第百四十五話
それは、突然すぎる発表だった。
開戦と終戦の両方が国民を大きく驚かせたというのに、それすら霞む、大きすぎる発表。
『戦争前にはもう、天然ダンジョンが攻略され、コアを国が受け取り使用済みだった』。
その事実が『開戦の後押しになったのでは』と考察する者が現れる。
そして同時に――『コアを入手するような強大な力を持つ協力者の存在が戦争の早期終結に関係しているのではないか』とも。
限りなく正解に近い推論を立てる貴族がいる中、ついにその立役者と思われる事物が、女王に紹介され檀上に立つのであった。
『ご紹介に与りました。この度のダンジョンコアの提供を行った組織、通称“旅団”の長を務めているルーエを申します。国境にある天然のダンジョンは、我が旅団に所属する副団長と、その相棒である人物により攻略され、ダンジョンマスターを殺害し、ダンジョンコアを入手しました』
檀上に上がる、高齢を思わせる風貌ながら、高い身長と素人目にも『ただ者ではない』と感じさせる立ち居振る舞いの男性。
その彼の宣言を真実だと裏付ける証拠などこの場には存在しないのに、それでも皆、その言葉を真実だと思ってしまうような、そんな風格と説得力があった。
『ダンジョンコアをこの国に提供することについて、我が旅団でも意見が分かれました。自分達で持つべきだ、よく知らない国に渡すなんて危険だ、と。コアの力を使えば、戦争を有利に運ぶことも出来るからです。ですが、我が団の副団長は“この国の女王を信じた”のです』
男は語る。女王がかつて、ダンジョンコアの力をこの後の戦争に使うのを拒絶し、国民の生活を豊かにする為に使うとその場で確約し、その足でコアを使用しに向かったと。
もう既に、この国は痩せた土地ではなく、リンドブルム周辺のような実りが、国中で確認されるようになるのだと説明する。
『その反面、土地が豊かになれば獣も増え、それを狙う魔物も活発化します。これまで以上に各ギルドと領主の連携が求められるでしょう。が、それは本来あるべき国の姿。数々の国を旅してきた我らからすれば、この国はようやく、そのスタートラインに立てた状態でしょう。しかし、大きな違いがあります。それはこの国が“戦勝国”であり、豊富な土地と、人と、兵力を持っているということ。なによりも……既に肥沃な土地であるゴルダを手中に入れ、さらにコアによりこちらの国土も肥沃な土地になるのが約束されているということ。間違いなく……この国は目覚ましい発展を遂げるでしょう。私のこれまで見てきたどんな国よりも……確実に』
その男、ルーエは貴族達を熱狂させるような、未来への希望を抱かせるような、そんな口上を述べる。そして最後に――
『今はまだ、私は旅団の長として旅を続ける必要があります。ですが、我が副団長は既に旅団を抜け、この国の一員として暮らすことを決めました。……私も、やるべきことが済めばこの国に骨をうずめる覚悟があります。この国の守護者として残ることを誓いましょうぞ……尤も、骨を埋めるのは割と早くなってしまうかもしれませんがの、この通りジジイですので』
そう茶目っ気を感じさせながら締めくくるのであった――
んむ、これで良い。これで印象付けられただろう。
『旅団という組織は今はリンドブルムを離れるが、いつか戻ってくるつもりだ』と。
下手に手出しするリスクが高い国だと、そして仮に旅団がいなくとも十三騎士が控えていると。
此度の晩餐会、当然他国の客人も参加しているはず。今回の情報はすぐにでも本国に持ち帰りたいはず。
同時に、ワシの発言で貴族達の動きも活発化するはず。もう、安易に貴族に取り入り、遠回しに国力を削るような貿易、取り込みや情報の受け流しも出来なくなる。
ワシは信用していないのだ、貴族という存在を。
当然のように他国と通じ、自分の利益を国益よりも優先する生き物だと思っておる。
だが、自分の利益を優先するからこそ、国益になる働きが、今最も自分にも利益が出る方法だと思わせることができれば……その結束は強くなり、国力を上げる結果になるだろう。
「ルーエ殿。素晴らしい挨拶を感謝いたします。その……ルーエ殿がこの国に残るというのは本当ですか?」
「今はまだ無理じゃ。だが、旅団の長を別な人間に譲り、ワシもこの国、リンドブルムの守護に就きたいと思っているのは本当じゃよ。ワシももう……旅を繰り返すには年を取り過ぎたからのう」
檀上から降りると、女王がワシに話しかけに来る。
これはワシの本心だ。この国、リンドブルムは……シズマとメルトちゃんの故郷であり、帰るべき大事な居場所。そして同時に、ワシが救った、今苦境にある者達が必死に生きている場でもある。
守りたいと思う。だから、シズマにあんな願いをしてしまったのだ。
もし、召喚可能数が増え、人格をしっかりと宿せるようになったら、ワシを優先してくれと。
「とても……ありがたいお話です。セイムだけでなく貴方までこの国に……」
「まぁセイムは冒険者としてあちこち旅をすることになるからのう。旅団の面々もそうじゃ。なら、ワシくらいここに残った方が安心じゃろ?」
