第百六十三話
第一攻略班の副班長にして指揮官でもあるガークさんと、クラン全体の総指揮を担当するクランリーダーのアラザさん。
実質クランの運営を司っているであろう二人が待つテーブルには、どことなく緊張が走っており、近づきがたい雰囲気が漂い、周囲の面々も緊張した面持ちでその席に視線を向けていた。
「すげぇ……キルクロウラーのリーダーと一班の副リーダーだ……あんな席にシレント隊長が」
「なかなか見れないメンツだよな……」
「こっちまで緊張してきたぜ……」
ヒソヒソと、周囲の声を聴きながらその席に着くと、まずは二人が杯をこちらに差し出し、乾杯をしようと仕草で要求してきた。
俺も持っていたジョッキを差し出し、グラス同士のぶつかる涼やかな音が響く。
「で、何の用だ?」
「そう急くなシレント殿。まずは喉を開こう」
「そうですね。若干、今日は気温が高い。我々は負傷者のリハビリを兼ねた演習帰りでして、少々のどが渇いているんです」
要件を問うと、そんな少し切実そうな答えが返って来た。
そうか。確か元クラスメイト達が逃亡する際、地下で大爆発が起きたんだったか。
「む……店主の勧めで頼んだものだが……随分美味だな」
「確かに……少々甘いですが疲れた体に染み渡る」
「ああ、それはコーラモヒートと言う。最近リンドブルムで流行り出した飲料のシロップを酒と炭酸水で割ったものにハーブと果実を加えたものだ」
「ほう……ここは魚も美味だな……良い店だ」
「そうですね、ここなら連中が退院した後の祝いにも良いでしょうね」
「ああ、アンダーサイドの爆発事件、それに巻き込まれた隊員が多いんだったか?」
「知っていたか。ああ、実は爆発した箇所は我々のクランハウスの近くなのだ」
「地下にあるのか?」
「そうなんです。我々はダンジョンに潜る時間が長いので、日頃暮らすのも地下の方が何かと都合が良いのですよ。慣れ、感覚の鋭敏化、そんなところです」
なるほど、徹底しているなぁ探索者のクランは。
流石探索者クラン最大手だ。
「……ふむ。我々の要件もそうだが……まずはシレント殿。貴殿の帰還を祝そうではないか。あの戦争、不審な点も多いが、その裏には貴殿も関わっていたのだろう?」
「なんと……そうなのですか? いや、ただ者ではない風格を感じてはいましたが」
「詳細は言えんがな。が、流石は十三騎士の中でも知略に強い男だな、とだけ言っておく」
たぶん、一般探索者や冒険者、傭兵よりは遥かに強いのだろうが、この人は軍略方面で秀でているのではないかと思う。
周りの反応や与えられた役割的にも、それは間違いないだろう。
少しだけ言葉を話すよりも口に物を入れる時間が長く続き、ある程度落ち着いたところで再び切り出す。『要件はなんだ?』と。
「私よりもこの男、ガークから説明させてもらう。頼めるか?」
「はい、進言したのは私ですから。先程話したことに関わるお話なのですが――」
ガークさんは、今のキルクロウラーを取り巻く環境について説明してくれた。
まず、先の大爆発で所属メンバーの大半が重軽傷を負ったこと。
むしろあの、オールヘウス卿の事件でアンダーサイド中に散っていた警備担当以外のほぼ全員、クランハウスに残っていた面々が被害にあったという事実を教えられた。
重軽傷者のうち、怪我の程度の浅い者はリハビリを始め、先日アビスファングが引き起こしたような事件が再び地下で起きないように常駐の警備に当たらせることになったらしい。
まだダンジョンに挑むことは出来なくても、警備程度なら任せられるから、という判断だそうだ。
だが、復帰の目途が立った者を別な任務に従事させることになった結果、本業のダンジョン探索に割けるメンバーが相変わらず少ない……というのが、キルクロウラーの目下の悩みだそうだ。
「だが、先月のダンジョンコアに関する発表に際し、我が国に残る最後の天然の大ダンジョン、そこを踏破せんとする動きが活発になってきているんです。正直、我が国の探索者ならば、たとえ我々に先んじてコアを手に入れても、国に売り渡す可能性が高いので問題はないのです」
「しかしその反面、他国からの探索者の数も増えてきている。来月以降の話にはなるが『コンソルド帝国』から大手探索者クランが貴族の使節団に同行し、こちらのダンジョンに挑むという話も出ているのだ。故に我らも手をこまねいているわけにもいかず、新たにクランメンバーを募集する、という運びになったというわけだ。ゆっくりと重傷者の回復を待つ猶予がなくなったわけだ」
「話は分かった。で……俺に話と言うのはなんだ? 悪いが、俺をクランに誘うのはなしだぞ」
「無論、それが不可能なのは分かっている。貴殿は恐らく、この戦争の立役者なのだろう。それも冒険者ギルド所属の蒼玉ランク、更に旅団の最高戦力の一角とも言われている」
「なら、どういった要件なんだ?」
