第百五十八話
「セ、セイムは、みんなは私の家族よ! 結婚って番のことよね? そんなのダメよ!」
シュリスさんの突然の発言に、メルトが少しだけ声を荒げる。
いや、正直俺もシレントの姿じゃなかったら……大きな声を出していたかもしれない。
「だ、だから『ことにしてもらいたい』んだ。本当じゃなくていい、フリだけで良いんだ」
「メルト、まずは話を聞いてみろ」
「むー……むー……!」
フリ……必要に迫られている、と?
「まず……今回、私達は拠点をダンジョン島と呼ばれている場所に移動することについて詳しい話をしないとね。もしかしたらセイムさんからもう聞いているかもしれないけれど」
「触りだけなら。で、理由は?」
「まず、あの島は隣大陸の『ライズアーク』から来客が多い島でね。今回の我が国の発表で、こちらの国に渡る使者が大幅に増えているんだ。だから、今あのダンジョン島、正式名称『ヤシャ島』は、他国と我が国の間にある、関所のような役割を果たしているんだよ」
確か『大地蝕む死海』という名の、天然のダンジョンがある島だったか?
そこを拠点にしている探索者も多いと聞いているが。
「ダンジョンコアは、ダンジョンを踏破した者に所有権が移る。そしてその出自は問わない。今、私達の国がダンジョンコアで潤いつつあることは既に諸外国に伝わっているんだ。当然『国として対等な関係を築きたいと手の平を返す国』も『残るダンジョンを我々で踏破しこれ以上の成長を阻止したいと考える国』も出てくる。残念ながら、ダンジョンを国で独占することは禁じられているからね。こればかりはどうしようもない。とにかく、今この国も、あの島も、外部からの客が増加している訳さ」
なるほど、状況は理解出来た。それに……恐らく拠点を移すことになった理由も。
「牽制と自治を任されたのか、グローリーナイツは」
「そうだね、それに加えて……海外からの貴族を出迎える、立場のある人間が必要になったんだ。我がヴェール家は、オールヘウス家が取り潰された今、この国唯一の侯爵家だからね。他国の上級貴族を関所とも呼べる島で足止めする以上、我が家が対応しないと示しがつかないんだよ」
なるほど、貴族社会の問題か。これはちょっと俺は疎い内容だな……。
「それでなんだけどね……私は、家督を妹のクレスに譲っているんだ。けれど現当主の父は、私に別な役目を与えようとしている。守護の剣としてではなく……他国との結束を強める材料として」
「なるほど、よくある話だな」
「なになに? どういうことなのかしら?」
「そう、よくある話さ。ライズアーク大陸、隣接する大国である『コンソルド帝国』の上流貴族に、私という餌をちらつかせるのも目的なんだろうさ。尤も、それを指示したのは女王陛下ではないことくらい分かっているさ。父が、オールヘウス家取り潰しを受けて、少しだけ浮足立っているんだよ。ここで、国への忠誠を今一度示したいと、私を使うつもりなのさ」
「分からんな。十分にお前はリンドブルムの守護者としてやってきたと思っているんだがな、俺もセイムも」
「そう言ってもらえて嬉しいよ。まぁ、直接私に見合いの話、婚約の申し出があったわけではないよ。ただ……自惚れと思ってもらっても良いけれど、私が他国の貴族を出迎える立場になる以上、それは時間の問題だと思わないかい? ただでさえ、コンソルド帝国の使者団、ダンジョン探索者を含む大船団がこの春にヤシャ島を訪れると聞かされていてね。その席で私はきっと求婚されるんじゃないか、と踏んでいるわけさ」
あ、先日の晩餐会の様子はこっちも確認できていたんで断言できますわ。
絶対、確実に、求婚されますね。マジで脳を焼かれる海外の貴族が続出するでしょうね。
「別に、求婚も婚約も私が突っぱねることは出来るとは思うんだ。が、確実に国に影響が出る。無論、私自身が十三騎士の立場を持つ以上、ある程度こちらの事情を他国も汲んでくれるだろうさ。それでも、必ず揉め事は起こる。なら、先んじて『私に男の陰がチラつけばいい』と判断したのさ。無論、セイムさんに負担をかけることになるけれどね。最悪、決闘騒ぎだって起きるかもしれないね? というか、実際そういう騒ぎはよくある話だからね」
マジか。俺に、セイムにそんなことを頼む気だったのか……!
