第百五十二話
メルトの武器を作り始めて三日。俺はひとまず『素材の組み合わせで必要な合金を生み出す』ことに注力した。
もう、どういう武器を作るのかは決めている。ゲーム時代の武器を生み出すことは出来るけれど、それではメルトの希望を全て満たすのが難しい。
なので、俺は現実世界の知識、資料や映像を元に、この世界の素材、技法を組み合わせ、メルトの求める武器が作れないか試していた。
「……魔力が通る合金はこれで良いとして……色が悪いな。錫とか真鍮ベースにしたら……柔らかい素材だけど……挟みこむ部分だしいけるか……」
構造のコンセプトは、昨今流行っている『ダマスカス鋼材』だ。
かつて存在した伝説の物質をイメージし、現代で再現しようとして生まれた技法の一つ。
異なる質感、特性を持つ鉄を何層にも組み合わせ、まるで年輪のような層を生み出し、完成した刀身に美しい波紋、模様を浮かび上がらせる技法。
それを一歩発展させ、異なる色の素材を組み合わせ、模様を強調させるクリエイターが現代に存在したのだ。それをファンタジー世界であるここで、魔物の素材を利用しつつ再現するのが目的だ。
刃に魔力を通しやすくし、なおかつ硬度の低い合金を挟むことにより、日本刀のような折り返し鍛錬に近い効果を生み出す。
この世界にはまだ存在しない製法だからこそ、美しくも性能の高い、そして魔法の触媒にも使える武器が完成する……という訳だ。
「柔らかい合金はこれでいいとして……問題はメインになる合金をどうやって強力に仕上げるか、だよなぁ」
特殊な炎による焼き入れ。刀身の冷却に使う溶液に特殊な素材を入れて刃に特性を付与。
その他鍛錬の時に魔物の素材を打ち込み特性を付与する方法や、合金に最初から混ぜ込む方法など、地球では考えられない製法、工程がこの世界には存在する。
「それをつくづく面白いと感じるのは……シジマの性なんだろうなぁ」
俺は、まだ試していないこの世界の素材を購入すべく、鍛冶ギルド直営の素材問屋へ向かう。
さーて……武器の命である刀身を作る合金に良い素材はないかねー。
「お、シジマさんか! 今日は何が入用なんだい?」
問屋に入ると、店主のおじさんが機嫌よく対応してくれる。
初日に俺が目ぼしい鉱石やインゴットを、結構な数にもかかわらず一括で買ったおかげで、上客として認められているからだ。
「まだ買っていない鉱石を一通り頼む。今回は合金のテストだ、一種類につき一キロで構わん」
この世界での単位は、長さは地球と違ったが、重さは地球と同じ……だと脳が認識している。
なのでキロで問題なく通じるのだ。
「一キロで良いって言っても、三〇種類以上ありますぜ? 結構値段の方、かさばりますがね?」
「構わん。幾らだ?」
「全部で……大金貨六枚に金貨三枚になりやす。端数はまけときますわ」
「助かる。ではな」
そうして大量の荷物を荷車に乗せて貰っている時だった、他の買い物客が、こちらに聞こえるように声を上げた。
「いやぁ景気が良いねぇ? 貴族様のお抱えか? 買う物も決まっていない、手当たり次第に試すのか? なんでも贅沢出来て、それでゴミを増やしてもお咎めなしなんて羨ましいねぇ」
地元の人間か、それとも俺と同じ外部の人間なのか。
……地元民じゃなさそうだな。よくある光景だろうし、今更目くじら立てたりしないだろう。
言い返す価値すらないとは分かっているが――なんかこう、胸の奥が熱いんだ。
間違いなく、シジマがキレている。なら……激しく怒るのではなく――
「そうだな、俺は恵まれている。幸い、俺は醜い嫉妬を吐き出す前に評価される品を生み出せる人間だからな。まぁ自然とこうなった」
「あん!? どういう意味だおめぇ!」
「そのままの意味だ。ではな」
「おい待てテメェ!」
店を出ると、そのまま追いかけてきた流れの鍛冶職人と思われる男が、腰に下げていた鎚を振り上げ、こちらに襲い掛かって来た。
あ、ダメだ。意識が持っていかれ――
「ふざけてんのかテメェ!!!!!!」
振り下ろされた鎚をつかみ取り、反対の拳を思いきりこの馬鹿をぶん殴る。
地面に吹き飛ぶこの大馬鹿野郎に近づき、襟元を掴み持ち上げてやる。
「テメェの仕事道具を! 相棒を人に振り上げるヤツがどこにいる! 職人の命をなんだと思ってやがる! 拳で来いコノヤロウ! 相手になってやる大馬鹿野郎が!!」
このクソ馬鹿野郎。何べんでもぶん殴ってやる。性根を叩きなおしてやる!
