第百五十四話
メルトは次の日、イズベルの冒険者ギルドの責任者、イズベルの支部長の部屋に通されていた。
「ご足労感謝致します、メルト様。貴女の経歴を拝見致しましたが……まさか、リンドブルムで今名を上げているコンビの片割れだったとは思いもよりませんでした。聞けば……この国の救世主と噂される『とある旅団』とも関わりがあるのだとか。先だっては、そんな方に教導を依頼してしまい、大変失礼を――」
既に、ルーエの存在と旅団の存在は、徐々に噂として広がりを見せていた。
無論、その場に孫のように可愛がられている、美しい白狐族と思われる娘がいたことも。
元々、冒険者として精力的に動いていたメルトを知る人間は多かったのだ。
今回のこともあり、既にメルトはある程度の有名人、知る人ぞ知る凄腕の冒険者として認知されていたのだった。
「……照れる! そんなに凄いことしてないわ、私。セイムやみんなが凄いのよ」
「なるほど……だとしても、貴女がこなしてきた任務も戦績も、偽りのない事実です。昨年度、ピジョン商会の護衛任務の際、かなりの数の賊を討伐した事実もありますからね。そして今回の推理……我々は、これをほぼ確定した事実と見ています。一年で丁度、転属願を出した外部からの新人冒険者。彼らのその後の足取りは、現在リンドブルムに問合わせ中です。その報告次第では、本格的に賊の捕縛任務を進めていくつもりです」
その支部長の言葉に、メルトは内心『なんだか大事になってきたかもしれない』と、少しだけハラハラした心持だった。
自分の進言が、ギルドを大きく動かしてしまうかもしれない。
自分の立場が、既にある程度の影響力を持つところまで来ているかもしれない。
ようやくその自覚が芽生え始めたメルトは、同時に自分に降りかかるプレッシャーに、少しだけ苦しい思いをしていたのだった。
だが同時に『シズマはあらゆる姿で、それ以上の重圧にそれぞれ耐えて結果を残してきた』という事実を思い出し、彼女もまた『隣にいる私も成長しなくてはいけない』と強く思う。
自分の発言が元で、大きな作戦が始まろうとしているのなら、更なる案を出し、成功率を高めなければ……と。
「たぶん、何年も逃げているなら、ちょっとした変化にも敏感よね。昨日の女の人を捕えても、きっと定期的な連絡が途絶えて警戒する、だから私に先走らないように言ったのよね?」
「そうなります。無論、貴女がそのようなことをするとは思っていませんが……」
内心、功を焦って捕まえていたかもしれないと冷や汗を流すメルト。
「外部から人を呼ぶのもやめた方が良いと思うの。きっと、この鍛冶大会が終盤に差し掛かったら『いつものように武器を求める高ランクの人間』が来るのよね? そういう人達を個別に呼んで、秘密裏に依頼するのが良いんじゃないかしら? で、実行する直前に女の人を捕まえるの」
「なるほど、確かに今応援を呼ぶのは勘づかれる可能性がありますね……了解しました。集まった人間の中から、実力者であり、ギルドへの所属期間の長い人間に絞り、依頼を出したいと思います」
「うん、そうした方がいいと思う。鍛冶大会が終わったタイミングなら……ベストだと思うわ」
立場と責任を背負う覚悟を少しだけ経験したメルトは、支部長に感謝されながら部屋を後にする。
彼女は少しだけ誇らしげな表情を浮かべる。
自分もまた、冒険者として少しだけ先に進めたと思いながら。
ホールに戻ったメルトは、今日の依頼をどうしようかと考えながら掲示板へと向かう。
すると、その途中で彼女に声をかける人物が。
「おい……じゃなくて、なぁ……」
「うん?」
振り返ると、そこには昨日の教導で先に帰ってしまった男と、その相方の男の二人組の姿。
メルトはどうしたのかと、掲示板を吟味するのを中断し、二人に向き直る。
「なになに? 昨日のことで分からないことがあったのかしら?」
「いや……礼と謝罪に来た。最初にアンタを舐めたのは俺だ、悪かった。んで……アンタはそんな俺にアドバイスをこいつに伝えてくれた。感謝するぜ……突き……だったよな」
『もう、気にしていなかったのに』それでも謝罪に来た男に、メルトは『きっと、こういう気持ちを持つ人が成長していくんだろうな』としみじみと思うのだった。
「そうよ、突き。的にね、数字をたくさん書いてね、狙い通りの数字にしっかり剣が当たるように何度も練習するの。突きは敵の身体の柔らかいところに的確に刺さないとダメだからね? でも、深く刺さればそれだけで一撃必殺になることも多いの。だから頑張ってね」
「あ、ああ! 分かった、的に数字……なるほど……」
「邪魔して悪かったな、メルトさん。よし、んじゃ早速訓練場に行こうぜ」
