第百五十七話
この日、俺は魔剣の鞘を完成させ、鍛冶ギルドに提出……ではないが、完成品を見せにいくことにした。
大会開始から二〇日、そろそろ終盤、仕上げにかかる職人も増えてくる頃合いだろう。
「行ってくるぞ、シレント」
「……」
物言わぬ門番であるシレントに声をかけ、工房を後にする。
彼を配置して以来、こちらの工房に近寄る存在は誰もいない。
尤も、元々侵入者以外で来客なんていなかったのだが。
「……つけられているな」
俺の工房は、工房区画の中でも、それなりに入り組んだ場所にある。
良い設備が揃っているということは、即ち広い土地が必要ということでもあるのだ。
したがって、俺の工房はそこそこ入り組んだ先、他の工房が少ない広い土地に作られていた。
故に、侵入者が現れても目撃者は少なく『侵入以外の妨害』も容易いという訳だ。
「フン!」
背後に迫る攻撃の気配を感じ取り、振り返りざまに裏拳を放つ。
手に触れる硬い感触に、手の甲から鋭い痛みを覚えるも、それでも『撃退』完了だ。
「なんだお前。殺すぞ」
振り返るとそこには、フルプレートアーマーを纏い人相が分からなくなっている人間が、鎧を大きく凹ませながら、地面でのた打ち回っていた。
「なんだ、鎧が潰れて息ができないのか」
ガチャガチャと、必死に兜を鳴らしながら頷き続ける襲撃者。
……俺を襲って、提出予定の武器を奪うつもりだったのか? 生憎、シジマのステータスはな、スキルなしの数字だけなら……シレントよりも高いんだよ!
「そのまま死ね!」
地面の鎧を思いきり蹴飛ばすと、まるで中身が入っていないかのように猛烈に吹き飛び、近くの岩肌に激突し、鎧から大量の血をあふれさせながら動かなくなった。
やり過ぎだって? 何言ってんだよ。一度目は大目に見てやったんだ、二度目はねぇよ。
工房を荒らしたのだって、本当なら『ゴルハー工房』とやらに乗り込んで、皆殺しにしてやりたいところだったんだからな。
もし、あの時工房に制作中の武器を残していたら。
もし、剣を盗まれてメルトが悲しみ、欲しがっていた素材も手に入らなかったら。
間違いなく、工房も、パトロンの貴族も、全員皆殺しにしていただろうさ。
「……かなり頭に血が上りやすくなってるな……シジマの影響か」
鍛冶ギルドに報告すること、増えちまったな。
襲撃者を撃退しただけだ、別に咎められはしないだろう。
……とどめを刺したところだって、それこそ『目撃者のいない奥地』だからな。
都合が良かったな? お互い。
「――ということがあった。襲撃者を撃退したが、勢い余って死んでしまったかもしれん」
「んな……お前さんが無事なのは幸いだが……撃退って……」
「鍛冶職人の腕力を甘く見たんだろう。どこに通報したら良いのか分からん」
「……冒険者ギルドから国の騎士に連絡がいくはずだ。とりあえず俺から冒険者ギルドに通報しておく。んで……話から察するに、作品が出来たんだな?」
鍛冶ギルドにて、事の顛末を報告したのだが、どうやら俺が捕まることはないらしい。
というのも、相手が完全武装での襲撃、本当にただの妨害が目的だったのか、それとも殺人と強盗を目的にしていたのか、誰にも説明できない状況だった……というのが大きいらしい。
「いや、完成品を見せるだけだ。ここに提出してる間に、ここから持ち出される可能性が高いからな。だが俺が持っていれば……少なくとも襲撃者は俺が倒せる上に、工房には『蒼玉ランクの冒険者』が四六時中門番をしている。これ以上の安全はないだろう?」
「な……蒼玉だと……物騒なヤツが門番をしてるとは聞いていたが、流石にそこまでの人間となると……確かにそっちで保管していた方が遥かに安全だな」
流石に、見ただけで危険を感じるシレント相手に、侵入を試みるヤツはいないだろう。
その後、俺は受付に連れられ、ギルドの一室で『提出予定の魔剣』を披露することになった。
「これが、俺の最高傑作だ。銘を『ノクターンライト』と言う、二振りのダガーだ」
「二振りって……この短期間でダガーとはいえ二本の魔剣を作ったってのか!?」
「そういうことになるな。武器の記録を頼む。後で『どこからか持ってきた品だ』なんて茶々を入れられるのは御免だからな」
過去に、外部から持ち込まれた武器を自作だと偽り提出した職人がいたらしい。
が、そもそもここの工房で作られた剣には、共通して『ある特徴』が現れるのだ。
