第百八十九話
怒涛の勢いとはこのことを言うのだろう。
想定外の強敵を撃破し勢いづいたのか、キルクロウラーと俺達の混合探索隊は、これまで以上の速度で階層を下っていった。
道中は俺とメルトで手分けをし、一〇階層毎に現れる階層主に対しては『端から初見の強敵が現れる想定』で挑むようになった。
それはもう、油断も何もない、安易な事前策や様子見などない、見敵必殺の布陣だった。
「魔法班、魔力を高めることに集中。ガークを先頭にフロアに入るぞ。斥候部隊は弓を構えよ。対甲殻用の矢の使用を許可する。リヴァーナ、速攻で後ろを取れ。私も前に出る」
「了解」
「了解」
「「了解!」」
そうして、出会い頭に大量の攻撃を浴びせる用意をしながら、階層主のフロアへと足を踏み入れるのであった――
辿り着いた二〇階層の階層主フロア。現れたのは、ここにきて初となる『集団』の相手だった。
『エビルツーナーレッド』
『海洋戦隊ツナレンジャーのリーダー』
『責任感が強く仲間の窮地に駆け付ける』
『駆けつけるだけだ』
『エビルツーナーブルー』
『海洋戦隊ツナレンジャーのクールガイ』
『つまり冷凍されているから動きが鈍い』
『みんなの足をクールに引っ張る』
『エビルツーナーグリーン』
『海洋戦隊ツナレンジャーのお調子者』
『調子に乗って悪戯したらブルーを凍らせてしまった』
『実はみんなに嫌われている』
『エビルツーナーイエロー』
『海洋戦隊ツナレンジャーの大トロ担当』
『非常によく肥え脂がのっている』
『キログラムあたりの単価は一番高い』
『エビルツーナーピンク』
『海洋戦隊ツナレンジャーの紅一点』
『だがそもそも雌雄同体の一族である』
『性自認の都合上紅一点と言い張っている』
……なんだこりゃ!? 明らかにネタに走っているのが見て分かる。
一度俺とメルトが戦ったことのある、マグロに手足を生やして二足歩行にしたような巨体の相手。
それなりに動ける相手ではあったが、正直苦戦した記憶のない相手だ。
だが、目の前の五体……? 五匹? 五人? は明確に違いが判る。
色が……違うのだ。もう名前の通りの色をしているのだ。
「全員、放て」
一切の戸惑いなく、アラザさんの号令と共に大量の炎魔法が放たれる。
俺も『プロミネンス・レイ』でそれに参加し、更にメルトの魔法で炎の勢いが増し、まるで生きているかのように炎が渦巻いていく。
「弓矢、放て」
大量の矢が放たれ、炎の中に吸い込まれる。
やがて炎の勢いが弱まるタイミングで、背後に回り込んでいたリヴァーナさんが、五体の影を切り裂くように一閃。
アラザさんとガークさんも真正面から突っ込み、確実に弱っているであろう五体に向かい攻撃を仕掛けた。
だが――
「撃ち方止め。ガーク、引くぞ」
「はい。……なんだったんですかね、これ」
哀れ、炎が止む頃には、光の粒となり消えていく、五体の黒い炭が残されていた。
つまり……雑魚だったのだ。きっと五体ならではの連携や戦法もあったのだろうが、出会い頭の砲撃により、一瞬で討伐されてしまったのだろう。
出落ちである。完全なる出落ちである。
「初めて見る階層主だったな。これもイレギュラーの影響か……?」
「まぁ楽に終わったのは良かったですね。しかしどうしてこんな魔物が……」
考える。ここがもしダンジョンで、ゲームだったとしたら。
もしかしたら階層主はランダムで選ばれるというよりも……ある程度挑戦を開始した時点で、最後まで登場する階層主が決められているのではないだろうか?
ゲームで言うところの『抽選テーブル』ってやつだ。
もし、高難易度のテーブルだとしたら、その中に箸休めのようなネタ枠が入っていても、ある意味では納得できるのだ。
が、なんだかそれは……本当に『ゲームらしい』ではないか。
「ここのダンジョンマスター……もしかして地球のゲームのことを知っているのか……?」
疑念は深まる。が、俺達はそのまま更に下層を目指し、進んで行くのだった。
追伸、マグロがいっぱい手に入りました。
今夜の野営が楽しみです。
二一階層、奇数であるためメルトの番である。
この階層、つまり二〇を超えたこの階層から、少しだけ階層の景色が変化した。
今まではただの洞窟、それこそ波に長年晒されてできた、海辺の浸食洞といった風合いだったのだが、ここにきて地面が乾燥し、ただの洞窟のような様相を見せ始めたのだ。
「うーん? ねぇねぇ、なんだか魔物が山とかで見かける魔物と似たようなのになったよー?」
「そのようだな。以前から階層が進むと、時折こういった海とは無関係の魔物が出現する階層が現れることがあった。が、こういった環境の変化が起きると、そのうち過酷な環境が現れることもある。次からは慎重に『ヒナバード四号』を使うようにしよう」
「了解!」
もはや名前には突っ込むまい。なんだか前回と名前が違うし。
……鳥の種類で使い分けているのだろうか?
