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第十六話

「あーさっぱりした」


 風呂上り、ドライヤーはなかったが、扇風機のような道具があったのでそこで髪を乾かし、着替え用の別な装備に着替えて休憩所に向かう。

 うん、初期装備ってシャツとズボンだしね、普段着として使っていけるな。

 でも服も今度買わないとな、新たに。


「メルトは……まだみたいだな」


 髪も長いししっぽもあるし、洗うにしても乾かすにしても時間がかかりそうだ。

 俺は火照った身体を冷ますように、窓際の椅子に座り、朝を迎えた街の様子を眺める。

 長旅に備えている行商人や旅人が馬車の準備をしている姿や、恐らく朝食を摂る為に出歩いている人間。

 それに、こちらの通りに用事があると思われる冒険者らしき一団の姿も見える。

 朝から活気あふれる街の姿に、なんだか浴場でウダウダ考えていたのが散って行くようだった。

『なるようになる』これで良いや。


「あのー、隣良いですか?」


 その時だった。

 物思いにふけっていたところに声がかけられる。

 振り向けば、そこにはなんだか気弱そうな、少しオドオドした様子の女性の姿が。

 はて、何の用事だろうか?


「なんでしょうか? 隣は今連れを待っているので、向かいの席でしたら大丈夫ですよ」


 ここ、ボックス席みたいになってるんで。


「ええとですね、少しお話を聞きたくて……」

「話……ですか?」

「はい。昨晩、冒険者の巣窟での出来事なのですが……」


 ゲ。まさか……警察的な人ですかお姉さん。


「凄いですね、こんなに早く自分に辿り着くなんて」

「それは目立ちますから……あの、お話を聞いても良いですか?」

「……はい」


 観念しよう。恐らく俺の容姿も出回っているのだろうし、下手に逃げたらそれこそお尋ね者だ。


「昨夜、三人組の女性が酷い暴行を受けているという通報がありました。これは事実でしょうか」

「事実です。ですが……他の報告もあったのでは? 既に聞き取り調査もしているのですよね?」

「ええ、その通りです。……なるほど、事実なのですね」

「俺はどんな罪に問われるのでしょうか? てっきり冒険者同士のいざこざは日常茶飯事だと思っていたのですが」

「あ、違います。別に私は警備兵や巡回の騎士ではないんです」

「あれ? そうなんですか? ならこれ以上話す義務はないんですよね?」


 なんだ……何が目的だ? 警察組織でもないのに俺を探っていた?


「はい、義務はないんです。ただ……出来れば私達の『クラン』に一度招待したいな、と」

「クランとは? 察するに冒険者のような人間の寄り合いみたいですけど」

「あ、その認識で正解です。昨夜、暴行された三人組の冒険者なのですが、過去に私達のクランを追放された人間なんです。近々彼女達に対する警告、釘刺しをする予定だったんです」


 ふむ……なんか面倒事の気配がするな。

 まだ生活基盤も整っていない上に、用事もたくさん残っている。

 これ以上余計な用事を増やしたくはないかな。


「すみません、お断りします」

「あ、そうですか……ではまた今度……」

「関わりたくはないです。何度来ても同じですよ、たぶん」

「そ、そう言われましても……」


 困り顔で、女性はそれでも食い下がろうとしている。

 クラン……なにかしらの目的がある徒党なのだとしたら、今関わるのは絶対に面倒だ。

 それに警察組織でもないのなら……従う必要はないだろう。


「すみません、連れがそろそろ戻るかもしれないのでお話もう終わりで」

「本当に、いいんですか……?」

「はい、出来れば関わりたくはないです」


 そうきっぱりと自分の考えを告げた時だった。

 唐突に、向かい合った席から強烈な気配、殺気とも言い換えられる威圧感が襲ってきた。


「無理やり、連れて行くことも可能ですが」


 昨日に引き続きまたか? なんだ、初対面で威圧するのが当たり前なのか?

 なら……こっちも容赦しない。


「やってみろ。やってみろよ女。どう無理やり連れていくのか、今すぐ試してみろ。俺は丸腰だぞ、やってみろ」


 戦闘を想定しよう。倒し方を考えよう。どのスキルでどう動く。どう応戦するか考えろ。

 クランはどうすればいい。誰かキャラを犠牲に全ての罪を被らせて壊滅させるべきか。

 皆殺しにする必要があるか? 下手な警告は逆効果なのか?

