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第百四十九話

「あ! セイム大変! 私達の宿、予約しないと!」

「あ……! そっち優先すべきだった! 急がないと」


 武具店を後にした俺達は、今日の宿のことをすっかり忘れていた。

 ……名物の鍛冶大会が開催され、それ目当ての観光客も増えつつある……これは嫌な予感がする。


 俺は、メルトが前回宿泊したという宿『トンチン館』へと向かうのだった。

 ……もう突っ込まんぞ! 宿の名前に! なんだよキンコン館だけじゃなかったのかよ……!




「申し訳ありません……『うちですら』満員なんですよ……うち、こう言っちゃなんですけど、サービスの質も悪くてご飯も美味しくない、安さもそれほどじゃないんですけどね……」


「セイムセイム、これ嘘だよ。この宿、すっごく人気なんだ。ご飯はおいしいし量が多くて、変な時間に持ってくること以外は凄く素敵な宿なのよ」


「まぁまぁ、そう言ってくれるのは貴女だけよ。ええと確か……メテオちゃんだったかしら」

「メルトだよー」


 うん、トンチンカンだ。

 だが、どうやらこの宿、かなりの大きさをしているのだが、それでも満室だと言う。

 ここは大人しく他の宿を探すしかないかねぇ……。


「分かりました。では、他をあたりますね。お手数おかけしました」

「ごめんねぇ。またね、メテオちゃん」

「だからメルトだよー」


 メテオちゃん……空から降ってくると申すか。




「ごめんなさい、今全てお部屋が埋まっているのよ」




「まずうちさぁ、満室なんだけど……俺の私室泊まってかない?」




「悪いな、この宿は予約制なんだ」




「こんな時期に空いてる部屋がある訳ないだろ! いい加減にしろ!」




「ん? 休憩かい? 一晩使うなら銀貨一枚。壁が薄いからあんまり激しいのはナシだぜ」

「すみません、間違えました」




 なんかこの街の宿屋、癖強いとこ多くない!?

 かれこれ数件回ったのだが、見事に全て宿が埋まっていた。


 というのも、流れの職人や他の街で働く職人も皆、今の時期はこの街に移動してきているらしく、元々宿が取り難いそうだ。


 なので観光客は基本、街の裏手にある野営地でキャンプをするのが一般的だそうだ。

 もしくは、審査期間に入る月末まではこの街には来ないのだとか。


「どうしよっか? 最後の宿なら空いてたけど、あそこはダメなの?」

「ダメです、あそこは宿に見えて宿じゃないんです」


 いわゆる『連れ込み宿』ってやつです。ラブホですラブホ。

 ……メルトと俺は、たぶんそういう関係じゃない。少なくとも今は。


 それに……もし、本当に家族ではなく夫婦のような関係になるのなら……俺は俺自身の、本来の姿でいたいと思っているから。


「偽物の宿なのね。きっと、寝ている間に荷物を取られて、それで奴隷として売られちゃうのね。私知ってるわ……そういう恐い宿があるんだって、昔本で読んだことあるの」

「そういうのじゃないんだけど、まぁ普通の宿じゃないのであそこは無視しましょう」


 何それ恐い! なんかそういう都市伝説、地球にもあったような気がするなぁ……。


「うーん、どうしようかしら? テントにする? 私、テントでも大丈夫よ? ちょっと寒いけど、二人でくっつけばきっとポカポカよ。私の尻尾はあったかいんだから」

「それは魅力的ではあるんだけどなー……いや、もう一つ手段があるぞ、メルト」


 そうだ、思い出した……!

