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第百五十九話

「早く早く! もう始まってるよ!」

「大丈夫大丈夫、最初は挨拶してるだけだから」


 ついに、鍛冶大会本番。

 すでに街を訪れている客の数は、新年祭のリンドブルム程にまでのぼり、街の活気は最高潮に達していた。


 俺は二本のダガーをしっかりとケースに収め、メルトと一緒に会場へと向かう。

 もう、こちらを妨害する人間はいない。

 妨害しようとした人間がどうなるかは、もう知らしめたのだから。


 工房区画から出ると、もう特設会場が見えてくる。

 大きなステージに、沢山の観客席。

 そして実際に武具を展示し、来場者に見てもらうための大きな展示場が新たに設けられている。


『それではルールをご説明します! まず出場者の作品を、審査員に鑑定してもらいます! 全出場者の品が鑑定された後、展示場に飾られますので、さらに観客の皆さんが実際のその目で見て、一人に投票していただくことになります! 審査員の評価点に加え、皆さんの票数がその作品の特典になるのです!』


 既に挨拶が済み、今はルールの説明がされていた。

 なるほど、シンプルで分かりやすいルールだ。


『また、最終的な点数で負けた作品の作者にだけ、最後のチャンスが用意されています! それは……優勝者の品にその品で挑む権利! 剣と剣ならば、互いに一度ずつ相手の剣に私が振り下ろします。どちらかの剣が明確に剣の機能を失ったとき、勝負ありとします』


 な……! なんだそのルールは……! 圧倒的に先行有利ではないか?

 恐らく、置かれた状態の剣にもう片方の剣で切りかかるのだろうが……武器種によっては一発で刃こぼれ、破損してしまう可能性があるじゃないか。


『そして……防具と武器の場合は、その武器の攻撃を受け切れるか否か、防具同士の場合は、同じ威力の攻撃をどこまで受け切れるか。下剋上のルールです、無論不利なのは後攻の挑戦者側となるでしょう』


 なるほど……まぁこの世界の武具は文字通り人間の生命線だ、半端な品でコンテストの頂点を取らせるわけにはいかないのだろう。

 まぁ自信がないと、この敗者復活のシステムを使おうとは思わないだろうが。


『では最初の作品の審査に入りたいと思います――』


 そうして、審査が開始されたのだった――




「わー……やっぱりみんな剣を作っているのねー?」

「そうだな。大会期間が一月と短い以上、新規で作ろうとすると武器になる。鎧となると装備できる人間も限られるし、細かい調整も必要になるからな。あらかじめ納品先が決まっている人間じゃないと作らないのだろう。盾や籠手なら調整が容易だから、作っている人間も見かけるが」


 メルトの言う通り、殆どの参加者は剣を作ってきていた。

 中でも、やはり花形は長剣であり、美麗な装飾、見事な輝きの刀身、特別な合金を使っているのか、空を反射しているにしても説明できないくらい青く輝く刀身など、見目麗しい装備が次々と審査されていっていた。


