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第百四十四話

 晩餐会までの間、ワシはもっぱらリンドブルム内の警邏を兼ね、メルトちゃんと二人で観光に勤しんでいた。

 アンダーサイドの事件以来、しっかりと地下の区画は整備され始め、未だに残っていた怪しげな連中も皆、この街を去ったようだった。


「あっちこっちで工事中ね?」

「そうじゃな。下層では新規の農場が沢山作られ、北門の外にも新たに農場が作られるそうじゃ」

「コアのこともあるから、きっと農場が増えれば増えるだけ、たーっくさんお野菜が採れるわね?」

「んむ、そうじゃな。それを見越して農地を増やしておるのじゃろう」


 それに、難民の雇用問題の解決にも繋がるだろう。

 どうやらあの事件の被害者は、ワシが助けた人間だけではなかったようだ。

 男も子供も、あの事件の後に倉庫街で発見されたそうな。


 やはりただ女体を集めていただけの下種という訳でなく、何かしらの目的があったのだろう。

 つくづく、皆殺しにしたワシの浅慮さ、そして理性の弱さを痛感する形になってしまった。

 それでも、後の調査で『人間の注文書』が連中のアジトから発見されたので、今回の黒幕は既にこの大陸の外に逃れているか、他大陸の人間による犯罪行為ということは判明しているのだが。


「さて、今日はそろそろ戻るかの。いよいよ明日じゃな? 晩餐会」

「そうねー? 楽しみ! お城ではどんなものを食べてるのかしら?」

「ううむ、想像もつかんのう。明日のお楽しみじゃ」


 そう、もう明日に迫っているのだ。

 ダンジョンコアが既に使用されたという事実を、貴族達に知らせる日が。

 そしてそれは当然、城で働く人間の耳にも届き、一般市民にも広がっていくだろう。


 同時に貴族達も、一度は諦めた自分達の領地の復活を賭け、大々的に領民に宣伝、更に新たな領民を募集することになるだろう。

 そちらでも難民の受け入れ始まれば、国力の増加に繋がる。


 だが、そうすると人が少なく大量に土地が余るのが……旧ゴルダ領、か。

 そちらはどうするつもりなんかのう……まぁワシが関与することではないが。

 そうして、ワシらは明日の晩餐会の料理がどうなるのか、そんなことを考えながら帰路の付くのだった。





 翌日の午後四時。

 この日は朝から王宮で今年度の財政状況の報告や予算の使用方法、外国との輸出入の話し合いなど、国家の運営について話し合いが行われているそうだ。


 これは今日から三日程続くらしく、今日出た意見が、ダンジョンコアの事実を知りどう変化するのか、その貴族の動き方、立ち回り方、意見の変え方を見るのが女王の狙いらしい。


 ただ発表するでなく、貴族の内心を暴く材料、駆け引きの道具に利用しようとするそのやり方は、非常に為政者として頼もしくある。


 女王の力量に対し、これまで国と土地が少なかったが故に、他大陸の国々に過小評価されてきたのだろう。きっと、この国は躍進する。

 十三騎士という強力な手駒を持つこの国が、土地と生産力も手に入れれば、きっと他国に負けない強国に成長していくことだろう。


「おじいちゃん! 来た、来たわ! 馬車が迎えに来たのよきっと」

「お? 了解じゃ」


 メルトちゃんが、隣の談話室のサンルームの窓、レーダーのような機能で外の様子を探りながら、興奮した様子で報告してくる。

 その可愛らしい仕草と裏腹に、今宵……彼女は絶世の美女に生まれ変わるのだ。


 王宮に着き次第、彼女はコクリさんと共にドレスルームに向かい、そこでドレスの着付けや化粧を施されることになっている。

 ふふ、実際にこの目で見るのがワシだなんて、少々シズマには悪いことをしたかもしれんのう。




 王宮に到着すると、ワシら以外の人間も皆、続々と晩餐会に出席する為に集結しつつあった。

 ワシはこのまま王宮に隣接された会場となる巨大なホールに案内されるが、メルトちゃんはコクリさんと合流し、王宮の奥へ向かうそうな。

 ドレスアップした状態の彼女と再び合流するのが今から楽しみだ。


「では、また後でのう、メルトちゃん」

「うん、先に待っててねおじいちゃん」


 可愛い……こんなに可愛い孫におじいちゃんと呼ばれるなんて……生きててよかったのう。

 ……こういう喜びの感情を、今辛い思いをしている人間全てに味わってもらいたいのう……。

 国が豊かになれば……悲しい事件に巻き込まれる人間が減ってくれると信じたいのう……。




「ルーエ殿、お待ちしておりました。正式な晩餐会の開始まで、ホールでご歓談なさっても良いのですが、ルーエ殿はまだ知り合いも少ないと存じます。よろしければ別室に案内致しますが」


