表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
じゃあ俺だけネトゲのキャラ使うわ【書籍化決定】  作者: 藍敦
第二章 いくつかの顔と地位
18/102

第十八話

 ようやく見つけたピジョン商会は、メルトの言う通り、まだそこまで大きく成長した商会とは言えない様子だった。

 立地も建物の規模も、あまり目立たない印象だ。

 が、建物そのものは比較的新しく、まさに新進気鋭といった感じなのかもしれない。

 目立たないとはいえ、商業区にこうして商会の建物を構えていられるのだから。


「すみません、少々お尋ねしたいのですが」


 ノックと共に商会の扉を開き声をかける。

 すると、小姓のようなものだろうか、年若い少年が対応してくれた。


「はい、なんでしょうか?」

「こちらはピジョン商会で間違いないでしょうか?」

「なによー間違いないわよー! ちゃんと読んだんだから看板」

「メルト、静かに」


 これは礼儀ってやつなんです。

 断じて疑っているんじゃないんです。


「はい、ここはピジョン商会です。どういったご用件でしょうか?」

「実はここの商会長さんと面会の約束をしていたのですが、正確な日取りを決めていた訳でなく、こうしてまずはお伺いを立てに来た次第でして。『冒険者のセイムが訪ねてきている』とお伝え願えないでしょうか?」

「ぼ、冒険者ですか? 分かりました、少々お待ち下さい。あ、どうぞ中の椅子にかけてくださいね」


 待合所でメルトと二人並んで座る。

 とりあえず社会通念的なことを説明しておきましょう。


「なるほど……円滑なコミュニケーションを取るため……会話のスタートとして違和感がない状況を作り出す……対人コミュニケーションの常套手段という訳ね?」

「そう、そういうこと。そっか……ずっと一人だったんだもんな」

「うん、正直私も自分で『どれだけ本を読んでもたぶん私はまだ全然子供のまま』だって分かっていたの。でも、何が悪いのかよく分からないの。セイムを見て真似していけばいいのかしら?」

「んー……そうだなぁ、そのうちメルトくらいの女の子の姿に変わるよ。それに相応しい振舞を意識するから、それを真似したらいいかも。その人の装備をメルトに渡す予定なんだ」


 が、正直異性の経験と記憶を自分に吸収させるのは、少しだけ抵抗がある。

 精神汚染とまは言わないけど……なんかこう、やはり葛藤があるのだ。

 が、メルトの今の在り方は確かに危機感を覚える。ここは俺が一肌脱ぐしかあるまい。

 ……信頼できる異性の知り合いがいれば良いんですけどね?


「昨日の料理上手なお姉さん? あの人だと私より大きいよ? 背もおっぱいも」

「おっぱいなんて言うんじゃありません。胸です胸」

「分かった。おっきいよ?」

「別な人がいるのでそれでなんとか」


 しっかり装備を渡せるか試さないと。体形はきっと同じくらいだし。


「お待たせしました。応接室にご案内します」


 その時、少年が呼びにやって来た。

 他の従業員も忙しそうに書類と向き合っていたり、何やら小包の中身を確認したりしているが、その合間を縫うようにして二階へと通される。


「では僕はこれで失礼します」

「はい、案内ありがとうございます」

「ありがとうございます」


 応接室に入ると、既にそこには前回、俺が持ち込んだ宝石を鑑定した人も待機していた。

 なるほど、ならこちらもすぐに目的の物を出さないと。


「昨日ぶりです、商会長さん。では早速品をお見せします」

「はは、なんだか急かしているようで申し訳ない。お願いします」


 用意してきた革袋から、サファイアの原石を取り出す。

 これもカテゴリ的には『小ぶりなサファイアの原石』なのだが、個体差でもあるのか、今回のは握りこぶしくらいの大きさがある。

 ……かなり大きいのでは? なんでこれが小ぶりなんですかゲーム会社さん。


「これは……! 商会長、早速鑑定しても?」

「ええ、お願いします」


 唸りながら、ルーペを密着させたり離したり、蝋燭の明かりに照らしたり太陽光にかざしたり。

 他にも専用の照明具なのか、様々な色に変化するペンライトのような道具で照らしたり、なにやら金属の針のようなもので目立たない石の部分をひっかいてみたりと、熱心に鑑定をしていた。

 最後に、美しい装飾の施された天秤に原石を乗せ、その隣に小粒だがサファイアと思われる青い宝石を幾つも積み上げ、釣り合いがとれるまで微調整を繰り返す。


「……信じられません、これは紛れもないブルーサファイアです……それも、ディープオーシャンやノーブルブラッドに例えられる最高級品質です……これは……もはや国宝になりかねません」

