第百六十六話
「戻ってきていたと聞いてな、顔を見に来たんだ」
「そうだったんですね。ありがとうございます」
少しだけ肩で息をしているクレスさん。正直鎧のまま走るのは辛いだろうにと思ってしまう。
「確かコクリに呼ばれていたんだろう? 用事は済んだのか?」
「そうですね、話は終わって、今から探索者ギルドに向かうところです」
「ほう、あそこはダンジョンが消滅した関係で、今は人が寄り付かない状態なのだが」
なるほど、やはりそんなことになっていたのか。
ここを、もし俺の持っているコアで復活させることが出来れば……。
「コクリさんに、俺が手に入れた人工ダンジョンのコアを使用して、人工ダンジョンを復活させることができないか試してほしいと打診されました。なので、あらかじめその旨を向こうのギルド長にお伝えしておこうと思いまして」
「む……そんな話だったのか。確かにそれが叶えば……大手柄だぞ、シズマ」
それを言うと、クレスさんはまるで、既にこの試みが上手くいくと確信しているかのように喜んでくれた。
素直に感情を表に出すこの人は、シュリスさんとはまた違った方向で好ましい性格、人柄をしているな、と感じる。
「では私も同行しよう。仮に、ダンジョンが復活すればその内部を調べ、問題がないか精査する必要があるからな。その間のギルドの閉鎖や人員の手配も騎士団が手配することになる。今は探索者の殆どが『ヤシャ島』に移動してしまっているからな」
「なるほど、確かに手続き以外で行く用事、ないですもんね」
そうして、クレスさんと二人探索者ギルドに向かうことになったのだった。
「そういえば、クレスさんのお姉さん、シュリスさんがヤシャ島に行くことになったと耳に挟んだんですけれど」
「む、耳が早いな。そうだ、姉上がヤシャ島の迎賓館に滞在し、他国の貴族を出迎えつつ、クランで島の治安維持を命じられたんだ。国の顔とも呼べる仕事に抜擢されるあたり、騎士団を辞した後も女王の信頼は厚いのだろうな。流石姉上だ」
「ですね。……姉妹で本当に仲が良いんですね、凄く誇らしそうに笑ってます」
「ああ、私は姉上が大好きだからな。……今のは内緒だぞ」
「了解です」
本当に、素敵な人だ。感情を素直に吐露するのは、ある意味子供の特権みたいなところがある。
けれども、この人はそれを大人になった今でも、時と場所を選び、実行できる人なんだ。
責任感も愛国心も実力もある人間が、素直に人を誉め、好きだと言うことも出来る。
孤高ではなく、共に上を目指せる、支えたくなる、そういうタイプの騎士団長なんだろうな。
探索者ギルドに続く林道。木々の香りに緑が混じり始める、春の先触れ。
そんな空気の中、俺はこの人をそう評していた。どこかこの人に似合う季節のような気がして。
「お久しぶりです、フリューゲルギルド長」
探索者ギルドにて、受付に『ギルド長にお話がある』と伝えたところ、どうやら俺が女王直属の探索者だという記録が残っていたのか、すぐに話を聞いてもらえることになった。
そうして二階のギルド長の部屋に通された、という訳なのだが――
「……何故、貴女まで同席しているのかしら? クレス騎士団長?」
「ああ、シズマの要件に関わることでな、私もいた方が話が早いだろうと思い同席したんだ」
「……そう」
何故だろうか、険悪な空気ではないが、こう……微かに、本当に微かに、フリューゲルさんから『不機嫌オーラ』が出ているような気がするのだ。
俺は何か原因でもあるのかと、失礼ながら【心眼】を発動させる。
これ、見られる情報が固定されているわけではないみたいだからな。
状況に応じて変化するようだし、これで何か分からないか……。
もしや俺は、険悪な人間同士を引き合わせてしまったのではないだろうか……。
『ファーレン・フリューゲル』
『探索者ギルドの長にして婚期を気にし始めている年頃の女性』
『自分と同い年であり親交のあるクレス・ヴェールとは“同好の士”である』
『だが“派閥”の微妙な違いにより極力その話題は避けるようになっている』
『彼女は“分からせたい”派閥の人間である』
『クレス・ヴェール』
『神公国騎士団長にしてそろそろ跡継ぎについて考え始めている女性』
『自分と同い年であり親交のあるファーレン・フリューゲルとは“同好の士”である』
『だが“派閥”の微妙な違いにより過去に争いになりかけたためその話題は避けている』
『彼女は“甘やかしたい”派閥の人間である』
……??? なんだ、この情報は。
何かの派閥争い、だろうか? しかし親交もあり同好の士でもあるなら、仲が良いはずでは?
