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じゃあ俺だけネトゲのキャラ使うわ ~数多のキャラクターを使い分け異世界を自由に生きる~  作者: 藍敦
第十一章 海と港と島と

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第百七十四話

 市街地に変化はなくとも、その日は訪れる。

 皆が利用する波止場とは違う、国賓や重要な船だけが寄港を許される、もう一つの波止場。


 その日、俺はシュリスさんのパートナーとして、この世界の外洋船――広大な海を渡り、他国までの航行を可能とする、巨大な動力船を初めてこの目にしていた。


 下ろされた大きなタラップから、まるでこちらを威圧せんばかりの豪華な衣装、かといって成金趣味ではなく、一目でハイグレードと分かる高品質な衣服を纏う貴族達が、まるでその所作の美しさを見せつけるかのように下船してくる。


 この世界最大の『ライズアーク大陸』を支配する二つの大国。

 その片割れである『コンソルド帝国』からの使節団がこの日、ヤシャ島に到着したのだった。




「ようこそ遠路はるばるお越しくださいました『アシモフコウシャク』。長きに渡る船旅、さぞやお疲れでしょう」


 使節団の代表と思われる、見事な顎ひげを蓄えた偉丈夫に、こちらの代表であるヴェール侯爵が丁寧に、敬意を払うかのように言葉をかける。


 その様子から察するに、この相手は『侯爵よりも格上の相手』なのだろうと、こちらも警戒する。

 今聞こえた『コウシャク』は『侯爵ではなく公爵』なのかもしれないな……。


 新たに列強国の仲間入りを果たすかもしれないレンディア、そこの使節団の長として選ばれるなら、公爵の可能性も十分にある、か。


「これはご丁寧な挨拶、痛み入ります。若干、驚いていますよ。まさかこの時期にもう、外洋に近い島とはいえ、ここまで温暖な気候に変化しているとは。レンディアは良い発展を遂げるでしょうな」


「そう言って頂けると、我が国も励みとなります。それでは馬車をご用意しておりますので、他の使節団の皆様もご一緒に、このまま迎賓館にお連れ致します」


 大国故の奢りや、こちらを見下す色が混じった様子のないアシモフ公爵の言葉。

 そのやり取りを見て安心したのも束の間、突然使節団の面々の中から一人の男が現れ――


「あー、悪いけど俺はパスでイイっすかぁ? ちょいこのド田舎のダンジョン攻略してきてぇんすけど」


 軽薄な口調で、自国の大貴族を敬う様子のない一人の若者の言葉。

 身に着けている衣服からして、探索者であろうことが窺える。


「……『アンガレス』明日の夜は晩餐会だ。ダンジョンに挑むのは良いが一日で戻れ。ここのダンジョンは長大と聞く、必ず引き返してこい」


「うーっす。んじゃ様子見だけして荒らしてきますわ」


 この人物が、目下俺とシュリスさんが警戒しなければならない相手『アンガレス』だと判明。

 そのままアンガレスは、フラフラと海岸沿いに歩いて消えて行った。


 想像よりもかなり若いな。三十代という話だが、俺にはセイムと同じくらいにしか見えない。

 もしかすれば、純粋な人間ではない、若く見られる種族の血でも引いているのかも。


「……お騒がせして申し訳ない。アレは我が国のダンジョン探索者の一人です。御覧の通り礼儀のなっていない人間です」


「どうかお気になさらず。探索者や冒険者、荒事に従事する人間はあれくらいの方が良いでしょう。お恥ずかしながら……私も元騎士でしてな、少々思い当たる節があるのですよ」