「なんと……! まさかそれ程の品とは……セイムさん! この品は我々が責任を持って商総会のオークションに出品致します。売却額の六割……いえ、七割をそちらにお譲りするつもりです。どうでしょう、我々に預けてみてはくれないでしょうか」


 すぐに返事をしようとする……が、何かが、俺の中の何かが『まだ粘れる』とささやいている気がする。

 ……交渉、出来るのか? かなりいい条件に聞こえるが……。

 いや、行ける。


「商会長、じつはさっき俺、カースフェイス商工会の方に顔を出してきました」


 ただ、この一言だけを告げる。

 他は何も言わない。一切、情報は開示しない。

 だが、決して嘘は言っていない。


「な……! それが……どういう場所か知っての上……でしょうな」

「ええ。本当に『色々な人間』がいる都市ですからね。あちらの通りもしっかりと見てきました」

「……たった一日であの場所を嗅ぎ付けるとは、やはり普通の冒険者ではありませんね。……そうでしょうな、本来これは……我々の商会の名を一挙に広げる、いわば最大限の報酬を先に貰っている状況とも言えますからな。……が、流石にあちら程我々は潤っていません。出品の手数料や警備の手配、倉庫の借り受けの代金や売却の際に差し引かれる手数料を考えると、融通できる最大の譲歩が七割なのです」

「……なるほど、確かにおっしゃる通りですね。でしたらもう一つ提案があります。実は、暫くこの都市に腰を落ち着ける為にも、日用品や冒険者としての活動に必要な品を買い揃えるつもりなのですよ。この商会傘下の店でそろえようと思っています」

「……なるほど、では最大限勉強させていただきます。不動産については……高額の買い物になるでしょうし、頭金が潤沢にある状況、オークション後に改めて手配いたします。空き家の大半は既に貴族が管理していますからな。相応の予算を見せなければ紹介すらさせて貰えませんから」

「なるほど、そうですね。では、契約書をお願いします」


 よし、行けた。金額を吊り上げられなかったけれども、今後の買い物で割引はかなり受けられそうだ。

 それに物件も、かなりの数を紹介してもらえそうだ。

 ……正直ここまでやる必要はあまり感じないんですがね?

 けれども……親切にされていたとしても、こちらを『タダ者ではない』と思わせておくのに越したことはないのではないか? という判断だ。


「こちら、契約書となります。確認をお願いします」

「メルト、内容を一緒に見ようか」


 こちらが読み書きが出来ないと知られるのはあまり好ましくないからね。

 メルト、お願いだから何も言わないでくれよ……?


「分かった、見るね」

「お願い。しっかり口に出して読んでくれるかな?」

「……? あ、分かった」


 お、察してくれた!

 そうして、メルトは書面の内容を一語一句逃さずしっかりと口に出す。

 うん、問題はなさそうだ。元々単純な契約に、物件と買い物の融通をするという内容だし。

 ……この契約書を用意していたってことは、もしかして最初からこちらが契約を渋ったり交渉をしてくると見越していたのだろうか?

 やっぱり油断出来ないな、この人。


「この数字で納得すると見越して用意していたんですか?」

「ええ、これ以上の割引はさすがに手痛いですからな。やはり、気が付かれましたか」

「何も言わなければ別な契約書を持ってくるつもりでしたよね?」

「ええ、もちろんです。いやはや……やはり貴方は惜しい」


 こりゃ早いところ文字を覚えないと、だな。

 今日宿に戻ったら、俺だけ宿を引き払うから、代わりに別な人間を交代で泊められないか交渉しよう。

 無論、別キャラになった俺だけど。

 サブジョブを『学者』にしているキャラがいたからな、あっちで行動しよう。

 幸い、丁度メルトの装備受け渡しが出来ないか試そうとしていたキャラだし。


「では、契約はこれで完了ですな。すぐに商店への紹介状をしたためて参ります。このままここでお待ちください」


 そう言って、商会長は応接間を去って行った。

 しっかりとサファイアの入った革袋を手に、少しだけ緊張した様子で。

 ……このレベルの商人ですら緊張するレベルのサファイアだったのか。

 こりゃ思ったよりも大事になりそうだ……。







「お待たせしました。こちら、紹介状となります。大通りの始まりにある、二階建ての『キャロット商店』という場所をご利用ください。日用品から冒険に必要な小道具、簡単な衣服も扱っておりますので」


 二〇分ほどすると、商会長が立派な封蝋のされた手紙を持ってきてくれた。

 鳥のエンブレムが浮かび上がっているが、これがピジョン商会のエンブレムなのだろう。


「確かに。では、本日は良い取引をさせて頂きました。御用の際は……冒険者の巣窟にある『はむす亭』という宿にいるメルトまでお願いします。実は、自分は今日の夕方から少々都市の外に向かわないといけないので」

