第百六十二話
「シレント様、向かう店は決まっているのでしょうか?」
「ああ。うちの団長が前に行った店に行く。メルトも好きだったよな、あそこの燻製した魚」
「あ! あのお店ね! どうなったか心配していたし、行ってみたいわ!」
道中、レミヤがぴったりと隣にくっついて歩き、反対の隣をメルトがぴったりとくっつく。
なんだか両手に花で少し照れ臭いのだが、そういった感情を表に出さないように振る舞う。
「みな、聞こえるか! 今日は俺も気になっていた、メルトお気に入りの酒場を貸し切りにするつもりだ! 燻製した魚とエールがうまいらしい! 構わないか!」
背後に控える、討伐隊に参加していた面々に確認を取ると――
「問題ないです!」
「隊長のおごりってマジですか!?」
む、いつの間にそんな話に……。
いや、金に余裕があるのは本当だし、心配をかけた以上、やぶさかではない。
「ああ、俺のおごりだ! なんでも頼め! 今はまだ開店前だが、先に貸し切りができないか聞いてみるから期待していろ」
前回の迷惑料も兼ねて、たっぷりお金を落としていきたいと思います。
「シレント様の団長というと……あのご老人ですか」
「そういえば、うちの団長と会ったらしいな? どうだった?」
「……敵対は決してしたくない人でしたね。ですがシレント様が『善性が高い』と言った意味も理解できます。……まさか、一夜にしてアビスファングを壊滅させ、人身売買を未然に防ぐとは。流石はシレント様の上に立つお方ですね」
「そうだな。将来的には団長はこの国に根を下ろすつもりらしい。そのうち……旅団を誰かに受け渡すことになるんだろうな」
もし、仮に誰かを新しい代表とするのなら……シズマとしての俺か、それとも――身内を守るという意味でなら……準最強である『ティストナード』か。
準最強であるティストナードは……思想的には悪人ではない。むしろ、一番『英雄然とした人格者だった』キャラクターだ。
背負わされたストーリーで、彼は非業の死を遂げている。
故に全てに絶望し、怨嗟の声を上げて退場するというシナリオを背負わされている。
が、その悲劇が『本当のストーリーの終わり』に繋がり、俺のプレイしていたオンラインゲーム『エルダーシーオンライン』のシナリオはエンディングを迎えていた。
だから、俺の他のキャラクター達は『最強を除いて』皆、ティストナードに敬意を払い、そしてその身を、心を案じているのだ。
「……一度、相談してみるか」
「なになに? 何の相談?」
「ん? ああ……旅団の次期団長を誰にするかって相談だ」
「なんと……! ではまさかシレント様が立候補なさるのですか? どこか遠くに行くと先程ギルドで届け出を出していたようですが……団長として新たに団員を率いて移動するのですか?」
「いや、俺には似合わんだろう。それになんだかんだ、この国に俺は加担しすぎてしまった。今更別な場所に移動してもやりにくくなるだけだろう」
「で、では! この国に残るのですね!?」
「そうだな、暫くはゴルダ方面の治安維持、魔物の討伐をメインに一人で放浪してるさ」
「なるほど、分かりました」
きっと、シレントならそうするだろう。
シナリオの上では傭兵団に所属していたシレント。
だが、自分で率いるつもりはなかったように思える。
ある程度距離を置きながら人々に貢献し、国や人との繋がりを維持する。
自分が近くにいすぎることで、周囲に被害が出るのを恐れていたように思えるのだ。
あまりにも、失った経験が多すぎるから。そういうストーリーを背負っているのだから。
そうこうしている間に目的の酒場に着き、まだ『準備中』の札がかけられている中、俺は一人店内へ入っていく。
「あ! すみません、まだ開店準備中――で――」
……こちらを振り向いた瞬間、店主の顔から血の気が引いていくのが分かった。
凶悪な人相、ワイルドな装備、巨大な大剣を背負った荒々しい風貌。
全てが、人を委縮させる要素で構成されていると言っても過言ではないからな!
「邪魔をして悪いな。今日の営業、俺と俺の連れで貸し切り営業は出来ないか? ざっと二〇人以上いるんだが」
「か、貸し切りですか……その、どういった集団で……?」
悲報、俺のせいで残りの面々もヤバいやつらだと思われてしまう。
せめてメルトに一緒に来てもらえばよかったか!