 けど、まずはこの女だ。敵意を見せ脅しをかけてきたこの無礼な女をどうしてやるか、それだけを考えるべきだ。


「外に出ろ。浴場に迷惑はかけたくない。さぁ立て、これは猶予だ。立て女」


 威圧を。出来るだけの威圧を。


「っ! 分かりまし――」


 女も釣られるように立ち上がる。

 が――


「そこまでで良い。これ以上の挑発は危険だ、下がれ」

「『シュリス』団長……! 分かりました」


 突然、第三者の声がかけられ、この女の気配が萎んでいくのが分かった。

 声の先には、金色の長髪をなびかせている、随分と綺麗な女性の姿があった。

 威風堂々。ただ立っているだけなのに、この場を支配しているかのような風格を感じさせる、そんな華と威厳のある女性だった。


「失礼した。悪名高いあの三人の心を完全にへし折った人間がどれ程の人間なのか興味があったんだ。クラン本部に来てもらいたいという気持ちも嘘ではないが、断られたからと恫喝するような人間ではないよ、我々は。ただ、挑発までしたらどうなるか見てみたかった。不快にさせて申し訳ない、心から謝罪する。せっかく朝一番の風呂で心身ともにさっぱりしたところだろうに」

「中々話が分かりますね。ええ、朝風呂は最高に気分が良いので、タイミングが悪かったですね。あと、自分は訳あって人の悪意や威圧には過剰に反応してしまうんですよ」


 まさか朝風呂に関する謝罪までされるとは思わなかった。

 きっと、この人も朝風呂が好きなんだろうな。だって髪が少し濡れてるし。

 さては入って来たな、この人。


「本当に申し訳なかった。これは勧誘ではないが、お詫びに一度だけ、私達に出来ることならなんでも協力しよう。まぁ冒険に限った話ではあるがね。何かあれば総合ギルドのある通りに『グローリーナイツ』というクランホームがある。そこを訊ねてくれ、話は通しておく」

「基本、関わりたくはないのですが、そのお話は覚えておきますね」

「ああ、そうしてくれ。最後になるが、私の名前は『シュリス・ヴェール』と言う。よければ名前だけでも教えてくれないか? 話を通しておく意味でも」

「……セイムです。家名はありません」

「わかった。セイムさんだな。今回は本当に申し訳なかった。ほら、私の指示とは言え、君も謝罪するんだ」


 すると、すっかり元の気弱そうな表情に戻ってしまっていた向かいの女性が、必死に頭を下げていた。


「申し訳ありませんでしたセイムさん。あ、ちなみに私は『アリス』と言います、この度は突然申し訳ありませんでした」

「はい、ではこれで今日のことはお互い忘れましょう。アリスさん、シュリスさん」

「そういってもらえると助かるよ。アリス、帰還するぞ」

「はい!」


 そう言って、二人は大衆浴場を後にしていった。

 ……一先ず付きまとわれる心配はなくなった……か?


「やべぇよやべぇよ……」

「グローリーナイツに目付けられてるぞ……」

「さっきからチラチラ見てたけど、あれリーダーのシュリスさんだろ……」

「“十三騎士”のか!? 本人が出張るなんておかしいだろ……」

「……案外、風呂好きって噂が本当だったのかもしれないな」


 出た、いつもの野次馬三人組。もうこいつら俺のこと追いかけてるだろ……!