が、確かに国の依頼ではなく、友人としてそういう頼みをされてしまうと……助力もやぶさかではないけれど……!
「素直にお前が『私に婚約を迫るなら最低でも私より強くないと話にならない』とでも言って、強硬な姿勢を貫けば良いんじゃないか?」
「それも考えたのだけどね……そうすると本当に私より強い人間に迫られた時、断ることが出来ないだろう? 私は絶対ではないんだよ、シレントさん。それこそ……君に迫られたら私は君と結婚するしかなくなるだろう?」
「確かにそうだな。帝国の国土の広さ、人材の層の厚さはレンディアの比じゃないだろうな。本格的にお前の獲得に動いたら、一気にこちらの国は国力低下ってわけか」
「そういうこと。まぁ、君なら結婚相手としてもやぶさかではないけれどね? なにせ、裸を見られたわけだから」
「見てはいない。そしてお前が一方的に混浴してきただけだ」
もー! せっかく忘れていたのになんで思い出させるかなー!
「ま、そういう理由で、セイムさんを海外の来賓を出迎える席で、私のパートナーとして同伴させたいってわけさ。メルトくんには申し訳ないとは思うんだけど」
「フリよね? 私の家族を取っちゃうわけじゃないのよね? それならいいけど……」
「本当かい? なら、もしセイムさんに会えたら伝言を頼むよ。この鍛冶大会、鍛冶コンテスト……終わり次第私は早馬で港に向かわないといけないからさ。春……五月くらいまでにはセイムさんに来てもらえると助かるよ」
「伝えておく。なかなか、厄介な立場だな。大貴族の令嬢にして十三騎士、更に冒険者最大手クランの団長ともなると」
「本当だよ。けれども……それを選んだのは私さ。本来なら今回のことだって私が背負う責任の一つなんだ。ただ……ちょっとだけ最近、そういう男女のあれこれについて思うところがあってね」
「……そうか。まぁ深くは聞かん。それこそ『乙女の秘密』ってヤツだ」
「もう乙女を名乗れる年齢ではなくなりつつあるけれどね」
「そうか? 俺にはまだまだ若く見える。お前の妹と双子だと言われても納得するくらいには」
「ふふ、なんだい、思ったよりも口が達者じゃないかシレントさん」
そう笑いながら、注文した料理と酒に舌鼓を打つ。
……そうか、ダンジョンコアによる国の発展は、こういった新たな問題を生み出すんだな。
それはある意味、これまで弱小国家として軽んじられてきたが故に、直面することのなかった問題なのだろう。つまり、既にレンディアは他国に認められつつある、と。
国の在り方、未来について少しだけ思いを馳せながら、このなんだかんだ付き合いが長くなった友人の未来のため、一肌脱ぐことを決意する夜となった――
シュリスさんと別れ、シレントの姿のまま、久しぶりにバスへ向かう。
街の裏手にある野営地は以前よりも人の数が増え、あぶれた人間は街の外、外壁の近くに野営をしたりもしている為、以前よりも街の外で見かける人間の数は増えてきている。
「メルト、夜は大丈夫だったかい? この辺りも人が増えたし、それに夜は一人でバスで寝ていただろう?」
「正直、寂しかったわ。でも、シジマとして一生懸命武器を作ってくれてるって知ってるもの、我慢したわ」
「偉いなぁ……ついつい工房で寝泊まりしてたからなぁ、俺」
「そういえば、どうしてシレントとシジマで交代したの?」
俺は今日、物言わぬシレントに必死に呼びかけていたシュリスさんについて説明する。
「な、なるほど……そっか……知り合いに見つかったら説明が難しいわねー」
「そういうこと。今はシジマが工房でアクセサリーを作っているよ」