 ……だが、シジマとしての職人の目がそれを確かに見抜いていた。

『殆どがなまくらとまではいかないが凡俗な品でしかない』と。

 美しさで目を惹いていても、名剣と呼ばれるような品は数本しか出てきていないと。


「……観客審査もある以上、見た目も大事なのは理解できるが、な」


 その時、檀上に現れた一人の人物に、他の職人達がざわめきの声を上げた。

 耳を澄ませば『ゴルハーの親方だ……』『今はリンドブルムに自分の工房を移転したって聞いたぞ』『この街を捨てた裏切り者が……』などなど、皆の噂が聞こえてくる。


「なるほど。あれが噂のゴルハー工房の人間か」


 やはり優勝候補筆頭なのか、司会の紹介も熱を帯びていた。


『昨年度の王者! ゴルハー工房の作品をご紹介します! 今回は“大剣”を作ってたようですが、何かこだわりのポイント、特徴などはあるのでしょうか?』


 その司会の問いに、ゴルダ―の親方と呼ばれた男は、やや威圧的な声で語る。


「素人にも分かる特徴を言うなら、そいつは魔剣だ。切った相手を燃やす。今はただの錆色のなまくらにも見えるだろうが……持つべき人間が持てば『こう』なる」


 すると、威圧的な風貌の親方は、自身の背丈ほどはある大剣を片手で軽々と持ち上げ掲げて見せた。

 その瞬間、錆色の刀身が、まるで赤熱したかのような輝きを放ち、炎を噴出するまではいかないものの、熱で周囲の景色が歪んで見えるほど高温になったようだった。


「……ふう。これが特徴だ。審査をするならくれぐれも気を付けるんだな」


 そう言いながら、職人は疲れた表情を浮かべながら、大剣を審査員の机に置く。

 その瞬間、木を焦がすような匂いがあたりに立ち込めるのだった。


「わー……凄い剣ね! あんな剣で切られたら、ほとんどの魔物は一撃ね!」

「……そうだな。武器としてみれば一級品だろうな、それは認める」


 ……派手で、大きく、破壊力を見た人間に想像させる、文句なしに観客の心を掴む剣だ。

 だが……あれは魔剣というよりは……俺には『呪いの剣』に見えたのだった。


 その後も作品が紹介されていくも、ゴルハーの大剣のインパクトの前にはどれもこれも霞んで見えてしまい、観客の反応も心なしか、やや盛り上がりに欠けるものだった。

 やがて……俺の番がやってきた。


『さぁ、最後の参加者は、最近話題の流浪の職人シジマ! 作った品は二振りのダガーだそうです! では、どういった品かご説明くださいますか?』


 俺は、持っていた木のケースから、二本の鞘に収まったダガーを取り出した。


「こいつらは魔剣だ。だが『紛いもの魔剣』じゃねぇ。使用者の意思で初めて発動する。いわば魔法触媒にもなる剣だ。刀身の構造も処理も、俺独自のもんだ。これがこの街の職人達の眼鏡にかなうか、判断を頼む」


 鞘に収まった二振りが、審査員のテーブルに運ばれる。

 刀身はまだ観客に見せてはいないが、この後展示され、直に見られるのなら問題ない。


「ほう……鞘だけでも芸術品ですな、これは」

「革の彫刻に……補強の金具一つ一つにも見事な彫金がされている。美しい白い革によく映える。だが……」

「ああ、これは芸術品の鑑定じゃねぇからな。刀身、見せてもらうぜ。お前さんの言う本物の魔剣とやらのな」


 三人の審査員が、俺の作品を鞘から抜き放った。

 その瞬間……見るものを圧倒する、黒い光沢を放つ刀身が現れる。

 純白の鞘から、まるで光を切り裂くように現れる闇に、三人が息を飲むのが伝わる。


「な……なんだ、この刀身は……まるで見たことのない波紋が浮かんでいる……!」

「西の果てに伝わる刀剣でも、ここまで幾層にも重なる波紋は見られませんが……なによりも『ココ』です」


「……こりゃ染色じゃねぇ、違う色の材料を織り込んでるな。ただのデザインじゃねぇのも分かる。……そして黒化処理をここまで綺麗に磨きこんでいるのに、波紋も金も一切くすんじゃいねえ」


「……大きさよりも武器全体の重量がありますね。それなのにしっかりと握るとあまり重さを感じない……使い手のことをよく考えられたバランスです」


「……ダメだ、俺はこの刃の波紋から目が離せねぇ。幾重にも重なる薄雲が見える空、そこに星でも流れたような金……こいつが本当に魔剣なら、武器として一級品なら、もう審査を続ける必要すらねぇ」


 完全に、魅了されていた。誰よりも武器の違いが、仕事の丁寧さが、技巧が分かるが故に、俺の作ったダガーが……『ただ無条件に手に持った人間の魔力を吸い上げて高温になるだけの兵器』とは一線を画す剣だと理解できたのだろう。


