第十四話
「では我々は外に食事に行ってきますね」
「あいよ! 深夜でも鍵は開いてるから遅れても大丈夫だからね。ただしアタシは寝てるから愛想の悪い旦那がお出迎えさ」
「はは、了解です」
宿のおかみさんに告げ、夕暮れに染まりつつある『冒険者の巣窟』に繰り出す。
どうやら、都市の外に依頼に出ていた人間も帰ってきているのか、先ほどよりも遥かに人通りが増えていた。
しっかりと街灯も配置されている様子だし、きっと日が暮れてもこの通りが眠ることはないだろうな、と感じた。
いや、案外深夜には静かになるかも? ただ、少なくとも夜に明かりの心配をする必要のない世界、街だと分かったのは行幸だ。
「メルト、何食べたい?」
「何って言われても困るよー」
「あーそっか……じゃあお肉とか魚とか野菜とか、食べたい食材言ってみてよ」
まぁどこに何があるのかは分からないんですけどね?
ただ店の外観とか雰囲気で、ある程度は予想出来るかもしれないし?
……文字、早く覚えよう。
「うーん……お魚?」
「了解。じゃあ……魚を焼いてる匂いとかしたら分かるんだけどな」
もし、海が近かったら海鮮料理の店とかも多いんだろうけど、残念ながらこの都市は海が近いようには見えない。
ただまぁ、冷凍技術や流通がしっかりしていたら楽しめそうではあるけど。
……馬車が主な移動手段だしそれも期待出来ないか。
魔法でどうにか出来ないんですかね?
「むむ……こっちの方からお魚を焼く匂いがする」
くんくんと鼻を突きだす姿が妙に似合っているメルトに導かれるまま、通りを進む。
うむ、可愛いぞ。
「この辺りかな? あー良い匂い! これなんだろう、もしかして海のお魚ってやつかなぁ?」
「あ、海魚は経験ないんだね」
「うん、子供の頃、まだ外に自由に出られた時に見ただけだよ海は。そのうち海も行ってみたいなー」
「そうだなぁ。海辺の町とかも行ってみたいね」
周囲を見回してみると、どうやら飲食店が密集している場所だったらしく、様々な香りが混ざり合い、店を特定するのが難しそうだ。
メルトもそれは同様で、仕方なしに店先を見て回ることに。
「ここは……酒場だね」
「お酒かー……飲んだことないや」
「メルトはまだ飲んじゃダメなんじゃない?」
「そうなの? 決まりがあるのかしら?」
「ただ、酒場なら魚を使った物もあるかもね。あ、あった」
酒場をのぞき込むと、見た感じ燻製しているように見える魚が運ばれているところだった。
うむ、美味しそう。たぶん元々の俺じゃなく、いろんなキャラの経験や知識を得た今の俺が総合的に判断した結果だ。
『あんなに美しく燻製された魚が不味いはずがない。付け合わせに野菜のスライスが盛られていたことから考えても、濃い味の燻製と生野菜を一緒に食べる感じだろうな』という推理が脳内で繰り広げられております。
イカン、よだれが。
「メルト、ここにしようか」
「そうしよう! 燻製だよ燻製! 作るのが面倒な燻製! よーし食べるぞー!」
いざ行かん! ファンタジー異世界の酒場! 男のロマンたっぷりな世界へ!
「メルトさんや、注文は任せてもいいかい?」
「文字は読めるけど……どういう料理か分かんない。あ、でもブルトラウトの燻製は分かる! 野菜も一緒のやつだ!」
「よし、じゃあそれを二つと……パンか何かあるかい?」
「ええと……あった。じゃあ二人分注文するね」
ボックス席など存在するはずもなく、テーブルが沢山並べられた店内の一角に座らされた俺とメルトは、メニューから目当ての料理を注文する。
お酒の注文がないと嫌な顔をされるかもしれないと思ったが、そんなことはなくてほっとした。
「みんな楽しそうだね。それと、たぶんお酒飲んでる」
「だね。どういうお酒が主流なんだろう。やっぱりエールとかかな」
冷えたエールではないだろうな。ビールとか冷やすの日本の文化だって言うし。
……明らかに結露がついてる冷たそうなガラスジョッキが見える。
中身も黄金色の液体だ。どうなってるの? 冷蔵庫とかあるの? それビールなの?
「……今の俺は明らかに二十歳を越えています。なので問題はないのです」
「え、なに急に。どうしたのセイム」
「いや自分に言い訳を。すみません店員さん、向こうの人が飲んでるジョッキ、二人分追加で」
「あいよ! アイスエール二つご注文!」
あ、メルトの分を止められたりもしなかった。この世界じゃこのくらいの年齢で飲んでも問題ないのか。
それともメルトが大人っぽく見えたか……?
