第百八十四話
「なるほど、手始めに全体の相性と実際の流れを確認してから具体的なフォーメーションを決めるんですか」
「ああ、そうだ。君とメルト君は既にダンジョンに挑戦し始めていると聞いた。そのスタイルを見せてもらい、我々の隊にどう組み込むのか、そして実際にダンジョン内で一泊し、一日の流れを総合的に見てから本攻略のペース配分を考えるつもりだ」
夜、野営市で買い漁った料理をベースキャンプで皆といただきながら、明日以降の話を聞く。
アラザさんの方針は『とにかく慎重に計画を立てる』というものらしく、俺はそれが『ネトゲの大規模レイド戦の攻略会議』に似ていると感じ、どことなく懐かしいという思いと同時に『この時間もこの時間で楽しい』と思えた。
「俺とメルトはお互いに速度重視の近接アタッカーなので、かなり早いペースで攻略していましたね。大人数となれば、足並みを揃えることを前提に、戦闘行為だけ短時間で終わらせる方向で行きたいと思います」
「ふむ、君のことは聞いていたが、メルト君も速攻型か。今回の選抜隊は速攻重視だが、一人くらいは破壊力特化型も必要かもしれないな……あのダンジョンには硬質な魔物も現れるんだ」
「私、硬くておっきなエビも斬れるわよ?」
「ええ。アラザさん、メルトは速攻アタッカーであると同時に、魔法を駆使する魔法剣士でもあります。そういった物理の効きにくい相手にも対応可能ですよ」
「それは素晴らしい。ならば前衛の頭数は揃っているな。明日、実際に戦闘の様子を確認して考えるとしよう。ガーク、すまないがそちらの皿を取ってくれ」
「マスター、まじめに語りながら手が止まらないの、シュールなのでやめてください。というかよく噛んで下さい。どうして喋りながら食べられるんですか」
「慣れだ」
はい。アラザさん、一切の咀嚼音もさせず、話しながらずっと串焼き食べてました。
行儀が悪い? いや、ダンジョン内で長時間過ごすなら、そういう技術も必要なのかもしれない。
「……しかし相変わらずダンジョン産のエビは美味いな。食いでがあるのに殻がない。食べやすい」
「マスター本当エビ好きですよね」
「私はイカの方が好き」
「自分は貝類ですね。このダンジョンの良いところは焼くだけで美味しい食材がダンジョン内で手に入ることです」
「同意。料理担当を連れて行かなくてもなんとかなる」
「しかし、今回はシズマ君がいるからな。期待させてもらうよ」
「はは……了解です」
案外、このクランって必要な時には力を抜ける、メリハリのあるクランなのかもしれないな。
アラザさんもエビ好きか……ダンジョンの中でエビフライでも作ってみようか。
……なら、俺だけでも情報は開示しておくべきか。
「皆さん、攻略前に少しだけこちらの情報を開示します。追究は俺だけに留めてください」
これから、最悪命を預けることになるかもしれない探索隊の面々に、俺は『自分ができること』を自己申告する。
「俺は料理の他に鍛冶作業も可能です。装備の簡単な修繕や手入れも可能です。また、大剣の扱いも得意ですので、メルトだけでは対処できない相手には俺も大剣使いとして参戦可能です。また魔法の扱いも可能です。炎と風と氷の魔法なら使用可能です。加えて、弓矢の扱いも可能です」
俺は、自分ができることを口頭で説明する。
「また、これが恐らく今回の探索で一番大きなアドバンテージになるでしょう。俺は『かなりの大容量を誇る収納の魔導具』を所持しています」
俺の報告を、どこか疑わしいような、半ば呆れているようにぽかんとした表情を浮かべて聞いていた一同が、最後の言葉を聞いた瞬間、一斉に眼光を鋭くした。
「それは本当か? 収納の魔導具、小さなものなら我々も幾つか所持しているが、その収納可能スペースは……大体そこにあるチェストと同じくらいだ」
すると、室内にあった、宝箱にも似た収納箱をアラザさんは指さした。
なるほど……二リットルのペットボトルが二〇本は入りそうな大きさだ。
すると、アラザさんに促され、バスカーが腰から水筒のような筒を取り外しテーブルに置いた。
「その水筒のような道具に、その箱と同じ程度の荷物が入る。シズマ君、君の魔導具にはどれくらい入るか把握しているのだろうか?」
「そうですね、旅団で旅をしている頃は、所属していた人間全員の予備の装備や荷物を全て収納していても、まだまだ余裕がありました」
「……それが事実なら、こちらが持ち込める荷物が大幅に増える……探索の成功率も上がるな」
「そういった方面でも協力するつもりです。俺も、ダンジョンコアは入手しておきたいですから」
「分かった。では、実際に収納して見せてくれないだろうか? 試しにそこにある箱と……そうだな、このテーブルの上にある料理を収納してみてくれないか?」
その指示に従い、箱とテーブルの料理を全て収納してみせる。
あ! 新しい串に手を付けようとしていたリヴァーナさんが空を掴んでしまった!
