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第百四十一話

 被害者の女性達が無事に神公国の騎士に保護されたのを見届け、ワシは再び、オールヘウス邸の屋敷の地下牢へと戻る。


 少々、疲れてしもうた。身体ではなく、この未熟な自分に対して心が疲れてしもうた。

 すっかり夜も更けた中、ワシは一息に屋根伝いに駆け、我が家へと戻るのだった。




 家の扉をノックすると、すぐに中から覚えのある殺気が放たれる。

 んむ、しっかりと警戒していてくれたのじゃな、レミヤ嬢は。


「レミヤ嬢、ワシじゃよ。今、戻った」

『何か証明する方法は?』

「むぅ……は! しまった! そもそもワシ、レミヤ嬢に名乗ってすらおらなんだ!? すまぬ、ワシの名はルーエじゃ! 旅団の責任者で、セイムの要請でこちらに来ておる」

『そういえば……名乗られていませんでしたね。そうですね、それを知っているのなら本物ですね』


 扉が開くと、覆面を外した姿で出迎えて貰った。

 ……暗部やら暗殺者めいた風体で忘れがちじゃが、この子も随分と美人さんだのう……。


「いや助かったぞい。メルトちゃん、たぶん本格的にお酒に酔うのは初めての体験じゃろうから、一人にするのが心配だったんじゃよ」

「なるほど、そうでしたか。彼女なら今、自分の部屋でぐっすり眠っていますよ」

「そうかそうか。いや、本当に感謝するぞい、レミヤ嬢」

「……あの、私の名を知っているということは、シレント様から?」

「んむ。旅団の人間が外で見聞きした情報は、全てワシの耳に届いておるよ」


 と、いうことにしておこう。旅団の責任者という立場なら、報告されていても不思議ではない。


「そうでしたか。……シレント様の容態はどうでしょうか?」

「ん? シレントならもうほぼ全快じゃよ。良い薬の材料をセイムが持ってきてくれたからの、それがダメ押しになってすっかり元気じゃ。今はワシが団を離れているからの、戦力的にはしばらくあちらにいて貰うことになる」

「よかった……彼が無事なことが知れたのなら、それで満足です。では……そろそろ、アンダーサイドでの出来事について教えていただけますでしょうか?」

「んむ、そうじゃったな。まぁそこまで複雑な話ではないのじゃが――」


 ワシは、冒険者の巣窟で飲んでいた時から、ここに戻るまでの間に起きた全ての出来事を簡潔に説明し、そして――


「至急、アンダーサイドの最深部を抑えるべきじゃな、国かギルドが。同時に被害者の保護と治療、ならびに過去に似た被害がなかったか、怪しげな取引や、不自然に大きな荷物が移送されていなかったか、すぐに調べるとええ。確か大きな倉庫が密集している場所があったじゃろ?」


 かつて、ハッシュがピジョン商会主催の宴にて、そのような倉庫街へ向かったはずじゃ。

 念の為調べた方が良いだろう。


「……至急手配します。まだまだ話したいこともありますが、急を要すると判断しました」

「うむ。頼むぞ」


 人身売買の可能性や難民の誘拐、それは決してこの国で、戦勝国で起きて良い犯罪ではない。

 諸外国への評判が悪すぎるのだ。たとえ事実でなくとも『人を攫う為の戦争だった』とでも言われてしまえば、もうこの国の評判は地に落ちるだろう。


 ……存外、それを狙う何者かが裏で糸を引いていた、か?

 レミヤ嬢が早速対応に向かうのを見送り、ワシも休むことにする。

 早ければ明日……いや、もう今日だの。王宮からの迎えが来るかもしれんから……の。








「……く……マシになったけど……マジで頭がいってぇ……これ、暫く元の姿には戻れないかも」


 暗闇の円卓、その上座にて、俺はルーエの行動の一部を他の皆と共有、観察していた。

 だがその最中も、俺は必死にこの頭痛と膨大な知識の渦と戦い、どうにか情報の取捨選択をしようと抗っていた。


「シズマ、やはり一度知識を手放した方が良い。ルーエの持つ情報、資料の数はあまりにも膨大過ぎる。これを普通の人間がこんな短期間で覚えるのは不可能だ」

「って言ったって……手放す方法なんて――」

「思い出すのを止めるんです、他のことを考えてください。我が主、では思い出すものをシレントさんの知識にしてみましょう。切り替えるのです、思いを馳せる相手を」


 テーブルの向こうのスティルと、隣のシレントの助言に従おうと、必死に目を瞑り意識を切り替えようとする。

 すると、確かに……少し楽になった。


「……シレント、趣味がナッツを使った菓子を探すことってマジ?」

「な!? そんなことまで分かるのかシズマ! 忘れろ、いいな!」

「ほほう? シレントさん、案外貴方と私は紅茶の趣味が合いそうですねぇ? 私が通っていた喫茶店には、なかなか上質な『ピーナッツヌガー』が置かれていましたよ。あれは良いものでした」