 会場に向かうと、騎士団長であるクレス嬢がワシを出迎えてくれた。

 ふむ……それでは味気ないのう、ホールで軽くワインでも引っかけておきたいところじゃな。

 その旨を伝えると――


「分かりました。女王陛下の挨拶の後、コアについての発表があります。くれぐれも泥酔などなされないようお願いしますね」

「んむ、了解じゃ。団長殿、良ければ目付として一緒にいてくれんかの? やはり……美しい女性が共にいると、気分も盛り上がるでの」


 団長は今宵も騎士鎧を纏っているが、それはいつもの鎧とは違い、儀礼用のなのか、どこかドレスにも似た鎧姿であった。

 美しさと威厳、その両方を感じさせる、力強くも優雅な出で立ちだった。


「な……そう言われるのは慣れていませんが、ありがとうございます。では……私がお供します」

「んむ、しばしよろしく頼もう、クレス殿」


 彼女の手を取る。エスコートをするにはワシはもうだいぶ年寄りではあるが、これなら『騎士団長が男連れだ』などという、下世話な勘繰りもされないだろう。

 本当はメルトちゃんをここで待つということも考えたが、せっかくの晴れ姿を会場の外で見るのも味気ないからのう。


 ホールに入ると、その広さにまず驚く。

 ハッシュとしてオールヘウス邸の昼餐会に出席した記憶はあるが、その時の規模よりも更に上。

 やはり一国の主として、貴族や国賓をもてなす以上、ここまでの規模は当たり前、か。


「ルーエ殿、ワインでしたらあちらのテーブルにありますが、取りに行ってきましょうか?」

「いやいや、一緒に行こうかの?」

「ではお供します。ただ、私はお酒は嗜まないので……」

「あい分かった。では、何か軽食でも摘まもうかの? よければ会場の人間について教えてくれるとありがたいのう」

「お安い御用です」


 恐らく、ワシをもてなす為にある程度時間と労力を割くよう言われておるのか、クレス嬢がワシの注文に応えようと動いてくれていた。

 これは、けん制にもなるのう。押しも押されぬ神公国騎士団長……その知り合いと思しき謎の老人。間違いなく他の客の印象に残るだろう。


「ルーエ殿、ワインは赤と白、どちらにしましょう?」

「では白……給仕さんや、アルコールでない飲み物はありますかの?」


 給仕の男性に、クレス嬢の為のドリンクを用意してもらう。

 手渡されたのは、恐らくアルコールが発生する前に発酵を止めたブドウのジュースだろう。


「どうぞ、クレス殿。こちらはアルコールが入っていないはずじゃよ」

「これは……すみません、お気遣い頂いて」

「構わんよ。レディを連れまわしている以上、これくらいはせんとな」


 周囲からの視線が集まっているのが分かる。

 彼女の美しさもあるが……やはりワシの得体が知れないから……じゃろうな。

 一応、儀礼服をワシも着てきている。周囲と比べても違和感のない衣装と言える。

 ならばこれは服装の奇異から来る視線ではないということ。


「……注目は十分かの」

「ルーエ殿?」

「いやすまんの、ヌシの立場もあるだろうに、付き合わせてしまったのう。ワシはそろそろメルトちゃんが来るのを待つとしよう。クレス殿もそろそろ挨拶すべき人がおるのじゃろう? もう構わぬよ、ワシの存在感はある程度アピール出来たからのう」