「アクセサリー……綺麗なヤツね! 女の子が欲しがる奴!」
「そう、今回は腕輪を作っているね。完成したらメルトにあげるよ」
「わーい!」
割と有用な効果が付いたアクセサリー、プレゼントとして、そしてメルトの身を守る為に作っておこうと思っていたのだ。
俺、実は装備品ってキャラクターが装備する分以外はほぼストックがないんだよね、すぐに市場に流して換金していたから。
今回、メルトに渡すつもりの装備の性能は、別に攻撃面やステータスを強化するものではない。
ただ、あると便利な能力が多めに付与されているだけだ。
『蒼海の思い出(極)』
『2024年度アクセサリーデザインコンテスト最優秀賞作品の最上位バージョン』
『“ダメージ耐性20%上昇”“状態異常耐性50%上昇”』
『“スタミナ消費10%軽減”“HP自然回復1%/10s”』
『“魔法確率反射20%”“クリティカル確率無効20%”』
『受賞者コメント「日本のガラス工芸品をイメージした宝玉を取り付けたシンプルな腕輪です」』
『開発コメント「シンプルながら洗練されたデザインが目を惹きました」』
ユーザーイベントで募集されたデザインの中から、最も人気を集めた品。
最高ランクになると、特殊能力が六つも付くので、キャラクターを着飾るのが好きな層に刺さるデザインでありながら、性能も最低限保証されている、人気の品だ。
「明日には完成してるはずだから、一緒に受け取りに行こうか」
「楽しみねー! 私、アクセサリーって身に着けたこと、ないかも!」
「ドレスを買い取ったみたいだし、何かアクセサリーも用意しないとって思っていたんだ」
「そっかー……私の方はね? 実はシズマにプレゼント用意しようと思っていたんだけど、何が良いか分からなくてまだ決まっていないのよねー」
ん? 俺にプレゼント? 何故?
「もしかして剣のお礼かい? 別にいいよ? お返しなんて」
「ううん、違うよ。もう過ぎちゃったけど……シズマの誕生日って二月三日よね? だからお誕生日プレゼントっていうのをあげてみたかったのだけど……」
「あ! そっか、そうだった!」
いや、でも厳密には……地球で春だったのに、この世界に来たら秋頃になっていたから、たぶんまだ本来の誕生日は来ていないとは思うけど……計算とか面倒だからこの世界準拠でいいか!
「そっか、ありがとうメルト。でも、俺はメルトがくれるものならなんでも嬉しいよ?」
「ほんと? じゃあ……今度なにか用意するね? シズマの姿になった時に、身体のサイズとか調べないと」
なるほど、確かに色んな姿になるから、常に身に着けられるわけじゃないか。
いつか、キャラをみんな召喚できるようになったら、俺が俺として生きることになるんだろうな。
それに加えて……早く人格を宿す方法も見つけないといけないよな。
そうして、今日も相変わらず完全に擬態した地下のバスへと潜り込み、夜を過ごす準備に入るのだった。
「……ところで買い食いのゴミが溜まっていますね? 一人だからって色々持ち込んだなー?」
「あ! 捨てるの忘れてた! だってだって! ここの野営地にも屋台いっぱいあるんだもんー」
くそう……可愛いから怒るに怒れない!
寂しい思いをさせていたのだし、今回は大目に見ましょう!
翌日、シジマが『一晩中オーダー通りに作成し続けた大量のアクセサリー』を回収し、メルトが『これ全部私の!』と言い出したのを宥めつつ、大会本番に備えるのであった。
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