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第百五十一話

 光に包まれ、視線の高さが上がる。

 そう、シジマの背の高さは、俺のキャラの中では三番目に高い。

 一番高いシレントに、次いで高いルーエ、そして……シジマだ。


 鍛冶師は、生産職の中では珍しく『普通に戦っても強い』職業だ。

 無論、専用の攻撃技や補助スキルがあるわけではないが、ステータスそのものは戦士と大差ない。

 そしてシジマはサブに設定している職業が戦士なので……普通に使えるスキルが少ない戦士という使用感だ。


「よし、意識は俺のままだな。メルト、どうだい? この姿が鍛冶師のシジマだ」

「ひっ! 声が大きくて太くて恐いわね……? それにお髭もじゃもじゃね」

「そうだなぁ。イメージ的にはドワーフだったからなぁ」


 が、俺がやっていた作品にはドワーフという種族がいなかった。

 なので、普通に筋骨隆々のでっかいおっさん鍛冶職人っていう、ある種ステレオタイプな容姿だ。

 実際、友人達にも当時『すっげえそれっぽい』『なんか完成品に良い効果追加されそう』なんて言われたものだ。……まぁ実際そんな効果微塵もないんですけどね。


「じゃあ、明日大会に登録するのね? ねぇねぇ、シジマが剣を作るところ、見学して良いかしら?」

「勿論いいよ。レンタルする工房の場所も知っておいてもらいたいし、明日は一緒に行動しようか」

「楽しみね……シジマ、すっごく風格があるわ。達人って感じよ! 喋り方とか気を付けるのよ? こう……頑固職人とか、寡黙なおじさんみたいな?」

「……ああ。これでいいか?」

「ばっちり!」


 よし、では……この鍛冶大会、俺が取らせてもらうぞ……!






 翌朝、マイクロバスの中での目覚め。

 元々のバスの断熱性に加え、土の中だということもあり、暖房をつけずとも毛布だけで十分に暖かく過ごすことができた。


 周囲の照明は消している為、現在の時刻が何時であれ真っ暗闇ではあるのだが、俺は起き上がりバスの外へ向かい、そのまま穴の外へ出る。


「ん……朝だなー。しっかし凄いな……本当に外からじゃ完全にバスが隠れてる」


 穴は完全にふさがれ、ただ落ち葉や雪が降り積もっているだけにしか見えない。

 下に降りる為のスロープだって、枯れた木の根が絡みついて放置されているだけにしか見えない。

 まさに完全なる擬態だ。これなら知らない人間が近くに来ても見つけられないだろう。


「よし……メルトを起こすかな」


 バスに戻り、俺は今日も後部座席で気持ちよさそうに眠るメルトを起こし、まだ少し眠そうにムニャムニャ話すメルトを連れ、街へ向かうのだった。




「ふぁあ……ああ……まだ少し眠いー……シジマ早起きねー……」

「職人の朝は早い、ってことなのかな」


 どうやらまだ早朝らしく、門番の人間も眠そうな顔をしていた。

 無論、街も静寂に包まれ、出歩く人間の姿もなかったのだが、時折工房区画の方から『カン!』っと甲高い金属音が響き、俺の『職人の朝は早い』という予想を正解だと教えてくれていた。