「! シズマ、返して」
「は、はい」
テーブルに並べられていた、大量の料理が一気に消失し、置いてあった箱も完全に消える。
それに驚く一同と、俺の肩を掴んで揺さぶるリヴァーナさん。
か、返しますから! そんなに必死に揺らさないで!
「これは……本物だな」
「ですね……シズマ君、その魔導具のことは出来るだけ口外しない方がいい」
「ええ、そのつもりです。皆さんだから言ったんですよ」
「その信頼に応えよう。ガーク、持っていく予定の物資について候補を練り直してくれ」
「そうですね。班長、シズマ君が辛そうなので揺らすのは止めてあげてください」
「イカ串返して」
料理を全てテーブルに戻す。いや本当ごめんなさいリヴァーナさん……。
イカ美味しいもんね、もう一本食べたかったんだもんね。
「シズマ君。荷物持ちのような真似をさせるのは心苦しいが……本攻略の際はこちらの物資の運搬も頼むと思う。どうかよろしく頼む」
「はい、お任せください」
「それで、だ。君が大剣での戦いや弓術、魔法にも精通しているというのは事実なのかな?」
「事実です。魔法はまだそこまで熟達してはいませんが、大剣なら自信があります」
俺、ルーエが活動している間は、ずっと精神世界でシレントと一緒に訓練していたからな。
それにルーエの戦いの知識のお陰で、武器の扱いのコツ、身体の扱い方についてもある程度吸収できている。
今の俺なら、普段使っている剣と遜色ないレベルの動きができると確信している。
……まぁ武器の性能の都合で技の発動は遅いけど。
『古剣アルガス・ニフティ』
『古い巨大な剣』
『技の発動モーションが鈍化するが威力が倍増する』
『通常攻撃でMPとHPを消費するようになる』
『極めて高い攻撃力を誇る』
人工ダンジョンで、でかいドラゴンを一撃で葬る時に使った武器だ。
使用にリスクはあるが、一撃に全てを賭けるならこれ以上の剣はない。
それに、鈍化するといっても、それはシステム上の制約。
無論現実世界でもその巨大さと重量で取り回しは難しいが、今の俺なら以前よりは幾分使いこなせるようになっているはずだ。
「では、明日見せて欲しい。私はまだ直接君の戦いぶりを見ていない上に、大剣を使うという情報も魔法を使うという情報も知らされていないからね」
「そうですね、自分達もシズマ君の戦いは、片手半剣による速攻アタッカーとしての動きしか見たことがありませんから。シズマ君、明日は君の戦力分析も含めることにするよ」
「了解です」
「あ、私はダガー二刀流だけだよ! ちょっと魔法も使えるけど!」
「メルトは強い。それは私が認める」
「えー? ありがとねリヴァーナちゃん」
なんだかキャッキャウフフな空気が出来上がってきている二人。
微笑ましいです。
「リヴァーナが認めるとなると、本物だな。これは想像以上の戦力強化を見込めるかもしれない。明日の攻略テストが楽しみだ」
「そうですね。一泊した後に帰還、で良いでしょうか?」
「ああ、その予定だ」
「あ、それじゃあ明日以降は俺とメルトもこちらのベースキャンプでお世話になる、ということで良いでしょうか?」
「ああ、勿論だ。その方が都合が良いだろう。交流を深めるにしても、それぞれの癖や好み、人柄を知っておくことも攻略においては重要な要素となる」
なるほど。流石、クランハウスで寝食を共にしているだけはあるな。
恐らく、こういう部分も彼らが探索者として第一線にいる理由なのだろう。
「では俺とメルトは今日宿に泊まったらそっちを引き払って、明日はこちらに合流しますね」
「明日からよろしくお願いしまーす!」
「ああ、よろしく頼む。明日は午前九時にここに集合で頼む」
こうして、この日は簡単な打ち合わせとリンドブルムの巣窟についての報告に留まり、解散となった。
明日から本攻略の前にテストとして一泊二日のダンジョンチャレンジか……気合、入れないとな。
帰り道、メルトはなにやら周囲をきょろきょろと見回し、こっそりと俺に耳打ちしてきた。
どうしたと言うのだろうか?