それが、この街の鉱石を使った際に現れる『魔力残留痕』と呼ばれるもので、これはこの街の裏の鉱山から採れる鉱石全般に見られる特徴らしい。
判別は簡単で、ここの鉱石を使うと、わずかにだが装備品が『同じ鉱石を求める』ような反応を見せると言う。
受付の男性が、鑑定用の機材を用意する。
「これがその魔剣か……鞘から抜いてみてもいいか?」
「構わん」
俺が作った革の鞘。こちらは、メルトが好きそうな白い色の革を金属のパーツで補強をした品だ。
しっかりと【細工】の心得もあるお陰で、こちらの鞘には『カービング』という手法で、革に美しい彫刻を施してある。
白と銀の鞘に納められた、黒と金の魔剣。そのギャップが、一段と剣の魅力を引き出していた。
「な……なんだこの刀身は……この層……このライン……染色じゃねぇ……描かれた模様じゃねぇ……知らねぇ技法だ……こりゃあ……こりゃあなんだ……!」
「そいつは最高の切れ味と同時に、魔法の発動媒体にもなる剣だ。それと、もしかしたらここの鉱石を使った影響かもしれんが、多少は魔力の吸収効果もあったぞ」
「もう……試したのか……それなのに刃こぼれも傷も一切ない……黒い輝きに黄金の筋……こんな見事な剣、見たことがねぇ……」
受付の男性が、震える声で剣を評する。剣を持つ手すら震えているのが分かる。
「検査を頼む」
「あ、ああ」
ガラスの台座に剣を乗せると、細かい砂のような粒子が、剣に集まるように動いたのが分かった。
ガラスとガラスの間に粒子が詰まっており、それが乗せられた武器に反応して動くらしい。なんというか……砂鉄が磁石に集まる実験のように見えるな。
「この粒子が動いた形は、間違いなくここの材料で作られた証だ。認めよう、ここで生まれた魔剣だと。じゃあギルドで保管するんじゃなくていいんだな?」
「ああ。審査日は九日後だったか?」
「そうだ。このギルドの外の広場に特設会場が設置される。シジマはそいつを直接持ってきてくれ」
「分かった」
「……まだ詳しくは見られていないが、それが超一級品なのは一目で分かる。俺はもう鍛冶職人として一線に立ってるわけじゃないが、それでもこれは……他の職人の羨望を集める逸品だ。シジマ、アンタの優勝を心から祈ってるぜ。本物の職人技を見せてやってくれ」
「任せろ」
その後、冒険者ギルドからの連絡が入り、襲撃者はかろうじて一命を取り留めていたそうだ。
そのまま連行され、治療後に詳しい取り調べを行うそうだ。
そうして、ようやく工房に戻ったところで……俺は盛大なミスをやらかしていたことに、今になって気が付いたのだった――
「どうしたんだ……なぜ、何も言ってくれないんだシレントさん! まさか……例の大けがの後遺症なのか……? なぁ……頼む、こっちを見てくれないか……」
……すみません! シレントを知る人が工房を見つけてしまうかもしれないって可能性を! 一切考慮していませんでした!!!!! なんか工房の前にシュリスさんがいるのですが!!!!
やべぇよやべぇよ……これ、どうやって切り抜ける……どうする、俺!!!!
「…………よし!」
俺は、通るかギリギリの作り話を携え、工房の前で必死にシレントに話しかけているシュリスさんの元へ向かうのだった――
「なんだ、客か?」
「! 貴方は……この工房を使っているという職人さんかい!? すまない、こちらの用心棒だろうか、彼について何か知らないかな!?」
「……シュリス・ヴェールだな。話はセイムやシレント、団長から聞いている。俺は旅団の鍛冶職人だ。コイツのことはよく知っている」
「な! なら、彼がどうしてしまったのか分からないかい!? いくら話しかけても反応してくれない。一体彼の身に何があったんだい……?」
さぁ、通るだろうか、この作り話が……。
「そいつはまだ本調子じゃないからな。身体の回復に全ての力を割く代わりに、心を失う薬を一時的に服用している。効能は半日、その間は最初に受けた命令しか実行しない、生きた人形のような状態になっている。まぁ……旅団の秘薬、最終手段だ。他言は無用だ、十三騎士」
「心を……失う……? そんな恐ろしい薬を服用させるなんて……」
「本来ならそんなことはせん。だが、こいつは死ぬ直前、ほぼ助からない状態で帰還したんだ。助ける為に手段は選ばん。身体の損傷は表面上は癒えたが、まだ内臓はボロボロだ」
「そんな……それで、未だにそんな薬に頼っているというわけなんだね……?」
必殺! 『秘伝のお薬の効果ですよ』作戦! これでなんとか乗り切れないか!?
