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じゃあ俺だけネトゲのキャラ使うわ ~数多のキャラクターを使い分け異世界を自由に生きる~  作者: 藍敦
第十一章 海と港と島と

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第百七十二話

『迎賓館』とは、主に国賓を招いたときにもてなし、宿泊させるための施設であり、無論そこで働く者は皆、一流の教育を受けた人間ばかりだ。


 給仕から寝室の管理をする人間まで、あらゆる種類のメイドが皆、王宮で働く人間達と同等の練度を誇り、当日の歓待で振る舞われる料理に使われる食材から、提供される酒までもが皆、レンディア国内における最高峰のものばかりが取り揃えられている。


 そんな迎賓館に、俺は招かれている。他でもない、この迎賓館を取り仕切ることになった大貴族『ヴェール侯爵』と顔を会わせるために。




「大した規模ですね。王宮の半分ほどはあるでしょうか」


「そうだね、元々この島は海外の貴族をもてなす、避暑地的な場所だったと伝えられている。けれどダンジョンの活性化や規模の拡大により、探索者の数が多くなり、迎賓館の周囲に街ができていった。それがこの島の発展の歴史だよ」


「なるほど……だから迎賓館の周りには街に関係する施設もなければ、目隠しのように木が植えられているんですね。周囲から切り離したような施設、恐らく専用の港もあるんですね?」


「そういうことだね。俗世から切り離された地……というコンセプトなんだろう。市街地から迎賓館に向かう道も、私達が今通った細い道だけだし、そのゲートも厳重に管理されている。島の反対側にある港も、基本は一般人立ち入り禁止なんだ」


 ヤシャ島の雑多な雰囲気、どことなくカリブの南の島を彷彿とさせる活気あふれる様子とは打って変わり、迎賓館周辺の物静かでハイグレードな雰囲気は、二つが同じ島だと思えない程のギャップを呈していた。


 その迎賓館に、馬車が吸い込まれていく。

 同時に俺もまた、緊張に飲み込まれていく。

 御父上であるヴェール卿は既に到着していると言うし、すぐに対面することになるんだろうな。




「さて……セイムさんは別室で待機。私がまず父上と話すから、折を見て『紹介したい人がいる』と切り出す。迎えをよこすからそれまで待っていてくれるかな」


「了解です。緊張しますね……どこの誰とも分からない人間である俺がいきなり会うなんて」


「いや、セイムさんのことは父上もある程度知っているだろうね。『深海の瞳』のオークションのことや、年始のコアの発表の際に『旅団の副団長が踏破した』という話もあった。それらから推察して、私が最近懇意にしている人物であり、王家に管理されていた家の購入を許された人物が、そのダンジョンコアを提供した人間であると辿り着くのに、そう時間は要さないだろうさ」


「……さすが、大貴族の中の大貴族。シュリスさんやクレスさん姉妹の御父上ですね」

「ふふ、そう言ってもらえて嬉しいよ。では、私は先に行かせてもらうよ」


 先に迎賓館の扉をくぐるシュリスさん。

 夕日が沈み行く中、徐々に照らす光が暗くなり、代わりの照明が照らされていく。

 そんな夜の迎賓館の扉が再び開き、俺はまるで隠れるように内部の部屋に案内された。


 一目で芸術の粋を極められた品だと分かる調度品が配された迎賓館の内装は、ただ通路を歩くだけで背筋が伸びる思いだった。

 足音を完全に殺すような毛足の長いカーペットを進み、俺が案内された応接室には――




「っ! ……既に、お見通しだったのですね」


 そこには、既に先客が……壮年を迎えつつある、淡い金色の頭髪を短く刈り込んだ男性が、その威圧感を周囲に漏れるのを抑え込むようにして座っていた。


 顔をはっきり覚えているわけではない。だが、雰囲気で分かった。

 この男性が……ヴェール卿だ。


「ふむ、よく表情や態度を崩さなかった。中々肝が据わっていると見える」

「ご冗談を。内心、背後から奇襲攻撃を受けた新兵のような心持ですよ」


「ふふ、新兵ときたか。咄嗟にこちらを慮る思慮深さも持ち合わせていると見える。そうだ、私も元神公国騎士団所属でね。冒険者には些か思うところがあるのは否定しない。良い例えだ」