「なるほど……そういうことでしたか。ルーエ殿、この後のこと、どうか宜しくお願い致します」

「あい分かった」


 そうしてクレス嬢を見送り、ワシはホールの扉近くで待機する。

 軽食としてカナッペと、先程クレス嬢に渡したぶどうジュースを用意して。




 それから程なくして、扉が開かれる。

 入場してきたのは、本人は『着ることはない』と言っていたドレスを纏うコクリさんと……彼女に並び立つ、銀と純白が周囲を魅了するようなメルトちゃんだった。


 ……皆の衆、ワシの目を通して見ておるか? メルトちゃんはやはり可愛いのう。

 化粧のお陰か、数年飛び越して一気に美人さんになってしもうたわ。

 恐らく、コクリさんはメルトちゃん一人に注目が集まらないよう、配慮してくれたのだろう。

 ワシは早速二人の元へ向かう。


「こんばんは、コクリさん。そして……見違えたぞい、メルトちゃん。凄く綺麗じゃよ」

「あ、おじいちゃん! ねー、なんだか顔にお絵かきされたの初めてだから、くすぐったいし、知らない顔になるしで、ちょっと変な気分よー?」

「ふふ、顔にお絵かきか。確かにそうじゃな? コクリさん、今宵のドレス姿もよくお似合いですじゃ。二人並ぶと圧巻じゃったよ。近づくのに勇気がいりましたからの」


 白銀と空色のメルトちゃん。そして、対をなすかのように、淡いはちみつ色のドレスを纏うコクリさん。

 彼女の髪色は、浴びる光の色で変化するようじゃが……今は亜麻色の輝きを放ち、揺れた箇所だけ微かに玉虫色に輝く、なんともミステリアスな光を放っていた。


「お上手だね、ルーエ殿。どうかな、メルトさんは見違えただろう? 貴方の心配は実際に起きてしまうだろうね?」

「んむ、そうじゃな。既に視線が集まっておる」

「安心して欲しい。黒い衣装に青いハンカチを差している人間がいるだろう? 彼らは皆ボディガードとして配置した騎士団だよ。今日だけは、たとえ上級貴族やその子弟だろうと強制的に排除出来る権限を女王陛下が直々にお与えになったんだ」

「ほう、それは安心じゃな」

「と、いう訳で後は二人で楽しんできてください。私は少し、海外の来賓の方に新型の魔導具の売り込みをしたいからね」

「んむ、了解した。メルトちゃん、まずはこれをお食べ。一緒に他の料理を見に行こうか」


 コクリさんを見送り、ワシは持っていた皿をメルトちゃんに手渡す。


「何かしら? ちっちゃなパン?」

「美味しいぞい。アーモンドのチーズペーストに、これはメープルシロップかの?」

「あむ……」


 サクサクと音をさせながら、彼女の顔が嬉しそうな笑みを浮かべる。

 いつもは可愛いと思うその表情が、今日だけは化粧やドレスの力もあり、異性を一目で魅了するような微笑みとなっていた。


「さぁ、一緒に楽しもうかの?」




 ……これで通算八人目。

 ワシとメルトちゃんが料理をつまみながら、来場客の姿を眺め、貴族がどういう存在なのか語っていると、やはりメルトちゃんに声を掛けてくる男が後を絶たなかった。


 ジジイとはいえ男と共にいる娘さんに声をかけるとはのう。

 ほら、九人目がやってきた。


「おや? やっぱりそうだ! もしやと思ったが、覚えていないかな? 一度会ったことがあると思うのだけど」


 やって来た年若い貴族の青年は、開口一番そう言いながらメルトちゃんの前に立つ。


「誰かしら? 私、覚えていないわ」

「おや? 図書館で一度会ったと思うんだけどね? あの時はもう一人の銀髪の彼女に目を奪われていたが……なかなかどうして君も負け劣らず美しい……どうかな? 一緒に中庭にでも?」