「え!? セイムどこかに行っちゃうの!? 私は置いていくの!?」

「はは……後で訳を話すから」

「ふむ……了解しました。では、オークションの日取りが決まり次第、メルトさんまで連絡を差し上げます」

「お願いします」


 そうして、俺とメルトはピジョン商会を後にしたのだった。




「ねぇ……私のこと置いて行っちゃうの? どこに行っちゃうの?」

「ほら、さっき言ってた『別な子になる』んだよ。だから一時的にセイムじゃなく別人になるから、セイムは都市の外に出ているってことにしておくんだよ」

「あ……そっかー……良かったー……私捨てられちゃうのかと思ったよ」

「……絶対に途中で放っておくなんてことはしないから安心して欲しいな」

「うん、絶対よ。じゃあ、宿に戻ったら、セイムだけ宿を引き払うの?」

「うん、急用で外に出なくちゃいけないから、自分の代わりに知人をここで契約させて欲しいってね。もし追加で料金が必要なら喜んで支払うよ」

「う……私の振る舞いを治す為に余計な出費……」

「いや、実はその姿になると凄く頭が良くなると思うんだ。だからメルトに文字を教えてもらうのに、都合が良いんだよ。俺にとっても必要なんだ」

「へー、女の子で凄く頭が良い人なのね?」


 た、たぶん……。

 ただ、職業的に学者なら確実に今より頭の出来は良くなるから……。


「あ、このお店だね」

「おー! お客さんいっぱいね?」


 到着した店は、決して大きくはないが、利便性が良いのだろう、今も多くの人が利用しており、しっかりと利益を出していそうな商店だった。

 店先にはそれこそ、冒険者向けの薬液や乾燥させた漢方薬のような物が並べられ、店の内部には様々な道具、採取用のナイフやら釣り竿やら、矢束まで売っていた。

 恐らく二階が日用品って感じかな?


「じゃあ俺達は二階に行って、この紹介状を渡そうか」


 紹介状を渡すと、店員が内容を確認するや否や、店長とおぼしき男性が物凄い勢いで挨拶にやって来た。


「商会長のお得意様ですね! 本日はどのような物をご入用で」

「そうですね、日用雑貨や肌着の予備、それとメモに使えそうなものと筆記用具をお願いします」

「かしこまりました。すぐにこちらにお持ちしますので、少々お待ちください」

「あとは良いブラシとクシが欲しいわ! 泡立ちの良い石鹸もくださいな」


 おっと、メルトの要望も伝えないとだったな。

 少しすると、フリーサイズっぽいシャツが男性用女性用と五着ずつ、それとトランクスタイプの肌着も五着ずつ用意してきてくれた。

 メルトの分は少しだけ形状が違うな。ドロワーズって言うんだっけ?

 なるほど、あくまで簡単な着替えなのか。……メルトは女性らしいフォルムの肌着を着ていたが、そっちは専門店に行く必要があるのか。


「えー、もっと可愛い下着が良いなー? ないの?」

「そ、それでしたらあちらの売り場に……すみません、そちらは流石にご自分で選んでいただかないと」

「分かった。セイム、見てくるね」

「ははは……行ってらっしゃい」


 そりゃそうだ。

 俺は待っている間、用意された紙束と筆記用具を確認していく。

 ふむ、ノートではないけど、製紙技術も問題なさそうだし、羊皮紙じゃなくしっかり植物の繊維で作られている。

 和紙よりもきめが細かいし、文字の練習には問題なく使えそうだ。

 ペンも羽ペンではない、万年筆に似た製品だし、インク瓶にもたっぷりインクが満たされている。

 俺はこれで満足、かな。


「ありがとうございます。連れが服を選ぶまで少し待ってください」

「ええ。ですが年頃の娘さんが満足するかどうか……ここはあくまで旅に必要な品を重点的に扱っておりますので、女性の肌着はそこまで力を入れてなく」

「新品ならそれでいいですよ。とりあえず間に合わせとして、っていうのと、商会長さんのと契約の関係ってことで」

「な、なるほど。あ、本日のお会計は全て半額で構いませんので、次回以降は常に二割引きでご提供させていただきます」

「助かります。割り引かれた分、頻繁に利用すると思いますのでよろしくお願いします」


 その後、メルトが嬉しそうに、そして羞恥心がないかのように両手にパンツを掲げて戻って来るのを、店員と共に苦笑いを浮かべ対応し、キャロット商店を後にしたのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