「ここからは私が。旅団の主戦力であるシレントさんに、団長さんに是非お話を通してもらいたいのです。『一時出向という形で良いので、どうかシズマ君をこちらに派遣してもらえないか』と。私は、彼をとても評価しています。多芸であり、私の班のリーダーとの連携も取れます。何よりも彼は……公に発表されたわけではありませんが、リンドブルムの巣窟を踏破した実績もある」
「なんだと……」
まさか、俺を派遣してもらいたいなんて……。
確かに人工ダンジョンで一緒に行動した経験はあるし、何度か誘われるようなことを言われたけれども、そこまで評価されていたなんて……。
「私は直接、そのシズマという青年と会ったことはないが、ガークやリヴァーナが強く推す人物、少々気になっている。もちろんこれは引き抜きではなく、『大地蝕む死海』に挑む際、足りない人員を補充しつつ戦力を大幅に強化出来ると踏んでの一時出向の依頼なのだ。貴殿から是非、提案してもらえないだろうか?」
……確か、シュリスさんのお願いで向かう予定の島『ヤシャ島』のダンジョンだよな。
なら、どの道そこへ行くのだし、協力するのもやぶさかではないが……。
だが、俺はダンジョンコアを集めて、オーダー召喚の上限を増やすという目的がある。
国にコアの提出を求められたら、それが叶わなくなってしまう。
「仮に踏破した際、ダンジョンコアを俺達旅団が譲り受けるのならその誘いに乗っても良い」
断られるのを前提に、そう提案する。
だが――
「それで構わない。他国に渡りさえしなければ良い。正直、この国は既に豊穣の軌道に乗り始めていると私は思う。ならばこれ以上は使う必要がない、とも考えている。無論、利用方法はあるのだろうが、そもそもの話、そちらの旅団が本腰を入れて攻略に着手すれば、我らよりも先んじて攻略出来てしまうのではないか?」
「っ! 良いのか? 我ながらかなり無茶な要求だと思っているのだが」
「構わない。我らはダンジョンを踏破し、他国にコアが渡るのを阻止したいというのが主目的。そして同時に……『あのダンジョンを休眠状態にしたい』のだ」
すると、ここに来て新たな理由を告げられた。
ダンジョンを休眠させたい、とは?
「名前の通り、あのダンジョン……海底まで続く深い竪穴は、未だに成長し、徐々にこの大陸の海底を侵食している。港にもその影響が出始めている状況だ。まだ本格的な被害は出ていないが、海流の乱れに高波、更に渦潮も頻発している。国の玄関口であるあの海域を安定化する為にも、迅速に攻略したいと考えているのだ」
「そうか、そういう事情なら納得しよう。シズマの派遣だな? 団長に言っておくが、恐らく問題ない。なにせシズマは厳密には団員じゃない、本来俺達が行動を縛れる人間じゃないんだ。シズマなら……問題なく引き受けてくれるだろう」
「本当ですか!? やった……やったぞ! やりましたねリーダー! シズマ君がいれば、戦力としても斥候としての働きも、なんなら料理にだって期待できますよ!」
「ほう……そこまで多彩な特技を持つ、か。リヴァーナや君が欲しがるのも無理はないか」
「これは班長にも伝えないといけませんね。班長! リヴァーナ班長! ちょっと来てください!」
すると、興奮した様子で、離れた席でメルトとレミヤさんと一緒にお酒を飲んでいたリヴァーナさんを呼び出すガークさん。
すると、ふらふらとした足取りで、コーラモヒート片手に彼女がやって来た。
「ん、なに?」
「班長、シズマ君を借りることができそうですよ!」
「! 本当!?」
「ええ、シレントさんが恐らく問題ないと!」
「シレント……本当?」
少しだけ火照ったような赤い顔をしていた彼女が、更に顔を上気させ問い詰めてきた。
……そういえばかなり熱心に勧誘されたもんなぁ彼女に。
「ああ、問題ない。だが、恐らくシズマはメルトと一緒じゃないと行動しないだろうな。仮にシズマを貸し出すなら、自動的にメルトも一緒に派遣することになる」
忘れてた、シズマとしてどれくらいの期間出向するのかは分からないが、それでもメルトは一人にさせられない。必ず、シズマとメルトは一緒じゃないとダメだって念を押しておかないと。
「ん、望むところ。メルトは強い」
「ほう、そのメルトという人物は……あちらの席の狐族の女性かな?」
「そうだ。メルトは紅玉、実力は俺が保証しよう」
「ほう、そういえば……以前、班長と一瞬ですが渡り合えていましたね」
ふむ、交戦経験があったのか。……あれか、アンダーサイドを初めて訪れた時のことだろうか。
「楽しみ。じゃあ、戻る」
「ええ、呼びつけて申し訳ありません」
リヴァーナさんが、またしてもフラフラと戻っていく。
お酒、あまり飲み慣れていないのだろうな。
「話がまとまって幸いだ。シレント殿、では出向の件、任せよう」
「ああ。幸い、元々シズマもこの街に来る予定だったからな。話を通しておく」
どのみち、シズマとしてコクリさんのところに行くつもりだったからな。
果たして、あっちはどんな理由で呼び出したのだろうか……?