「それは、確かにそうですね」
「じゃがまだまだワシにはやらねばならんことがあるでの。いずれ、ここに転居する時は知らせると約束しますぞ」
そう最後に告げ、断りを入れてからメルトちゃんの姿を探す。
……んむ、しっかりクレス団長と姉のシュリス団長と共にいるようだの。
物凄い美貌の持ち主が三人も固まっていると、ちょっかいをかけるのにも勇気がいるだろう。
「こんばんは。ご機嫌麗しゅう、シュリス殿」
三人固まっている中、ワシはあえて初対面であるはずのシュリス嬢に声をかける。
「おや……これはこれは旅団長殿。今、丁度貴方のお話をメルトちゃんから聞いていたところです。なんでも、孫同然に可愛がっていると……」
「そうですの、メルトちゃんはワシの大事な孫娘ですじゃ。無論……他の面々も大事な仲間ですがの」
「なるほど。おっと、名乗り遅れて申し訳ない。私はシュリス・ヴェール。冒険者ギルド所属クラン、グローリーナイツの団長を務めさせてもらっているんだ」
「んむ、セイムから話は聞いておりますじゃ。とても、良くしてもらっているクランだと。セイムはこれからもこの国、都市で暮らしていきますからの、これからもよろしくお願いしますじゃ」
「勿論ですよ。しかし……なるほど、こうして近くでお話しすると、セイムさんやシレントさんを従えているというのも納得出来ますね。……ただ立っているだけなのに、もし今私が武器を持っていても勝てる姿が一切浮かびません」
なかなか好戦的であり慎重な女性だ。恐らくまだ、ワシのことを多少は警戒しているのだろう。
セイムとして過ごすシズマのことは信頼していても、その上司であるワシを警戒している。
恐らく、彼女の中では幾つかのパターン……ワシが来た本当の理由を想定しているのだろう。
声の抑揚や目の微かな動き、重心の変化や機微が、如実にそれを物語っている。
「おじいちゃんおじいちゃん、アワア……シュリスさんとクレスさんは、姉妹なのよ!」
「んむ、そのようじゃな。二人ともよく似ている。並ぶとあまりの美しさにワシも怯んでしまうのう。本当にこの国が誇る至宝と言っても過言ではないのう」
「ね、二人とも綺麗な鎧姿で、かっこよくて綺麗よね」
意匠こそ違うが、二人ともドレスアーマーを身に着けている。
片や、神公国の騎士団長。片や、リンドブルムの誇る冒険者の最高峰クランの団長。
どちらも名実共に、この国の要でもあるのは皆が知るところなのだろう。
そんな二人と共にいるメルトちゃんはもう、ただの参加者とは見られていない。
無論……ワシも既にこの国の最重要人物であると印象付けられたはず。
そしてそのワシを『おじいちゃん』と呼ぶ彼女はもう、安全圏に入ったと言えるだろう。
……これにて、本当の目的達成じゃ。
かつてスティルが外敵からリンドブルムやメルトちゃんを守ったように、今度はワシが内側の敵からメルトちゃんとこの国を守るのだ。
「おじいちゃん、これ食べて。とっても美味しいのよ」
「ほほう、これはなんじゃろうな?」
「それは鴨肉の内臓を蒸して裏ごしした料理です。ワインにとてもよく合う、と姉上は言っていました」
「ほうほう、では頂くかのう」
こうして……多少言い寄る馬鹿貴族はいたが、無事にダンジョンコアについての発表が済んだのであった――
「では、世話になったのう。メルトちゃん、セイムも既にこちらに向かっているでの、安心しておくれ」
「分かったわ。おじいちゃんも気をつけてね! またね!」
「女王からの伝言です。この国に戻るときは、相応のポストを用意することも出来ますから、と。たぶんルーエ殿は遠慮するだろうとは思うけれどね。ルーエ殿、私からも伝言良いかな? 今度、シズマ君に来て欲しいんだ。色々報告したいことがあってね」
翌日、リンドブルムの東門にて。
メルトちゃんとコクリさん、そしてシュリスさんに見送られ、ワシはリンドブルムを発つふりをする。
また、いつもの岩戸を使い地下通路を経由、今回はそのまま西の出口へ向かい、西門からセイムとしてリンドブルムに帰還する予定だ。
少々手間だが、念には念を入れるのは当然のこと。
オーダー召喚で人格が宿れば、もっと融通が利くのだがのう。
「うーん……やっぱり寂しいわ。おじいちゃん、最後に抱っこ!」
「ひょほ! 喜んでしてあげよう!」
あ、ワシ死んだ。幸せ過ぎて死んだ。
無邪気に抱き着くメルトちゃんを抱き返し、そのまま持ち上げて見せる。
この長身を感謝しよう。
「またのう、メルトちゃん」
「またね、ルーエおじいちゃん!」
……幸せじゃ。本当に、良い時間を過ごさせてもらった。
例え背負わされた物語だとしても、それが作り話だとしても、ワシらにとってそれが積み重ねてきた歴史、真実であることに変わりはない。
だから、ワシに再び家族が出来たと思わせてくれたこの短い時間は、何よりもの宝物なのだ。
だから守る。この国を、この街を、ワシの新たな家族が住むこの場所を守りたいのだ。
……いつか、必ず自由に動ける肉体を手に入れたら、絶対に――