 そう、ゴルハーのあれは……ただの兵器だ。殺しの兵器。無骨さを評価する人間もいるだろうし、剣としての性能も最低限持っているだろうし、確実に相手を殺せるであろう性能だって魅力的だろう。だがアレの剣としての完成度は、俺の作品に遠く及ばないと確信を持って言える。


 そうして、審査員による鑑定が終わり、全ての品が展示場に飾られ、一般の観客による審査が始まった。




 展示場の俺のブースに、剣を設置する台座が置かれ、そこに抜き身のダガーを二本飾る。

 その横にはメルトに似合うだろう細工を施された、鞘もしっかり飾ってある。

 非戦闘時は、彼女に似合う装備として。戦闘時には、彼女とは真逆の色合いに。

 メルトのためだけに考え作られた逸品が、衆目に晒され、そして溜め息を量産していく。


「はぁ……すっげぇ……なんて美しさだよ……これがしかも魔剣だって……?」

「見ただけで分かる。剣としても一流だ……どうやって作っているんだこれは」


 外部からの冒険者達が、視線を釘付けにされながら思い思いの言葉を呟いていた。


「わー……わー……すっごく綺麗ねー……私、こんな凄い剣どのお店でも見たことないわ」


「うむ、確かに。シジマさんと言ったかい? 見事な仕事だよ、感服した。私は家の都合もあり、古今東西の魔剣、聖剣、名剣や名刀をこの目で見てきたことがあるんだ。それと比べても引けを取らない……いや、勝っているとすら言える」


 メルトとシュリスさんの登場に、周囲がざわめく。


「そうかい。少なくとも十三騎士様の眼鏡には適ったようだ」

「うん、間違いなくね。これは……もう決まりだろうね」


 俺もそう思う。

 一般の客も、正直殆どが俺のブースか、ゴルハーのブースに集中していたが、人の流れはこちらに傾いていた。


「すげえなシジマさん! 本当にこりゃ優勝が狙えるんじゃねぇか!?」

「俺らも、端っから優勝を狙ってるわけじゃねぇって言ったらウソになる。だが……今なら喜んで戦意喪失してやらぁ。こんなすげぇモン見せられたら、一鍛冶職人として感服するしかねぇよ」