「こりゃまだ飲食店も開いていないだろうな……やっぱりメルトだけでも戻って寝るかい?」

「ううん……頑張って起きる……」


 ふにゃふにゃ尻尾とふにゃふにゃフェイスで、どこかおぼつかない足取りで道を行くメルト。

 なんだか可哀そうなことをしてしまったな……まだ眠かろうに……。


 そのまま、鍛冶ギルドを探し街をさまよっていると、工房区画の入り口近くに、大きな金づちと剣の形を模した看板を掲げた鍛冶ギルドを発見した。


 やはり鍛冶ギルドなだけはあり、看板は金属で作られており、細やかな彫刻や金細工で『鍛冶ギルド』と文字が刻み込まれている。


「これは風格がある看板だ。よし……じゃあ俺は今から流れの鍛冶職人、秘密主義で寡黙な頑固おやじになるからね」

「うん……でも私には優しくしてね……」

「……分かった」


 うん、そうだよね。頑固親父だって、自分の娘みたいな子には甘くなるよね。

 じゃあその方向で……ロールプレイ、開始だ。



 ギルドの扉を開く。しっかりと蝶番に油を差しているのか、一切のきしみなく開いたそれは、流石鍛冶ギルドの本部なのだと、そんな些細なことにも関心してしまう。

 実際、結構細かいところのメンテが行き届いてない、そんな建物をよく見るので。


 俺はそのまま、受付へ向かう。

 冒険者ギルド程広くはないので、受付は一つだけ。

 そもそも鍛冶職人の絶対数が、冒険者程多くはないのだろう。


「失礼する。ここで鍛冶大会の受付が出来ると聞いた」

「ん? おめぇさん見ない顔だな。流れか?」

「ああ。旅の傭兵団みてぇなとこで働いてる」


 受付の人間もまた、鍛冶職人と思われる筋骨隆々の男だった。

 俺以上の髭に、少し背の低いがっしりとした体形。

 恐らく彼もまた、ドワーフと呼ばれている種族なのだろう。


「ってことは工房のレンタルも必要だな? 共同工房と個人工房、そんで個人工房にもランクがある。一カ月にかかる費用は共同なら大金貨五枚。個人なら最低でも八枚、一番良いとこだと一カ月で大金貨一五枚になる。どうする?」

「設備の違いは? 俺は誰かに自分の技を盗ませるつもりはない、個人工房だ。値段の差でどう変わるのか教えてくれ」

「なるほど、自信ありって訳だな。どのみち個人工房と契約する人間には一軒ずつ見せてんだ。今から案内する。金はあるのか?」

「たんまりと」

「いいだろう、んじゃついて来い」


 そうして、このいかにも職人と言った風貌の受付の男性に連れられ、工房区画へと向かっていくのだった。……ちなみに、俺の更に後ろにはちゃっかりメルトもついて来ています。


「その娘っ子はなんなんだ?」

「うちの傭兵団の新入りってとこだ。お嬢にそろそろまともな武器を作れって団長の命令でな」

「なるほど。……新入りで紅玉ランクか。相当な手練れ集団の専属鍛冶師か。こりゃ期待できるな」

「ああ。元々優勝を狙っちゃいないが、結果的に優勝は俺になる」

「クハ! 言うじゃねぇか! 鍛冶職人の街で断言するたぁ良い度胸だ! お前さん、名は?」

「シジマだ」

「よし分かった。シジマ、まず一件目はここだ」


 世間話をしながら区画を進んで行くと、入り口からほど近い場所にある、小さな工房に到着した。

 そのまま中に案内されると――


「まぁ、見ての通りちっと炉が小せぇ。道具そのものも、燃料も揃っちゃいるが、ここじゃアクセサリー関係しか作れないだろうな」


「なら却下だ。出来れば高火力を維持できる炉に、ある程度大きな金床、インゴットの精錬の為に半自動の金打ちベルトハンマーも欲しいな」


「ほう、そこまで注文するとなると……最高級の工房になるが、いいのか? 高いぞ」

「構わん。そこに案内してくれ」


 まだ、俺に詳しい鍛冶の知識が染みついていない。

 これまでの経験からして、恐らく実際の鍛冶場に立ち、道具を持ったところで初めて、様々な知識、ゲーム時代の鍛冶スキルや、ゲーム制作時にクリエイターが見聞きした資料、映像の知識が一挙に頭に流れ込んでくるのだろう。


 まだそれら知識がなくても、最高の設備が必要だと俺の勘が囁いているのだ。

 メルトの為に武器を作りたいと、大会を優勝したいと願った俺の気持ちに、この身体が、シジマが応えようとしているのが伝わってくるのだ。


『最高の逸品を作ってやる』『お前達の願い、儂が必ず叶えてやる』そんな気持ちが胸の奥から湧き上がってくるのだ。


 ……鍛冶師のストーリーは、ひたすらに職人の道を極める為、依頼人の願いを叶える為、悪を斬り裂き人々の願いを叶える為、ただ鎚を振るい続ける、そんな正義の求道者の物語だ。


 その思いが、経験が、この身体に深く深く染みついているのが、理解できるのだ。

 そうして、この区画の最深部、一際大きく、そして高い煙突が聳える工房に案内されたのだった。




「ここが最高級の工房だ。だが、火の温度が高くなりやすい反面、一瞬の油断でインゴットも容易く融解しすぎてしまう。鋳造であれ鍛錬であれ、武器の成形にも細心の注意を常に払う必要がある。それでもいいんだな?」


