第百六十七話
「――以上がリンドブルムの巣窟の復活の際に示唆された内容です。恐らく、これまでのように『新人の育成にも使われるような低難易度のダンジョン』ではなくなり、もしかすれば天然のダンジョン並に難しいダンジョンになっているかもしれません。ですが、もうコアの欠片を採取し、それを輸出することで国家を支えるようなことをする必要がなくなったはず。『人工の大ダンジョン』として、大々的に宣伝し、他国の探索者を呼び込み、経済の活性化を、ある種の観光事業を新たな売りにするのも視野に入れた方がいいのではないか、と愚考しました。無論、治安の変化や外部の人間の受け入れキャパシティの限度についての問題もありますが」
研究院にて、俺はコクリさんにダンジョン復活の兆しと、その時に表示されたダンジョンの変化について報告し、同時に今後考えられる変化や人の流れ、国として利益を上げる方法の一つを説明していた。
無論、これは半ば言い訳だ。
独断でそんな状態になるかもしれないダンジョン復活を決めてしまったことについての。
「なるほど……いや、どんな懸念があったとしても、ダンジョン復活が可能ならそれを頼む予定だったよ、私は。それに、今君が言った国としての『人工ダンジョン活用』の展望については、私も同じような考えを持っていた。……これで一六歳か、実に君のことが欲しくなったよ」
「あ、少し前に一七歳になりましたよ、俺」
「おお! ならば何かお祝いをしないといけないな!」
「はは、大丈夫ですよ、そういうの気にする年でもないですから」
「……私は今でも毎年祝っているんだが……」
「すみません、失言でした」
ごめんなさい騎士団長様。まさか毎年自分の誕生日を祝っているなんて思ってもみませんでした。
「既に探索者ギルドには連絡をしてあるんだね? よし、私も出る。視察に向かおうかシズマ君。クレス、君は騎士団を編成してギルド周辺の警備及び閉鎖を手配して欲しい」
「む……私は一緒に行かなくていいのか?」
「ああ、ここからは私の領分だ。ダンジョンの今の状態を確認、その後どこかに調査を正式に依頼する予定だよ。その調査の結果次第かな、大々的にダンジョンの復活を知らせるのは」
「それがいいですね。俺が攻略していた時、あそこは半ば暴走状態でした。あの時事故が多発したのは、そうしたダンジョンの変化を事前に皆に知らせることが出来なかったから、ですしね」
「その通りさ。だから今回はしっかりと精査、今のリンドブルムがどれ程の難易度なのか、しっかりと実力あるクランに調べてもらうつもりだよ」
なんだか今日一日で何度も王宮と家とギルドを往復している気がするが、またしても俺はコクリさんと二人、探索者ギルドに向かうのだった。
……徒歩で行ける距離だから馬車は基本使わないらしいです。若者なので歩きます。
【食繋者】にスキルが進化したせいで手軽に体力無制限状態になれないんですよ……。
微妙に疲れてきてます、往復しすぎたので……。
「シズマ君はこの国に来て一年目だから分からないかもしれないけれど、まだ三月だというのにここまでこの国が温暖なのは、珍しいどころか異常とすら言えるんだ。この国はね、温かな季節が極端に短く、同時に土地にいくら栄養を回しても、全て大地の地下深く、魔力や生命の源になる地脈に吸収されてしまう。穴の開いた桶に必死に水を溜めて、それを国民で分け合って生きているような極限状態だったんだ。リンドブルム周辺しか知らないとピンと来ないかもしれないけどね」
春の息吹を感じ始める林道。そこを歩きながら、コクリさんはしみじみと語り周囲を見渡す。
……俺がこの国に来たのは一一月くらいだったから、まだ食物が豊富な時期だったんだな。
でも実際は、一年であの季節だけなのだろう。満足に人が食べられる時期というのは。
「……旅団の皆さん、セイムさんには本当に感謝しているんだ。たぶん、いなかったらこの国はゴルダに滅ぼされていた。真綿で首を絞められるように、ゆっくりと、じっくりとね」
「そう……かもしれませんね。この国が受けた工作の数々は、俺も聞かされています」
「その上、今はこうして君にも助けられている。でも、君達は大々的なお礼を、名誉を欲することがない。富だって、君達は自前で稼げてしまう。だから、私達は君にどんなお礼をすればいいのか、本当に分からないんだ」