「ああ、行くか」
二人組が、どこか爽やかな雰囲気を醸し出しながら立ち去る姿を見送り、メルトもどこか晴れやかな気持ちになる。
もしかしたら、自分には人に教える才能があるのかもしれない、なんて思いながら。
だが――
「流石ね、紅玉の冒険者さん。メルトさんだったかしら?」
そこに現れる、メルトが警戒している相手。
先日の教導に参加していた、外部から来たという新人冒険者の女性が声をかけてきた。
「うん? あ、昨日の強い人ね! そうよ、メルトって言うの」
「あら、強い人なんて思ってくれてるの? 光栄だわ」
「だって名前分からないんだもん」
「そういえば自己紹介もしなかったものね、昨日の教導」
言われてみればそうだったと、密かに『名前を聞いた方がよかったかも』と後悔する。
「私は『アマンダ』よ。港の方で冒険者になったのだけど、どうも食べ物が合わなくてね。かといってリンドブルムみたいに人の多い場所も苦手なの。ここはいいわ、今の時期は人が多いけど、基本は静かな街だって聞いてるわ」
「そういえばそうねー、前に来た時はもっと人が少なかったわ」
日常会話を楽しむように、メルトは特に何も意識せずに会話を続ける。
秘密を抱えたままの会話に、メルトは慣れているのだ。
なにせ……セイムとシレントを始めとした人物と顔見知りであると認識されていながら、その実全員が同一人物であるという、極大の真実を一人知っている状態で日々を過ごしているのだから。
「そういえば貴女、さっき二階から降りて来たわよね? 何かギルドから話があったの?」
「うん、このままこの街で教導のお仕事を定期的に受けてくれないかってお願いされたの」
そうメルトが答えた時だった。微かに、アマンダの表情が一瞬だけ歪んだのを見逃さなかった。
だがすかさず――
「でも断っちゃった。私、この鍛冶大会が終わったらリンドブルムに戻るんだー。今年はねぇ、私の知り合いが鍛冶大会に出ているのよ。その結果を見届けたら帰るつもりなの」
そう、情報を追加するのだった。
今度は表情の変化は見られなかった。けれども、メルトの耳は確かに、心音と呼吸が『安堵』を示していると、しっかりと聞き分けていた。
警戒している相手と対面する以上、メルトは全身全霊で相手から情報を探ろうと、耳や鼻に神経を集中していたのだ。
普段、あまり獣人としての能力を使わず、純粋な身体能力だけで戦うことの多いメルト。
だが実際には……上位の獣人であるが故の、高い五感能力や魔力感応能力も兼ね備えていた。
もう、既にメルトの中で、アマンダは『黒』だと確定したのだった。
「そうなのね? ちょっと残念だわ、メルトさん強いから、色々教えてもらえると思ったのに」
「ごめんねー。でも、アマンダさんも強いから、すぐに上に行けると思うんだー」
「ふふ、ありがと。じゃあね、メルトさん。私は少し依頼に出て来るわ」
そうして、メルトはアマンダを見送る。
しっかりと『自分が残るかもしれないと聞いた時、反応した』という事実を記憶しながら。
「んー……シジマの工房に遊びに行ったら、せっかくの楽しみが減っちゃうしなぁ……そうだ、街の武器屋さん巡りしてこよーっと……ついでに『なにかいいもの』がないか探さないと」
そうして、少しずつ鍛冶大会の日程は進んで行くのだった――
「よし……合金はこれが最高だ」
鍛冶大会開始から二週間。ついに俺は、満足のいく合金の開発に成功していた。
薄っすらと淡い金の輝きを放つ、硬度は低いが粘りのある合金と、濃い鋼色の、硬く頑丈な合金。
その二つのインゴットを、鍛錬で叩きのばし、薄い板状に加工し終えた俺は、今日の作業はここまでにしておこうと、作業着から着替える。
「ふぅ……今日はメルト、どこにいるかな」
最近、メルトはイズベルの街の中じゃちょっとした有名人になっていた。
なんでも坑道に巣食う魔物を殆どを彼女が狩ったことで、安全に採取が出来るようになったとか。
その他にもイズベル周辺の林を全て見回り、潜んでいた魔物を全て狩り、大会見物に来た人間や、街の外で野営をする人間の安全を確保した……という話も聞いた。
そして何よりも、街の裏手にある野営地にて、徐々に増えてきた外部の冒険者や傭兵のいざこざを、喧嘩両成敗と言わんばかりの圧倒的武力により、完全に諫めてしまったとか。
もう、最近では街でメルトを見かけると頭を下げる傭兵や冒険者が増えてきているのだとか。
いやぁ……すっかりメルトも一流の冒険者だなぁ……。
「……そのうちクランへの引き抜きやらパーティの勧誘が来るかもしれないな」
くそう……こういう時セイムとして隣にいれたら安心なのに!
