第百六十四話
「じゃあ、おやすみメルト」
「うん、おやすみシズマ」
楽しい飲み会も終わり、久しぶりの我が家に帰宅した俺達は、若干の懐かしさと『もう少しこのまま起きていたい』という欲求を感じながらも、今日のところは眠ることに決めた。
シレントの姿から本来の姿に戻り、メルトと別れ寝室に向かった俺は、密かに頭の中で『今日の議題』について考えてから、ベッドに横になったのだった。
お馴染みの円卓。
上座の一際目立つ装飾のされた椅子に座ると、すぐに暗闇から他の面々が現れる。
俺から時計回りに『シレント』『レント』『シーレ』『セイム』『セイラ』『シジマ』『ハッシュ』『ルーエ』そしてだいぶ席を飛ばして『スティル』。
最近気が付いたのだが、この並び順は厳密には作成した順番ではないようだ。
もしそうなら、セイラはセイムより前に作成したキャラだから、三番目に来るはずだ。
恐らく、作成した順番に加えて、プレイ時間やゲーム全体における役割、重要性も関わっている気がする。
「さて、今回はこれからの方針について、今一度みんなの意見を聞きたいと思って集まったわけだけど……最初の議題、いいかな?」
俺は皆の表情を窺いながら切り出した。
「頼む」
シレントの短い同意に、皆も賛同しているのか頷く姿が見える。
「まずは『将来旅団の代表を誰にするのか今のうちに決めたい』と思う。この場に現れることが出来ない面々も、もしかしたら話だけは聞こえているかもしれないという前提で話すけど、いいかな」
俺はみんなに向かうと同時に、暗闇の向こうにも話しかけた。
返事はなくとも、きっと聞こえている。そう信じて俺の意見を語る。
「まず、俺は『旅団』という立場なら、街に留まる必要のない人間、自由に世界を見て回りたい人間に、団長というポジションを与えたいと思っているんだ。この中に自分が『なってもいい』って人はいるかい?」
「正直に言うと俺はなっても構わんと思っている。だが、とりまく環境が少々面倒だな」
真っ先に手を上げたのはシレントだった。
が、彼の言う通り『蒼玉の冒険者』である彼には、そこまでの自由はないように思える。
「そうね、それにシレントはレミヤさんに好かれているものね。あんなに健気な子、置いていくなんて可哀そうじゃない?」
「茶化すな。だが実際、しがらみがないとは言い切れないからな。難しいだろう」
「……僕は、なってもいいかな」
その時、まさかのセイムが立候補をしだした。
一番、ありえない選択だ。
「無理だろ、セイムは。この国に一番深く関わっているのはセイムじゃないか」
「そうだね。でもそれは『シズマ』としてのセイムだよ。それに……もしも仮に僕が自由を手にしたら『メルトの為にも離れた方が良い』と思うんだ」
一瞬、皆が疑問符を浮かべたのが分かった。
だが同時に、俺はその意味を理解してしまっていた。
「……俺とセイムが同時に存在しては、メルトが混乱する、か」
「そういうこと。メルトはね、僕の姿をしたシズマと出会い、そしてずっと一緒にいたんだ。だから、メルトは僕に親近感を抱くけれど、それが自分の知るセイムとは少し違うことに、酷い違和感を覚えると思うんだ」
「セイム、却下だ。それは『家族だと思っていた相手が突然自分を置いて出て行った』という結果をメルトに残す。傷つけることになるだろ。残って違和感を覚えることよりも更に酷い。これはただセイムが『メルトに家族じゃないって思われるかもしれないのが恐い』ってだけの話、その言い訳だろ?」
酷い物言いだが、たぶんこれが正解だと分かる。
だから、許さない。
「……容赦ないなぁシズマ。図星、図星だよ」
「もう一回関係を作れば良いだけだろ。セイムは俺よりも面倒見の良いお兄さんなんだから。優しい長男として一緒にいたら良い話だろ? 変なところで臆病だな、本当」
「う……耳が痛いね。ただ……そうだね、僕自身、この街に大切な友達が沢山出来た。本当は遠くに行きたくない。ごめん、忘れてくれ。団長にはなれないかな、僕は」
こうやって、たまには円卓で腹を割って話すのは大事なのだなと、改めて思う。
みんなはキャラクターなんかじゃない、皆意思を持つ大切な家族なんだから。
「では私なんてどうでしょう? 流浪の音楽家として旅に出るのは望むところ! 私なら問題はありませんよ? 旅団……音楽家……中々良い組み合わせではありませんか?」
「貴方には風格がないので却下です。ねぇ? そう思いませんか我が主」
「ははは、スティルは少し言い過ぎだけど、確かに団長ってイメージじゃないからな、ハッシュは」
「ふむ、残念。ではどうしましょうかねぇ」
俺は……闇に向かい話しかける。
「『ティストナード』頼めるか? 人と過度に関わらず、かといって一切関わらないわけではなく。同行する人間と共に世界を流浪する。もしかしたら、俺がリンドブルムに来て欲しいと頼むこともあるかもしれないけれど、旅団の次の団長という扱いで顕現するつもりはないか?」