「お待たせ―! 遅くなっちゃった」

「お、おかえりメルト。大丈夫、ここでのんびりしてたから」

「んー良い風入ってくるね。私もここで少し休憩」


 入浴を済ませたメルトが、ほのかに肌を上気させてこちらにやってくる。

 髪もしっぽも乾いている様子だが、明らかに先程までより艶やかな輝きを放っている。

 凄い、これは遠目からでも目を引く美しさだ。


「セイム、後で生活用品を買える場所を探したいのだけど、いーい?」

「んー、そうだなぁ、俺も必要なものがあるし、そうしようか。どのみちピジョン商会に行くなら、商店とかが多い通りだろうしね」

「あ、そっか。ピジョン商会にも売ってたりするのかなぁ」


 商会はいわば営業本部なのだろう。なら、実際に商品を買えるのは別な場所だとは思うけれど、聞いてみるのも良いかもな。

 少なくとも今日はこの少し大きなサファイアの原石をあそこに売却する予定なのだし。

 あ、でもオークションに出すんだったか。なら実際に儲けが出るのはまだ先、か。


「ふー……あ、そうだ。銀貨一枚余計に貰ったけど、使うことなかったから返すね」

「ん? いいよ、持っておきな。何かあった時の為にも。たとえば……そこで売ってる飲み物を買うとか」

「え? あ、本当だ。何か売ってるね」


 さすがにコーヒー牛乳みたいなお約束ではなさそうだが、木製のカップで何かを販売している売店がある。

 俺も気になるな、買いに行こう。


「お、果物のジュースか。いいね、なら俺は青りんごのジュースで」

「おー、果物絞ったやつね? なら私は……山ぶどうのジュース!」


 二人で注文し、しっかりと氷で冷やされたそれを受け取り、元の席で堪能する。


「ほー……ただ絞っただけじゃないな、これ。味も調整されてるししっかり漉されてる」

「ふむふむ……なるほど、ただ絞っただけじゃないのね? 確かに渋みも少ないし……イガイガした感じもしないね。この山ぶどう、美味しいけど少し癖があるんだよねー? でもそれがない」


 加水や甘味調整、その他果汁による調整もされているとみた。

 もしかしたら煮詰めてシロップにしてるのかも。


「はー……美味しい。飲み物まで手が込んでるのねー? 昨日のお酒はのど越しはよかったけれど、少し苦くてそこまで好きになれなかったの……こういう飲み物もあるのねー?」

「なるほど、確かに初めてなら果実酒とかの方が良いかもね」

「何それ?」

「ほら、果物を発酵させて作るお酒とか、度数の高いお酒に果実を漬け込んで作るお酒だよ」

「んー……あ! きっとあれね? 『子供は飲んじゃいけない大人のシロップ』! 懐かしいわねー、おばあちゃんに昔教えてもらったっけ。あれ、お酒だったのねー」

「なるほど……じゃあきっと集落に戻ればあるかもしれないね」

「取りに行く? いつか」

「はは、いつか行ってみるのもいいかもね」


 時々、なんでもない風に過去の思い出を語るメルト。

 きっと本人は気にしていないのだろうが、どうしても俺が、勝手に罪悪感を抱いてしまう。

 ……本当に、子供のままずっと祖母と二人きりで生きてきたのだろう。

 沢山の本で知識を学んではきていても、それでも知らないことが沢山ある娘。

 俺は、やっぱりこの子を放っておくことなんて出来そうにない。これは間違いなく、セイムだけじゃない、俺、シズマの偽らざる気持ちだ。


「あー美味しかった。よし、コップ返したら行く? 商会」

「さすがにまだ早いんじゃないかな。朝食、食べに行こうか」

「! そうだった! 朝食、何を食べようかしらね?」

「決めて良いよ、何が食べたい?」

「うーん……野菜と果物!」

「よしきた。じゃあ探してみようか」


 面倒事は、今はいらないかな。

 少なくともこの子の生活が落ち着くまでは。

 俺は、これからどうすればいいのだろうか。

 目的もなくただ生きるだけじゃ、この世界だろうが地球だろうがなにも変わらない。

 なら、この世界にしかないことを楽しむしかないよな。

 未知の世界。未知の現象。戦いとダンジョン。そういうの、全部楽しみたいよな。

 それに、知らない食べ物や、この身体だから楽しめる酒。こういうの、もっと知りたい。

 知識だけは得られても、体験したことのないものが今の俺には沢山あるんだから。


「セイム、あっち! 私の推理だと、きっと野菜も果物も女の子に人気のはずよ! あっちのお店に女の人が多い!」

「ほほう、それはいい推理だ。行ってみようか」


 そうして、俺は今日もこの無邪気でアンバランスな友人と、この世界を楽しむのだった――

(´・ω・`)これにて第一章終了です メルトさんは賢いけど無知なアンバランスな子として描きました。


(´・ω・`)ブックマークや評価等をしてくださると作者の励みになりやす。


(´・ω・`)また、カクヨムさんにも掲載中です。


https://kakuyomu.jp/works/16818093093558400360


(´・ω・`)スマホのアプリでなろうにもカクヨムにも対応してる縦読みアプリがあるからおすすめ

(´・ω・`)愛用してたアプリが消えちゃったから乗り換えたわ

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