「もうすぐ効果が切れる頃合いだ。冒険者ギルドで待っているといい。大方、件の襲撃者について調べに来た時に、見知った顔を見かけたクチだろう?」
「ああ、そうなんだ。元々私はここの大会を毎年見に来ていてね……それで、襲撃の話を聞いてここに来たのさ。そうか……効能が切れたら彼は元の状態に戻るんだね?」
「そうだ。もうそろそろこの薬に頼らなくてもよくなるだろうさ」
「そうか……知った顔がどうにかなってしまったのではと思って肝を冷やしたよ。では私は冒険者ギルドにいるから、後でシレントさんに顔を出すように言ってもらえるかな?」
「分かった」
そうして、ようやく焦ったような表情を落ち着け、シュリスさんが帰っていった。
……あっぶねー! そうか、鍛冶大会も佳境に入ったのだし、外部の人間も増えるんだもんな! 迂闊なことをしたなー俺……。
「よし……ならシレントとシジマの役目を交代すればいいか……」
俺は工房に入り、しっかりと鍵を閉め、窓のカーテンを閉じたのを確認し、シレントを一度帰還させ、使用キャラクターをシジマからシレントに切り替えた。
「……よし」
若干伸びた身長と、自分の身体を見てシレントに戻ったことを確認した俺は、今度はオーダー召喚でシジマを呼び出した。
「これで後は……何かアイテム作成を頼んで作業を続けさせれば問題なし、と」
集中して鍛冶仕事をしているのなら、話しかけても反応しないことの言い訳も容易だろう。
シジマにアクセサリーの制作を頼み、カーテンを開けて中を見える状態にした上で、シレントとして工房を後にしたのだった。
冒険者ギルドにシレントとして向かうと、案の定ざわめきが広がるのを感じた。
散々自身の姿を見てきたから自覚しているのだが、シレントは身体つきが『凄まじい』のだ。
そりゃ同業でもざわめくだろうね……! 巨漢の筋肉ムキムキ、無数の傷跡を覗かせる歴戦の戦士……こんな風貌、リンドブルムにいた時だってそうそうお目にかからなかった。
「……いた。シュリス、俺に用事があるとシジマから聞いたのだが」
ギルド内にて、何やら人混みの中心にシュリスの姿を見つけ話しかけに向かうと、丁度そこにはメルトの姿もあった。
どうやら、この街で頭角を現し、有名になりつつあるメルトと、名実ともに冒険者のトップであるシュリスが知り合いだったということに、周囲の人間が好奇心を抑えきれなくなり集まっている様子なのだが――
「あ、シレント! あれ、どうして……?」
「『交代』だ」
この一言だけで、メルトは事情を理解してくれた。
そしてシュリスは意味が分からないだろうが、さしたる問題はない。
「シレントさん、良かった。さっきのことは覚えていないのかい?」
「ああ、悪いな。しかし治療中のみっともない姿を見せてしまったな」
「いや、私の方こそ何か事情があるのだと察するべきだった。いやね、君の様子、最近の調子を聞きたかったんだ」
なるほど、特に用事があったって訳じゃなかったのか。
まぁ……知り合いがあんな様子になっていたら、安否を心配して話を聞きたがるのも当然か。
「……少々注目を集めすぎているな。どこか落ち着ける場所に移動するか」
「そうだね、では……先程の工房に戻ろうか?」
「いや、シジマが仕事中だ。アイツは一度仕事に取りかかると、さっきの俺以上に周囲が見えなくなる。どこか店にでも行くか?」
そういえば、彼女は拠点を移し島に行くという話だったはずだが、あれはどうなったのだろうか?
まさか、拠点移動の前にこの大会の見物に来たとでも言うのだろうか?
俺達は、少々割高の飲食店、個室が完備された店へと向かい、シュリスさんの話を詳しく聞くことにした。
「……実は、鍛冶大会を見るのもそうなんだが、最後にもう一度セイムさんに会えないかと思ってここに来ていたんだ。でも、メルトくんが言うには、もうリンドブルムに戻ったという話だし、どういうことかと思ってね」
「えっとえっと……どういうことだと思う……?」
なるほど、ギルドでメルトがシュリスさんと話していたのはこのことだったのか。
メルトが困ったように話を振って来たので、俺が代わりに作り話を披露する。
「恐らく、この辺りに移動している旅団本隊に顔を出しに行ったんだろう。俺もそこからここに来たからな。旅団本隊は決して外部からは見つけられんよ。諦めな」
「そうか……」
「しかし、なんだってセイムに会いたがっているんだ?」
拠点移動の話を聞いた時もそうだったが、シュリスさんは随分とセイムを気に入っている様子。
初めての対等な友人だ、という話ではあったけれども。
「その……その……なんだろうね、ええと……実はだね……」
俺の質問に、シュリスさんがしどろもどろになる。
「その……メルト君には悪いと思うのだけどね……? セイムさんと……その……」
「なになに? 私になにが悪いのかしら?」
「ふむ」
そして……シュリスさんは特大の爆弾を放り込むような一言を放ったのだった。
「セイムさんと……結婚を前提にお付き合いをしていることにしてもらいたいんだ……」