俺は一瞬考えていた、次の団長に相応しい人間に聞こえるよう、闇へ向かい語る。
静寂。俺がその名を出すとは皆も思っていなかったのだろう、円卓の面々も固唾を飲むようにして静まり返る。
暗闇が、一層深くなったと感じたのは、果たして気のせいだったのか。
この緊張と静寂が、そう錯覚させたのか。
『……僕は、この場所から出たくはない。でもシズマは、それじゃいけないと僕を思ってくれたんだね。……そうだね、たぶん、僕の時は“あの物語の最後”で止まったままなんだ。また……動き出すきっかけを、僕にくれると言うんだね?』
「……そうだ。俺は、お前にも知ってもらいんだ。この世界に決められたストーリーなんてなくて、色んな人も物もあって、知らないことが沢山あって。それでも、根本は変わらないから、失望したり絶望したりもあって。今度は決められた人生じゃない、本当の人生を歩んでほしいんだ」
『……考えておくよ。もし……どうしても僕の力が必要な時、その時は呼んでくれても構わない。その後にその役目、団長を引き受けるかは分からないけれど、ね』
そう最後に語り、それ以降ティストナードの声が暗闇から返ってくることはなかった。
……少しは、変わりつつあるのかな、彼も。
「……私、もしもティストナードが団長になったら付いて行くよ。ちょっぴりメルトちゃんと離れるのは寂しいけどさ」
「そうですねぇ、私も共に歩み、彼の心を埋める音楽を奏でましょうか」
「ふふ、せっかくだからみんなも、もし自由に外で生きられるようになったら何をしたいか、発表しましょうよ」
レントやハッシュの言葉を皮切りに、セイラがそんな提案をした。
そうだな、みんなの今の意思、希望を聞いておきたいな。
俺は時計回りに聞こうと、まずはシレントの方を見る。
「俺か? そうだな……シズマが俺として言った方針、あれが性に合っていそうだな。一人で好き勝手貢献して、稼いで、飲んで、食う。最高の生活だ。レンディアは豊かになっていくのなら、酒もつまみも充実していきそうだしな」
なるほど、なんだかシレントらしいな。
酒……大人の身体になってから経験したけれど、確かにあれはいいものだ。
「私はさっきも言ったけど、もしティストナードが旅団として旅に出るならついて行くよ。私自身を鍛える為にもさ。でもそうだなー……旅以外なら、どこかの学校に通ってみたいかなー」
レントは、容姿のせいもあるのか、やはりまだ子供と言う自認があるようだ。
確かに学校に通うというのは良い選択肢かもしれない。
「私は……皆さんと一緒にいたいですが、皆さんがそれぞれの道に進むと言うなら仕方ないことだと理解できます。なら……私は、シズマとメルトさんと一緒にいたいです。ずっと、一緒に」
シーレは、やはり根本にあるのは『人恋しさ』なのだろう。
俺とメルトと一緒なら、常に新たな出会いも、家族である俺達とも一緒にいられる。
ある意味予想通りの言葉だ。
「僕はリンドブルム周辺で活動したいな。それに、個人的にはピジョン商会ともっと深く関わりたいとも思う。あの商会は……化けるよ。そのうちレンディアの経済の中心になると踏んでいるよ僕は。そんな場所に、一人くらい僕みたいなのがいた方が良いと思うんだ。恩もあるしね、僕らは」
セイムは、リンドブルムに留まるのは予想通りだったが、まさかピジョン商会の名前がここで出るとは思わなかった。
確かに恩義ある相手、そしてセイムとして深く関わっている相手でもあるからな。
そういう組織と関係を繋いでおくのも、大切かもしれない。
「私はリンドブルムの家に住むわよ。そこで帰って来た人にご飯を作ってあげるし、料理人ギルドに通うのもいいし。とにかく、家でみんなの帰りを待つ人間が必要よね」
ああ、それは良い考えだ。
セイラが家にいてくれると思うだけで、安心できる。きっと、メルトも同じように思うはずだ。
「儂はそうだな……リンドブルムでもいいが、イズベル、あそこに工房を持ちたいな。あの空気は心地いい。後進を育てるのも良いかもしれん。まぁ少々皆とは離れてしまうが」
これも、しっくりくる。シジマは工房で鎚を振るう姿がよく似合うから。
それに後進の育成まで考えていたなんて、少々意外だ。
「私は旅の楽師になりたいですね? 私の調べを世に広め、この世界で育つ音楽と混じり、どのような音色が生まれていくのか見て回りたいのです」
これは完全に予想通りの回答だ。
平和な世界になれば、育っていくのはこういう文化、娯楽に近い分野だから。
ハッシュの知識や音楽が世に広まるのは、想像以上に大きな意義があるのかもしれない。
「ワシは前も言うたかもしれぬが、リンドブルムを守護する立場でありたいのう。国の要職ではなく、住人に近い場所でのう。難民の様子も心配じゃしな。そうなると、冒険者になるのが一番かもしれんな? こんな爺でも採用してくれるかちと不安じゃがのう」
