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第百八十八話

 雲泥の差とは、こういうことを言うのだろう。

 ダンジョンに入った瞬間から、もう既に低階層にいた他の探索者が、道端の取引を中断し道を開ける。


 それどころか、戦闘が行われている第三階層や第四階層ですら、探索者が道をあけ、魔物が恐れおののき、決死の覚悟で特攻をしかけてくる。

 その魔物を、メルトが的確に魔法で撃ち抜き、ひたすらに一定の速度でダンジョンを進んで行く。


 周囲の反応も、魔物の反応も、全く違う。

 本気で攻略の意思を宿した彼らの行進は、人を恐れさせ、魔物を狂わせるのだ。


「……こっちも気合が入るな」


 露払いは俺とメルトの役目だ。

 なら、俺とメルトの間でだけ、役割を決めておこうか。


「メルト、ちょっといいかい?」

「ん、なに?」


 心なしか、いつもよりキリッとした表情のメルトがこちらを振り返る。


「奇数の階層はメルト、偶数の階層は俺が魔物の処理を担当しようか」

「なるほど……キスウってなぁに?」

「……割り切れない数のことかな? 簡単に言うと」


 表情が戻った! いつものメルトのままだった!


「分かったわ、じゃあここは五階層だから……私ね」

「そういうこと、任せたよ」


 そうして、俺達は今日も一切の淀みなく、階層を重ねていく。

 やがて、今朝の出発地点である一〇階層の目前で一度足を止める一同。


「ジュポーンが出現したのはイレギュラーだった。あれは本来、もっと下層で出現する階層主だ。やはりダンジョン全体の魔物の分布が少々高難易度化しているのだろう」


「私は歓迎する。イカ」

「本来頻繁に出現するのは『エビルツーナー』ですよね。あれなら対処は楽なのですが」

「ああ。可能性として上げられるのは今言った二体に加え『フォートレスクラム』だ」


「ジュポーンの場合は先日と同じ布陣で行く。ツーナーならリヴァーナに任せる。フォートレスならそうだな……後衛の魔法班による火あぶりだ。メルト君やシズマ君も、同じく炎の魔法でそこに合流して欲しい」