「そうでしたか。……若干、騙されたように連れて行かれたシュリスさんが可哀想ですね」


「アレには良い薬だろう。少々シュリスは周囲を甘く見るきらいがあるからな。『何事も自分の計算通りにはいかない』と、もっと知るべきだ。そうは思わないかね、セイム君」


「なるほど、一理ありますね。彼女の余裕に溢れた立ち居振る舞いは、時に敵を生むこともある。それを危惧していらっしゃるのですね。私はそれを好ましいと思いますけれど」


「ほう? 我が娘のことをよく見ているようだ。存外『偽り』ではないということかね?」

「ふふ、友人のことはよく見ていますよ」


 どうやら、想像以上にこの人は俺のことを調べていたらしい。

 油断なんて一瞬も出来ない、綱渡りのようなやり取りが続いていく。


「ここだけの話なのですが、初対面での印象はかなり悪かったんですよ、シュリスさん……いえ、グローリーナイツというクランそのものの」


「ほう、それは意外だ。少し、君の話を聞きたい。どう知り合い、そして『どう今に至ったのか』」

「構いません。少々長いお話になります、何か話のお供になるようなものが必要かもしれませんね」

「ふふ、中々君も余裕があるようだ。分かった、手配しよう」


 さて……ここからは長丁場、じっくり勝負する必要がありそうだ。

 俺じゃあ無理だ。ただの高校生の俺じゃあ。


 頼らせてもらう。セイムの知識や経験『裏社会から貴族社会まで、多くの人間と渡り合ってきた義賊の経験』を。


「では、俺がこの国に『ダンジョンコアを隠し持って入国した』ところから話しましょうか」

「ほう、かなり興味深い語り口ではないか。ふふ、これは確かに酒が欲しくなる」


 夜はまだ長い。じっくり語りましょう、ヴェール卿――








「――ということでして、私の流派では『言葉による鼓舞と相手への威圧』を、自己への強化魔法と併用するという術があるのですよ」


「ふはは、それはなんとも物騒だ。しかしクレス相手には特攻となるだろう。あれは子供のころから大声で叱られるのを極端に恐がっていたからな、ふふ……そうか、騎士団長になった今もまだ、そういう昔の癖が残っている、か……幾つになっても我が子というのは可愛いものだな……」


「そう、なのかもしれませんね。自分も、今面倒を見ている、家族になった子と暮らしていますが、その成長ぶりと、まだ少し残る幼さに、なんともいえない気持ちにさせられています」


「ああ、件の白狐族の少女だろう。そちらの事情はよくわからないが……今回の件、その娘さんにもキチンと説明しているのだろう?」


「勿論です。ですがそれでも、やはり不安なんでしょうね。今日も『朝帰りはダメ』と釘を刺されましたよ」


「ククク……それは悪いことをした。我が娘にも少し注意をせねばならないだろうな」


 一時間程経過して、互いのグラスが幾度か空になり、氷の音が部屋に響いたころになると、すっかりヴェール卿と俺は和やかに談笑する程度には打ち解けていた。


「……君の人となりは分かった。今回の件、恐らく君もある程度こちらの考えを予想、思惑を測ろうとしていたことだろう。恐らくそれは正解だ。どうやら、オールヘウス家の一件にも、ある程度関わっている様子。今の我が家の立場をよく理解していそうだ」


「……そう、ですね。この国唯一の侯爵家である以上……ポーズを取る必要があるのでしょうね。元々、他国の貴族と繋がりのある家も多そうですしね、この国は」


「そういうことだ。大方、下級貴族からの不満や圧力に紛れ込ませているのだろう、シュリスを社交界に出せという他国の思惑を……国力低下に繋がりかねない要求を」


「では、今回のシュリスさんの思惑である『男避けとして男の陰をちらつかせる』という行動に対して、何かしらの制限は設けないもの……と考えてもよろしいでしょうか?」


「無論だ。似たようなことをこちらも考えていたのだよ。しかしあれに釣り合う男が中々見つからない。君が現れてくれてむしろ好都合だったよ。人となりも知れた。出来れば、今後も娘の知り合いではなく、酒を飲む友人として話したいと思ったよ」


「光栄です。それでしたら……そのうち、変装して街の方に繰り出すのも良いかもしれませんね。自分もまだ今日上陸したばかりですが……かなり活気がありました」


「ふふ、良い考えかもしれんな。そして突然グローリーナイツの溜まり場に突入し、シュリスを恐がらせてやるのも楽しそうだ」


 酔いが回ってきていたこともあり、愉快な提案をするヴェール卿。

 よかった、これで一先ず……最初の関門は無事に突破したってことで良いかな?


