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じゃあ俺だけネトゲのキャラ使うわ【書籍化決定】  作者: 藍敦
第十章 鍛冶と細工の街
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第百五十五話

 鍛冶大会開始から一五日目。

 俺の作業は佳境に差し掛かっていた。

 色と硬度の違う、薄く加工した合金を、完成図を予想しながら積み重ね、固定。


 固定した積み重ねた金属板を、高温の炉にくべ、すぐに引き出し鎚で叩く。

 一瞬の迷い、一瞬の遅れが全てを台無しにする。合金の板が完全に混ざり合う前に、叩く。

 くべる。引き出す。叩く。それを繰り返し、ようやく合金が安定した一塊になる。


 更に叩く。伸ばす。伸ばす。折り曲げ、層を増やす。

 色の違う合金が今、どのような順番で層になっているのか頭で考えながら、その作業を繰り返す。

 伸ばした金属板を、切断。今度は線対称になるように重ね合わせ、再び叩く。

 理想の模様になるように、ただひたすら炎の前で格闘する。


 誇張抜きに、炉を見つめる顔の表面を焼く灼熱。滴り落ちる汗が床を鏡のように変貌させる。

 その果てに、俺は剣になる一歩手前の二本の金属板を完成させ、炉の火を落とし静かに見つめる。


「……もう夜か。最近バス、戻ってないな」


 昨日、メルトと色々話をし、こちらの作業が佳境に入りつつあると説明した。

 暫くバスに戻れない日が続いていたが、まだもう少しかかりそうだと説明した結果、なんとメルトは『分かった、仕方ないわね! 完成するの楽しみにしてる!』と言ってくれたのだ。


 成長している……! 着実に、精神年齢が肉体年齢に近づいてきているのだ……!

 昨日も割ときっぱり勧誘を断っていたし、やはり外の世界に出て人と関わっていくことで、加速度的に彼女本来の年齢に近い人格に育ってきているのだろう。


「少しだけ寂しいと思うのは、俺のエゴだよなぁ」


 こう、娘というか妹というか、そんな見守っている気分だったのは否めない。

 が、最近はもう完全に俺の、名実ともに相棒に成長したからな、メルトは。


「……そんな相棒に、最高の剣を作ってやるからな……心臓銀だって絶対手に入れてやる」


 まだ熱を蓄えた、短い金属の板二つを眺めながら、決意を新たにするのだった。




 翌日、俺は鍛冶ギルドに足を運んでいた。

 今日で武器の成型を終わらせ、いよいよ研ぎを行う。

 そして最後の仕上げに反応液による合金の一体化の促進、そして変色反応と仕上げの磨きを行う為、必要な機材を追加で借りに来たわけだ。


 通常の工房には、反応液に使う為の剣を浸す容器は存在しているが、本来それは剣をゆっくり冷ますための油などを入れる為の容器なのだ。


 が、俺は魔法剣の制作のように、様々な効果を持つ素材や薬品を使い、溶液の効能の差を検証しなくてはいけない。


 なので、鍛冶ギルドというよりも、錬金術ギルドの領分になりそうな機材をどうすれば借りられるのか聞きに来た……という訳だ。


「――と、いう訳だ。魔法的な意味での劇薬に耐えうる剣を入れる浴槽が必要だ。用意出来るか?」

「シジマ……おめぇが魔剣の類を作れる職人だとは思わなかったぜ。分かった、過去に使われた浴槽が古い工房にある。ちょいと手が放せねぇから、鍵だけ渡しとくぜ。勝手に持っていきな」

「感謝する。鍵はどうする? 面倒だが返しに来てやろうか?」

「なんて物言いだよ。いい、コンテストに提出する品を持ってくる時に一緒に渡してくれ」

「分かった」


 もう、鍛冶ギルドの中や工房区画で、俺にからんでくる職人は誰もいない。

 メルトがこの街で有名になったように、俺もまた……シジマの人格が出てきたあの時のいざこざで、有名になってしまったのだ。


『昔気質の本物の職人が参戦している』と。

 実際、多いらしい。このコンテストを自分の出世、新しい技法の発表会、そんな考えで挑んでいる職人が。

 無論、純粋に自分の全力を注いだ逸品で勝負をしたいという職人の方が多数派ではあるのだが。


 が、外部からの参加者は、そういった出世や自分の技法を発表する、ある種の発表会のような気持ちで参加している人間が多いらしく、元々この街の職人はあまりいい顔をしていなかったそうだ。