メルトの言う通り、この階層では狼型の魔物が多く出現し、中にはなじみ深いオウルベアも現れ、それでも今のメルトには太刀打ちできなく、あっという間に撃破されてしまう。
が、ここに来て大きな問題に気がついたメルトが、階層の終わり際で俺達に訴えだした。
「大変よ……これじゃあもうエビが補充出来ないわ……! 今回、最初の階層主までの間だってあんまりエビが出なかったのに……!」
「ぬぅ……確かに言われてみれば……いや、しかしこの先でまた海洋環境に戻るやも……」
「実際、食料の確保、補給が制限されると困りますからね。今回はシズマ君がいて助かりました」
「だが、それにも限界があるからな。鮮度の問題もある」
確かに。本来なら収納の魔導具の中は常温放置なのだし、悪くなってしかるべきなのだ。
まぁだからこそ、干し肉や乾燥したパンを大量に詰め込んでいるのだが。
「あ、でも卵が出たわね! さっき鳥の魔物が落としたわ。食べられるのかしら?」
「ふむ、恐らくロック鳥の幼生だろう。食べられるはずだ」
「なら鶏肉を落とすかもしれませんね。次の階層では羽を狙って本体を傷つけないように倒してみますよ俺が」
もしかしたら安易に食材を確保できないようにするために環境が変化したのかもしれないな。
なら、肉がドロップしやすくなるのか、羽を攻撃して検証してみないと。
「では『ヒナバード四号』を次の階層のチェックに使うぞ」
「了解です」
相変わらず真面目な表情と声で、すっとぼけた名前を言うアラザさんが面白い。
長い竿に括り付けた鳥かごを次の階層に差し向ける。
だが次の瞬間――
『ビ!? ガッ! ビビビビガ……!』
小鳥が、苦しんだ末に全身から湯気を上げ絶命してしまった。
つまり……生き物に火が通ってしまう高温、即死環境なのだ。
「っ!? ここに来てだと!? まだそこまで深い階層に潜ったわけではないというのに!」
「これは……まさか我々にクリアさせないという意思なのでしょうか……」
「っ! また……失敗?」
事実上のデッドエンドの登場に憤る一同。
……だがこんなに早く出てくる環境変化に攻略を打ち止めにされるようでは、最下層に辿り着くなんて不可能ではないだろうか。
つまり……対策をして強引に突破しろってことかもしれない。
「……みなさん、キルクロウラーのメンバーは全員で一〇人ですねよね」
「ああ、見ての通りだ」
「……今から、俺が一瞬だけ次の階層に向かい、戻ってきます。俺、環境の変化にある程度耐えられる加護を持つアクセサリーを持っているんです。それで耐えられるか否か、試します」
「な! 危険だ、許可できない!」
「必要なんです。たぶん、この程度の環境を突破できる用意をしていないと、もう最下層には辿り着けない難易度になっているんだと思います。お願いします、すぐ戻りますから」
俺は装備中のアクセサリー『リング・オブ・ミラージュ』を外す。
回避行動で敵の身体をすり抜け、ダメージを与えられる効果のある指輪だ。
これを外し、代わりに……『大量に持っているアクセサリー』を装備した。
『蒼海の思い出(極)』
『2024年度アクセサリーデザインコンテスト最優秀賞作品の最上位バージョン』
『“ダメージ耐性20%上昇”“状態異常耐性50%上昇”』
『“スタミナ消費10%軽減”“HP自然回復1%/10s”』
『“魔法確率反射20%”“クリティカル確率無効20%”』
以前、メルトにプレゼントする為にシジマに自動で作らせたアクセサリーだ。
一晩中作ったせいで大量に完成してしまい、アイテム欄で眠っていた品。
この『状態異常耐性50%上昇』と『HP自然回復1%10s』でどこまで耐えられるか。
それを……試す。
静止を振り切り、階層の境界を踏み越える。
その瞬間、ムッとした熱気が襲い掛かり、湿気を感じているのに、喉が渇きを覚えると言う、不思議な感覚に包まれた。
これは、半分軽減してこの辛さなら、なにも対策していなければ人はすぐに倒れてしまうだろう。
いや、普通に肉に火が通る気温のはずだ。
俺はいつの間にか、滝のように流れていた額の汗をぬぐい、引き返す。
