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第百六十五話

 目が覚めると、俺は真っ先に自分のポケットをまさぐった。

 朝の陽ざしが窓から差し込み、小鳥のさえずりさえ聞こえてくる自然に囲まれた環境。

 それなのに、俺が取り出すのは、この世界に来てから触る機会がほぼなくなってしまったスマートフォンだった。


「はは……今までは起きたら真っ先に確認するのが癖だったのにな」


 手で触れる感触に違和感を覚えるくらい、最近触ることのなかったスマートフォンを操作し、現在のバッテリー残量を確認する。

 表示されているのは『71%』の文字。つまり、バッテリーが減っている状態だ。


「あの願いを叶えて貰った時、身に着けていたから、か」


 シーレの推察が正しいものだと確信できたところで、俺はこの現代社会、日本との繋がりを一番感じられるこの電子機器を、メニュー画面に収納した。

 たぶん、もう取り出すことはないんだろうな。


「さてと……王宮、行かなくちゃな」








「いってらっしゃーい!」

「いってくるよメルト」

「私は午後からギルドに行ってくるねー」


 王宮に向かうシズマを見送ったメルトは、そのままリビングの片づけをする。

 食器を収納し、テーブルの上を片付けたところで、彼女はそこに様々な機材を並べだした。


「今のうちに加工しておこっと」


 メルトは、一つの素材を取り出した。

『クォーツドラゴンの心臓銀』と呼ばれる、鍛冶素材にも錬金術素材にもなる、大変貴重な素材。

 イズベルで鍛冶大会に出ることになった原因でもあり、メルトが欲していた素材である。


「……凄い純度。きっと老熟した個体から採取したのねー……絶対、無駄にできないわ」


 青銀の塊に見えるソレを、彼女はビーカーの中に入れ、そこに様々な薬液を注いでいく。

 異音、異臭、大量の泡が発生する中身を、彼女は機材を使い、濾過、蒸留していく。

 難しそうな手順を、淀みなくこなしながら時折本を確認する。


「……残留物が透き通っていたら成功……よね」


 一連の作業を終えると、完成したのは硝子の砂のような、キラキラと青く輝く粉が容器の底に溜まっていた。

 それを、メルトは小瓶に慎重に移し替え、しっかりと栓をして、自身の収納魔導具にしまいこむ。


「これでまずは一つ……先は長いなー……」


 どうやら、メルトの目指す薬の材料にするための加工作業だったようだ。

 本来であれば慎重に慎重を期す作業の連続だったのだが、メルトが自分の手本として覚えているのは、稀代の錬金術師の祖母の姿。

 故に、その作業精度や速度は、常人とはかけ離れていたのであった。


「残りは『水底の闇』と『蒼穹の光』と『ハムンチュソウル』かー……残り三つがもっと難しいからなぁ」


 それは『物質に魂を宿らせる薬』と言われているもののレシピに書かれた材料達だった。

 メルトは、こっそりとその薬の製作を試みていたのだ。

『もしかしたら、みんなの心を宿らせるヒントになるかもしれない』からと、ただそれだけの為に。


 材料の加工を終えたメルトは、予定通り総合ギルドへと向かう。

 久々の友人に会えることを期待して、そして自分の新しい剣の使い心地を試したくて。

 彼女は今、大きな目標を自分の中で定めたことにより、確かに充実していたのだった。








 王宮の入り口にて、門番さんに声をかけると、俺の容姿がこの世界では珍しい黒髪黒目なこともあってか、しっかり俺のことを覚えてくれていた。


「すぐに王宮内の者に問い合わせてきますね。コクリさんからの呼び出し、ですよね?」

「はい、そうです。お願いします門番さん」

「分かりました。では少々お待ちください」


 代わりの人員と交代で王宮へ向かうのを見送り、そのまま少し待つと、またしても全速力で戻ってくる門番さん。

 王宮でくらい、短距離の通信機をもっと活用すれば良いのに、と思うのは野暮だろうか?


