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第百五十三話

 イズベルの冒険者ギルドは、建物の大きさこそ小さいが、街の周囲が廃鉱山や何もない土地で溢れている関係で、野外訓練場は充実していた。


 その訓練場に、この早い時期に鍛冶大会を見学しに来た若手の冒険者や、この街で冒険者になったばかりの新人が集められ、ギルド受付の女性監督の元、メルトによる実戦を想定した組手訓練が開始されようとしていた。


「本日は実戦訓練に参加してくださりありがとうございます。昨今、イズベル周辺の採取任務の難易度が上がり、実戦が想定されることも増えてきています。冒険者の皆さんの戦闘技術の向上を図るのは急務だとギルドでも考え、本日はこのような場を設けました」


 訓練場に集まったのは七名。

 まだ年若い、それこそリンドブルムの新人三人組と近しい年頃の男四人組に加え、それより幾分年上の、ある程度実戦を経験してきたであろう男が二人、そして最後に、完全に新入りだと説明された、まだ冒険者になって一月未満だという女性が一名参加していた。


「本日、組手の相手や質問に答えてくださるのは、こちらにいるメルトさんです。彼女はリンドブルムの冒険者で、冒険者登録から二カ月程で紅玉ランクまで昇格した、新進気鋭の冒険者さんです」


「こんにちはー! 指導ってしたことないけど、戦うだけなら出来るからよろしくね! 手合わせしたい人は言ってね! 全員まとめてでもいいからね!」


 悪気無く、無邪気にそんな言葉を吐き出したメルト。

 一瞬、呆気にとられる一同だが、実戦経験をある程度積んできたであろう男二人は、すぐに表情を若干怒らせ、一歩前に出る。


「さすが紅玉様は言うことが違うな? まぁ依頼が集中するリンドブルムだ、さぞやランク上げの効率も良いだろうさ。いいぜ、ならまず俺とやろうぜ嬢ちゃん」


「いいよ! じゃあ、受付さん、私の武器は何を使えばいいのかしら? この木剣? それとも素手なのかしら?」


「え、ええと……では木剣で」


「了解! じゃあ貴方は自分の武器使ってね! 使う武器が変わると、動きの癖とか分からないし、改善する場所とかうまく伝えられないから!」


 それは、純粋な好意だった。出来るだけ良い助言をしようと、実戦に限りなく近いコンディションで、どこか改善すべき場所があれば教えてあげようと、その一心で口にした申し出だった。


 だが事実だけ並べると『そっちは真剣を使え、こちらは木剣で良い』と言っているに過ぎない。

 完全に相手を舐めていると取られても仕方のない申し出なのだ。


 もし、これが見るからに歴戦の猛者という風貌の人間が口にした言葉なら、まだ納得も出来たかもしれない。しかし目の前にいるのが、まだ二〇にも満たないであろう、可愛らしい娘なのだ。


 ニコニコと真剣さを感じさせない表情で、無邪気に発せられた言葉なのだ。

 故に――男は背負っていた長剣を抜き放ち、訓練とは思えない勢いで切りかかるのだった。


「んー……ダメ! 大振りな一撃で初手で責めるのは不意打ちの時だけ」

「ぐぁ!」


 一瞬だった。男の攻撃の間合いに、メルトがあと一歩で収まると思われた瞬間、彼女は男が両手で剣をしっかりと握っていることから、その状態では斬撃が放ちにくい方向に一瞬で踏み込み、案の定攻撃が遅れた男に向かい、手に持っていた小型の木剣を、身体に潜り込むように接近しながら、二本同時に男の両肩の関節を押し付けるように突き立てていた。


 関節の攻撃を完全に制され、振りかぶったまま剣を取り落とす男。

 メルトはそのまま、二本の木剣を鋏のように交差させ、首を切り落とすかのように突きつける。


「ね? 初手で大振りはダメ。出来れば突きから始めるの、良い?」

「く……くそ……」

「むぅ……」


 プライドを完全に砕かれた男は、武器を拾い上げるとそのまま訓練場を後にしてしまった。

 残される、去った男の相棒と思しき男が、若干の申し訳なさを顔に浮かべ、メルトに話しかける。


「悪いな。俺達、これでも早くに昇級して晶石ランクに上がって、小型の魔物なら何度も倒してきたんだよ。まぁ……若干俺もアイツも調子に乗ってたのは認める。……マジモンの天才ってのは見たことがなかったんだよ、アイツも俺も」