「……く、覚えておく」


 あ、どんどん楽になって来た。みんなのことを考えると、みんなのことがしっかり理解できる。

 少しだけ、ルーエの膨大過ぎる情報が、意識から遠のいていくのを感じる。


「……楽になってきた」

「おー……良かった! スティルやるじゃん!」

「ええ、私は名ばかりの古参、セカンドキャラクターとは違いますから」

「言ったな!? お前いつかぶっ飛ばす! 私の魔法で絶対に!」

「ふっふふふ……楽しみに待っていますよ?」


 もう、すっかりスティルも他の面々と馴染んだように見えるな。


「……しかし、実際に自分の意志で、肉体を持って知識を生かすとなると……やはりルーエは別格だな。広範囲攻撃で一気に遠くから仕留めない限り、あれに勝つのは不可能だ」


「シレント、なんで倒し方を考えているんだよ」


「いや、ついな。……武と戦いの知識……確かに強力な武器ではあるが、シズマに耐えられるものじゃないと分かると……厄介だな」


「そうですねぇ。その点は反省します」


「私も、安易に考えすぎていました。これまで、何度かシズマはキャラクターの持つ膨大な知識に倒れることがありましたが……それを考慮していませんでした」


 スティルとシーレが申し訳なさそうに謝るも、俺としては、これは試す価値があった検証だ。

 謝る必要なんてない。


「いや、一度でも触れておくのは有意義だと思う。二人は謝らなくていいよ。少なくとも、簡単な身のこなし、歩き方や武器の構えとかは、だいぶ矯正されると思うし」


「へー……でも意外よね、ただのお調子者おじいちゃんじゃなかったのね、彼。私の知識って役に立ってる? なんだか彼と比べるとちょっと自信なくすわ」


「いや、セイラの知識もかなり役立ってる。お店選びとか食材選び、そこそこ手の込んだ料理だって作れるようになったし、マジで生活に彩りを添えてくれてるっていうか」


「そう? そう言ってもらえると……凄く嬉しいわ」


 セイラの知識は、実は彼女が思っている以上に俺を助けてくれているのだ。

 会話の話題しかり、日々の生活しかり、食の知識は本当にいくらあっても良い。

 そんな風にみんなのことを考えようと、武の知識から少しでも離れようとしていた時だった。

 暗闇から新たな来客……ルーエがやって来た。


「ルーエ! ってことは今は眠っているのか?」

「んむ、今眠ったとこじゃ。ちょいとシズマに話があっての、ここに来たいと思っていたんじゃよ」


 今日は、激動の一日だったはずのルーエが、一体何の話をするのかと、少しだけ身構える。


「……仮に、じゃ。仮にダンジョンコアの数が一度に召喚できる人数の上限を開放するとして、じゃ。それでも意志を表に出せないのなら、それは意味をなさないと思う。それについて、何か新しく分かった情報はあるかの?」


 それは、オーダー召喚についてだった。

 実は、既にレントに召喚中の意識について尋ねてみたのだが、残念ながら『覚えてない』と言われてしまった。

 微かにだが人間らしい反応が返ってきたので、もしかしたらと思ったのだが……進展はなし。


「そうか……実は、頼みがあったのじゃ。もしも……人格を宿す方法が確立したのなら、その時は……ワシを優先して召喚、リンドブルムに常駐させて欲しいと頼みたくてのう……」

「……今日の事件について、責任を感じているのか?」


 それは、少しだけ我儘とも言える願いだった。

 だが、今日の出来事を知る身としては、願いたくなる気持ちも分かる。


「それに、いつかはメルトちゃんもシズマも、遠くに旅立つじゃろう? そんな時、リンドブルムを守護する存在が一人くらい、常駐しても良いじゃろう?」

「……まぁ、こればっかりはみんなの意見を聞いてからじゃないと決められないな。それに、意識を表面に出す方法もまだ分からないんだ」

「そう……か。そうじゃな、これはワシの我儘じゃ、あまり深く考えんでくれ。だが、もしも余裕が生まれたのなら、考えてみて欲しいのじゃ」


 確かに、ルーエの強さは街を守護するのに申し分ないだろう。

 優先するのもやぶさかではない。


「おやおや、中々に傲慢ですねぇ? そうなるとむしろ、自由に動き回り、敵の注目を引き付ける役を最優先するべきでは? そうでしょう? 主」

「スティル……まだこれは机上の空論みたいなものなんだから、張り合うなよ」

「いや、そもそもスティル。君は『アレ』があるだろう。暫くはシズマの中に残って、もしもの時に備えるべきだろう」

「ふむ、なるほど? セイムさんの意見も尤もですねぇ」


 まただ。どうやら、セイムとスティルの間でだけ、通じる何かがあるようだ。

 幾ら聞いても『今はまだ言えない』としか返ってこないので追及はしないが……。


「要件はそれだけじゃよ。いつか、その時が来たら考えてくれるだけでもええんじゃ。ワシは目が覚めたら王宮に招待されるじゃろうから、それが済み次第……セイムの姿になればいいんかの?」