「あー、シーレに声を掛けてきた人ね! お断りします、ごめんね?」

「な……! ……なら君の名前を教えてくれるかな? 以前の彼女はシーレと言うんだね?」

「あ……言っちゃった! じゃあ私の名前は秘密よ」


 ふむ、シーレとの間に何かあったのか……彼女の経験や記憶については、当時のワシはいまいち覚えていないのだ。

 彼女のベースがワシらとは違う故、だろうのう。


「いいのかな? これでも晩餐会に呼ばれる程度の地位は僕にも――」

「ふむ、ライン超えじゃな。その文言を使った以上、目を瞑る訳にはいかんの」

「なんだご老体。彼女の関係者かね? 今は僕が――」


 次の瞬間、どこからともなく黒服のボディガードが現れ、貴族の青年の両脇を抱え会場の外に連れて行ってしまった。

 これで、九人目じゃ。


「最短記録だったね! こんなにすぐに運ばれていった!」

「ほっほっほ、そうじゃな? あれは少々よろしくなかったのう」

「なんだか……おかしな遊びね?」

「んむ、おかしな遊びじゃ。悪いことをしたら追い出される、そんなお遊びじゃ」


 まだ、知らなくて良い。もう少しメルトちゃんが大人になるまで、今はただ悪い貴族が連れて行かれた……とだけ思うておくれ。

 過保護だと言われようとも、それがワシの偽らざる気持ちなのだから。




 自由時間を思い思いに楽しむ貴族達であったが、にわかに警備の騎士達が会場の檀上、女王が立つべき場所の警備を固め始める。

 皆も察したのか、談笑を止め、女王の登場を待ち構えるように、扉を注視し始める。

 やがて……扉の開閉を司る一種のドアマンが扉を開き、静かな口上が会場に響く。


「女王陛下が入場いたします」


 簡潔な言葉と共に、女王が会場入りし、静かな拍手が彼女を迎え入れる。


「先程までの会議、なにやら荒れに荒れたと聞いたが……陛下にはどこか余裕を感じられるな」

「だが戦後の我々に残された予算に余裕がないのは事実だ。今年度が厳しい状況になるのは目に見えている。会議参加者は何やら必死に女王を説得する材料を集める為に会場を奔走していたようだ」

「輸入輸出を大幅に減らすという話だろう? 大型船舶の大半をゴルダの港町に向かわせ復興を優先するとか……」

「ゴルダの土地だけで我が国の今の状況をひっくり返せるとは思えんが……」


 周囲の貴族達の話声が聞こえてくる。

 恐らく、女王は今年度から国の実り、収穫が大幅に増加することを見越した政策、方針を打ち出したのだろう。

 それ故に事情を知らない貴族達が反発、どう立ち回っているのか観察していた……と。


「メルトちゃんや。もう少ししたらワシも挨拶に向かわんといけないから……そうじゃな、誰か知り合いのところに向かうとエエぞ。誰かおらんかの?」

「うーんと……騎士団長さんとか? コクリちゃんは忙しそうだから……あ、アワアワさんだ」

「ほう? あれは……そうか、グローリーナイツの団長さんじゃな。行ってくると良いぞ」

「わかった! 挨拶失敗しないでねー?」

「んむんむ、任せておくれ。しっかりやるからのう」


 女王が檀上に上がり、晩餐会の正式な開始を宣言する。

 会場の端の方に待機していた宮廷楽団達が、静かな演奏を始める。

 さて……まだ挨拶には早いようだが、檀上から降りた女王の元へ向かうかの。




「ご機嫌麗しゅう、女王陛下。本日はお招きいただき、感謝いたしますじゃ」

「ルーエ殿、よくお出で下さいました。今演奏されている楽曲は、約一五分後に演奏が終わります。そのタイミングで私が発表の場を整えます。出来れば今しばらく、檀上の近くにいてくださると」

「あい分かった。……そう緊張召されるな女王陛下。確かに今宵、この国が大きく転換することになるじゃろうが……もう、始まっていることだからの。それを改めて皆に知らせるだけのこと。もう、反対も異議も通じないところまで進んでいるのじゃ。だから、ただ宣言するだけなんじゃよ」


 この女王は、外に見せる顔と内に秘める顔のギャップが些か大きいと思うことがある。

 だからこそ、コクリさんが常に傍に寄り添っているのだろう。


「確かに……その通りです。ふふふ、不思議ですよ。ルーエ殿と話していると、まるで亡き父に諭されているような気にさせられます」

「ちと無礼だったかの? それはすまなんだ」

「いえいえ、とても好ましいです。……そうですね、既にこの国は変わり始めている。それをもう、誰にも邪魔も、反対も、妨害もさせません。私はただ、宣言するのみですから」


 覚悟を決めた女王と、その放たれる覇気に、周囲に近づいてきていた貴族達が一歩たじろぐ。

 んむ。今は他の貴族にこの空気を、時間を邪魔される訳にはいかんのでな。

 最高の、最強たりえる姿で、ここに集う者を圧倒せねばならんでの。


 やがて、音楽が鳴り止み、再び女王が檀上に立つ。

 貴族が注目する中、女王はその圧倒的な覇気を以って、宣言したのであった。


『皆、一度全ての談笑を止めこちらを向いて欲しい。極めて重大な発表をこれから行う』


 と――

 さぁ、今宵を以って『レンディア神公国』は、他大陸の列強諸国と並ぶ国に生まれ変わるのだ。

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