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第百六十話

 シュリスさんが振り下ろした炎の大剣。

 持ち主の資質により、剣の効果に差が出るのか、赤熱を通り越し、周囲の空気を燃え上がらせ、まさしく炎を纏う一撃が、俺の作ったダガーに炸裂する。


 会場に響く『キン』という、短く澄んだ音。

 ダガーどころか台座まで両断してしまうかのような、振り下ろされた一撃。

 だが、そこは流石のシュリスさん。

 その一撃は、しっかりと台座に至る直前で、ピタリと止まっていた。


「…………そうか、そうだろうな。ああ、お前の自信は、こういうことだったか」


 ゴルハーの親方が、檀上で見せられた結果を前に、ただ静かに語る。

 そう……しっかりと結果を受け止め――敗北を認めたのだ。


 檀上で披露されたのは、巨大な剣、炎を纏う極大の一撃を、小さな刀身で受けてなお、一切ヒビも刃こぼれもなく、ただ最初と同じように置かれたままのダガー。

 なら、何故大剣が台座に触れるスレスレまで接近出来たのか?


「……見事。凄いね、シジマさんの剣は。私も初めてだよ、静止した剣が、振り下ろされた剣を『逆に切断してしまう』なんて」


 そう、大剣は俺のダガーに触れた部分から、スッパリと切断されてしまい、だからまるで抵抗なく台座まで攻撃が届きそうになっていたのだ。

 台座の置かれたテーブルに、切断された大剣の刀身が転がる。

 これ以上ない、決着。完膚なきまでに、ゴルハー工房の作品との差を、周囲に見せつけるような。


『これは……審議の余地なく決まりでしょう。シジマ氏の作品が、ゴルハー工房の作品を打ち破りました! 敗者復活、阻止です! 他に挑む作品はありませんか!?』


 その後は、もはや語るべきことすらないほど、すんなりと俺の優勝が決まった。

 異議を唱えるもの、勝負を挑むものなど現れるはずもなく、そのまま鍛冶大会は『もう一つの顔』を見せることとなる。


 そう……買い付け合戦だ。

 今回の大会に出品された自慢の品々、それを買い付けようとする商人や貴族、騎士や冒険者に傭兵、そういう人間がこぞって、職人の元に訪れるのだ。

 だが――


「一〇〇〇万枚だ。大金貨一〇〇〇万枚でどうだ。庶民には一生かかっても稼げない大金だぞ」

「今こうして稼げそうな目途が立っているがな。断る、俺の剣は売り物じゃねぇ。ただ一人のために打った品だ。諦めな」


「我が家お抱えの一振りが、君の作品の所為でダメになった。それを悪いとは思わないのかね?」


「挑んだ自分の責任だ。大方、最初から工房に指示を出していたんだろう。まぁ『それ以外の指示』もしていそうだがな、アンタは」

「っ! なんのことだね?」


 今、こうして俺の作品を手に入れようとしている貴族の名は『ゴルダニア伯爵』というそうだ。

 名前から察する通り、ゴルハー工房のパトロンを務めている、リンドブルムの貴族だそうだ。


「諦めろ、俺はもう帰る。ああ……それとお前のお抱えの職人だが……しばらく修行の旅に出たいと言っていたぞ」


「ふん、構わん! あんな負け犬! お前だ、シジマ。剣は諦めよう、だがお前が私の元に来い! お前の腕に我が家の資金力があれば……この大陸の鍛冶職人の頂きに上り詰め、武器の流通や製造まで牛耳ることが出来るかもしれない! この国は今、目覚ましい発展を遂げようとしている。ならば武器だ! 優れた武器の需要が必ず高まるのだ! 次の戦に備え――」