面倒な話は全て終わり、後は思い思いに過ごすことになったわけだが、俺が元のテーブルに戻ったところで、キルクロウラーの面々の中からバスカーがこちらに挨拶に来てくれた。
やはり、彼経由で俺が戦争に向かったことが討伐隊の面々に伝わっていたらしく、そのことについて謝罪を受けたのだが、別に謝ることではないと言葉をかける。
「で、だ。近々うちで面倒を見ている奴をそっちに向かわせる。一緒になるかは分からんが、気にかけてやってくれ。当然、メルトも一緒だ」
「え? なになに? 私がどうしたの?」
おっと、メルトには事後承諾になってしまうか。
「メルト、近いうちにシズマと一緒に、キルクロウラーの手伝いに向かってくれないか? 島のダンジョンに挑むらしい」
「なるほど、了解よ! シズマと一緒なのね? やったやった」
「その剣、早速活躍してくれそうだな」
「ね!」
「なるほど、一緒に研修を受けていた彼ですね。分かりました、何かあった時は手助けするとお約束します。ですが、きっとメルトさんと一緒なら問題ないと思いますけどね」
予想通り、嬉しそうに承諾するメルトと、バスカーも快く応えてくれた。
中々豪華なメンバーだが……ここまで人員の補充に慎重なあたり、相当高難易度のダンジョンなんだろうな。
俺も、覚悟を決めておいた方がいいかもしれない。
無論、それは命の危険ではなく、情報の開示、手札を見せるという意味での覚悟なのだが。
「シレント様はこの後……どうするの……でしょうか……」
すると、メルトの隣でかなり酔いが回った様子のレミヤさんが、眠たそうに訊ねてきた。
……なおリヴァーナさんは既にテーブルでスヤスヤです。
こうなるとメルトが今回ほとんど酔っていないのが異常だが……大好きなコーラ補正か!
「俺はそうだな、シズマに話した後にそのまま団長の元に向かう。その後はゴルダの土地で魔物狩りでもしているさ」
「また……お別れですか……寂しいですね……」
「お前らしくもない。だいぶ酔っているな、レミヤ」
「……んー……はい。寂しいです、酔ってます。もっと……この街にいてくれたらいいのに……」
「……悪いな」
本当に……随分と気に入られてしまった。
シレントは、どう思っているのだろうか。この現状を。
いつか、シレントに身体を明け渡したら、今の関係、彼女の思いはどうなってしまうのだろうか。
酒の所為だろうか、いつもより少しだけ、そんなことを考え込んでしまうのだった――
その後、日暮れ前から飲み始めていた俺達は、深夜前には解散することとなり、今回の飲み代はキルクロウラーの分を含め、全て俺が持つことになった。
俺が主催みたいなものだし、今回は俺が誘ったようなものだし構わない。
どのみち、溜めるだけ溜め込んで使わないのは経済の滞りになってしまうからな。
という訳で、一晩の飲み代としては破格の大金貨一三枚、日本円にして六五万円を支払い、この日は解散となったのだった。
……レミヤさん、だいぶ酔っていたけど、いざ解散となるとスッと背筋が伸びて颯爽と帰って行ったので、流石に訓練をしているのだろうと感心しました。
逆にリヴァーナさんは……ガークさんに背負われて帰って行ったけど。
「では、お前達も達者でな。しばらくは俺も街を離れる」
「はい、シレント隊長! どうか元気で!」
「うむ、また近くに寄ることがあれば声をかけてくれ。学者ギルドのイーストンと言えば、それなりに名は通っているからのう」
「分かった。では、次までにどこか飲み屋を見つけておいてくれイーストン」
続いて討伐隊の面々とも別れ、メルトと二人、我が家への帰路につくのであった。
「……ところでメルト、今回はあまり酔ってないね?」
「ふふふ! 前に酔って眠っちゃったからね、キチンと対策してきたの! 酔いにくくするお薬、実はイズベルにいるうちに調合しておいたのよ! 飲み始める前に飲んでいたの」
「おー……! 凄い効き目じゃないか。それ、たぶん売れるんじゃないかな?」
「そうかも? うーん……そのうち薬師ギルドに私も所属しようかなー?」
それはいいアイディアだと思います。たぶん、身体にあまり害のない、栄養ドリンクとかのレシピも知っていそうだし、労働者がこれから増えるであろうこの国での需要もありそうだ。
「じゃ、帰ろっかシレント!」
「ああ、帰ろうか」
長旅、遠征、街を長期離れていても、こうして帰るべき家が待っているというのは、なんと幸せなことだろうか。
そんな当たり前のようで当たり前ではない、自分の居場所に思いを馳せながら、すっかり更けた夜を、二人で歩く。
「明日はシズマになって……王宮に行ってこないとな」
「じゃあ私は、リッカちゃん達に会ってくるね? もしかしたら簡単な依頼を受けてくるかも」
「了解。気を付けて」
さぁ、では今日は……帰ったら『円卓で会議』だな。