 ギルドを後にし、工房区画の最深部へと向かう。

 だんだんと道の石畳もひび割れ、隙間から雑草が、文明を侵食するように生えている古い路地。

 そんな路地の果てに、もう使われなくなったであろう古い工房が、時代に取り残されたように佇んでいた。


「……随分古いな。一〇年、二〇年じゃ済まないくらい放っておかれたのか」


 それでも、元々は鍛冶職人の工房なだけはあり、錠前はしっかりと自分の役目を全うしていた。

 その錠前を外す。鍵が差し込まれたことを喜ぶように、歓喜するように開錠の音が鳴る。


 扉を開き、その古の工房に一歩足を踏み入れた瞬間だった。

 シジマの深い経験が、造詣が、この場所に刻まれた道具達の記憶を、仕事の痕跡を、まるで超能力で読みとったかのように、鮮明に脳裏に……いや、眼前に広がった。


「これは……職人の……記憶?」


 幻のように。現実の空間に重なるように、この場所の在りし日の姿が目に映る。

 淡い、陽光が差し込む工房の中、その輝きを受け、キラキラと黄金に輝く頭髪をなびかせる女性の姿を幻視する。


 剣を打つ姿が、鎧にタガネを打ち込む姿が、とても美しくきらめいて見えた。

 その一連の動作が、何か神聖な儀式のようだと、尊いモノだと思えてしまうような。

 黄金をなびかせる職人が、鎚を置く。伸びをすると、一本の金糸……髪と『翼から抜け落ちた漆黒の羽』が床に落ちる。


 その人物は、両方の肩、肩甲骨から翼を生やしていたのだ。

 そんな種族もこの世界にいるのだろうと、ミステリアスでいて、美しいその幻想を眺めていた。

 やがて、過去の光景が消えゆく。重なっていた過去が、古びた今に塗り替えられていく。


『……やぁ、静かに見ていてくれてありがとう――』


 消える間際、確かに聞いた。この過去の幻視が、確かに今の俺に……話しかけてきた声を――




「今のは……この場所の記憶……?」


 古い、埃の降り積もる、炉に最後に火が灯ってから幾つもの年月が経ったであろう工房。

 俺は、今ここで何を見たのか、うまく説明出来そうにはなかった。

 ふと、俺は降り積もる埃の中に、確かに金色に光る長い髪と、闇から零れ落ちたような、漆黒の羽を拾い上げる。


「……きっと、今のが……『金糸の乙女』なんだろうな」


 本能的に理解した。きっと、彼女が全ての職人の頂に君臨する……至高のマイスターなのだろう。

 どうやら、俺の予想は外れたようだ。


「……でっかいキンクマハムスターじゃなかったのか……金糸の乙女って」


 だって、ハムステルダムにいるって聞いたことあったし。




 自分の工房に戻った俺は、回収してきた浴槽を丁寧に洗う。

 どうやら特殊な素材で出来ているのか、長い年月を経てなお、錆びも欠けも存在しない、洗うだけでピカピカな状態になってしまう、そんな道具だった。


「道具はそろった……あとは剣の形に切り出すだけ、か」


 刀ならば、叩いて成型していくのだろう。

 だが今回は特殊な製法で層を形成している。それを歪ませない為にも、切断により成型していく。


 火を入れた炉が高温に達し、その中で柔らかくなった、鍛錬を経た合金の細長い板材。

 それをすかさず取り出し、僅かに柔らかくなったところを、一息にタガネで切断していく。

 同じ工程を繰り返し、うっすらと目標の剣の形に近づいた板材が二枚、完成した。


 あとは、形を整え、刀身を削り出し、研ぎ、磨き、溶液に浸す。

 さぁ……ここからが最後の仕上げだ。

 俺は今夜も徹夜になることを覚悟しながら、いつの間にかのめり込んでいた鍛冶仕事に明け暮れるのだった。








 一方その頃。メルトは本日の依頼で護衛をしていた、鉱山で採取をしていた鍛冶職人さんに奢られる形で、夕食として酒場で食事をしていた。


 皆、ドワーフや筋骨隆々の獣人、筋力に自信がある種族であった。


「メルトの嬢ちゃんに乾杯! いやぁ、こんなに周りに気を使わないで採取できたのは久しぶりだったなぁ!」


「まったくだ! 田舎じゃ討伐が可能な冒険者が少なくてな、護衛を雇っても、一緒に逃げるか、時間稼ぎをしてもらうのがやっとだったんだ。それを全部根こそぎ倒してくれたんだ、感謝してもしきれねぇな!」