「……ギリギリ耐えられる気温に感じました。熱い蒸し風呂程度でしょうか。装備を一時解除して、薄着になり駆け抜ければ突破可能です。氷の魔法で周囲を冷やしながらならさらに快適になるかと」
「そうか……しかしそれでは君一人になってしまうが、それもそれで危険、いや無謀だ」
「ああいえ、実はそのアクセサリーなのですが……旅団の物資を預かっているので、大量に持っていたりします。今回の攻略中だけお貸ししますよ」
俺はそう言いながら、倉庫に大量にしまっていたアクセサリー『蒼海の思い出(極)』を人数分取り出して見せた。
「あ! 私と同じ奴! これってそういう効果もあったのね?」
「そう、ただのプレゼントじゃなくてお守り代わりに旅団が贈った腕輪なんだよ。皆さんにも攻略の間、これをお貸しします。少しだけ薄着になり、氷の魔法を定期的に近くに放ちながら駆け抜けましょう」
これなら、ギリギリ抜けることができる。
それに加え、この先の階層だけは俺だけでなく、俺とメルトで速度重視で敵をせん滅することに決め、その方針を皆に告げる。
「分かったわ! じゃあ私も、氷の魔法を使いながら戦うね」
「俺もそうするよ。出来るだけ階層の終わりまで早く道を切り開いて、みんなに駆け抜けて貰おう」
「すまない……鳥が死んだ、イコール我らもすぐに死ぬという思い込みが強かったようだ。そうだな……我々が生きて通り抜ける術を模索するべきだった。反省しよう」
「確かに、用意していたのは毒に対する抵抗薬くらいでしたね……氷魔法だけでは太刀打ちできない気温も、特殊な効能を持つ魔導具や装備を揃えておく……準備不足でしたね」
「シズマ、感謝する。これでまだ、諦めなくて済む」
キルクロウラーの面々が腕輪を装着する。
なんか……メルトに贈ったプレゼントが一点物ではなく、量産品でみんながつけていると思うと、少しだけ複雑な気分になる。
が、この状況を打開できる装備でかつ、数が揃っているのがこれしかないのだ……。
「わー! お揃いねみんな! リヴァーナちゃん見て見て、お揃いよお揃い!」
「本当、メルトはずっとこれを着けてたんだ」
「特別な効果は知らなかったけどねー」
あ、なんか普通に嬉しそうでした。
よかった、がっかりしていなくて。
そうして、一同が少しだけ薄着に着替えてから、俺達は問題の『灼熱のフロア』に足を踏み入れたのだった。
「む……確かにこの気温は……だがまだ耐えられる温度か」
「メルト、急ぐよ。皆さんは氷で周囲を冷やしながらついてきてください」
階層を皆で移動すると、やはり俺と同様、この気温に耐えることは出来ていたが、それでも辛そうな表情を浮かべ、さらに装備や上着を脱ぎ対応を始める一同。
俺とメルトはこの環境の中でも生きている、恐らく強靭な肉体を持つであろう魔物を相手取り、切り進んで行く。
「メルト……自重しないで本気で行くよ」
「そうね……! あっつい!」
シャツ一枚になったメルトが、汗を額から流しながら武器を構える。
俺も、余計な装備を外し上半身はシャツだけになりながら、剣を構える。
『アイス・ブレード』を身体の周囲に複数展開させながら、剣を構え全速力で駆ける。
魔法と『ラピットステップ』の同時発動を行い、周囲の気温を下げつつ、氷の刃で敵を切り裂き怯ませる。
その怯んだ魔物に剣でとどめを刺す。一人で魔術師と剣士両方の役割をこなしながら、この灼熱の階層に住む、岩のような質感の肌を持つ魔物達を狩る。
「……さっきの階層で見かけた山の魔物が……溶岩石で覆われているのか」
【神眼】で調べても、ここの魔物達の説明は、通常種と変わらなかった。
つまり、こいつらは亜種ではなく、この環境用に調整された個体ということ。
やはり、このダンジョンを支配しているダンジョンマスターは……ダンジョン内限定なら、環境も生き物も自由に作り変えられる、強大な力を秘めた存在なのだろう。
「……こりゃ過去最強のダンジョンマスターかもしれないな」
このダンジョンの果てに棲む存在の強大さを予想しながら、ひたすらに灼熱を切り裂き進むのだった。