 戻って来た門番さんに『コクリ様は研究院でお待ちになっておられます』と伝えられ、早速案内してもらう。

 以前一度案内されたその場所を再び訪れると、明らかに人や物の出入りが増えているのが手に取るように伝わって来た。


 王宮の敷地内にある、本来騒がしさとは無縁の場所であるはずなのに、人々が忙しく、せわしなく行き交う研究院というのは、どことなく浮いているように感じてしまう。


 だが同時に、今の情勢を鑑みるに、それも無理からぬことなのではないかと納得する自分がいた。

 どこか近代めいた施設に、日中でも当然のように屋内を照らす照明器具。


 街中では見かけないような道具の数々に、『理路整然』と思わず表現したくなるほどにしっかりと白衣姿で統一された人間達。


 こうして俯瞰してこの場所を見ると、確かにこの研究院という場所は、この国からは一歩先の世代を進んでいる空間、近代に近い場所だな、と感じた。


「シズマ君! いやよく来てくれたね! まさかこんなに早く来てもらえるとは思っていなかったんだ」


「ご無沙汰しています、コクリさん。本隊に顔を出しに来たセイムさんに聞きました。俺に用事があるんでしたよね?」


 今日もよく似合う白衣姿のコクリさんは、屋内の照明の光を浴びて、今日はどことなく黄緑の混ざったような亜麻色の髪をしていた。

 光の種類や角度で色が変わる彼女の体毛は、不思議とミステリアスな彼女によく似合っていると感じた。


 言動は明るく分かりやすい『ように見える』が、本心や真意がどこか別なところに隠されているように感じる彼女には、どこか相応しいと思えてしまうのだ。


「……いいね、君は本当に。今の僅かな会話から思考を巡らせているのを感じるよ。君の世界の住人は、皆若くても聡明な子が多いのかな?」


「どうなんですかね? ただ……俺達の世界を人は『情報社会』だなんて呼んだりします。それだけ、情報に溢れた世界です。そういうのを意識してる人間も結構いるかもですね」


「なるほどね。本当に興味深い……君と同等の知識、考え方を持つという理由だけで――」


 コクリさんは、移動しながら俺に対しそんな評価を下す。

 階段を下り、人気のない階層にある彼女の研究室に向かいながら。


「――ただそれだけで、生かす価値があるね」


 そして、研究室内に閉じ込められている元クラスメイトの姿を確認しながら、そう言葉を締めくくった。


 これが、コクリさんの本質なんだと思う。

 どこまでも探求心と好奇心、知識欲の満たす為に動く人間であり『人道的見地』や『倫理観』を一時的に自分の中から消すことができる、そんなどこか壊れた、狂人めいた人間。


「……なるほど、確かにそう考えると価値はありますね。ただ――どうやら一人、それに適わない人間がいたみたいですね?」


 檻の中は、以前とは違いある程度快適そうなベッドや椅子、テーブルも備え付けられていた。

 そもそも檻そのものが広く、ビジネスホテルの一室くらいの広さがある。

 そんな中に、それぞれの檻に一人ずつヒシダさんとカズヌマが閉じ込められていた。


 ……そう、二人だけだ。ムラキはどこか別な場所で治療、研究中なのだとは思うが、問題のある言動が多かったサミエの姿がどこにもなかった。


「ああ『アレ』のことかい。散々警告した上で、実験や検証の為に訓練所で三人に色々なテストを受けさせていたんだけど、逃走を図ったんだ。その場で処分させてもらったよ」


「本当に救いようがないですね、あのバカは。先程言いましたが、個人差も大きいんですよ、俺達の世界は」


「そうみたいだね。今従順なあの二人は、中々のものだよ。特にヒシダと呼ばれている彼女の知識と計算高さ、賢さは中々貴重だよ」


「でしょうね。彼女は通っていた学校……教育機関でも上位の成績を収めていましたから」

「そうなのかい? 彼女が言うには……『本当に優秀なのはシズマ君です』という話だけど」

「そんなことないですよ、俺なんていつも彼女の成績に負けていましたし。万年二位止まりです」


 事実である。やっぱり勉強している人間には勝てるはずもなく、努力の存在を裏付ける結果だ。


「今回もこちらの会話も向こうの声も遮断しているけれど、話すかい?」

「んー……そうですね、ちょっと確認したいこともあるので」


 俺は、円卓の間でシーレ達と話した件を聞くべく、檻に施されていた防音の魔法を解いて貰った。


「前より待遇がよくなったね、二人とも」

「シズマ……サミエが……サミエが……」

「もう聞いた。最後まで救えないヤツだったね。自分が戦争犯罪者だって理解していなかった」

「っ! ……そう、だな」


 カズヌマが、クラスメイトについて俺に報告してくるが、その表情には『沈痛』と同時に『諦め』も混じっているように感じた。

 薄々、サミエが救いようのない馬鹿で、自業自得だって思いがコイツにもあったんだろう。


「ヒシダさん、あんまり俺を持ち上げるようなこと言わないでよ。なんだか今後の協力のハードル上げられそうだし。優秀なのは君の方だよ、学年トップの成績だったんだから」


「私は塾にも通って毎日家でも勉強していたわ。でも、貴方はバイトをしながら、塾にも通っていなかったでしょう? 結構ショックなものよ、こんなに努力していても、すぐ後ろに私ほど勉強に労力を割いていない人が常にぴったりくっついているのって」