「そうだな、それで頼む。変身する時はなるべく人目につかないタイミングで頼むよ」

「あい分かった。では家の中で変身するから、地下通路を使って街に入りなおすとよい。ついでに、先日の爆発で地下通路に本当に異常がないのか、今一度調べると良いじゃろう」


 なるほど、確かに一度調べる必要があるな。前は走り抜けるついでにチラっと見ただけだし。


「では、そろそろ目覚めの時間のようじゃ。今回はここで失礼するぞい」

「ああ。面倒な役目をおしつけて悪いな、ルーエ」

「いやいや、可愛い孫娘と過ごせて幸せじゃよ」

「ははは、すっかりおじいちゃんだな」


 それでも、楽しいと感じてくれているのなら、俺はそれが嬉しい。

 ……ルーエのストーリーもまた、救いがない訳ではないが、悲しみを背負った物語だから。

 メルトの存在が彼を癒しているのなら、それは……俺からしてもとても嬉しいことだから。


「ではの、皆の衆」


 そうして、円卓から消えるルーエを皆で見送るのであった――








 ふむ、そうじゃな。少々、昨日の出来事に囚われ過ぎて居るようじゃな。

 ベッドでは落ち着かないからと、床に座り眠っていたワシの意識が覚醒する。

 外は生憎の雨。未だ残る雪を溶かそうとしているようだと感じながら、ワシは階下へと向かう。


「八時か。メルトちゃんが起きた時の為に……パン粥でも作っておくかのう」


 そうして、彼女が起きてくるまで一人、料理の下ごしらえをする。

 セイラの知識が、ワシにも染みついておる。確かに便利じゃな、これは。


「うむ……中々楽しいものじゃな」


 そうして、料理が仕上がる間近まで下ごしらえが進むころになると、メルトちゃんが二階から降りてきた。

 どうやら二日酔いなどにはなっていないようだが、少しだけ気分が悪そうだった。


「メルトちゃんや、少し座って休んでいておくれ。今、食べやすくて気分が良くなるものを持っていくでの」

「うん……ありがとうおじいちゃん……」


 んむんむ、可愛いのう。

 ワシは、ミルクで軽く煮たパンに、はちみつとシナモン、ショウガを少し加えた甘いパン粥を器によそい、冷たい水と共にテーブルに運んでいくのだった。




「おいしー……なんだか落ち着く味がするわ。食べたらまた少し眠くなってきちゃった……」

「食べたらもう少し休んでいても良いんじゃよ。今日はもしかしたら王宮から人が来るかもしれんが、恐らく挨拶だけじゃからワシ一人で問題ないしの」

「そっかー……じゃあ私、お留守番してるね?」

「うむ、今日は大人しくしていると良いぞ。お酒は程々に、じゃぞ? 昨日、沢山ワインを飲んだようじゃからの」

「そうだった……あの温かいワイン、とっても美味しかったわ」

「そうじゃな。しかしジュースとは違うから、沢山飲むとこうなってしまうのじゃ」

「なるほど……次から気を付けるね」


 そうしてメルトちゃんは、パン粥を食べると再び寝室に戻っていった。

 出来れば付いていてあげたいが、流石に今日は優先すべきことが他にあるからの。

 すると、予想通りこの家の近くの林道で、馬車が停車する音が微かに聞こえてきた。


「来たか」


 先んじて察知したワシは、身支度を整え、武器を近くに立てかけ、威圧するように扉に殺気を飛ばし続ける。

 ……最初が肝心だからの。相手は国、あまり甘い顔を見せるのは今後に響くかもしれん。


 少しすると、遠慮がちなノックの音が扉から響いてきた。

 声の主は――


『し、失礼する……セイム殿、もしくは……旅団の団長殿はご在宅だろうか』

「この声は……コクリさん……ではないのう」


 扉越しに声を掛ける。


「何物じゃ。名を名乗れ」

『っ! 神公国レンディアの騎士団長を務める、クレス・ヴェールと言います。本日は是非、旅団の団長殿に挨拶がしたいと女王陛下がお申しになったので、こうしてお迎えに上がりました』

「そうか。では少々扉から離れてくれ」


 ワシは刀を鞘から抜き放ち、外にいる誰かの襲撃を警戒するようにしながら、玄関から外に出る。

 これはポーズじゃ。警戒していると、微塵も信用していないと、そしてこちらはいつでも敵対する可能性があるのだと、そう教える為の。


 ここまでしろとシズマは思っていないかもしれん。だが、必要なことなのだ。

 適切な距離感を維持する為にも、せめて長であると思われているワシだけは、こういうポーズをせねばいかん。


「……失礼した。ここは『未だ友好国かどかも分からない地』故、少々威圧、警戒させてもらった」

「……そう、ですね。近くに馬車を用意しています。一緒に来ていただくことは可能ですか?」

「よかろう。セイムからの頼みでもあるしの。よろしく頼むぞい、クレス団長」


 そうして、ワシは『旅団』という謎の集団の長として、この国の女王の元へ向かうのだった。

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