「シズマ、私達って本当に有名になったみたい……! シズマのことみんな恐がってるわ!」
「……マジかよ。それは知りたくなかったなぁ……」
この間まで恐がられるのはメルトの方だったのに……。
「ちなみに私のことはもう恐がってないみたいね?」
「ははは……メルト、誰も殺してないもん」
「そうよ、どこまでも追いかけて気絶させて連行するだけだもん」
「それはそれで恐いけどなぁ」
たぶん、彼女からは逃げられない。
ホテルに戻り、明日でホテルを引き払う旨を伝えると、案の定紳士的な対応で『左様でございますか。少々早い挨拶となりますが、当ホテルをご利用いただき、誠にありがとうございました。またのご利用を心よりお待ちしております』という、お手本のような言葉を掛けてくれた。
何故だかメルトが目を輝かせており、もしかしたら接客業に興味でも出てきたのかもしれない。
部屋に戻り、部屋に出しっぱなしにしていた荷物、主にメルトの荷物をまとめていく。
……やっぱり、メルトには汚部屋作りの才能があるかもしれない。
なんですか、脱いだら脱ぎっぱなしじゃないですか! 洗濯物はしっかりカゴに入れてランドリーサービスの人に持って行ってもらわないといけないんですよ!
「忘れてた……! あとで自分でお洗濯しないと……ダンジョンの中での着替えってどうするのかしらねー? 私達は普通に中で洗濯して焚火で乾かしていたけど」
「そうだなぁ、沢山持ち込みつつ、やっぱり洗濯をするんじゃないかな?」
「じゃあ、混ざらないようにしないとねー? 下着に名前書かないと!」
ちょっと想像すると、なんだか凄く子供っぽいのでやめた方がいいと思います。
パンツにでかでかと『めると』とか書いてあるとか、なんかね?
可愛いけど、もうそろそろ大人のレディになりつつあるので……。
「それじゃあ、最後のふよふよベッドでおやすみね!」
「そうだなぁ。このベッド、欲しいなぁ」
まるで、柔らかなスライムでも中に詰まっているのかというくらい、程良い弾力で変形性を持ち、仄かにひんやりとして心地良いのだ。
今度、ピジョン商会さんに聞いてみるのもいいかもしれないなぁ……。
そうして、俺はその極上のベッドに横になると、あっという間に意識を手放したのだった。
もう、何度目になるか分からないが、覚えのある感覚。
目を開くと、俺はいつの間にか、無人の円卓の前に立っていた。
上座に座ると、ほどなくしてそれぞれの椅子に、キャラクターの皆が現れた。
「今日は特に話す予定はなかったんだけれど、誰かの意思でここに集まったのかな?」
俺は、この疑問に応えて貰おうと皆の顔を見渡す。
だが、全員が不思議な表情を浮かべ、首を横に振る。
なんだと……? 誰も呼んでいない、と?
『私が呼びました。申し訳ありません、主様を一人だけ呼び出すような力が私には備わっていなく、こうして他の皆様まで巻き込む形での招集になってしまいました』
その時、暗闇の中から女性の声が響いてきた。
女性……ここに顕現出来ない女性キャラクターは残り四人、その誰かだろう。
「君は誰だい? 声だけじゃわからないんだ、ごめん」
『“セリーン”です。調薬師の』
「セリーンか! どうしたんだい、俺に用事だなんて」
『はい、実は私は外の様子が断片的にしか、それこそ主様が私のことを考えた時しか知ることができないのですが……その際、少々気になる記述を見つけたのです』
「気になる記述……? 確かに最近、セリーンのことは考えたよ。薬の知識や調合の知識があれば、メルトの助けになれるかなって思ってさ。最近、何か薬の調合で悩んでるみたいだし」
『はい、そのことについてです。主様が見せられた秘伝書でしょうか、そこに書かれていた素材に気になる記述が散見されたのです……私の予想が正しければ、メルト様は……』
「ふむ……続けて」
『メルト様は、私達の身体に私達の意思を宿すための手段として薬を調合しようとしているのかもしれません』
「なんだって……そんなこと、薬で出来るとは思えないんだけど」
『いえ……それがそうとも限りません。皆さんの検証や考察の結果、肉体に精神は宿ってはいるようですし……心と体の結びつきを強める、何か高位の霊薬、世界の理に手をかけるような薬ならあるいは……』
「そうなのか……なるほど、それでセリーンはメルトの手助けをしたいと考えているんだね」
『はい。今すぐという訳にはいかないでしょうが、ご自宅にお戻りになり、メルト様が本格的に調合に着手する時が来たら、是非私をお使いいただけたら、と』
「なるほど、了解したよ」
『恐らく、私の強さは主様に劣ります。なので、主様の人格を抑え込み私が表に出てくることはないと思います。ですので、主様に私の持てる知識を全てお渡ししますので、どうか彼女の手助けをしてあげてください』
「そっか。貴重な情報、ありがとうセリーン。みんなの意識を宿すのは大きな目的の一つだからね、助かったよ」
『お役に立てたなら幸いです。それでは皆様も、今回は突然の招集、申し訳ありませんでした』
そう最後に暗闇から声が聞こえると、ゆっくりと意識が遠のいていった。
そうか……メルトは俺達のために……頑張ってくれていたんだな――