 俺にはアレがあるじゃないか。


「なになに? なにがあるの?」

「とりあえず……野営地は人が多そうだから、人が少ない場所を探そうか」




 イズベル周辺は鉱山が広がっている影響か、そこまで草木が多いわけではない。

 そもそも季節が冬なのだし、さらに言うとリンドブルム周辺以外は土地がまだ枯れている、弱っている状態だ。


 故に、何もない荒野や、木が少ない林がぽつりぽつりと点在しているのみだった。

 俺達はそんな林の中から、できるだけ規模の大きい林を見つけ、その中へ入っていく。


「ここで野営するのかしら? 少し街から遠いけど、ここでいいの?」

「メルト、あれだよあれ『ブロロロン』って。あれを出すよ」

「あ! そっか分かった! 大きい穴を魔法で掘ればいいのね!」

「そういうこと。で、バスをその中に召喚したら、穴を隠すように木とか枝で隠すんだ」

「了解! 落とし穴みたいにふんわり穴を塞ぐのね?」


 そうそう、そんな感じ……って、メルトも落とし穴とか作ったことあるのか。

 メルトの魔法だと……かなり短時間で作れそうだな、落とし穴。

 植物の根とか操作して穴を塞いだりできそうだし。


「ええと……幅はこれくらいだったかな? それで長さは……これくらい! 少し余裕ができるように、一回り大きな穴にするね? 深さは……私三人分くらいかしら?」

「そうだね、メルトを縦に三人分くらいかな?」


 想像したら可愛かった。メルトがポンポンっと上に重なる姿が。

 空から降ってくるのだろうか、テ〇リスみたいに。いや……これぞまさしくメテオちゃんか。

 などと、くだらないことを考えているうちに、どんどん目の前の地面に大きな穴ができていく。


「ふぅ……大きいとちょっぴり疲れるね! できたよ、ブロロンの穴」

「バス、ね。あれはバスって言うんだ。じゃあこの場所に……」


 俺はハウジングメニューを操作し、メルトの作った巨大な穴の底にマイクロバスを召喚した。

 次の瞬間、音もなくすっぽりと穴に収まるバス。大きさも予想通りだ。


 あとは穴の底に安全に降りられるスロープをメルトに作ってもらい、穴を覆い隠すように木の根で穴を塞ぎ、スロープも一緒に隠してしまう。


「完成。秘密基地だ」

「おー! でも中、真っ暗になりそうね」

「んー、たぶん大丈夫だよ」


 俺は木の根をかき分け、スロープを降り穴の底にたどり着く。

 そこで更にハウジングメニューを操作し、照明機材を壁に埋め込むように設置していく。

 ……やはり、ゲーム時代のままだ。どこに繋がっている訳でもないのに、しっかりと光る。


 そうして、この暗いはずの穴の中が、どんどん光に満たされていくのであった。


「わー……凄い……まるで魔法ね? こんな魔導具も持っていたのね?」

「そうだね、最近出せるようになったんだ。いろんな家具みたいなものもあるから、今回は宿の代わりにここに泊まろうか」

「わーい! なんだかワクワクするわ……! 地面の下にこんな快適な空間があるなんて! 後で私、トイレとお風呂、穴を掘って作っておくね?」

「あ、お願いするよ」


 実は浴槽やトイレのパーツも存在するが、今は使い勝手が分からないので、また今度だな。

 そうして、俺達の宿の心配はひとまず解決し、この拠点をそのまま残し、街に戻るのだった。




「さて、次はどうしようか? 時間的にはまだ夕食には早いし、もう少し街を見て回る?」

「んーと……あ、そうだ! この街ね、今も鉱山で賑わっているけれど、昔ほど採れなくなったんだってさ。だから外から金属とか鉱石を輸入しているのだけど、沢山採れた時代の鉱石とか展示されてる博物館があるのよ。昔に作られた武具とか、綺麗な石も飾ってるんだー。見に行かない?」


 ほう……鉱石の博物館か。それは見てみたいな……。

 俺、結構天然石とか好きだし。宝石よりも、加工前の天然石の方がロマンを感じるんだよね。

 ……懐かしいな。どこかのお土産で、小さい鉱石標本を貰って、机に飾ったっけ。


「楽しそうだね、行ってみようか。俺、石って好きなんだよ」

「へー! 私の住んでいた森って、石とかそういう特産物ってなかったから、少し新鮮よ。だって石の中に、綺麗なものとか鉄の材料が混ざってるんだもん。いつか自分で掘りにいってみたいわ!」