「冒険者ギルドの仲間だな。それに、少し前に俺の知り合いがこの酒場で少々騒ぎを起こしたと聞いたんだが、その埋め合わせもかねてたっぷり金を落としておこうと思ってな。覚えていないか? 背の高い老人がここを訪れたはずだが」
「ああ! あの、めっぽう強いご老人! なるほど、それはありがたいお話ですね。では貸し切り営業の件、了解致しました。どうぞお連れ様と中にお入りください」
交渉成功。俺は店の外で待っていた、討伐隊シレント分隊の面々を呼び寄せたのだった。
「ではシレント隊長! ごちそうになります!」
「「「ごちになりまーす!」」」
「ほほほ、では儂もご相伴に与ろうかのう」
「私はその……」
「構わん。レミヤも今日は俺のおごりだ」
「じゃ、じゃあ私も?」
「ああ、いいぞ」
酒場を貸し切り、最初の注文の品が皆に行き渡ったところで、ネムリがその宣言と共にジョッキを掲げる。
それに続くように皆が杯を掲げ、俺の生存報告を知らせる……という建前の飲み会が始まった。
「お店、繁盛してるのかしらねー? 前と違ってみんなにお魚が行き渡ってるし」
「そのようだな。恐らく、加工している業者から満足な量の仕入れが出来ているんだろう。酒の種類も増えていたんだったか」
「そうよ! やったね、ついに料理人ギルドがレシピを公開、一般販売も始めたみたいね!」
そう言いながら、メルトは嬉しそうに、黒い炭酸飲料の入ったガラスジョッキを見せびらかすように揺らして見せる。
カラコロと氷の音をさせながら、幸せそうにジョッキを呷る。
「美味しい! なんだか私が知ってるのと味が違うけど! なんだろう……甘い香り? 不思議な香りが混じってるわ」
「ああ、それはどうやら酒が入ってるようだ。飲み過ぎに注意しろよ?」
「へー! こういう匂いのお酒もあるのねー?」
たぶん、ラム酒の一種なのだと思う。
俺も初めてのはずなのに、様々なキャラの知識やゲーム製作者の知識が、これをラム酒だと判断しているようだった。
「この見慣れないお酒を知っているのですか?」
同じテーブルのレミヤが、不思議そうな表情でジョッキを持ち、こちらの顔と見比べる。
「ああ、旅団に所属している料理人が、一時期この街の料理人ギルドに世話になっていてな。その時に残したレシピがこの酒にも使われている」
「ほう……旅団には料理人もいるのですか」
「そうよー! セイラっていう、すっごくおっぱいが大きくて美人なお姉さんなの!」
「……メルト、あまりそういうことを人前で言うな」
「……なるほど、大きいのですか」
あ、なんか少しだけレミヤさんの声のトーンが落ちた。
……なるほど。
何が『なるほど』なのかはあえて口にしませんが。
「む、不思議な味ですね。それに甘い。甘いお酒は果実酒くらいしか知りませんでしたが……良いものですね。もっと気温が高くなったらさぞや人気が出るでしょうね」
「そうだな、俺もそう思う」
一口口にしたレミヤさんが、少しだけ表情を緩め、そう評価を下す。
確かに美味しい……だが、俺の中の知識が『これはもう少し上を目指せる』と言っている。
そして、それを俺も飲みたい……!