「そう、それで、シズマさんのお話しというのはどういったものなのでしょうか?」
「はい、実は――」
俺はコクリさんからの頼み、そして人工コアの使用でダンジョンが復活するかもしれないという話をする。
が、必然的に俺が『国を救ったとも言えるダンジョンコアをもたらした存在と懇意にしている旅団側の人間』だという事実が、フリューゲルギルド長に伝わってしまった。
「驚いたわ。ただ者ではないと思っていたけど……まさか噂の『旅団』の人間だったなんて」
「ふふふ、驚いただろう。シズマには我が騎士団も救われているのだ。こいつはこの若さでかなりの修羅場を潜り抜けてきた逸材、もし許されるのならば、騎士団に勧誘したくらいだ」
「なんで貴女が自慢げなのよ……話は分かりました。御覧の通り今のギルドは人がほぼ出払っている状態よ。職員にはダンジョンの入り口や転送装置の使用は厳禁とする指示を出しておきます」
「ありがとうございます。では、俺はさっそくこの後コアの使用を試してきますので、指示の方をお願いします」
「では、私はもしもにそなえて騎士団の人員を幾らか待機させておこう」
「お願いします。では、俺はこれで失礼しますね」
一足先にギルド長の部屋を退出した俺は、早足で帰路につく。
閑散とした探索者ギルドに、隣の野営地。その光景を見て、なんだか本当に『街の一部が、賑わいが失われてしまった』と強く感じてしまったから。
もしかしたらその原因の一端に、俺が関わっているかもしれないと思ったから。
確定的な理由は、恐らくイサカの胸に埋め込まれていた天然のダンジョンコアの欠片、それがどこかから持ち出されたからだとは思う。けれども、俺が無関係だとは思えなかった。
だから、急ごう。この現状を打破できるかもしれないのだから――
シズマが退室した後のギルド長室にて。
【心眼】でシズマが確認した通り、親交のある二人は、今しがた退室した彼について言葉を交わす。
「……随分と仲が良さそうね? シズマさんと」
「ああ、手合わせしたこともあるし、一緒の任務に就いたこともある。それなりの交流はある」
「……せっかく、人気のないこの時期に彼が訪れたと思ったら、貴女まで同席していたなんてね」
「……当然だ。シズマがここを訪れると聞いて、嫌な予感がしたからな」
そう、クレスが今回シズマに同行したのは、彼にした説明とは別の理由があったからなのだ。
それは『でっちあげた尤もらしい理由』ではなく、純粋にシズマの身を案じてのこと。
「お前のような異常性癖者に……今の状況でシズマと二人きりになんてさせられないからな」
「随分な言いようね。私はあの子を可愛がりたいと思っただけよ。そうね、少しいじわるしたくなってしまうだけ。貴女が思っているようなことはしないわ、むっつりさん」
「……それに、シズマを襲おうにも返り討ちに会うだろうな。今の彼は、認めたくはないが私よりも強いだろう。ましてや、相手は『旅団』の人間だ。もし、その全員がこの国に牙を剥いたらどうなると思う?」
少々下世話な理由での同行の申し出と思われた今回の一件。
だが、冷静に考えればそれは、国の存亡に関わるほどの案件でもあるのだ。
「……そうね、確かに彼の素性を知った以上、手は出せないわね。旅団……凄まじい集団ね」
「ああ。あそこに所属する人間は、恐らくその大半は我が国の十三騎士に匹敵、いや凌駕している可能性すらある。特に……あそこの団長は、とてつもなく……恐ろしい」
かつて、晩餐会で付き人をしただけのクレスが、そうルーエを評する。
同じ武人だからこそ。戦場に身を置き続けた人間だからこそ、感じ取れる脅威。
「一挙手一投足、全てを感じ取られていた。あそこまで気配だけで人を抑え込める武人を私は知らない。ただ隣にいるだけで、一定以上の力を持つ武人は戦意を削がれるだろうな……」
「騎士団長の貴女をもってしてそうまで言わしめる相手……ね。確かに迂闊に手出しできない勢力のようね。約束するわ、無理な誘いはしないって。まぁ……食事に誘うくらいなら……」
「それに留めるのなら何も言わないさ。私も、本来なら騎士団に欲しい逸材だったんだがなぁ……」
「それだけじゃないでしょ? 随分と気に入ってるように思えたけれど」
