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第百三十七話

「それでねー、ここが街の人達が住んでいるところでね、前はこの先にある公園で、怪しい人を見つけて追いかけたのよ」

「そうかそうか。居住区なんじゃな、ここは」


 メルトちゃんに、リンドブルムを案内してもらう。

 今は下層を案内され、居住区がどういう場所なのか説明してもらっていた。

 ふむ……怪しい人を追いかけた、と。


「それで、この先に『アンダーサイド』っていう、もう一つの区画に向かう秘密の入り口があるのよ。地下にもう一つの街があるみたいで、凄く面白いの」

「ほう、名前は聞いたことがあるのう? 実際に行くのは初めてじゃ」

「でしょー? セイムとか他のみんなもたぶん、行ったことがないはずよ。おじいちゃんが最初ね」

「それは光栄な話じゃなぁ」


 話には聞いていた区画。今回、シズマの元クラスメイトがオールヘウス侯爵の屋敷から逃亡した先と思われるエリア。

 大規模な爆発により多数の怪我人が発生、その爆発でリンドブルムの北側の森に繋がる大きな穴が開通した、と。


「どうやら、アンダーサイドの入り口は国の騎士さんに通行止めにされているようじゃよ?」

「あ、本当だ。なにかあったのかしら?」


 居住区の奥の公園、その更に奥にある扉の前に、国の騎士が陣取っているのがここから見える。

 そうか、メルトちゃんはあのオールヘウス侯爵の事件があった時、イズベルへの護衛依頼を受けていたんじゃったな。ならばアンダーサイドの事件については知らなくても仕方ないか。


「少し前に爆発事故があったそうじゃよ。もしかしたら今はこの下、誰もおらんのかもしれんのう」

「そっかー、なんだかおもしろい雰囲気で、おじいちゃんにも見せたかったのになー」

「ほっほ、また今度で構わんよ。どれ、そろそろお昼ごはんでも食べに行こうかの?」

「そうね! じゃあ、私がおすすめする屋台が沢山ある通りに案内してあげる!」


 そう言うと、彼女は楽しそうに先導して進んで行く。

 その足取りを見ていると、こちらの心配や不安、そういったモノが全て吹き飛んでいくようだ。

 シズマは、この子の為に生きることを最初の目的と定め、そしてこの国に来た。


 新しい居場所を手に入れ、今度はそこを守る為に戦ってきた。

 その果てに、まるでついでのように、自分の過去と決別する為、力を追い求め、打倒して見せた。

 そして今、シズマはワシらキャラクターを自由にする為、新しい目標を掲げている。


 スティルではないが、その行動に敬意を抱く。

 流石、ワシらの主だ。自分よりも他の為に、されど自分を犠牲になどせず、隙あらば己の目的、欲を満たそうとする貪欲さ。


 実に若者らしく、そして力ある者の傲慢さだ。とても、好ましい。

 傲慢と強欲は悪ではないのだ。過ぎたるは悪になれど、程良きそれらは生きる活力となり、他を惹き付けるのだから。


「おじいちゃん、どうして笑っているのかしら?」


「んー? メルトちゃんが楽しそうでそれが嬉しいんじゃよ。いつか、シズマも一緒にこうして出掛けられたらもっと素敵じゃろうなと想像していたんじゃよ」


「そうね! でも……きっともっともっと後のお話になっちゃうわ。だから、待っていてね」

「んむ、楽しみにまっておるぞ」




「毎度! 最近見なかったね嬢ちゃん! 依頼で遠征でも行ってたのかい?」

「そんなとこ! はい、じゃあお金どうぞ」


 屋台街に到着すると、メルトちゃんは真っ先に『マルメターノ』とシズマが呼んでいた腸詰の屋台に並んでいった。

 当然のように『三つ』購入すると、一つをワシに、そして残りを自分の両手に一本ずつ持つ。


「これ、美味しいのよ。私がここで一番好きな屋台なの」

「そうかそうか。ではお一つ頂こうかの」


 幸せそうに食べる姿を眺めながら、ワシも一つかぶりつく。

 んむ、これは美味だ。少々重ためではあるが、沢山歩いているのならエネルギー補給には丁度良いだろう。

 が、メルトちゃんは少し食べすぎかもしれんの。


「食べたら次はどこに行こっか!」

「どこにでもついて行くぞ、メルトちゃん」

「じゃあ私が行ったことのある場所に案内するね!」


 そうして今日一日中、リンドブルム観光と洒落込むのだった。






「ここが総合ギルド! ね、凄い人の量でしょ! 私はここで冒険者になったのよ」

「ほっほ、そうかそうか。冒険者の生活は楽しいかの?」

「すっごく楽しいわ! 毎日知らないことがいっぱいで、こんなに素敵な日々が私を待っていたなんて信じられないくらい!」


「んむんむ……楽しそうで何よりじゃよ。ただし……十分に気を付けるのじゃぞ? ここにいる多くの人は『困ったことがありそれを助ける為』に集まっておるのじゃ。困ったことというのは、得てして危険を孕むもの。救い手であるメルトちゃんのようなギルドの人間は、救いを求める人々の願いを背負い、仕事に挑んでいるのじゃ。努々、それを忘れるでないぞ?」