「ひ! ひぃぃ! すまねぇ! すまねぇ!! 許してくれ!!! 俺が悪かった!!!!」
「俺じゃねぇ! テメェの道具に謝りやがれ!! おら、これ持ってとっとと帰りやがれ!」
このクソアホ大馬鹿野郎が逃げ帰るのを見送り、ようやく留飲を下げる。
……ん? なんだ、なんで俺が外にいるんだ。
……興奮しすぎてシズマの意識を押しのけちまったのか。
まいったな……。
「……とりあえず工房戻るか」
「……瞑想でもしてみるか」
俺は炉の火を落とし、程良い室温になったところで、椅子に座り目を閉じる。
心地良い。火事場の匂いと温度に身を任せ、うたた寝をするようなこの感覚。
懐かしい……そう感じるのは、たとえ偽りの、作られた記憶でも止めようがない。
いいや、偽りじゃねぇ。確かに存在していたんだ。少なくとも俺……俺達の中じゃ。
そうして、ゆっくりと意識が闇の底に沈んでいく――
闇の中、俺は一人の大男と対面していた。
シジマ。俺が先程まで使っていた身体、そしておそらくその本来の持ち主が宿った状態。
そんな彼が、唐突に頭を下げた。
「スマン、シズマ。つい……カッとなったら、儂が表面に出ていた。お前の行動を妨害してしまい、悪かった。許してくれ」
その律義な謝罪を受け取る。いやいや、そんな謝ることでもないだろうに。
それだけ、シジマにとって許せない暴挙だったのだろう。
鎚で人を殴ろうとするあの行動は。
「怒ってないよ。それだけシジマが真摯に鍛冶に打ち込んできた証さ。俺だったらもっと短絡的に力に訴えていたよ」
「スマン、どうしても道具を暴力に使うのだけは許せなかった」
「いいよ、許す。そもそも怒ってないからね。……いや、丁度良かったとも言えるんじゃないか? 今、俺が作ろうとしている武器に関して、専門家の意見を聞くチャンスじゃないか」
そうだ、直接シジマと話せるのなら、今俺が作ろうとしている武器に対して、意見を貰えるではないか。
「技術的にも知識的にも、儂と今のシズマの意識は同じだと思うが……そうだな、確かにこうやって意見を交わせた方が良いものができるかもしれないな」
「だろ? メルトの希望に沿うようにしているんだけど、結局これって可能だと思う?」
「ううむ……デザイン、武器の形状は問題ないが、魔法の発動媒体にするってのが難しいんだろう? 折り込み、割り込みの応用で、魔力と親和性の高い合金を入れ込むのも良いアイディアだとは思うが……長期使用に耐えられるか未知数だ。だから、違う種類の合金がしっかりと圧着、結合するように合金の種類を沢山作っているんだろ?」
「そうなんだ。だけど、デザイン性も重視したいから、出来れば色に差がでるようにしたいんだ。ほら、動画サイトで見たやつみたいにさ」
「あれは『黒化処理』を最後に行った結果だな。反応する強さが違う合金なら、反応の差で綺麗な紋様が浮かび上がる。なら、この世界にある素材で反応液を作れば、合金の結合や魔力路の安定化も可能かもしれなん。儂が以前の世界で、多くの魔法剣を作っている経験、それを生かしてみろ」
俺の目標は、強く、美しい武器。
記憶と経験、そして大量の資料の中にあった、ある一本の実在する剣を、この世界で再現しようと思っているのだ。
それは、ブラックメッキのような、美しい刀身の剣だった。
だが、その刀身には黄金の金属が挟みこまれており、ダマスカス鋼のように黄金の線が刀身を美しく飾っていた。
しかも、その模様はしっかりと意図的に、図形を形作っていたのだ。
あれを、あの模様を、魔法の発動媒体として利用できるように改造して剣を作りたいのだ。