「構わん。ここで、最高の武器を生み出す。期待していろ、見たことのない……至高の一振りを見せてやる」


「大口もそこまで叩けりゃ大したもんだ。シジマ、必要な材料はこの区画の問屋で補充しろ。この参加証を見せれば格安で譲ってもらえる。無論、自前の素材も自由に使って構わん。出場者の中には、貴族のバックアップを受けている職人だっている。一流の腕に最高の資金源が揃ってるヤツなんざごまんといる。そいつらを流れのアンタが本当に凌駕できるのか……見せてくれ」

「任せろ」


 そうして、俺は鉄製のゴツイメダルを受け取り、それを首からかける。

 素材……か。一応目を通しに行った方が良いだろうな。

 俺は一カ月分のレンタル料、大金貨一五枚を支払い、受付の男性が去っていくのを見送るのだった。


「よーし! メルト、今回はリクエストは最低限で、最高の一振りを俺が考えて作る。それでいいかい?」

「あ、うん! 急に話し方が変わってびっくりしちゃった。そうね、私へのプレゼントだもんね……楽しみは完成まで取っておいた方がいいわね!」

「そういうこと……けど、刀身の長さとか刃をどう付けるかは聞いておかないとね。メルト、どういう剣が良い? ここに紙もペンもあるからね、描いてみてくれないかな?」


 そういってテーブルの上に紙とペンを置くと、露骨にメルトが渋い顔をした。

 珍しい……! こんな顔今まで見せたことがなかったのに!


「うー……私絵心ないー……」

「んー……ほら、刃を片方につけるのか、両方につけるのか、とか。切っ先も鋭くするのか、とか」


 俺は試し、ペンを手に知識の中にある武器のイラストを描こうとする。

 だがそのタイミングで、一挙に鍛冶の知識と経験、資料と映像、全てが脳裏に流れ込んできた。

 く……油断した……この場所で作業をすることが……トリガーだったのか……。


 頭痛に眩暈、目をつぶっても流れ続ける映像の記憶。目まぐるしく流れる情報の奔流。

 それらに耐えるように、テーブルに突っ伏し、痛みがすぎ去るのを待つ。


「シジマ? 大丈夫? またいつものヤツ?」

「ぐ……ああ……でも、まだ耐えられる……」


 恐らく、この身体が頑強な鍛冶師のものだからだろう。

 それにルーエと比べれば、まだ大丈夫な範囲だ。


 ……凄いな、実際の刀鍛冶のところに取材に行ったり、模造刀やレプリカの武器を作る海外の職人に取材しにいったり、様々な武器の歴史や鍛冶の技法、動画サイトに存在する様々な武器の製造工程の動画も見て来たのか、製作者は……。


 それに加え、シジマの職人としての人生と経験が、身体に乗り移っていくような感覚がする。

 今の今までただの風景だったこの工房の様子が、全て自分の手足の新たな部位として脳裏に刻まれていくような感覚がする。


「……描けるな。メルト、見てて欲しい。今から数種類のダガーの絵を描くから、どれが一番自分に合っていそうか決めてくれ」

「う、うん。分かったわ」


 そうして俺は刀身の形、刃がつけられた位置、刀身の厚さやグリップの長さ、ガードの形状やナックルガードの有無など、あらゆる種類の図面を描き、そしてメルトに質問を繰り返していく。


「す、すごいわ……私が『こうだったらいいな』っていう考えがどんどん絵になっていく……なんだか不思議……魔法みたいよ」


「そうだね、自分でも驚いてる。じゃあ『諸刃で流れるような流線形の刀身』『刀身はやや厚めで突き刺しにも耐えられる強度』『魔法の発動媒体にも出来るようにある程度の生態パーツを使用』『グリップはやや細く短め』『二本とも同じ形』『ガードは受け流すのを意識した形状』だね」


「えっと……自分で言っておいてなんだけども……物凄い剣になるよ? 魔剣の類になるんじゃないかしら?」

「大丈夫、そういう剣も作った経験があるから。最高のツインダガーを作り上げて見せるよ」


 そうして、俺は手持ちの素材と、この世界に来てから手に入れた様々な素材を全て並べ、メルトの剣をどうするか脳内で設計図を組み上げていくのであった。

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