「そうだなぁ、もしかしたらこの街にも、そういう鉱山の採取任務があるかもしれないね」

「あ、そっか! じゃあ明日、見に行ってみるね!」




 鉱物博物館は、予想できていたことなのだが、あまり観光客が足を運ぶ場所ではないようだった。

 まぁ地球にいた頃もこういう施設って、大人気スポットというより、興味ある人間が足を運ぶ、いわゆる穴場というか、隠れた名所みたいな扱いだったからな。


 そんな中、メルトは鉱物の標本コーナーを熱心に見つめながら、ぶつぶつと何か呟いていた。


「――これ本物……じゃないなー……買えないのかな――あ、偽――これだけ……」

「メルト?」

「! うん? なになに?」

「随分真剣に見ていたけど、気になる鉱石があるのかい?」


 どうやら、希少な鉱石のサンプルを展示しているコーナーだったようだ。

 見れば、どうやらそれらはこの鉱山で採取できるものではなく、あくまで参考として展示されているレプリカ群であるようだった。


「うん、欲しいなーって思ったの。でも偽物なのね、これ」

「そうみたいだね。それに博物館って、展示物を買える訳じゃないからね。まぁ……法外な金額を提示したら可能性はあるけれど」


 法外な金額、持っていますので……。


「そっかぁ……欲しいなぁ……『魔竜銀』……」


 どうやらメルトが見ていたのは、レプリカとはいえ、まるで工芸品のような美しい模様が浮かび上がる、青銀の塊だった。

 確かにこれは綺麗だな……。


「メルト、これってどんな素材なんだい?」

「これね、鉱石だけど厳密には生体素材なのよー。強い魔力を帯びた特殊な竜が、餌として食べた鉱石の成分と自分の魔力、それに血の一部が体内で結晶化して、心臓の中で成長していくのよ。強い武器の素材になるのは勿論だけど、錬金術のすごーくすごーく貴重な材料なの」


 なんと……これが生き物中で作られるのか! 真珠の竜バージョンといったところだろうか?

 ふむ……もしかしてあれか? 鍛冶大会の景品になっている『クォーツドラゴンの心臓銀』と似たようなものだろうか?


「ええと、どこかにチラシは……あった。メルト、これ見て。この鍛冶大会の優勝賞品にある素材、これってもしかしてメルトが言っていたヤツじゃないかい?」


 博物館の壁に貼ってあったチラシを指し示す。

 鉱石の生まれ方を聞いた感じ、この『心臓銀』というのと同一のものだと思ったのだが。


「あ! これよこれ! そっかぁ……水晶竜の魔竜銀……いいなー……これ、優勝した人から買い取れないかしら……?」

「メルト? 珍しいね、そんなにものを欲しがるなんて」


「うん……セイム……ちょっと今回だけ、わがまま言っていいかしら? その心臓銀、買い取れないか聞いてみてくれないかしら……?」


 メルトが、凄くか細い声で聞いてくる。

 そしてこれは恐らく……俺に買って欲しいという意味だ。

 賞品にされるほど希少な素材、メルトに買えるとは思えないからな……。


「どうしても必要なんだね?」

「うん、必要よ。まだ理由は言えないけど……作りたいお薬があるの」

「薬……分かった。魔竜銀が手に入るように動いてみるよ」


 薬? 何に必要なのか分からないけれど、薬である以上……何かしらの体調不良や予防、必要になる場面が予想されているのだろう。

 家族が薬を必要としているなら……協力するのは当たり前だ。


「メルト。買うより良い方法があるよ。……俺が大会に出る」

「え!?」

「メルトにプレゼントする予定の武器も俺が作る。……俺が作った剣で大会に勝てば、メルトの剣も素材も両方手に入る。だろう?」


 いいじゃないか、それで行こう。これなら……満足のいく武器をプレゼントできる。

 そして素材も手に入る。まぁ問題は大会で勝てるか否か、ではあるのだが。


「大会勝てるの……?」

「……俺の中に、鍛冶職人が一人いるんだ。その姿で……全力でやるよ」


 いいぞ、やってやる。ゲーム時代に全ての装備を自前で作り上げ、技能レベルもレシピも全て最大まで開放しているんだ……この現実世界で全力で作ったらどうなるか、試してやる……!

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