……口を開かなければお姉さんっぽいからな。
喋ったら子供だけど。
「私もお酒飲んで良いみたいねー?」
「そうみたいだ。じゃあ料理が来るまでもう少し待とうか」
いやー、異世界の酒場とか、様々なテンプレイベントを想定したいたけれど、どうやら心配する必要はなさそうだ。
個人的に考えられるイベントとなると……たとえば。
『可愛い子連れてんじゃねぇか』とかですかね?
連れの女の子にちょっかいかけてくる酔っ払いが、男に対して喧嘩を売るってやつです。
そして続いてありがちなイベント第二位!
『なんか自分と関係ないところで喧嘩が起きて巻き込まれる』です!
いやいや、そんなことになったら速攻逃げます。
「何一人でうんうん唸ってるの?」
「ちょっとくだらないこと考えてた」
「そうなんだ。私は凄く有意義なこと考えてたよ。魚をお腹から齧るか背中から齧るか」
「背中から齧ると良いよ」
ほら、なんか魚の美味しい部位について『海腹川背』なんて言葉があるらしいですよ。
違ったっけ? 俺に刻まれた知識によると……調理手順の話なのか!?
海は背から焼く……川は腹から焼く……? 盛り付けは海は腹を手前……? 川は背を手前……?
知らん! 食えりゃいいんだよ!!!!
「ごめん今の忘れて。好きに食べると良いよ」
「うん、そうする。燻製って一日で作れないし、保存目的で作るから、あんまり食べたことないんだよね、私」
「俺も殆どないよ」
でも、食べた記憶、経験が蓄積されている。
もしかしてだけれど、俺が今考えている『キャラクターの過去の記憶』というのは、言い換えればゲームの制作者の考えや経験を元にした物なのではないだろうか?
なんかこう、深く思い返すと、どことなく現代の地球の知識のようなものもうっすらと思い出せるのだ。
異国情緒あふれる酒場で、誰かとお酒を飲んでいる記憶とかだ。
なんだか、人の経験や知識が一度に手に入るのって、実は物凄く贅沢かつ反則的なことなんじゃなかろうか。
「お待たせ。ブルトラウトの燻製と野菜の盛り合わせとバゲット二皿とアイスエール二つ」
「来た来た! わー! 綺麗な黄金色に燻製されてるー!」
「おお! 付け合わせもかなりもりだくさんだ」
出された魚は、見たところニジマスに似た魚が開きにされていた。
開きの状態で燻製にされたのだろう。
「手間かかってるねー、お腹の骨が取られてる」
「ほうほう……どうやらお魚の身に野菜とかチーズを入れてから閉じて一緒に食べるみたいだ」
「もうやってるよ。おいしそうだねぇ……」
メルトはもう、魚のお腹ぱんぱんに玉ねぎとチーズを挟み込み、手づかみでかぶりつくところだった。
どうやらこの食べ方で正解らしい。似たような光景がちらほらと見受けられる。
早速俺も真似をして、いざ大口をあけてかぶりつく!
「んん!? んぐ……うま……」
燻製の香りと、生の玉ねぎの香りが口いっぱいに広がる。
脂の少ない川魚みたいだけれど、身の味が強い! 燻製に負けてない!
濃いめの塩味が野菜の甘さを引き立てている……! チーズの塩気とまじりあって全体的に濃い味だけど――
「んぐ……んぐ……プハァ!」
「私も飲んでみよっと」
冷たいエールは、そこまで炭酸や泡を感じられない。
でも、良く冷えている上、麦とほのかに果物の皮のような風味が口を通り抜け喉に急降下してくる。
つまみと一緒に飲む酒がこんなに美味しいなんて……!
この身体になれて本当に良かった……!
「おいしー!!! すっごく美味しい! お魚二匹じゃ全然足りない!」
「だなぁ! 美味しいなぁ……この為だけにこの街に来た価値があるって言っても過言じゃないや」
「本当だねぇ! あー……幸せ」
本当に幸せそうなメルトを見ていると、こっちまで幸せになってくる。
……飲食店のレベルはかなり高いって分かったし、これからの生活が楽しみだ。
それから魚を追加注文したり、野菜やチーズ、バゲットを追加したりお酒を追加したりと、ゆっくりとこの時間を堪能していた時だった。
俺達のテーブルに近寄る誰かの気配に、ついに『まさか本当にお約束か!?』と、危機察知とも期待とも言える感情が湧きたつ。
よし、メルトは俺がしっかりと守るぞ。明らかにこの酒場にそぐわない若い娘さんだしな……目を引いたのだろう。
俺はノールックで、近づいて来た気配に向かい言葉を掛ける。
「何か御用でしょうか」
言外に『気が付いているぞ』『こっちは素人じゃないぞ』と警告するように。
さぁ、どう出る……!