「では、これ以上セイム君を引き留めるのは、連れの彼女を心配させてしまうだろう。私はこの後娘ともうしばらく話すつもりだ、君の帰りの馬車は私が手配しよう」


「ご配慮、感謝いたしますヴェール卿。今宵は話すことができて良かったです。では、また折を見て是非」


「ああ、約束しよう。晩餐会が終わった日にでも。ではさらばだセイム君」


 そうして、部屋を後にする俺を、ヴェール卿は立ち上がって見送ってくれた。

 ……どうやら、最低限俺のことを認めてくれたようだ。

 シュリスさん、今頃ヤキモキしているんだろうな――




 迎賓館の正面入り口で馬車が来るのを待つ。

 すっかり日が沈み、庭の随所に設置された照明が、美しく配置され刈り込まれた生垣を照らす。

 空を見上げれば、ここが島だということも関係しているのだろうか、満天の星空がどこまでもどこまでも続いていた。


「……結構、リンドブルムの繁華街も明るいしな」


 この星空の美しさの理由を考えていたその時だった、背後の扉が開き、その隙間から滑るようにシュリスさんが現れた。

 ドレス姿で、少しだけ焦った表情を浮かべる彼女は、いつもの凛とした雰囲気とは少し違っていて、ついつい胸が一瞬高鳴ってしまった。


「セイムさん! すまない、父上が一枚上手だった……! 話はどうなった!? 何か失礼なことを言われたのではないかと心配していたんだ!」


「いえ、安心してください。娘思いで国思いな、聡明で素敵な方だと思いましたよ。一緒にしばらく話し込んでお酒まで頂いてしまいました」


「そ、そうなのかい……? とにかく、話がこじれたようじゃなくて安心したよ。今日はもう帰るんだね? 私はこれから父上と面談することになる。すまないね……」


「いえいえ。ともあれ、晩餐会での俺の同伴は許可して頂きました。当日はよろしくお願いします」

「そうか、よかった。ああ、ではよろしく頼むよ、セイムさん」


 少しだけ照れ臭そうにはにかむシュリスさん。

 ……そうだな、たぶんこれ……焼け石に水だな。


 男がいようと言い寄る人間、絶対出てくるだろうな。

 俺はドレス姿で、いつもの二割増しで美しい笑みを向けられながら、そう確信したのだった。





「メルト、ただいまー……?」

「セ、セイム!? こ、これは違うの……! こんなに早く戻ってくると思ってなくて……!」

「メルト……俺には朝帰りをするななんて言っておいて……」


 ホテルの部屋に戻ると、そこには『これでもかと乱れた姿のメルトがベッドに横たわっていた』。

 まさに『食い散らかされた』と呼べる惨状で。


「……まさか頼んだのか……ルームサービスを!」


「だ、だって! ご飯をお部屋に持ってきてくれるって言うのよ!? この最高のベッドでごろんってして、美味しい料理とか果物が食べられるの……! 私、我慢出来なくて……!」


 えーとですね、部屋に戻ったらメルトがベッドで仰向けになりながら串に刺さったフルーツをムシャムシャ食べていました。

 皿も串も床に置きっぱなしです、凄くだらしないです。


 メルト、バスの時も思ったけれど……一人にするとまるで小学生男子のようにだらしなく食べてだらけるぞ!?

 誰だよ『成長ぶり』とか言ったのは! ごらんの有様だよ!


「メルト、ちゃんと座って食べなさい。食べ終わった食器もしっかり片付けること」

「はーい……うう、ついつい心地よくて気が緩み過ぎてしまったわ……ごめんなさい」

「分かればよろしい。じゃ、残りの果物は一緒に食べようか」


 しっかり謝れて偉い!

 そうして二人、串に刺さったマンゴーやバナナ風の果物を食べながら、想定通りの味だったことに満足し、今後はこれでスムージーなんか作るのも良いなぁと考えるのであった。


 ……ところでルームサービスって結構お高くありませんでしたっけ?

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