「コクリさん……あの、本当にお礼なんていらないんです。ただ、もしかしたら将来……旅団は、自分達の居場所を求めるかもしれないと……聞いています。その時に、この国に居場所をくれるのなら、それがみんなにとって一番のお礼だと……俺は思います」
あの円卓で、皆が望んだ未来の夢。
その殆どが、この国に居場所を求めるような内容だった。
「そっか。……シズマ君は? 何か欲しくはないのかい?」
「そうですね……俺も、自由に旅をする権利とか欲しいです。現状、女王陛下に頂いたリンドブルムの巣窟の探索許可証だけですし、正式な探索者ギルド所属の証とか、冒険者ギルド所属の証が欲しいです」
「欲がないねぇ? ……私のことが欲しいと言ってもやぶさかではないんだよ? 私、見かけだけならまだまだお姉さんで通じるしね」
「そんなこと頼めませんよ。そりゃコクリさんは素敵な人だなって思いますけど」
「ふふふ、素直な子だね。本当、助手に欲しいよ。異世界の知識だけならヒシダも持っていると思う。でも君はそれに加え、この世界の知識や在り方、国の状況にもある程度精通している。何が必要で、何が出来るのか、自分の知識の何が役立つのか、そういったことを理解している節がある」
「まぁ、俺もこの国を色々見てきましたからね」
「君が近くにいれば、私の研究にも大いに捗りそうなんだけどね……難しいお願いなのは理解しているけれど。さ、そろそろ到着だ。果たしてダンジョンはどうなっているんだろうね?」
そうか、地球の知識だけじゃダメなんだよな。
『地球とこの世界を比較する』ことが出来るのは、現状俺だけなのか。
今はまだ腰を落ち着けるつもりはないけれど、何か技術や知識で役立てることが出来そうなものはないか、考えてみるのもいいかもしれないな。
探索者ギルド内部は、相変わらず人の姿が殆どない状態だった。
にもかかわらず、数少ない職員は走り回り『起きたであろう変化』に対応すべく、焦りの表情を浮かべ、フリューゲルギルド長に指示を仰いでいるところだった。
「やぁ、フリューゲルさん。その様子だと、ダンジョンが復活したようだね?」
「コクリ様!? はい、そちらの予測通りです。シズマさんから事前に聞かされていて助かりました。今、こちら側の『ダンジョン内部の状況を読み取る機構』にもある程度の情報が入ってきていますが……正確な階層が分かりません。五〇階層までは信号を読み取れるのですが、どうにもそれより深く続いている様子なのです」
フリューゲルさんは、早口に今分かっていることだけを説明する。
「恐らく階層だけじゃなく、産出物や出現する魔物も変化しているはずだ、とシズマ君から報告されていてね。正式にどこかのクランに調査を依頼しようと思っているんだ」
「でしたら、まだリンドブルムに逗留中のキルクロウラーに頼みましょう。今は万全ではありませんが、都市部に近いこのダンジョンならこちらもバックアップが出来ますから」
む、あそこはヤシャ島に向かう予定という話だったが……こっちを優先させるつもりだろうか?
「シズマ君もよければこちらの調査に参加してもらいたいのだけど、どうかな?」
「いえ、残念ですが俺はこの後、他に用事があります。一度本隊に戻ることになるかと」
「そっか。残念だけどそうだね、急だったね。分かった、では今日のところは、ダンジョンが発生したという事実を確認できただけで良しとしようかな。シズマ君、今回の君の協力にはしっかりと応えさせてもらうよ。後日、冒険者と探索者の正式な所属タグを贈らせて貰うよ」
「ありがとうございます。こちらこそすみませんでした」
そうだ、今回はキルクロウラーの頼みがあろうとなかろうと、シュリスさんの願いを叶えるため、セイムとしてヤシャ島へと向かわなければいけないのだから。
となると、恐らく近いうちにキルクロウラーの誰かが、俺への派遣依頼を一時延期する為に家に訪れるかもしれないな。
なら、セイムとして待機していようかな。リンドブルムにいる以上、一番知り合いが多いのはセイムなのだから。
「……こりゃ確かに召喚して意志を持たせるのも、急務かもしれないなぁ」
一人何役やればいいんですか、今の俺は……!