「了解です、魔法なら連携はそこまで必要ありませんしね」

「炎……了解よ、みんなより少し遅れて発動になるけれど」

「了解した。では、向かうぞ」


 メルトの魔法は、環境にあるものを操作する魔法であるため、炎がその場にないと発動できない。

 だが逆に言えば『あったら操作できる』のだ。俺達が炎を出せば、彼女もそれを操作できる。

 一度試したことがあるが、操作には『増幅』まで含まれているのだ。


 階層主のフロアに隊の全員が入るのを見計らったように、退路が膜で覆われ閉じ込められる。

 ここから退却するには、これが解除されるまで逃げ続けなければいけない。

 無論、この探索隊に退却の二文字など存在しないのだが。

 しかし――


「……特大のイレギュラーだな」

「様子がおかしいですね、フォートレスクラムに似ていますが」

「たぶん、変異種。一部が無機物に変わってる」


 その階層にいたのは、中央に鎮座する『巨大すぎる二枚貝』。

 俺もメルトと一緒に倒したことのある、大きなホタテのような魔物だった。


 だが、明らかに丸々と太り、本来の乳白色に近い色の貝殻も変色し、今は漆黒。

 貝殻にはリヴァーナさんの言う通り、金属を思わせる装飾? それとも部品だろうか? 人工物のようにも見えるものが随所に見受けられた。


『ジオ・フォートレス・アイアンゴーレムクラム』


『肥大化し硬度が上昇したフォートレスクラム』

『ダンジョンに飲み込まれた鉄製の装備の成分も吸収し半ゴーレム化している』

『耐熱耐衝撃性が非常に硬く強靭また高圧の水流を放ち相手を切断する』


「っ! そいつの水流攻撃に気を付けてください! たぶん下手な防具ごと切断します!」


 説明文を読んで確信した。こいつは『ウォーターカッター』に似た攻撃をしてくるのだと。

 地球の工場で使われる、極細高圧力の水の勢いで鉄すら切断するあれだ。


「本当かシズマ君」

「間違いありません、事実です」

「……このタイプは攻撃を仕掛けた時に反撃をしてくるタイプのはずだが……どうします?」

「亜種なら生態が変わっている可能性もある。注意し――」


 その瞬間、俺の目にギリギリ映る速度で一瞬だけ、貝が開くのが見えた。

 それを予兆だと感じ、俺は咄嗟に――


「『アイスブレード』」


 氷の剣を生み出し全力で飛ばす。

 一瞬遅れて、飛ばした氷の剣が切断され、勢いが少しだけ弱まった水流が――俺の前に躍り出たガークさんの大盾に当たった。


「助かりました!」

「こちらこそ!」

「予備動作は『貝が一瞬だけ開く』です。氷の魔法で貝の開きを制限しましょう!」

「分かった! 魔法班、魔物の周囲を冷気で覆うんだ。他の者は一カ所に固まり攻撃に備えろ」


 すぐに陣形が組みなおされ、魔法で魔物の周囲が小範囲の吹雪に覆われる。

 そうだ、水ならば氷れば体積が増える。ならばウォーターカッターに必要な極小の噴出口を押し広げ、切断力を失わせることもできるはずだ。


「たぶん、これで攻撃の威力はだいぶ下がりました。あとはどう倒すか、ですね」

「そうだな。だが炎は使えないと見た方がいいんだな?」


「正直分かりません。少しでも凍結させたら、魔物の攻撃手段の水の射出、その威力を支える噴出口をダメに出来ると思っているのですが、そこが再生する可能性や、そもそもその部分が硬い金属でできている可能性もありますし。ただ、少なくとも吹雪の中に閉じ込めれば、水を使った攻撃はしてこないと思うんです」