「店主、ちょっと来てくれるか」
ホール担当ではなく、店主を呼び寄せる。
「はい、どうされましたか?」
「この酒、最近公開されたシロップのレシピを利用したものだよな?」
「ええ、そうなんです。まだ二週間前からしか出してないのですが、毎日飛ぶように売れてるんですよ」
「だろうな。迷惑をかけた詫びと言っちゃなんだが、もっと美味くする飲み方を教えてやる。ライムとミントを使え。たっぷりの氷の中に潰したライムとちぎったミントの葉を混ぜて、そこにコーラシロップと酒を加えて、最後に炭酸を入れて軽く混ぜてみろ」
俺も飲んだことはないけれど、どうやら地球にはそういう飲み方があるらしい。
コーラモヒート、もしくはキューバリブレのアレンジ? とかいうらしいけれど。
是非とも飲んでみたい! 素晴らしきかな、大人の身体。
「ほほう! どちらもあります、二杯目はそうやってお作りしましょうか」
「頼む。この二人にも同じものを。もし、店主が気に入ったらそのままメニューに加えても構わん」
店主がウキウキとカウンターの向こうに戻るのを見送り、今度は燻製した魚に齧り付く。
……美味い! 少し強い塩気と濃い燻製の香りが、コーラの甘味に負けずに口内を満たしていく。
それをもう一度炭酸と甘味で打ち消し流し込んでいく。まるで口の中で風味の陣取り合戦をしているようだ。が、不思議と不快じゃない、何度も繰り返したくなる美味さがある。
「ふぅ……ん? なんだ、二人とも不思議な顔をして」
「シレントって美味しいものに意外と詳しいのねー?」
「少々意外でした。お酒にお詳しいのですか?」
「いや……セイラに聞いただけだ」
いかん、シレントのキャラに似合わなかったか。
「む、例の……胸の大きな料理人の方ですか?」
「そうだな」
「……仲がよろしいのですか?」
「基本、旅団の面々は皆仲が良いぞ」
「そうだねー! 私はまたシーレと会いたいなー! さっきのお話に戻るんだけど、もしも誰かに旅団を新しく任せるなら、私はシーレが良いと思うわ」
何故だか、少しだけ不穏な空気が漂い始めていた俺のテーブルだったが、メルトがその空気を吹き飛ばしてくれた。
レミヤさんは、やはり……シレントを随分と気に入っているのだろうか……?
明らかに、シレントに女性の影がチラつくと機嫌が悪くなっている気がする。
「いや、シーレは出来ればこの街か……メルト、お前の傍にいさせた方がいいだろう。アイツは寂しがりやだからな」
「そうなの? でもそうね、私もシーレは大好きだから、一緒がいいわ!」
これは俺の予想だが、彼女が寂しがりやなのはたぶん正解だと思う。
……仮に誰かを優先して召喚、意思を持たせられるのなら、どこかのタイミングシーレと一緒に行動できるようにした方が、彼女も喜んでくれるのではないだろうか。
これについては、皆とあらかじめ相談しておいた方が良いかもしれないな……。
暫くして、皆が新たに配膳された酒、コーラモヒートを味わいながら、燻製された魚やチーズを楽しみ、ほどよく上機嫌で場も温まって来た頃。
本日貸し切りの札が遠くから見えなかったのか、店の前で残念そうな表情を浮かべる一団の姿を見とめ、それが知り合いだと気が付くと、俺は思わず声をかけていた。
「おーい! まだ席に余裕がある! アンタらも入ってくれ!」
店のスイングドアから見えていた外の面々に声をかけると、その集団の代表が俺に気が付いた。
「ん……貴殿は……そうか、無事だったのか。ではお言葉に甘えるとしよう」
店の中にやって来た新たな一団、それは――探索者クラン『キルクロウラー』の面々だった。
どうやら向こうも大所帯だったらしく、俺と同じ討伐隊に所属していたバスカーを含め、見知った顔がいくつも同行していた。
クランリーダーであり、十三騎士の一人でもある『アラザ・ミール』さん、第一攻略班である『リヴァーナ』さんと『ガーク』さんの姿もある。
「店主、客の追加だ。大丈夫か?」
「もちろんですとも! いやぁ、今日は満員御礼です! 酒も食材もたっぷりありますからね、気兼ねなくご注文ください」
嬉しい悲鳴というヤツだろうか、店主が笑い、ホール担当が心なしか困ったように笑う。
そして、俺の元隊員の面々は、新たにやって来たキルクロウラーの姿に慄いていた。
そうか、この人達もリンドブルムの四大勢力の一角だったからな……。
「シレント殿。良ければ一緒のテーブルで飲まないか。少々話したいこともある。聞けば、貴殿は噂の『旅団』の人間なのだろう?」
「ん、構わん。メルト、俺は少しアラザと飲んでくる。レミヤ、構わないな?」
「分かりました。メルトさんは私が見ていますね」
「……私がこっちに混ざる」
その時、いつの間にか俺のテーブルに、席が一つ増えていた。
そこにちゃっかり座り混ざっていたのは、第一攻略班の班長にして、十三騎士にスカウトされた過去を持つ、リヴァーナさんだった。
「メルト、それ、なに?」
「これはねー! すっごく美味しいお酒なのよ! リヴァーナちゃんのも頼んであげるわね」
「ありがとう」
……いつの間にか仲が良くなっているようなので、安心してここは任せられるな。
俺は、何やら話があるというアラザさん、そして同じく用事があるのか、同じテーブルに着くガークさんの待つ席へと向かうのだった。