 正しいさ、その未来への展望や『列強国に注目された今、戦争に備える必要がある』ことも。

 だが、今この場で言うことじゃないぞ、貴族様。


「諦めろ。……お前が知っているかどうかは知らんが、俺は『旅団』の鍛冶師だ。誰かになびいたりはせん。大人しく新しい職人を教育することだな」

「は? 『旅団』? なんだそれは」


 む、こいつは晩餐会に出席していなかったのか……。


「シジマさん、無駄だよ。ゴルダニア伯爵家はそういった政にも、海外との交易にも関与していない家だ。あの場に出席することも、話を聞く人脈もないんだ」


 その時、こちらのやり取りを見かねたシュリスさんが近づいてきた。

 侯爵家令嬢にして、十三騎士。そしてリンドブルムの守護の一角を任されている彼女の登場に、さすがのゴルダニア伯爵も引き下がる。


「ゴルダニア伯爵、諦めた方が良いですよ。彼は……王家と非常に懇意にしている一団の鍛冶師なんだ。彼の引き抜きは、もしかすればそのまま国の怒りを買うことになる」


「んな!? そんな……では、私は……」

「それと……冒険者ギルドの方で本格的にこの街で起きた事件、過去のものも踏まえて調査に乗り出す予定なんだ。君にも是非協力してもらいたいんだ、いいね?」


「っ! わ、私に協力できることなんてあるとは思えませんがね! では私は失礼します!」


 そうして、ゴルダニア伯爵は早々に立ち去っていった。

 ふぅむ……妨害の件、だろうか? これで今後ここの鍛冶大会が好転していくのなら、出場した甲斐があったってものなんだが。


「……まぁ、コレが手に入ったらそれで問題ないんだけどな」


 俺は、賞金と共に受け取った『クォーツドラゴンの心臓銀』を手の平で転がす。

 拳で包み込める程度の大きさしかないが、その表面には鱗にも波紋にも見える、不思議な紋様が浮かぶ、青銀の美しい塊だった。


「メルト、受け取れ。欲しかったんだろう?」

「あ、うん! それに剣も……早速装備するね」


 ダガーと心臓銀を手渡すと、いそいそと腰に装着し、心臓銀を懐にしまい込む……と見せかけて、腰の収納魔導具にしまい込んだ。

 流石、防犯意識が高いお狐さんだ。


「うーん……シジマシジマ、私今からちょっと冒険者ギルドにいったあと、たぶんそのまま拠点に戻るんだけど、シジマはどうする?」


 その時、なにか考えごとでもしているのか、メルトが難しそうな顔をしながら提案した。

 ふむ、シジマとしての役目も終わったのだし、あとはそうだな……この街にいるシレントとして、リンドブルムに戻ることになりそうだな。


「俺はこのまま本隊に戻る。シレントは一度リンドブルムに帰還するはずだ、一緒に行ってやってくれ」


「分かった! じゃあシレントに、いつものとこで待ってるように言ってね!」


 つまりバスで待ちあわせ、と。

 結局、俺は商品だけ貰って、職人に与えられる『上級鍛冶職人』やら『マイスター』やらの称号は辞退したからな、もうこの街に残る理由がないのだ。


 散々大会を荒らしておいて、称号の授与も、この街で個人の工房を与えられる権利も、全て辞退。

 正直、迷惑なヤツだって思われただろうな。まぁ大会は盛り上がったが。


「そうか、シジマさんは本隊に戻るんだね? もし、そちらにセイムさんがいたら……礼の件、シレントから聞いていると思うから、伝えてくれると嬉しい」


「ん? ああ、その件か。分かった、伝えよう」


 ……リンドブルムに戻った後の方針も、これは決まったようなものですね?

 そうして、俺は工房の鍵を鍛冶ギルドに返却し、名残惜しまれつつもこの『イズベルの街』を後にしたのだった――









 シジマが街を去ったその頃、メルトは人で賑わう冒険者ギルドに来ていた。

 目的は『ある調べもの』をするため。


「過去の記録……でございますか?」

「うん、そうよ。事件の記録とか、そういうの!」

「了解しました。では二階の資料室にご案内致します」


 支部長の部屋やギルドの記録が纏められた部屋、他にも依頼に関係する資料が纏められた上階には、許可を受けたギルドタグを持った人間しか立ち入ることが出来ない。

 ある意味では安全地帯であるその場所で、メルトは『ついさっきのやり取りを見て思いついたこと』を確かめるため、過去の事件を調べ始めたのだった。


「……ふーん、やっぱり去年の年末近くが例年より遥かに被害が多いのねー」


 パラパラと、まるで眺めるように資料を指で流すようにページを送っていく。

 それだけで、大体の内容が彼女の脳裏に刻まれていく。


 瞬間記憶とは違うが、圧倒的な動体視力と、文字を読み込む速度、そして類まれなる学習能力の高さから、ソレに近い芸当が彼女にもできるのだ。


 必要な情報を調べたメルトが、その足で支部長の部屋に向かう。

 自分の推論と、このあと起こるであろう事件を事前に伝えるために。


 ノックの回数の作法を知らないメルトが、支部長の部屋の扉を何度もたたく。

『トトトトトン』『トトトトトン』と、いい音を反響させる扉に、少し楽し気な表情を浮かべる彼女。


『だれですか、こんな悪戯をするのは……』

「ごめんなさい、メルトです。お話にきました」

『な! どうぞお入りください』


 正直、このやり取りについては、圧倒的にメルトが悪いので、支部長は災難である。


「支部長さん、討伐依頼の方は進んでいるかしら?」


「ええ、今の時期は沢山の冒険者が集まりますからね、秘密裏に手練れに討伐の任務を指名依頼として発注しています」


「そっか。えっとね、たぶん今日あの女の人、アマンダさんが動くと思うんだー。ここに来ている貴族の『ゴルダニア伯爵家』と合流して、逃亡すると思うから、それ捕縛できるかしら? あと、アワア……シュリスさんにもこれまでのことと一緒にこう伝えてくれる? 『メルトが街道の盗賊とゴルダニア伯爵は繋がっていると言っていた』って」


