第百四十七話
「飛び込みの依頼があって助かったね」
「ね。ええと……コンコーン商会? っていうところの護衛だよね?」
「なんでも、急遽輸送の仕事が決まって、急いで発たないといけないんだとか」
今回、イズベルに向かうついでの依頼を吟味していると、急遽募集が開始された護衛依頼を発見したので受けることに。
どうやらリンドブルムの外の商会らしく、この都市まで輸送する予定だったのだが、急遽自分達で残りの道程も輸送することになり、自分達の護衛とはもう契約が終了して別れてしまった為、急遽新たに護衛の人間を募集していたのだとか。
「ここって旅宿通りだっけ? 商業区画? あっちじゃないのね」
「ここの商人さんじゃないからね。旅をしている最中なんだよ」
「そっか。ずっと遠くから来た人なのねー?」
恐らくそうなのだろう。港から来たとも聞いているし、外国の商会なのかもしれない。
そうして俺達は、リンドブルムのメインストリートである旅宿通りにある、約束の宿へ向かった。
いつもこの通りは遠出をする旅人が朝から旅支度をする姿が見られていたが、今回俺達が依頼を受けたコンコーン商会の皆さんも、例に漏れず宿の前で馬車の積み荷をチェックしていた。
どうやらちょっとしたキャラバンのようで、荷馬車が三台に商人や交代の御者を乗せた馬車がさらに一台と、中々の大所帯だった。
この四台を二人で護衛するとなると、結構骨が折れるな……。
「おはようございます。コンコーン商会の方でしょうか?」
作業中の男性に話しかけると、すぐに顔を上げこちらを向く。
お、獣人だ。どうやらメルトと同じく、狐の獣人のようだ。
「おお! 依頼を受けた冒険者の方ですね! 初めまして、このキャラバンの責任者の『コヤン』と申します。いやよかった……募集期間がたった一日、それもすぐに出発となると誰も見つからないかと思っていたんですよ」
「なるほど、そうだったんですね。馬車が四台のようですが、護衛はギルドで募集していた人間だけですか?」
俺がそう訊ねると、意外にも――
「いえ、ギルドの募集は貴方達二人だけです。ですが、実は昨夜、この近くの通りで護衛を受け持つと言ってくれた親切な方がいましてね? その方達も護衛してくださるんです。ですので、貴方方を含めて六人で護衛することになります」
ふむ……ギルドを通さずに依頼を受けられるのは黄玉ランクから、そして護衛依頼を受けられるのは翠玉ランクから……なら、ある程度実力のある人間なのだろうか?
「ふむ……一応、この街というか国の基準ですと、通常は――」
俺は、護衛任務についての規則をコヤンさんに説明する。
だが、どうやら護衛を受けてくれる人間達は、冒険者や傭兵と言った組織に所属している訳ではないらしい。これはちょっと……警戒した方が良いかもしれないな。
「ねぇねぇ! この馬車に積んでるのってなーにー? なんだかすっごく重いわ!」
「っと、メルトいつの間に……すみません、連れが勝手に」
「おや? お連れ様は狐族のお嬢さんだったのですか! これは奇遇ですね! 私どもの商会は皆、狐族の者達なのですよ」
すると、他の馬車で作業してる人達も皆、よく見るとメルトによく似た三角耳と、もふもふの尻尾を生やしていた。
なんとも、見ているだけで癒されそうな商会だ。
「わ、ほんとだ! 白狐族に狐族に黒狐族……珍しいねー!」
「お嬢さんも珍しい先祖がえりをした白狐族とお見受けしました。出身はどちらで? やはり貴女も『セキリョ国』でしょうか? それともまさか『シジュウ』出身だったりするのでしょうか?」
「えっと……私はこの大陸出身よ? 生まれも育ちもこの大陸」
ふむ、初めて聞く名前の国だ。察するに獣人の国だと思うのだが……そのうち他大陸や他国のことも調べてみたいな。
「おや! それは珍しいですね! 狐族が他大陸に渡ることは稀ですから。ではこれから約四日間、護衛の方、よろしくお願いいたしますね」
そうして、俺達も出発の準備を手伝い、東門から抜けてイズベルを目指すのだった。
「あの、他の護衛の皆さんって、結局合流しなかったようですが、どうなっているんです?」
「それが、どうもこの先に野営地があるから、そこで合流する、と」
「あ、あの野営地ね? 何回か行ったことがあるわ」
「そうだね、あそこならよく知ってるよ。場所は俺達も知ってるので、安心してください」