「ははは、そうでしたか。是非、そのお話を詳しくお聞かせ願いたいですな。ではそろそろ移動致しましょうか」


「失礼しました。では、こちらに」


 一連のやり取りを、付き添いのシュリスさんも俺も、一言も発さずに見守る。

 やがてアシモフ公爵が馬車に乗り込もうとしたところで――こちらを振り返った。


「失礼、負傷者を連れているので、しかるべき場所に移送しておいてもらえませんかな?」

「おや、どなたかお怪我をなされたのでしょうか。分かりました、手配しておきます」


 そう言い残し、アシモフ公爵とヴェール侯爵が馬車で一足先に迎賓館に向かい、残りの使節団の面々も続々と他の馬車に乗り込んで行った。




「……セイムさん、どうやら彼らみたいだよ、負傷者というのは」


 既に、帝国の使節団は誰一人残っておらず、怪我人を看病する人間もここには残されていない様子だった。


 ただ船員に運ばれてくるだけの怪我人達。

 そこにちゃんとした治療の形跡はなく、ただ粗末な包帯で出血をギリギリ押し止めているような、酷い有様の人間が続々と船から降ろされてきた。


「至急治療院へ搬送しろ。グローリーナイツの名を使って良い」

「重症患者をこちらに。手持ちのポーションがあります」


 酷い有様だった。重症患者? なんだよ、全員が重症じゃないかよ。

 おかしな方向に折れ曲がった手足。関節ではないところが折れた人間も混じっている。

 腐臭すら漂わせている者もいる。これは……長時間放置されたのだろう。


 俺は、少しだけ強力なポーションを負傷者達に使用していった。

 その中で、比較的回復の早かった人間が意識を覚醒させたので、話を聞いてみることにした。


「ここは……そうか俺達……辿り着けたのか」

「コンソルド帝国の探索者さんですね? 酷い負傷者の数です、何があったんです?」

「あ……そうだ俺の足……治ってる……な、なぁ!? 他の連中は――」


 その男性は、自分の身体を見ると酷く狼狽えながら、他の人間を気にかけ始めた。

 俺は、彼と同じようにポーションを与えている最中の面々が、隣にいることを彼に知らせる。

 だが――


「これしか……残っていないのか……」

「まさか、もっと負傷者がいるのですか?」

「いや、ここにいないということは……死んで海に捨てられたんだろうな……」

「……話を聞かせてください」


 どうやら、ただの乱闘騒ぎとは違う、何か凄惨な事件が船で起きたようだ。

 俺は、この人の話をしっかり聞くべきだと、シュリスさんを呼び寄せた。

 そして――






「……紳士的な人だと思ったんだけどな」


「国の重鎮がすることだとは思えないが、他所の国の方針には何も言えないからね。抗議は出来ない。そうなんだろう?」


「そう、だ。俺達は……ある程度は覚悟して船に乗った。だが……まさか……助かる見込みがないからといって……海に捨てられるとは思わなかった……! 名誉ある死すら、与えられなかった!」


 聞かされた話は、あまりにも凄惨で、おぞましい内容だった。


 コンソルド帝国内にもレンディア同様、探索者、傭兵、冒険者のギルドが存在するそうだ。

 三つのギルドはそれぞれ共通のランク設定が存在し、こちらの国同様『成果に応じてランクが上がる』そうだが、これまた同様に『特別な功績を上げないと至れないランク』が存在した。


 それこそが、先程立ち去ったアンガレスの持つ『白金鳳翼章』であり、所持しているだけで、帝国内では子爵と同等の地位であることの証明になるという。

 一般人が貴族の立場になれるという、夢のような制度だ。


 ……それが、釣り餌となった。

 今回のレンディア遠征に選ばれたのは、単独でダンジョンを二つ踏破した、帝国内でもトップクラスの実力を持つアンガレス。


 そして、そのアシスタントとして選ばれたのが、帝国内でも上位に位置する探索者クラン『ホワイトレーベル』だった。

 今、目の前で証言してくれている男性、彼がそのクランのリーダーだ。


 選ばれたホワイトレーベル。しかし、その乗船に必要な契約書には、ある一文が書いてあった。

『ホワイトレーベルの役目は船上でアンガレスの訓練相手をこなすこと。無事に本国に戻った人間は一律“白金鳳翼章”を授与することを約束する。なお負傷及び生死に関してこちらは一切関与しない。自己責任である』と。


 最上位の人間の訓練に付き合い、同行するだけで貴族と同等の地位を得られる。

 そのことに浮かれ、契約書にある『生死に関与しない自己責任である』の意味を深く考えなかった。その結果が……これだ。


「……アンガレスは人間じゃない。俺達は、長い船旅で現れる『アイツの禁断症状』を緩和するための餌だったんだ……! 初めから……公爵は誰一人としてこの旅で無事に本国に戻れるとは考えていなかったんだ! 今助かっても……俺達は戻りの船で処分されるんだ……!」