 それは、メルトが鍛冶大会でのやり取りや、これまで見聞きした情報から総合して辿り着いた一つの答え。


 毎年、大会で優勝するような集団が、大量の素材と一緒に移動してきているのに、一度も被害に遭ったことがないという事実。


 それに加え、妨害などの汚れ仕事を請け負う人間と繋がっているかもしれないという疑い。

 更に……これまで野盗の被害にあった商人の主な取扱商品を調べ、殆どが貴重な鍛冶素材だと突き止めたが故の推論だった。


 それらを、全て支部長に語る。


「たぶん、今日の夜にでも、沢山の証拠と一緒に逃げるんじゃないかなーって。証拠隠滅とか、盗賊の逃亡指示とか、そういうのもするんじゃないかしら?」


「なんと……分かりました、至急シュリス殿に連絡を試みます。内密に、ですね?」

「うん、こっそりね。バタバタすると気づかれちゃうかも」


「では、メルトさんはこの後どうするのでしょうか?」

「え? 私はこの後はリンドブルムに戻るわよ? 討伐とか捕縛、頑張ってね!」


 まさに投げっぱなし。限りなく真実に近い推論を立てたというのに、彼女は帰ると言う。

 大きな手柄を直接立てられるかもしれないというのに、メルトはもう……次の冒険、港や島に向かうことで頭がいっぱいになっていたのだった。


 並び立ちたい。蒼玉に至りたい。その思いはもちろんある。

 だが……立場や地位、そういった『目に見えないなにかで並び立つ』よりも『今この瞬間、実際に隣に立つ』ことの方が、遥かに大切だと、そうメルトは結論付けたのだから――


「じゃあね支部長さん! たぶん、また今度遊びにくるね!」

「ははは……分かりました。この度のご協力、誠に感謝いたします」


 そうして、メルトは楽しそうにバスへと向かう。

 ギルドにて警戒をしていたアマンダも、もはやメルトを警戒していなかった。

『あんなに楽しそうに好き勝手してる娘、警戒に値しない』と。

 ……もう、自分が追い詰められているとも知らずに。


 そうして、メルトの活躍は人知れず、後にこの街とリンドブルムを苦しめていた、大きな事件を解決に導き、同時にレンディアの貴族が犯罪行為に加担していたことを見抜き、大きく国に貢献したのだった。

 それを、本人が知るのはまだもう少し先のお話――








「ふぅ……シレントの姿でリンドブルムに帰還か……なんか結構騒ぎになりそうだなぁ」


 主にレミヤさんとか。

 バスの中でシレントの姿に戻り、そろそろここを引き払うために中を掃除していると、誰かがバスに近づく気配を感じた。

 無論、それはメルトだったわけだが――


「ふー! 一仕事終えてきた! じゃあこのバス、またしまっちゃうの?」

「そうなるね。だから中を掃除中。メルト、まーたゴミが溜まっていたぞー?」

「う……でも今回は一カ所にまとめていたわよ……?」


 ……なら許そう。


「ならばよし。じゃあ外に出て、一式収納したらリンドブルムに戻ろうか。今回は徒歩だけど、大丈夫かい?」

「うん、大丈夫よ! じゃあリンドブルムに戻ったら、早速港に出発かしら?」


「いや、他にも色々やることがあるからね。それが済んだら出発するよ」

「りょうかーい!」


 まだまだ予定はたっぷり詰まっている。コクリさんがシズマに用事があると言うし、シュリスさんの件もある。


 けれども、それを煩わしいとは微塵も思わないんだ。

 隣で、ニコニコと笑いながら、プレゼントした腕輪を付けた手で新品のダガーを撫でるメルト。


 たぶん、彼女と一緒なら、どんなことでも楽しいと思えるのだ。


 二人、並んで帰路につく。

 新しい冒険と、予想できない困難と、面白そうな事件に出会うために――


「帰ったら私、何か大きな討伐依頼を一つ受けるわ! このダガーの使い心地を試すの!」

「ははは、了解。じゃ、俺も色々することがあるから、それが終わったら港に出発だ」

「たのしみねー! 海よ、海! 大きなエビがいるのよね!?」

「そうだなぁ、きっといると思うぞ」


 よーし、港にいったらまずはエビフライでも作ってみようかな?

(´・ω・`)これにて十章は終了です


(´・ω・`)十一章なのですが、開始は少し遅れる見込みです

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