道中、俺とメルトは先頭の馬車と馬で並走しながら、コヤンさんから話を聞く。
ふむ……なんだか妙な話だな。
「コヤンさん。あまり人を疑いたくはないのですが、その護衛、もしかしたら怪しい連中かもしれませんね。わざわざ人の少ない野営地で合流、どこにも未所属で護衛を買って出るなんて。元々、イズベルに向かう街道は、襲撃が多いんですよ。だから護衛任務も多いんです」
「あ、そういえば私も前に護衛任務でこの街道通った時、帰り道で襲われたわねー」
「と、いう訳なんです。こう見えて俺もメルトも、現状リンドブルムの冒険者の中では上位に入る実力者だと自負しています。一応、俺達も警戒していますが、そちらも警戒してくださいね」
念の為警戒を促しておく。だが、もしかしたら難民の一部が職に困り、こうやって稼ぎを得ている可能性も捨てきれないのだ。
決めつけはよくないが、警戒するにこしたことはないだろう。
そうして、俺達は東の野営地に到着し、その問題の護衛と合流することになったのだが――
「んだよ、俺達以外にも護衛がいるのかよ。アンタらここで帰っていいぜ、俺達が先に受けてたんだ。これ以上護衛は必要ねぇよ」
開口一番これだ。
さて……ここはクライアントの指示を仰ぐべきだが……もう警戒しておけって言ってるからな。
俺が対応すべきだろう。
「もぐりの人間が何言ってんだ。今すぐギルドの職員呼びつけてやろうか? 本来、護衛任務は翠玉ランクからしか受けられないんだ。お前達……その実力はあるのか?」
「あ? 知らねぇよお前らの規則なんて。俺は一人の人間としてこの商人と契約交わしてんだ」
「こんな盗賊だらけの道を身分証明も実力証明もされてない人間だけ雇って進むのは迂闊すぎるんだよ本来。彼は他国の商人だ、この国の制度も地理や治安にも疎かったんだ」
「ウダウダうっせえなアンちゃん。黙って帰れって言ってるのがわかんねぇのか!?」
……ならこっちも相応の対応をする。
突然殴り掛かって来た男の攻撃を受け止め、そのまま全力で地面に叩きつけるように投げる。
倒れたところに、すかさず頭に足を乗せ、少しずつ力を込めていく。
「お前ら、ギルドタグの見方も知らねぇのか。俺は人との命のやり取りを躊躇しない上級のランクなんだよ。素人か、それとも賊の一味か、その程度の連中がどうこう出来る相手じゃねぇんだよ」
「アガガ………アガ……ア……」
「おい、取り巻き三人。動いたら一気に力込めるぞ」
「ヒィイ!」
商人の皆さんドン引きしないで……! こいつらたぶん、盗賊の一味かなにかですから!
たぶん護衛のふりして盗賊の本隊と一緒に街道のどこかで襲うつもりなんですよ!
「セイム、どうしよう! 取り巻き三人じゃなかったみたい! 捕まっちゃった!」
「え?」
その時、馬車の近くで待機していたはずのメルトが、どこからか現れたもう一人の男に羽交い絞めにされナイフを突きつけられていた。
「アニキから足をどけろ! じゃないとこの女を殺すぞ!」
「……メルト、倒していいよ」
「えー……助けてくれないのー?」
やはり遊んでいたのか、そのままメルトは平然と男から離れてこちらに歩み寄って来た。
見れば、男はもう既に、身体の表面が氷に覆われて動けなくなってしまっていた。
なるほど……雪を操作して水か霧にでもして、男を覆ってからまた凍らせたのか。
「抵抗されたので――こうだ。これで『残り四人』になったな?」
そうして、俺は野営地の職員に、この盗賊と思われる四人と、死体を一つ受け渡したのであった。
「本当にありがとうございました……いかに我々が迂闊だったのかよく分かりました……じつは、私は国外に出るのが初めてでして、今回初めて遠征隊のリーダーに抜擢されたんです。もっと詳しく他国の治安や制度を学んでおくべきでした……」
「そうですね。正直今回は擁護のしようがないですね。一応、戦闘が実際に起きたので追加の報酬を頂きますからね。本来ならそちらの落ち度で相方も危険な目に遭ったので、それの保証もしてもらう必要があるのですが、今回は大目に見ます。次回から気を付けてくださいね」
「は、はい……しかし本当にお強いです、セイムさん……でしたか? 貴方もですが、メルトさんも同じく……自然魔法の使い手なんて、我が国にも数えるほどしかいませんよ」
「そうなんですか? ふむ……」
メルトは今、キャラバンの殿を馬でついてきている。
もう、ここから既に警戒した方が良いだろうという判断だ。
