していた。けれど確証も持てないし、こいつにも考えがあるのだろうと黙っていたんだ。すまない、シズマ」
「……なら、そっちの鈴を使う。このダンジョンから抜け出せるならそれで問題ない」
「そういう訳にもいきません。我が主、その鈴だけは、私が使わなければならないのですよ。今一度、私の姿になる必要があります。これは、私の責任ですし、下手に我が主に使われては……この先の未来に厄介な問題を引き起こす可能性があるのです」
「……誰かに鈴を仕込んだな? スティル」
「……はい。ですので、ここは『謎の第三勢力』の私が使わないといけないのです」
「分かった。なら、その後に問題を解決したら、出来るだけ早く俺に戻って、メルトの鈴が使われるのを待つことにしよう」
「ええ。恐らく、子狐さんは『鈴が鳴らない』からと、また悲しむことになってしまうかもしれませんが、諦めずに鈴が使用可能になるまで鳴らし続けてくれると信じましょう」
「……やっぱりメルトを悲しませるのが嫌なんだな?」
「……私は動物が好きなだけですよ、我が主」
「シズマ。もっと早く情報を共有するべきだった」
「いや、いいんだ。じゃあ……俺は戻るよ」
意識が浮上する。どうやら、ほんの一瞬だけ俺は意識を失い座り込んでいたらしい。
心配そうに、かがんで俺の様子を見ていたフェルシューラ―と目が合う。
「強がりだったのですか? 諦め絶望していたのですか? 助けてあげることはできませんが……最後になにか良い思いをさせましょうか? シズマ君、お姉さんがキスしてあげましょうか?」
「何言ってるんですか。大丈夫です、これから俺の奥の手を使うので、できればお姉さんには見られたくないのですが」
「そうですか。では……本当に私はここを去りますよ? キスもハグもいりませんか?」
「子ども扱いせんでください」
「失礼しました。では……また、どこかで。それではごきげんよう、シズマ君」
そう言い残し、フェルシューラーはまたしても忽然と姿を消した。
それを確認し、俺は……キャラクターの項目を『スティル』に変更する。
意識が……そこで途絶える。
任せたぞ、スティル。お前のことだ……また俺の思いつかない方法で、俺達のためになるように動くんだろ? だからって、あまり無茶はするんじゃないぞ――
(´・ω・`)これにて十二章は終わりです。
ブックマーク、評価などして頂けると作者の活動の励みになります。
また、他の作業に追われているため、次章の開始は一週間ほど後になってしまう見込みです。