「まったくだ! あとは新たに入り込まねぇように管理を徹底すればいいからな! それでも限度はあるだろうが、これからは街の冒険者達だけでも対処できるだろうよ」


「そっかー、喜んでくれて嬉しいわ」


 美味しそうに、メルトは今日も鴨肉をほおばる。

 今日は鴨肉だけでなく、鴨の卵を使ったオムレツも一緒に並び、とても満足そうに腹を満たしていくメルト。

 その可愛らしくも良い食べっぷりに、まるで自分の娘のように歳の離れた子であるのも重なり、大層な可愛がられようだった。


「みんなも鍛冶大会に出ているのかしら?」

「ん、この中だと俺だけだな。こいつら二人は素材作り専門なんだ」


「ああ、俺達は元々城の建材や職人の道具を作る人間でな。今の時期だけ限定で、素材のインゴットを作る副業をしてんだ」


「今の時期は素材が高く売れるからな、良い稼ぎになるんだよ。おい、お前が俺達の中で唯一の出場者なんだ、せいぜい結果を残してくれよ?」


「ははは、そいつは難しいかもしれねぇなぁ。が、堅実堅牢そして手ごろを信条にしてんだ、今回も俺の作品のファンになる冒険者が出てくるだろうよ」


 そう笑いながら、和やかに食事が進む。

 メルトは『そういう利用方法、理由で参加する人もいるのか』と深く感心する。

 同じ職業、同じイベントの出場者。それでも、様々な理由や利用法を考案する多様性を知る。

 少しだけ、彼女はまた賢くなる。様々な感情を、動機を、考え方を吸収しながら。


「そういや、お前ら知ってるか? 昨年度の優勝者の『ゴルハー工房』の連中、なんだか最近素材の買い占めを始めたらしいぜ? 俺としてはまぁ素材の買い取り価格が上がるからありがたくはあるんだが……この街の職人としては正直おもしろくねぇよなぁ」


「ああ、知ってる。お陰で今俺が作ってる剣、絶対に会心の出来にしなくちゃならねぇんだ。もう次がねぇ」


「となると……優勝は今年も『ゴルハー工房』かぁ? 毎年リンドブルムからわざわざ貴族の坊ちゃん引き連れて、でっかい集合工房をまるごと借りてんだろ? 一体何人がかりで一本の作品を作ってんだか」


 楽しい酒の席ではあったが、そんな空気が少しだけ落ち込む。

 その『ゴルハー工房』というところが、どうやら反則すれすれの方法で活動しているということだけはメルトにも理解出来たようだが――彼女は自信満々に笑う。


「だいじょーぶ! 今年の優勝は絶対にシジマなんだから!」

「なんだ? 嬢ちゃんの知り合いも出場してんのかい?」


「そうよ、まだどういう剣を作ったことがあるのか知らないけれど、きっと凄いものを作ってくれるって信じてるの! だから、きっと誰にも負けないわ」


「ははははは、そうだな、嬢ちゃんの友達なら、もしかしたらありえるかもな」


 話半分に聞きながらも、どこか楽しそうに笑う一同だった。








「……出来た。あとは反応液に浸すだけだ」


 夜。窓から差し込む光が一切なく、ただ炉の炎の明かりだけ工房を照らす中。

 俺はついに成型と刃付けが終わった二振りのダガーを手に、その完成度を確認していた。


「……今ただの金混じりのダマスカスダガー……十分に綺麗だけど……ここからだ」


 既に、テスト用の合金で反応液の実験は終わり、調合は済ませてある。

 あとはその反応液に一緒に漬け込む、膨大な魔力や神秘の力を秘めた物質をどうするかだけ。

 ダガーの完成度を高め、魔力の親和性を強め、そして同時に薬品の成分で刀身を黒く染め上げる。


 その最後の作業は、日中の光の中で試すべきだろうと、俺は今日の作業を終えたのだった。


「明日、完成したらすぐにメルトを呼ばないとな。グリップの調整もあるし」


 完成しているのはまだ刀身のみ。そして残り大会の日数は二週間程度だ。

 最後の仕上げに向け、俺は今日も工房で寝泊まりする。

 ……明日は朝一で共同浴場に行かないとだなぁ。








『明日は朝一で共同浴場に――』


 シジマの工房の裏手にて。一人の人物が壁に特殊な道具を当て、中の様子を盗み聞きしていた。

 最近、噂になっている外部から来た職人。

 その実力を探る為、そして『隙を伺う為』に探っていたのだった。


「明日の朝……か」


 そう呟き、闇に溶けるように間者が姿を消す。

 夜が、更けていく――

(´・ω・`)ハムステルダムの設定もそのうち細かく語らないとだなぁ

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