「悪いな兄さん、そろそろ閉店だから最後に注文ないか聞いて歩いてんだよ」
「あ……はい、了解です。これ食べ終わったら帰りますんで」
「あいよ! 美味しそうに食べてくれてありがとな!」
勘違いでした。
恥ずかしい。
「あー美味しかった……! ここでもご馳走になっちゃったね。私頑張って稼ぐよ」
「俺も一緒に頑張るよ。冒険者の仕事なんて殆どしたことないしさ」
「そうなんだ? 明日はギルドでお仕事探す? それとも街の見物に行く?」
「んー……とりあえずピジョン商会の場所を探そうかな?」
「あー、商人さんのところね? じゃあ私はどうしよう、一人でギルドでお仕事探そうかな?」
別行動か。まぁそれでもいいかもしれないな。常に一緒じゃないといけないくらい彼女が弱いなんてこともないし、少なくとも危機察知能力くらいありそうだ。
「なるべく街中で終わらせられる仕事にするといいよ、慣れないうちは」
「そうねー、外に出る時は出来ればセイムと一緒の方が安心だし、そうするね。でも一緒に商人さんのところに行くついでに見物もしたいわねー」
そう話し合いながら、宿への帰路に着く。
が、どうやら俺の『どうでもいい考え』は、店の外で発生するようでした。
あー……明らかに後つけられてるなこりゃ。さすがに今度こそ厄介ごとの気配がするな。
「んー……メルト、先に走って宿に戻れる?」
「うん、誰か来てるね。大丈夫?」
「超余裕。メルトは全速力で宿に帰ること。脇道とか路地に気を付けること」
「了解。じゃあ、セイム頑張って」
小声で打ち合わせを済ませ、そして俺はまるで合図でもすかのように――
「あ!? 忘れ物した!」
わざとらしく大きな声を出しつつ、一気に振り返る。
するとそこには、あっけにとられた様子の三人組の姿があった。
……あれ、なんか全員女の人なんだけど。
「なんだい、何を忘れたんだい兄さん」
「ヒュー……やっぱりかわいい顔してるね」
「丁度よく連れのガキも帰ったし、こいつは都合がいいわ」
……あのあの、もしかして標的ってメルトじゃなくて……。
「あー……お姉さん達ってもしかして俺に用事あったりします?」
「話が早いじゃないか。さっきから酒場で目をつけていたんだよ。ちょっと一緒に飲みなおさないかい? あそこは閉まるのが早くていけない」
「ねぇ、いいでしょ? 中々この辺りじゃアンタみたいな上玉は転がってないんだ。良い夢見せてやるからさぁ」
ついて来ていたのは、どうやら質の悪い酔っ払いは酔っ払いでも、女性の三人組だった。
そしてまさかの、俺目当てという。
「すみませんお断りします。これから宿に戻りますので失礼します」
毅然と断りますよ、ええ。容姿の好み云々じゃない、明らかに人を襲う気満々の様子の人間と関わるなんてごめんだ。
そして無論――
「断るなんて道はアンタに用意されてないんだよ?」
突きつけられる剣と槍。背後に回り込んだもう一人が、さらにこちらに腰に手を回し逃げられないようにする。
な? こういう人種なんだよ。だったら遠慮せんよ、俺だって。
俺は男女平等主義なんだよ。
「……二度と変な気起こせないように身体に教え込んでやる」
腰に回されていた手をつかみ取り、そのまま一本背負いんで地面に叩きつけてやる。
「ギャ!」
「こいつ、戦えるのか!」
「くそ、油断した」
地面の女にストンピングを決め、動かなくなったのを確認。
女を足蹴にするな? 知らんなぁ? 俺は個人的な理由によって女に酷いことされたら容赦しないって決めてるんだよ!
「お前ら三人とも半殺しにしてやる。人の楽しい夜を台無しにしたんだ、もう二度と夜に出歩く気が起きなくしてやる」
まだ人通りはあるが、助けに来る人間もいないのなら。
よくある光景なんだろ? だったら最後までしっかり無関係を決め込んでくれ。
命乞いも叫びも全部、無視してくれ。
悪いのはこいつらだ。女だろうがここでしっかり分からせてやる――
(´・ω・`)三人に勝てるわけないだろ!
(´・ω・`)馬鹿野郎俺は勝つぞ
(´・ω・`)注意 この物語の主人公は女性相手だろうと敵対したら容赦しません
今後もそういう展開がありますので忌避感を覚える方にはお勧めできません