俺はひとまず、彼女がいるかもしれない冒険者ギルドへと向かうのだった。
「メルトさん! 是非、俺達のクランに入団してください!」
「えー?」
……凄いな俺、どうやら予知能力に目覚めたらしい。
冒険者ギルドに入ると、今まさにメルトがロビーでクラン加入を求められているところだった。
見たところ、頭を下げている冒険者はそこそこ若く、だがそれでいて沢山の冒険者を背後に控えさせ、同じく皆頭を垂れていた。
若くしてあれほど多くの冒険者を従えているとは……かなりのやり手と見た。
「お断りします? ごめんね、私もう組んでる相方がいるんだー」
「そんな! 我々のクランは既に、規模だけならばリンドブルムで三番手まで成長しているんです、メルトさんの相方さんもよければ一緒にお迎えすることが出来るのですが……」
「うーん、たぶん私の相方さんは普通に断ると思うなー。だってクランに入るメリットがないんだもの」
うむうむ、その通りだ。
物資面も金銭面も、そして戦力面も拠点面も別段困っていない。
人員については多少不便を感じるが……これもいつか、オーダー召喚が進化すれば……。
「メリットなら沢山ります! 豪華な拠点、資金面や装備のバックアップ、それに戦力の補充だって!」
「んー……全部あるわ! 私の相方が一人いれば、相手が何人でも、誰であっても絶対に勝っちゃうんだから!」
「んな!」
あ……その断り方は出来ればやめて欲しいなー……なんて。
「我々のクランが……たった一人の冒険者に劣ると言うのですか?」
「分からないわ。でも、強さだけなら絶対私の相方の方が上だと思うわ!」
「……もし、我々が相方さんに勝てたら、こちらのクランに来ることを考えてくれますか?」
「えー? ないわ! 相方が負けるのと私が入るのは別問題だもの! ……でも、私の相方に勝てると思わないで欲しいかなー?」
ああ! やめるんだメルト……でもなんかメルトも意固地になってる……!
「本当に相方さんの強さを信じているんですね。純粋に挑んでみたいですよ」
「リンドブルムに行っちゃったから、また今度かなー?」
「……分かりました。覚えておきます」
……覚えられちゃった!
「メルト、少しいいか」
俺は、この口論が一段落したところでメルトに声をかける。
まさか俺が『相方か!?』とは思われなかったようだが、注目を浴びてしまう。
なので――
「アイツに負担をかけるのはかわいそうだろう。そこの若いの、悪いが嬢ちゃんはクランにこそ所属していないが、懇意にしてる集団がいるんだ。この嬢ちゃんを無理に勧誘するなら、最悪蒼玉と紅玉と国を相手取ることになるが、構わんか?」
予防! 最近のメルトの注目度的に、今後もこういうこと起きそうだから予防!
「んな!? 蒼玉と国!? 貴方はメルトさんの関係者なんですか?」
「ああそうだ。とりあえず勧誘はあきらめてくれ」
「……分かりました」
ふぅ……!
さて……メルトさんには色々注意事項を新しく教えた方がいいですね……!