「ふむ……リヴァーナ、一度だけ攻撃を加えてみてくれるか?」

「分かった」


 アラザさんの指示に従い、リヴァーナさんが高速で駆け寄り、吹雪の冷気が自分に及ぶ暇すら与えないような速度で切り抜けた。

 が、甲高い音が響くのみで、それは攻撃が成功した音ではなかった。


「硬すぎる。たぶん複数回でようやく傷がつく」


 いつの間にか戻って来た彼女の報告に、思案する。

 今こそ俺の一撃を使う場面なのではないか? と。

 だが――


「……魔法班、半数で吹雪を維持しろ。その間に残りの人間は炎の魔法の用意」

「ふむふむ……アラザさんアラザさん、私吹雪から炎に一瞬で切り替えられるよー」

「そうか、ならタイミングを見計らって炎に加勢してくれ」


 どうやら、次の策を試すようだ。

 なら、俺もその策に乗じる。


「俺も炎で参加します」

「助かる。吹雪班、今から一〇数えたら炎を放つ。その五秒後に再度吹雪だ」


 その狙いが分かった。アラザさんは、急激な温度変化による劣化を狙っているのだ。

 有効かもしれない。ましてや相手も生きているんだ、きっと外殻は無事でも中身にダメージが入るはずだ。


 やがてカウントダウンが進み、俺は自分が使える炎の魔法で、最も威力のあるものを準備する。


『プロミネンス・レイ』


『狭範囲直線発動タイプの炎中級魔法』

『熱線により対象に炎上効果を付与しダメージを与える』

『また炎耐性を無視する効果がある』


 これが、俺が今使える一番強い遠距離の炎魔法だ。

 やがてカウントダウンが進み、その時が迫る。


「三……二……一……放て!」


 吹雪が止み、次の瞬間貝殻の周りが炎が渦巻く。

 俺の放つ深紅の光線のような炎が、更に貝の閉じた部分を狙い撃つ。

 あわよくば溶接でもできたらと考えたが……若干、変形するにとどまっていた。

 どんだけ耐熱性能が高いんだよ……耐性無視の魔法のはずなのに。


 更に追加でメルトが加わり、炎の勢いが急激に増す。

 が、やはり氷が解けた影響か、貝の魔物は再び動き出し、微かに二枚貝が開こうと蠢いた。

 しかし、そこにすぐさま再び吹雪が巻き上がり、メルトもその援護に加わり急激に再冷却される。


「リヴァーナ、もう一度頼む」

「分かった。メルトも来て」

「え? 分かった!」


 再冷却で動きが鈍る魔物に、二つの影が超高速で迫る。

 吹雪を切り抜けるように、二人の影が交差した。

 そして――聞こえてきたのは甲高い音……甲高い、何かが砕ける音だった。


「壊れた! 壊れたよー!」

「メルト、油断しないで中身を切る」


 完全に脆くなった分厚い貝殻が、二人の攻撃の前に敗れる。

 無防備に晒された貝の中身に、容赦なく二人の攻撃が炸裂する。

 声も何も上げない貝は、ただ静かに光の粒となり、消えていくのだった――






「凄いな……こんなドロップ品の数は見たことがない」

「装備の類が多いですね……やはり金属化した亜種だということが関係しているのでしょうか」

「その可能性が高いな。む……喜べガーク、貝の身があったぞ」

「! なんと巨大な貝柱……!」

「……いや、それよりもこちらだ。これは……臨時収入になりえるな」


 階層主討伐後、ドロップ品の仕分けをしている面々の様子を観察していると、二人がその中から気になったものを見つけたらしく、俺も【神眼】で観察してみた。


『堅牢要塞の貝柱』


『クラム種の変異個体から採取できる貝柱』

『非常に強力な筋繊維で構成されているがその特性は失われている』

『その強度は熱により弱まり加熱調理に向いている反面』

『繊維の方向に気を付ければ生食も問題ない』




『堅牢要塞の秘宝』


『クラム種の変異体から稀に採取できる真珠』

『亜種の特性により成分が変化し黒真珠と化している』

『その巨大さと希少な発色により価値は計り知れない』


 これは、かなり凄そうなお宝だ……それこそオークションにでもかけられそうな。

 そしてもうひとつはとんでもない大きさのホタテの貝柱のようなものだった。

 ……そういえばガークさんの好物だったような。


「いい武器が出た。私のダガーをこれと交換する」

「わー! いっぱい出たねー武器!」


 その他にも武具か大量にドロップしたらしく、リヴァーナさんはその中から一振りのダガーを選び取り、自分のダガーと交換するように鞘に納めていた。

 そうか、もしかしたら最初の攻撃で刃こぼれしてしまったのかもしれないな。


『閃刃インペイルエッジ』


『ダンジョンに吸収された様々な物質の特性が宿った小剣』

『最高峰の出来のものには銘がつく』

『超硬度かつ耐久性の高い一振り』

『クリティカル発生率2倍』

『物理抵抗軽減』

『非物質攻撃性能』


 凄い名品が出たようだ。

 パッと見た感じ、物理耐久の高い相手も、霊体のような相手にも攻撃が効きやすいようだ。

 リヴァーナさんに相応しい装備だと言える。




「よし、ドロップ品の確認が終わったら先に進もう。まだ最初の階層主、序盤も序盤だからな。だが……ここまで強力な亜種が出た以上……ダンジョンは、いやダンジョンマスターは……こちらを意識している可能性があるな」


「そうですね。意図的にこちらに強い相手をぶつけている気がします」

「ありえる。やっぱりこのダンジョンは常に監視されてる」


 次の階層へ出発する前に、キルクロウラーの上位陣三人がそんな感想を漏らす。

 正直、それは俺も感じている。だが同時に……『他のダンジョンが攻略されたことで自動的に難易度が上がった』可能性も考えている。


 少々ゲーム的な発想だが、攻略する順番が自由なゲームにおいて、後に回された場所ほど高難易度化するのというのは、割とよくあるシステムだ。

 なので、俺は焦土の渓谷やリンドブルムの巣窟がクリアされたことも関係あるのではないかと提言する。


「ありえる話だ。元々このダンジョンは妙にこちらの動きを見ているかのようなタイミングでの罠、階層の環境変化が起きることで知られているからな。高難易度化に加えそういった嫌がらせのようなものも発生すると見ていいだろう」


「なるほど……なら、下手なことは口にしない方がいいですね」

「そうだな。聞かれている可能性すらある」


 聞かれている……そうか、その可能性もあるのか。

 俺達は、引き続き下層へと進む。

 次の階層主が現れるのは二〇階、そこに至るまで無事に済めばいいのだが――


「あ、一一層だから奇数の私の番ね! よーし、頑張るわよー!」


 そうして、俺達はこのフロアを後にしたのだった。

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