「天才……そうなのかしら? ……でも、私だって冒険者になる前は何年もずっと一人で修業してたよ? たくさん戦って、沢山練習して、沢山また戦って。正しい知識を覚えて戦うのって大事なのよ? お友達に伝えてあげてね。突きの練習をいっぱいしてって。そこから技を繋げる練習もするの。きっとあんなおっきな武器を振り回せるんだもの、すぐに強くなるはずよ」


「ん、伝えとくわ。じゃあ、次は俺で頼めるか?」

「いいわよー! じゃあその剣使ってね! 長い剣って人気なのねー?」


 メルトは、自分に向けられた悪感情が、本質的な悪感情ではなく一過性のものだと気が付いているからか、立ち去った男に対し、とくに思うところがないかのようにアドバイスを伝言する。

 そのあまりの毒気のなさに、残された男は『あとで慰めてから伝えるか』と思うのだった。


「じゃあ『よろしくお願いします』」


 しっかりと教えを受ける心構えをし、男が切りかかるのだった――




「ひぃ、まいったまいった! 四人がかりでもぜんっぜん勝てねぇ! 歳は同じくらいなのに」

「メルトさん、あんた歳幾つだよ……俺達四人とも去年一七になったばかりなんだが」

「あ、俺来月一八になるわ」

「今関係ねー……ちなみに先月一七なった……」


 それから一時間ほど経って、今度は四人組の若い冒険者が、メルト相手に四人で挑み、完膚なきまでに叩きのめされ、地面に座り込み、肩で息をしていた。


「私も一七だよー? …………あ!!!!!」


 その時、メルトが唐突に大きな声を上げる。

 何事かと、周囲の人間の視線が集まるも――


「な、なんでもないわ……じゃ、じゃあ最後の組手ね? 貴女もするのよね?」


 取り繕い、話題を変える。

 最後の組手の相手は、本日集まった中で、唯一の女性。

 少々新人と呼ぶには、風格のある出で立ちで、隙なくメルトの前に立ちはだかる。


「光栄ですわ、リンドブルムの紅玉ランクと戦えるなんて。私も自分の武器を使って良くて?」

「うん、いいよー! わ、私と同じダガー使いね?」

「ええ、一本だけど。私、まだ新人でお金がないのよね」


 そう言いながら、彼女は弄ぶように自分のダガーを手の平でトワリングしてみせる。


「んー……じゃあやりましょ!」

「あら? 本当に木剣のままでいいのかしら?」

「うん、いいよー」


 その瞬間だった。

 メルトの返答が終わるや否や、既に女性はメルトの首にダガーを突き付け――




 そのまま膝から崩れ落ちた。


「はい、私の勝ち。上手ねー! びっくりしちゃった! 治すとこなんてないわね!」

「……そ、そう。光栄よ、そう言ってもらえて」


 攻撃には、射程が存在する。

 手放さない限り、斬撃の有効射程には限りがある。


 柄のギリギリを持つ。指先で柄を持つ。腕の関節を外し攻撃を伸ばす。

 肩の可動域を広げ、筋を強引に伸ばす。踏み込みを限界以上に深くする。


 秘伝、奥伝、特異技能、数ある方法を全て考慮し、それでもなお正確に攻撃の射程を見極めたメルトは、自身に刃が届くギリギリを見極め、それ以上は近づけないように――自分の木剣ではなく、ただ片足で立ち、もう片方の足で蹴りを前方に放っていたのだった。


 結果、女の腹部にメルトの蹴りが一瞬先に突き刺さり、女の攻撃はメルトにあと数センチ足りない場所で止まっていたのだった。


 ……それは、ルーエの持つ『武の知識』にも通ずる、ある種の極致、戦いにおける絶対的な『観察眼と動体視力』から来る、最善の一手だった。


「はい、じゃあ組手終わり! これで分かったと思うけれど、弱い魔物って頭が悪いの。たぶん動物より頭が悪いから、普通に何も考えなくても攻撃が当たるのよ? でも、考える相手は攻撃を避けるし、耐える方法を考えるし、逃げるふりだってするの。絶対、油断しちゃダメなのよ? 動物なら逃げるけど、魔物は自分が人より強いって思ってるからね!」


 そう、最後にメルトは締めくくる。

 多少のいざこざ、すれ違いはあったものの、この日のメルトの教導は、ギルドの受付嬢も大満足の結果で終わりを迎えたのだった。


 ――表向きは。






 新人が解散し、メルトは受付嬢から今回の教導の報酬を受け取っていた。

 想像以上の金額にメルトが驚いていたのだが――


「実はあの教導を見ていたイズベルの支部長が、メルトさんには多めに支払うように指示をなされたんです。『あのレベルの人間をこんな報酬で雇ったなんて申し訳なさすぎる』からと」