「ふーむ……確かにそういうもんかも。ちなみに家で勉強道具を開くのはテスト期間中だけでした」

「……やっぱり訂正するわ。貴方は優秀なんじゃない『異常』よ。悪い意味ではないつもりだけど」


 酷い言われようである。

 気を取り直して、俺は知りたいことを二人に問う。


「ちょっと二人に聞きたいことがあるんだけど、答えてくれる? 君達さ、あの森の洋館から出た後、バスに寄ったりしなかった? 荷物を回収したりだとか」


 これが気になっていたことだ。

 あのバスが『情報を付与されていない世界から切り離された存在』であるのなら、その中にあった物も同様。だからこそ食べ物の状態もそのままだったのだ。

 なら、仮にこいつらが何かをバスから回収していたら、それの時間は止まっている可能性が高い。


「バス? それなら私はスマートフォンを回収して、ムラキ君が確か……多機能な腕時計を回収していたわ。使えるかどうか分からないけれど、方位磁石の機能もついているからって」


「あ、ムラキのアーミーウォッチだな。アイツ普段はリュックの金具に固定してるんだよあれ」

「で、その荷物は既に回収されてるんだ、この国に」

「そうね、コクリさんが調べているはずよ」

「なるほど、ありがとう。また防音させてもらうよ」


 再び檻からの声が聞こえなくなる。


「コクリさん、捕まえた連中から回収した荷物を見せて貰えませんか?」

「構わないよ。興味深いモノも多かったけれど、分解はしないでおいたよ。ヒシダさんに止められたからね」


「正解ですよ。『コレ』とか一度分解したらほぼ元の状態に戻らないですから」


 俺はヒシダさんのスマートフォンを手にして言う。

 ……俺は、既にヒシダさんの指示の元ロックが解除されたであろう端末を操作する。

 するとやはり……バッテリーは『100%』を維持したままだった。


「……やっぱりそうだ」

「なにか分かったのかい?」

「ええ。実は――」


 俺は、詳細こそ省くも、この端末は『永遠に劣化もエネルギー切れも起こさない状態』だと説明し、同時に『将来ヒシダさんを解放、活用するなら、これを使わせたら役に立つ可能性が高い』と助言をする。


「なるほど。あの二人は確かに利用価値も高いし、今後の態度や貢献次第である程度の自由は認めても良いと考えているんだ。君が言うのなら、ヒシダは助手的な立場で私の監視下に置くとするよ」


「それで良いと思います。カズヌマの方は……まぁなんらかの逃亡防止策を講じてこの国の兵士でもすれば良いですよ。あいつ、なんだかんだ責任感も理性も高い方ですから」


「そうだね、それは薄々感じたよ。それに随分と検体……変貌した彼を心配していた」

「ああ、アレってどうなりました?」


「シレントさんが回収した資料のお陰もあってね、少しずつ身体の変貌を解除できてきている。まだ時間はかかるけれど、遠くない未来に人間に戻すことはできそうだよ。少なくとも……姿はね」


 なるほど、ゴルダ城で回収した研究資料はしっかりと役立っているか。

 それなら、恐らくカズヌマはこの国を裏切ったりはしないだろうな。


「それで、俺に用事があったんですよね。すっかり俺の要件を優先してしまいましたけど」

「あ、そうだったね。実はね、折り入って頼みたいことがあるんだ」

「頼み……ですか?」


「そう。実は……君が人工ダンジョンで手に入れた、暴走したダンジョンコア。あれを。セイムさんの家の端末で、この国の人工ダンジョンに使えないか試してもらいたいんだ」


 ……すみません、すっかり忘れていました。

 それにあのコアを【観察眼】で調べた時、それらしい一文があったではないか。


『大地への返還ではなく不安定化したダンジョンの平定への使用を推奨』


 確かこんな内容だ。

 俺は、今日すぐにでも帰って使ってみることを約束する。


「それなら、帰りに人工ダンジョンの跡地、探査者ギルドの本部に寄って報告してくれるかな『もしかしたらダンジョンに大きな変化が起きるかもしれないので今日明日は一切の立ち入り、近づくのをやめてください』って」


「了解しました。あちらのギルド長さんですね、伝えておきます」


 そうして、俺はコクリさんとの用事を済ませ、探索者ギルドへと向かうのだった。




「――マ!」

「ん?」

「――ズマー!」


 王宮の門から外に出ようとしたその時、遥か後ろから誰かの声が聞こえてきた。

 確認のために振り返ると――


「シズマ! 久しぶりだな、息災だったか?」

「うわ! クレス団長じゃないですか!」


 そこには、妙に笑顔の騎士団長、クレスさんの姿があった――

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