「……可愛くてひた向きで強くて誠実で年下だぞ。年下だぞ」
「二回も言わなくていいから。ま、お互い良い相手が見つかるのを祈りましょう」
「そうだなぁ……」
そうして、二人の女の密談、決して他人には聞かれたくない相談が幕を閉じるのであった。
「……やっぱり、反応するんだな、これも」
家に戻ると、予告通りメルトは既に家を後にしていた。
が、どうやら何か薬を作っていたらしく、キッチンの流し台で水に漬けられた機材がプカプカと浮かんでいた。
こうして見ると、メルトはかなり多才だな、と感じる。
最近は時間があまりないが、習っていたヴァイオリンだって上達しているし、一度教えたエビのから揚げだって完璧に作れるようになっている。
以前、メルトの能力を【心眼】で見た時の情報に『既に“物事を吸収する”という能力を極限まで鍛えている為に特性を失ってなお成長が早い』という一文があった。
恐らく彼女は、先天的な『天才』であると同時に後天的な『天才』でもあるのだろう。
生まれ持った力を失ったとされていたが、それでもなお天才であり続ける存在。
彼女の多才さは、そこからくるものなのだろう。
そして俺はすぐさま『リンドブルムのダンジョンコア』を使用していた。
以前と同じように多くの項目が表示されたのだが、俺はその中の『拠点強化』を選ぶ。
『現在仮拠点である通称“リンドブルムの巣窟”が消滅しています』
『拠点復活にリンドブルムのダンジョンコアを使用しますか?』
『また今回の復活により拠点規模と難易度が深化します』
『同時に自陣営レンディアの豊穣度合いが上昇している為産出品の質が向上します』
その表示されている内容に、俺の一存で決定して良いものか一瞬悩む。
だが……もう、簡易ダンジョンで小さなコアの欠片で細々と食いつなぐ必要がなくなったのだ、この国は。ならば……新たなダンジョンとして、たとえ難易度が高くても、人を呼び寄せ、簡単にクリアが出来ずとも、豊かな富を得られる可能性がある場所があっても良いではないか。
「……決めた。今ここで使う。で、すぐにコクリさんに報告に戻ろう」
一瞬ためらうも、俺は『新生リンドブルムの巣窟』に、この国の新しい産業、可能性を感じた。
この直観を信じ、ダンジョンコアを使用したのだった。
「……これも、オーダー召喚の上限に関係してたら話は違ったんだけどな」
今、俺は『夢丘の大森林』のダンジョンコアを持っている。
で、今使った『リンドブルムの巣窟』のダンジョンコアも持っていた。
それなのにオーダー召喚の上限が『1』だったのは、きっとこれが人工のコアだからだろう。
なら、問題なく使える。
俺は無事にコアを消費出来たのを確認し、すぐに王宮へと舞い戻るのだった。
「む! シズマどうした? 忘れ物か?」
王宮へ戻る途中、どうやら探索者ギルドから戻る途中のクレスさんとばったり出くわした。
俺は今、コアを使用してきたことを伝え、その際に現れた表示や今後の変化についてコクリさんに相談したい旨を彼女に伝えたのだが――
「おお! ならまた私と一緒に行くとしよう! 私といれば門で止められることもないぞ」
「あ、なるほど。では一緒に行きましょうか」
「うむ、一緒に行くぞシズマ」
何故だか、またしての満面の笑みで一緒に行くことになったのだった。
てっきり、コアを使ったのならすぐにでも探索者ギルドに戻って警戒にあたると思ったのだが。
「……シズマ、もし旅団を抜けてこの国に住むことになったら、私に必ず知らせて欲しい」
「あー……でも騎士にはならないと思いますよ、俺」
「むぅ……まぁ自由が少ない仕事ではあるからな」
少しだけ世間話を交えながら、王宮への道を二人で進む。
きっと、この人も様々な問題を抱え、そして激動の最中にあるこの国を支えていくのだろう。
そんな責務を背負う人の一時の慰みになるのなら、それはとてもとても栄誉なことだ。
俺はそんな騎士団長と共に、予想通り顔パスで門を通過し研究院に向かうのだった。
「――団長にもついに春が来たのか……?」
「滅多なことを言うんじゃない……! 団長が子供に手を出すわけがないだろう……!」
あの、聞こえてます。流石に失礼ですよ門番さん……。
一国の騎士団長がそんな理由で俺に構うわけないだろ……。