「そうか。まぁ……まだ納得していない連中もいるようだがな。……もう少し面白いもんを見せてやれるだろうぜ」


 周囲を見れば、ゴルハー工房のブースに、親方だけでなく、多くの職人が揃い、こちらを忌々し気に見つめていた。

 きっと『敗者復活』の権利を行使するだろう。

 なら、先行で俺の作品であの大剣に向かって攻撃をすることになるはずだ、ルール上は。

 ……まぁ、そうはならないように仕向けるつもりだけど。




 それからしばらくすると、観客の投票の時間がやって来た。

 俺は出場者として他の職人と共に、その様子を見守っていた。


『こちらの札を持ち、投票箱に向かってください。それぞれの名前が書かれたオーブがありますので、そこにかざした後に投票箱に入れてください』


 どうやら魔法的な仕組みらしく、開票や集計の手間を省いてくれるそうだ。

 なんというか、マイクロチップ的なものが埋め込まれた品みたいで、少し現代的だ。

 まぁ現代よりも遥かに便利ではあるのだが。


「……もう勝ったつもりか? シジマとやら」

「ん? ああ……ゴルハー工房か。良い仕事をしたな、戦争中ならさぞや活躍しただろう」

「ふん、そうだろうな」

「兵士を使い捨てにする必要があるだろうがな。……一流の冒険者が、あれを選ぶとは思えんな。サブウェポンとしてならありかもしれんが、デカすぎる」


 話しかけられたので、こちらも話題を振る。

 一応、こちらの妨害をした可能性がある相手なのだ、仲良くするつもりなんてない。


 それにあの炎の大剣……刀身が丁度、俺の工房から盗まれた浴槽に収まるサイズだな。

 まぁ証拠はないから言及はしないが。


「……チッ、痛いとこを突きやがるな」

「だが悪くない。対大型魔物用の兵器として討伐隊や騎士団に配備するなら運用可能だ」

「……そうだろうな」


 この男も、一流の職人なのには違いない。しっかり己の作品の弱点と運用方法くらい、すぐに思い至っていたのだろう。

 やがて、全ての投票が終わり、司会の人間が檀上に上る。


『ただいま集計結果が出ました! ……今回は得票数にかなりムラが出来てしまいましたので、読み上げるのは優勝者の名前のみとなります!』


 ……そうか。


『優勝は……流浪の鍛冶職人、シジマの作品に決定しました!』


 それはもう、誰が見ても明らかだったのだろう。

 盛り上がりはしたものの、皆の表情には『そうだろうな』という表情がありありと浮かんでいた。

 だが――そうだよな、権利の行使、するよな。


「敗者復活の権利を行使する!!!!!」


 ゴルハー工房の宣言に、会場が再び盛り上がりを見せた。

 これで、俺の剣が炎の大剣にダメージを与えられなく、後攻の炎の大剣が俺のダガーを叩き切ったら、この大会の結果はひっくり返る。


 上等だ。だったら、俺は更にそこに条件を追加してやる。


「司会! 俺からも提案がある!! 先行をゴルハー工房に譲る! その魔剣で、俺の魔剣を斬って見ろ! 一本でも刃こぼれさせたらそちらの勝ちで構わん!」


 大声で、会場全てに聞こえるようにその宣言をする。

 ……これは、舐めプだ。恐らく、この工房の親方本人はそこまで悪い人間ではないのだろう。

 大方……パトロンの貴族の意向に逆らえず、このような半分欠陥品の武器を作ることになったのだろう。


 妨害の件もそうだ。俺には……この男が、そこまでの非道にはどうしても見えなかったのだ。

 だから、理由をやろう。完膚なきまでに負けさせ、理由付けの手伝いをしてやろう。

 故の提案。


『良いのですか!? その……かなりの重量差があるようですが』

「構わん、やれ。……その剣は使い手を選ぶ、どうせなら一流の使い手に使わせたらどうだ」


 俺は、そう言いながら観客の中にいる、シュリスさんに声をかける。


「十三騎士殿! 頼めるか! ありゃ素人が扱える剣じゃねぇ。ゴルハーの親方もさっきのデモンストレーションで魔力切れを起こしてる!」

「……気づいていやがったか」

「ああ」


 その呼びかけに応じるように、観客達がサッと左右に別れ、シュリスさんが前に出てきてくれた。


「いやはや……私は大剣は専門外なんだけどね?」

「出来ないのか? 少々無理な提案だが……俺らの元副団長に無理な願いをするって聞いてるぜ? その対価の一環とでも思ってくれ」

「はは、それを言われると弱いね。分かった、試し切り役、任されたよ」


 まさか、国の中でも有数の実力者が協力してくれるとは思ってもみなかったのか、会場の盛り上がりは最高潮に達する。

 着々と用意される檀上では、俺の二本のダガーが抜き身のまま、台座に並べられていた。


 そしてゴルハーの炎の大剣が運ばれ、ダガーを前に立つシュリスに手渡される。


「く……確かに結構魔力を持っていかれるね。重量も中々ある」


 若干細身ではあるが、それでも大剣だ。女性であるシュリスさんには重いかもしれないと思ったが、思いの外軽々と、両手とはいえ簡単に上段の構えに移行した。

 ……そのまま勢いよく振り下ろせば、間違いなく俺のダガーに直撃する。


 お互いの刃同士がぶつかるようにセットされている状況。必ず、どちらかが刃こぼれをする。

 歓声と盛り上がりが、剣を構えたところで、水を打ったかのような静けさとなる。

 灼熱の大剣が――十三騎士の一人である一流の剣士の手で振るわれた――

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