「恐らく、反応液そのものは簡単に調合出来るだろう。魔法の通り道を保護しつつ、異なる金属を黒化させ、磨いたときに強く反応した方にだけ黒が残る。結果、強力な魔力に耐えられる上に美しい黒と金のコントラストが冴える刀身が生まれる。が……問題は反応液に追加する『強力な魔力を秘めた素材』だ。ただのゲーム時代の製法では、強力な発動媒体にはならんだろう。何かないか? この世界で手に入れた、強力な力を秘めた素材は。それで反応液を試作するといい」
「なるほど……分かった、試してみる。合金の結合は反応液で後押しすればいけるなら、とりあえず親和性は二の次で、強力なインゴットを生み出してみるよ」
「ああ、そうしてみてくれ。……楽しみだな、うまくすればとんでもない魔剣が生まれる。唯一の難点は、黒に金というカラーをメルトの嬢ちゃんが気に入るかどうか、だな」
「いつも同じ系統色の装備や服ばかりだからね。武器くらい、異質感、差し色もかねて、銀の真逆にしようと思ったんだよ」
銀の対極は金。白の対極は黒。そんな理由で決めたカラーリングだ。
まぁ、資料映像の中で見かけて一目ぼれしたというのもあるけど。
「では、健闘を祈る。あとは頼んだぞ、シズマ」
「ああ、まかせてくれシジマ」
そうして意識が、この闇の世界から遠のいていくのを感じる。
……シジマ、まさしく職人魂を持つ、熱い男だったな――
「お、戻った。なるほど、反応液で仕上げるのか。確かにゲーム時代の武器を作るときも、特殊な溶液に浸していたな……」
ともあれ、今はインゴット作りに集中し、それで剣本体を生み出すのが最優先だ。
メルトも、初日以来ここには顔を出していないし、今頃何をしているのだろうか――
「お疲れさまでした。助かりました、メルトさん。紅玉の冒険者が今の時期にこの場所に来ることは少なく、国からの発表で今、地方に向かう人も増えているんです。だから鉱山の討伐任務を受けられる人が少なくて……」
「どういたしまして! たくさん倒せば報酬ももらえるし、珍しい素材もいっぱい手に入るからね! これで鍛冶職人さん達にいっぱい強い武器を作ってもらうといいよ!」
「ええ、お約束します。これまでの素材も全て鍛冶ギルドで査定中ですが、売れ次第メルトさんの口座に振り込んでおきますので」
「はーい。じゃあ次の依頼どうしよっかなぁ……街の中で済ませられる、簡単な依頼って何かないかしら?」
「そうですねぇ……簡単な依頼は出来るだけ新人の方に回しているのですが……そうだ、新人の教練を担当してみるというのは。今、この街に何人か新人の冒険者がいますし、その方達に訓練をつけるというのはどうでしょう? ギルドからの正式な依頼としてメルトさんを指名しますよ」
「おー……私にできるかしら? そういうの、したことないわ」
その頃メルトは、イズベルで受けられる依頼、主に鉱山内部や山の山頂付近での討伐任務を受け、鍛冶大会に出場している人間が材料不足にならないよう、間接的にシジマに協力していた。
この鍛冶大会に提出される作品の数々は、無論、交渉により一般の人間も購入可能。
故に資金に余裕のある高ランク冒険者もこの大会の見物に訪れるのだが、それは最終日付近の話。
まだ開催から日も浅い今の時期は、事情を知らずに早く来た、新人冒険者の姿が目立っていた。
そんな環境の今、ギルドの受付が提案したのは、珍しく早くから来ている上級冒険者であるメルトに、新人への指導を任せるという内容だった。
まだ、本格的な討伐依頼を受けられない新人に、戦闘の基礎や、上の人間の戦いを実際に見せるのは良い刺激になると思い提案したのだが――後に、それは間違いだったと知ることになる。
簡単な話『ランクが上だろうとまだ年若い小娘に完膚なきまでに力の差を見せつけられた冒険者』がどうなるのか、受付は理解していなかったのだ。
いや、それとも……『この優しい少女が、戦闘においては十三騎士にも迫る実力を持つ』と知らなかったが故の悲劇なのか――