「……禁断症状というのが、酷い殺人、殺戮衝動なのだとしたら、国賓にするのは危険すぎる相手ですね。少々、使節団に気を許し過ぎたかもしれませんね」


「いや、少なくとも父は警戒していたよ。それにアシモフ公爵は……最初から最後まで、誰の顔も見ていなかった。完全にこちらを意に介していない様子だったよ」


 そうだったのか……どうやら、まだまだ俺は貴族相手の腹の探り合いはできない、若輩者だったようだ。


 ホワイトレーベルの面々が治療院に運ばれるのを見送りながら、俺は明日の晩餐会に備えるため、今日はグローリーナイツの業務を休むことにした。




 ――それが後に大きな間違いだったと気が付くのは、この日の夜。

 大泣きしながらホテルに戻って来たメルトを出迎えた時のことだった。








 その日の夕方、グローリーナイツの仮拠点に多数の相談が寄せられていた。

 その内容はいずれも『野営地で乱闘が起きている、被害者が沢山出てしまっている』という内容だった。


 セイムの不在、そして当然、明日の晩餐会に出席するシュリスもまた、迎賓館で最後の打ち合わせの真っ最中。

 最高戦力の二人が不在だということに伴い、当然のように出動するのは、同じく最高戦力として数えられているメルトだった。


 ここ数日、メルトは充実していた。

 多くの人間に認められ、感謝され、そして己の鍛えた武力が人の役に立っているという事実に。

 ……だから、彼女は忘れてしまっていたのだ。


『自分は決して最強ではない』ということを。

『自分は決して万能ではない』ということを。

そして『世界は自分が思っているよりも遥かに広い』ということを――




 野営地に急行したグローリーナイツの面々、そしてそこに加わるメルト。

 彼女達が目にしたのは、野営地が荒れに荒れ、無数の人間がまるで風に散った木の葉のように、周囲に倒れ伏している光景だった。


「なんだこれは……乱闘騒ぎなんて規模じゃないぞ!?」

「重傷者の搬送を急げ! 手分けして容態を確認するんだ!」


 指示を飛ばすグローリーナイツの面々。

 メルトもまた、無事な様子の人間から情報を集めていた。


「赤髪の……変な男だ。ここで暴れていたのはあいつただ一人だ……!」

「ふむふむ……乱闘じゃなかったのね? その人はどこにいったのかしら?」

「あ、あっちだ。丘を越えた先に、屋台が集中してる場所があるんだ……」


「むむ……あっちね! 向こうは私の好きなエビの屋台があるからね、ちゃんと止めなきゃ! 任せておいて、私がその男の人、捕まえてきてあげるから!」


 まるで元気づけるように、そしてどこか楽観的に、彼女はその情報を元に男を追う。

 ……その男『アンガレス』を。




 丘を越えると、すぐにその光景が目に飛び込んできた。

 略奪を、屋台を襲撃するような真似はしていない。

 ただ、自分の欲求の妨げとなるものを排除する為に、男は拳を振るっていた。


 両腕にはめた、錆び鉄色のガントレット。

 それが果たして材質の色なのか、浴びた血が染みついた色なのかは分からない。


 男は、屋台に向かう途中の人込みを、ただ薙ぎ払い、笑っていた。

 自分を恐れずに、何も知らずに立ち向かってくる、他国の無知な人間を思う存分殴り飛ばし、それがどんな国際問題に発展するのかも考えずに、好き勝手暴れていた。


 そう、ここにあったのだ。この男にこそすべてが集約されていたのだ。

『大国故の奢りと不遜な態度』が。

『弱小国を見下し好き勝手振る舞うという傲慢さ』が。


 この男を連れてきた、ただそれだけで『自分達の国とお前達の国の格の違い』を知らしめようとしていたのだ。

 故の暴虐。故の無法。


 そこに、何も知らない、ただ正義感に燃えた無垢なる少女が、挑みかかったのであった――




「そこまでよ! これ以上人に迷惑をかけるのはやめ! 貴方を捕まえて連れて行くわ!」


 人込みを、反発する人間を、嬉しそうに殴り飛ばしていたアンガレスは、新しく自分に歯向かう声を背後からかけられ、上機嫌で振り返った。


 その表情には憤怒も侮蔑もなにもなく、ただ平然とした表情しか浮かんでいなかった。

 悪びれた様子も、焦ったような顔も、かといって嬉しそうというわけでもない。

 内心喜んでいるのに、それでも普段通りの『ん?』とでも言いたげな、そんな凪の表情。


「なんすかぁ? 嬢ちゃんも俺の相手してくれんの? とりあえず――先にこれ片付けるんで」

「っ! やめなさい!」


 アンガレスは、今自分が首を絞めて持ち上げている男に、もう一度拳を叩き込み、投げ捨てた。

 その一撃は、もしかしたら男の命を刈り取ったのかもしれない。

 それほどまでに強烈な衝撃波が周囲に伝わった。


「あったまきた! 覚悟しなさい!」


 メルトは、自身の足に力を籠め、同時に全身に魔力を充填させるように漲らせ駆け出した。

 無意識の『身体能力強化』こそが、メルトの強さを支えている大きな要素の一つだ。


 俊敏な身体能力を更に恵まれた魔力で強化し、鋭敏な感覚で相手の動きを察知し、優れた動体視力で相手の動きを見切り、確実に相手を仕留める。


 本来、戦いにおいてこれ以上ない能力が彼女に備わっている。

 故に、彼女は余程の格上相手でなければ、負けることはない。


 かつて、一瞬の攻防ではあるが、後れを取った相手であるリヴァーナ。

 彼女とメルトの差は『常在戦場』の意識の有無でしかなかったのだ。


 つまり、最初から闘争心剥きだしで挑む今の彼女は、十三騎士にも並ぶ力を確かに持っていた。

 だが――勝負とは、人同士が行うもの。




 アンガレスは――その範疇にない存在であった。

(´;ω(#`)どぼじで

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