これも、予想通りだった。
ルーエの面倒見の良さは、よく理解している。それに、きっと家で俺やメルトの帰りを待ってくれるつもりなんだろうな。
そして、俺は最後の一人に視線を向ける。
「私はそうですねぇ……皆さんの近くにはいられませんからねぇ……仮に、黒幕を皆殺しにしたとしても、悪の芽、不穏な輩は雨後の筍の如く現れる。ならば私は、世界を放浪しましょう。掻きまわし、必要ならば手を血に染め、その血濡れた手で人々を救済しましょう」
……これが、俺が懸念していたことだった。
スティルの選んだ『全ての警戒と悪意を一身に引き受ける』やり方は、未来に安息が訪れない。
永遠に、スティルが救われないやり方なのだ。
「……スティル、俺はそれでも、全てが終わったらお前に、居場所を作りたいと思っている」
「お優しいですねぇ……我が主は。……時には、お茶を飲みにそちらに伺うのも良いかもしれませんねぇ……」
そうして、この場にいる面々の望む未来を聞き終えた。
……良い話を聞けたな。
「ところでシズマ?」
その時、シーレが俺の名を呼んだ。
「以前、スマホをポケットに入れておいてと言いましたが、あれからどうなりました?」
「あ、そういえば結局あの時は、大森林から出たらセイムになったから確認できてないや」
「では、明日起きたら確認してください。ポケットに入れる前は何%だったか覚えていますか?」
「確か七八%だったね」
すっかり忘れていた。シーレが何かの検証、確認のためにして欲しいと言っていたんだったな。
セイムも俺の爪や髪、髭の成長具合を聞いていたし、恐らく俺の生物としての時間が経過しているのか、それを知りたいのだろう。
しかし、肉体の時間経過にスマホは関係ないと思うのだが。
「……確証がないので言いませんでしたが、バス内部のからあげや飲み物の時間が止まっていたと仮定すると、バスのエンジンがかかったことにも納得がいきます。なので生物以外は一律、時間が止まっている可能性もか考えていました。ですが――」
「あの館にいた頃の詳細な記憶は、恐らく俺以外にはないだろう。皆、まだこの世界で一度も姿を出していなかった上、シズマ自身の力が弱く、今のように周囲の状況も知ることができなかった」
「ふむ……シレントの見解は?」
「俺は、あのダンジョン内部であのダンジョンマスター、グリムグラムが口にした言葉を覚えている。それを、皆と共有したんだ。その結果、シーレが一つの仮説を立てた」
「はい。私は『一〇文字以内の願いを叶える』という行為に他の意味があると感じました。シズマも教えてください、あのダンジョンマスターが口にした言葉を、覚えている限り」
どうやら、思っていたよりの重要な案件らしいな。
俺は深く思い出す。あの日、引率の先生が死んだあの時、何が起きて、何を言われたのかを。
そして、思い出せるだけ思い出した言葉を全てみんなと共有した。
「……『まだこの世界に存在が確定していないお前達に情報を付加してやることにしました』と言ったんですね? つまり……願いを叶える瞬間に、願った人間に『この世界の住人と同じ状態になる』という情報も付与したということでしょう。ならば、その範囲外にあったマイクロバスは……この世界の管轄外、完全にイレギュラーな存在ということになりそうですね……」
「な、なるほど……でも、今思えばあの言い草……『随分とプログラムチック』だったよな。ダンジョンコアを使う時の画面といい、まるでこの世界を操作している、更に上位の世界が存在しているみたいだ……それこそ、まるでゲームのように……」
「ない、とは言い切れませんね。ゲームとは限りませんが、世界の階層が一つ上の上位存在がいる可能性は……【観察眼】の説明文でも薄々感じていましたから」
「確かに……まだ、分からないことが多すぎるな……」
「ま、だったら今考えてもしょうがないかもね? とりあえずバスの謎が解けたんだし、それでいいじゃん。あ、ならスマホって普通にバッテリー減るかもだし、無駄遣いしないうちにメニューにしまった方良いかもね」
「あ、確かに。……バスの中にコンセントの挿し口があるんだけど、もしかしてあれで無限に充電出来たりしないかな?」
「それは止めた方が良いですね。今は必要に迫られているわけではないですし、今後もバスのバッテリーが永遠に続く保証もないですし。節約しましょう」
「だな。よし、じゃあ必要な話も済んだし、今回の会議はここまででいいかな?」
「ああ、問題ない」
「明日はシズマで王宮だっけ? 気を付けてね」
「そうですね、もしかしたら元クラスメイトの方々に関する話かもしれませんし」
いや、連中についてはもう完全に割り切れたと思ってるんで、最悪処刑の立ち合いでも問題ないっす。
そうして、俺はこの暗闇の円卓の中で、更に意識を落とし、今度こそ眠りに就くのだった――