家に戻り、サンルームのレーダー機能を使い、周囲に人がいないのを確認し、セイムの姿に変身する。
シュリスさんの恋人のふり……というよりも、言い寄る男へのけん制に加え、恐らく顔を出してくるであろう、シュリスさんの御父上『ヴェール卿』への紹介もあるんだろうな。
隣国の人間への警戒とも取れるが、恐らく本題はこちらなのだろう。
嫁にやる形で、この国唯一になってしまった侯爵家の長女を他国に渡すわけにはいかないという点に加えて、十三騎士である貴重な戦力を渡したくない、というのがシュリスさんの考えのはず。
列強国に目を付けられるというのは、ここまで国を揺るがし警戒させる事案なのだろう。
恐いな、いつか向こうの大陸を冒険する時が。
「さてと……なんだかんだもう夕方だし、メルトが返ってくる前に夕食の準備でもしますかね」
「メルト、そっちはダメだ。あんまり行かない方が良いぜ?」
「そうなの? 私、まだこっちの通りって行ったことないわ」
「えっと……メルトちゃん、出来れば私もそっちには行きたくないというか……」
「そうだな、トラブルの原因になるだろうし、若造の俺達にはまだ早い」
その頃、メルトはリンドブルム中をリッカ達三人組と共に観光も兼ねた見回りをしていた。
元々、難民が増えた関係で治安が不安定になっていたこともあり、農家の手伝いの他にも、こうした街の見回りの任務も増えていたのだ。
総合ギルドで三人と再会したメルトは、三人が今日受けたという街の見回り任務に同行していたわけなのだが、メルトは冒険者の巣窟の深部、中層に向かう途中にある脇道、謂わば『下層と中層の中間にある長く大きな通り』に向かおうとして、三人に引き留められていた。
「ええとだな、あの通りは『大人の男女が仲良くするための通り』で、そもそもあの通りには独自の見回り、用心棒みたいなのが沢山いるんだよ」
「そ、そうそう。だから私達が向かうのはやめましょう?」
「そうだな。それに若い女であるメルトやリッカを連れて歩くのは……リスクが高い」
「ふーん……分かった! きっと『番のための宿』があるのね! なるほどなるほど」
「つが……! メルトちゃんそういう知識はあるんだ……」
「勿論知ってるわよ! 仲のいい男女が一緒に泊まって、仲良くなるのよ。そうすると子供が出来るのよ。きっと特別な儀式をしているのね」
「微妙に間違ってる……? でも、そういう感じね。だから私達は行けないの」
「そっかー。じゃあ次、次の通りを見に行きましょう?」
果たしてメルトが真実を知る日が来ることはあるのだろうか。
シーレなき今、それを教えられる人間はいるのだろうか。
それとも、一生無垢なままでいるのだろうか……!
「あーあ、薄っすらと女の人の声とか争っているような音? が聞こえたから、私達の出番だと思ったのになー」
「……聞こえていたのか……流石獣人の聴力だな」
「き、聞こえちゃうんだ……」
「マジか! どんな声だった――」
頭をリッカに殴られるカッシュ。
そうして若き四人組は別の通りへと向かう。
「そういえば、メルトちゃんってセイムさんとどこかに行っていたのよね?」
「そうそう。で、セイムは他のお仕事があるから途中で別な場所にいったの。私はシレントと戻って来たわ」
「あ、あのすっごい強そうな蒼玉の人だよな。今街に来てるのか?」
「うん。でも、たぶんもう次のお仕事に出かけたんじゃないかしら」
「ふむ、やはり蒼玉ともなるとゆっくりしていられる時間も少ないんだろうな」
「私も、近いうちに港町に行くことになると思うんだー。で、その後ヤシャ島っていう場所に向かうのよ。船、初めての船よ! 楽しみだなー」
まだ見ぬ港、そして海を進むという船。さらに川エビとは比較にならない大きさの海のエビ。
メルトの頭の中はもう、エビと船のことでいっぱいになっていたのだった。
「私、海のエビを持って帰って家の庭で育てて増やすわ!」
残念、それはできないのです。
それを知るのはまだもう少し先のお話――
(´・メ・`)海のエビを淡水の池にいれるよ!
(´;メ;`)どぼじで