「えー? なんだか照れるわね! でも一人、機嫌を損ねさせてしまったよね?」

「それはまぁ……私の不手際というか、想定外というか……メルトさんは気にしないでください」


 その説明をされ、まんざらでもなく喜ぶ。

 だが、メルトは少しだけ声を落とし、受付に提案した。

『ちょっとだけギルドの奥で話せないか』と。




 ギルド受付の向こう、すなわち職員達の領域にメルトが案内される。

 何か今日の教導で思うところでもあったのか、失礼に当たることでもしてしまったのかと、現在上級冒険者の不足につき、メルトに頼り切りだったギルドの受付嬢は、戦々恐々とした面持ちで彼女を応接室に案内する。


「あの、何か不手際があったのでしょうか……?」

「え? あ、違うのよ。周りに聞かれたくないお話をしにきたの。お姉さん、私の相棒、セイムとお話してたお姉さんよねー?」

「あ、セイムさんですね! ええ、私が対応しました」

「うん、あの時のセイムの報告、私もじつはこっそり聞いていたのだけど……」


 獣人であるメルトは、耳の角度をある程度変え、周囲の音や話し声をある程度離れていても正確にキャッチすることが出来ていた。

 その上で、彼女は語る。


「たぶん、毎年今の時期になると、新人の冒険者さんがこの街に来るのよね?」

「ええ、そうですね。中にはそのままここに居つく方もいますよ。お陰で割と商人以外の出入りが少ないこの街も、簡単な討伐依頼なら他の街に救援依頼を出さなくても対処出来るんです」


 そう、イズベルは別段立地的には国の端、終端という訳ではない。

 だが廃鉱山に囲まれており、同時に険しい山々、死火山や休火山に囲まれている関係で、土地の開墾、開拓が進んでいなく、この街より先に大きな街道が続いていないのだ。


 無論、山中に村等はあるが、訪れる人間も少なく、土地の広さ的には大陸の終端という訳ではないが、人の住む領域として見れば、十分に辺境と呼べるのだった。


「うん、毎年残ってる冒険者さんって、今はどこにいるのかしら?」

「そういえば……少し前にリンドブルムに拠点を移すと言っていましたね」

「たぶんそれ、毎年じゃないかしら? 毎年この時期に来て、次の年の同じ時期にいなくなる」

「そういえば……確かにそうですね」


 メルトは、何かに気が付いているのか、うんうんを頷きながら続ける。


「きっと怪しまれないように任期が決まっているのねー? 毎年来る新人さん、たぶん街に残る人が、山賊の仲間だと思うわ。今年はさっき集まった中にいた女の人ね!」

「ええ!?」

「だってあの人、新人じゃないもん。人の殺し方をしってる人の動きだったもの。それに使ってるダガー……明らかに人の血の臭いがしたから間違いないと思う。ちょっと切っただけじゃないわね、いっぱい殺してる臭い」


 そう、メルトが新人達に自分の武器を使うように仕向けたのも、この教導を請け負ったのも、全てはセイムの報告に聞き耳を立てていたからこそ。


 秘密裏に手柄を立て、密かに蒼玉ランクに上がることを目的としていたのだ。

『私の武器を作ってくれてるシズマを驚かせてあげよう』そんな、少々幼稚な動機ではあるのだが。


「しっかり今のうちに捕まえて、ギルドが賊の討伐をしようとしていることを知らされないようにすれば、きっと親玉を捕まえられると思うわ!」

「……すぐに、過去の新人とその転属届けの時期、リンドブルムの転属届けの時期も合わせて調査しておきます。メルトさん……このことはまだ他言無用でお願いしますね。くれぐれも先走り、先程の女性を捕えようとはしないでくださいね」

「了解! じゃあ、また明日ね!」


 そうして元気いっぱいに去っていくメルトを見送り、受付嬢はため息を付く。


「流石、リンドブルムの期待の新人です……! まさかあんな可愛い態度も全てブラフだったなんて……! これは確実にあの女性も油断していますね……!」


 そうして、ギルドを上げた賊の捕縛作戦が、秘密裏に進んで行くのだった。

 メルトは知らない。

 本来蒼玉ランクとは『ギルドに大きな貢献をした場合』にのみ授与されるランクであることを。


 単純にメルトは『賊を捕まえたら評価されるから、蒼玉に一歩近づくかもしれない』としか思っていなかったのだ。


 だが……長年逃亡される理由が謎のままだったからくりを、恐らく正解と思われる推理で打開しようとしているメルトの功績は、本当に捕縛することが出来れば、十分に蒼玉を授与されても不思議ではない、そんな大きな功績なのであった。

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