「向こうに着いたら、少し貴方の国の話をお聞かせください。他国の情報はあまり得られないですからね、それで今回のことはチャラにしましょう」
「良いのですか!? 分かりました、イズベルに着きましたら、なんでも聞いてください」
ま、これが落としどころか。元々俺が問答無用で職員に突き出すか、野営地を無視して進めば済む話だったのだから。
そうして、一日目の行軍は平たんな街道を通り抜けるだけで他に問題はなく、一日目の野営を迎えるのだった。
二日目、今日は山道に入るからと、いつもより警戒する必要が出てくる。
メルト曰く、前回はこの山道で遭遇はしなかったが、もう少し先にある、崖に近い峠道で襲撃に遭ったそうだ。
なので、今日からは慎重に、メルトは馬を降り、周囲の森の中を駆け回り、魔法で周囲の気配を探りながらついてくるという作戦になった。
「そういえば出発する時、メルトが積み荷を触って『重い』と言っていましたが、中身はなんです? 鉄や鉱石ですかね?」
「ええ、私の国の特産の鉱石ですね。鍛冶職人には需要が高く、合金の材料に使われるんです。錆びにくく、軽い合金を生み出すのに使われるそうです」
「ほほー!」
ステンレスみたいなものだろうか? 詳しい知識はないのだが……ふむ。
鍛冶か……俺も一度『鍛冶師』のキャラクターに変えて経験するのもありだろうか。
正直、鍛冶師の職業スキルは、生産職の中では特別強力な効果ではない。
料理人や音楽家の職業スキルはぶっ壊れ性能だったのだが、鍛冶師のスキルはずばり【筋力倍増】という、地味な効果のスキルなのだ。
『装備に必要な要求レベルを半分にする』という効果しかなく、おかげで低レベルのうちから強力な装備が扱えるのだが、育ってしまえばもう無用の長物になってしまうのだ。
……でも、もし現実の世界で本当に【筋力倍増】が文字通りの効果を発揮したら……。
一度くらい試すのも良いかもしれないな。
それから少し進んで、山を抜け木々の少ない道に出る。
この辺りなら見通しが良いということで、昼食を摂る準備を始める。
どうやらこのキャラバンは遠征慣れしているらしく、料理の手伝いに俺が駆り出されるなんてこともなく、見通しが良いこともあり、準備中は少し暇だった。
「俺もメルトみたいに本でも持ってきたらよかったなー」
少し離れた場所で、反対側を警戒している体で座っているメルトは、何やら本を読んでいる様子。
何を読んでいるのか気になって見に行こうとすると――
「! だれ!? 見ちゃダメ!」
「うわ! ご、ごめん……」
「あ、セイムだった。だったらいいよ。本が気になったのかしら?」
「そ、そうなんだけど……」
まさか見られると恥ずかしい本でも読んでいたのか……?
が、その本の表紙には『錬金夢想願望書』と記されていた。
ふむ……見覚え、いや聞き覚えがあるような……。
「これ、錬金術の古い本なの。おばあちゃんが書いた本なのよ。みんなが『ありえない素材が紹介されている』とか『存在しない薬が書かれている』とか言う、半分おとぎ話の本」
「あー、そういえばそんな話を聞いたような」
「でもこれは、この本がたぶん、一般に売られる前に、おばあちゃんが自分の為に書き溜めた本物よ。原本なの。だから……全部載ってるの。あり得ない薬も、存在しない材料も、秘密の触媒の作り方も、全部。だから、人に見せちゃいけないの」
「な……確かにそれは見せられないね」
原本……そんなものが存在していたのか。
そしてその知識すら、メルトは網羅している、と。
前回実家に行った際に、それらの本を回収してきたのだろう。
「ふむふむ……覚えているけど、思い出すきっかけがないとあやふやなのよねー。だから持ってきたんだけど……うん、なんだか参考になりそう」
「そっか。この辺りは安全だと思うけれど、あまり読書に夢中にならないようにね」
「うん、わかった」
そうして俺も持ち場に戻る。さて、昼食はなにかな?
ここを抜ければいよいよ入り組んだ峠道、襲撃の可能性も高まってくる。
しっかり腹を満たして力をつけておかないとな。
「……この薬ならもしかして……あ、でも無理だなぁ……材料が珍しいものだらけだった……」
メルトは一人、本に書かれている『ある薬品のページ』を熱心に読み込んでいた。
その薬の名は……『物質に命を宿らせる秘薬』。
彼女はある目的の為に、その薬を作ることを密かに自分の目標として定めたのだった。