「分かった! しっかり気を付けるわ! たくさん勉強して、どんな時だって沢山の選択が出来るように慎重に動くって約束する」


 最後に案内されたのは、この都市の心臓部とも呼べる総合ギルドだった。

 嬉しそうに語る彼女に、少しだけ釘を刺すようなことを言ってしまうも……こればかりは、戦いに身を置く先人として言わねばならぬことなのだ。


「んむ、良い答えじゃ。『知を以って武を諫めよ。されど叶わぬ時はより強き武を以ってこれを制すべし』この言葉を忘れぬ限り、メルトちゃんは大丈夫じゃよ」

「なるほど……だったら勉強だけじゃなくて訓練もしなくちゃね?」

「うむ、ワシで良ければいつでも相手になるぞ?」

「おじいちゃんとかー……たぶん、私何も出来ないわ! おじいちゃん今この瞬間だってどこにも隙がないんだもん」

「……ほう」


 よう観察しておる。流石は……上位種族といったところかの。

 ……イカンな、大事な孫娘だというのに、少しだけ……血が騒いでしまう。

 この娘ならば……ワシの教えを吸収し、さらなる高みに向かうことが出来るだろう。


「お、メルト! 久しぶりじゃないか!」

「久しいなメルト、一月ぶりくらいか?」

「メルトちゃん久しぶりー! もしかして遠出の任務に行ってたの?」


 するとその時、メルトちゃんが仲良くしている、新人の冒険者三人組が現れ、親しそうに挨拶を交わし始めた。

 ふむ……少々妙な気配を感じる三人組だの……これはなんだ?


「あ、みんな! お久しぶりね? うん、ちょっと任務で遠くに行っていたの」

「へー! この新年に遠出って大変ね? セイムさんも一緒だったの?」

「うん、セイムも一緒だよ。ただ、今はちょっと別行動中なんだ。また街を離れているの」

「やっぱ紅玉ランクは忙しいんだな……でも憧れるぜ」

「そうだな、それだけ頼りにされているということだからな。が、それならメルトも紅玉になったはずだが」

「私は少しお休みなの。おじいちゃんに街を案内したりしてるんだー」


 っと、ワシのことも紹介してくれるとは。

 うむ、若く初々しい冒険者というのも良いものだ。気分が若返り、初心を思い出させてくれる。


「メルトのじいちゃんなのか!?」

「ほっほ、そうじゃよ、血は繋がっていないが、面倒を見るつもりで遊びに来ているのじゃ。三人はメルトちゃんの友達じゃろ? よろしくのう」

「凄い、風格ありますね……! お爺さんも冒険者なんですか?」

「いいや、ワシはただのおいぼれじゃよ。ちっと剣は使えるがの」

「……ご謙遜を。その佇まい……只者ではありませんね?」


 ふむ、こちらの青年も良い目を持っているようだ。

 視線がワシの足から額まで移動している。さては重心と体重の置き方を観察したな?


「んー、まぁそうじゃな?」

「お? じいさん剣の達人なのか! 俺、戦えるじいさんなんて初めて見たぜ! やっぱり技が凄いんだろ? どんなことが出来るんだ!?」

「ほっほ、そうじゃなぁ……剣で(くう)を斬ることが出来る! なんちって」

「素振りなら誰でも出来るって。本当に達人なのかよー」

「えー達人じゃよー?」


 素直で、未熟で、どこか幼い青年。

 だが精神的に真っすぐなものを感じる、良き人物に見える。


「ふむ、メルトちゃんや。そろそろ日も暮れるし、お友達も一緒に食事にでも行かんかの?」

「あ、いいね! ねぇねぇ三人とも、一緒にご飯食べに行きましょ!」

「お、いいぜ! 久しぶりに一緒に食うか!」

「ふふ、実は最近、それなりに稼ぎがよくなってな。今日は酒を飲む余裕もあるんだ」

「でも飲み過ぎないでよー? 明日は山頂の湖で採取依頼なんだから」


 三人の同意を得られたワシ達は、ギルドを後にし、冒険者の巣窟へと向かうのだった。




「へぇ、じゃあおじいさんはセイムさんやシレントさんを率いている人なんですね? そこにメルトちゃんも加わっているんですか?」


「元々はその予定だったんじゃが、副団長のセイムがこの国をえらく気に入ってのう。メルトちゃんも自分の第二の故郷としてこの国が気に入ったということで、二人でこの国に移住したんじゃよ。ワシ達もしばらくこの国に逗留しているんじゃが、もうそろそろ旅立つ予定なんじゃよ」


「へー! あのとんでもなく強そうな人を従えてるのかじいさん! 本当に達人なんだな!」


 巣窟を目指しながら、カッシュ君とリッカちゃんと会話する。

 が、残りの一人、グラント君が、どこか周囲を警戒する様子でワシらの後ろを歩いていた。

 ……なるほどの。


「グラント君や『ここはまだ安全』じゃよ」

「っ! なるほど……知っているんですね」

「詳しくは知らんがの。じゃが、巣窟の入り口付近はそうでもないと聞いた」


 察するに、冒険者の巣窟内での縄張り争い……難民ではなく、難民の受け入れ先の関係で、元々のそこに巣食っていた人間がこの界隈に流れてきた……というところかの?

 コクリちゃんの話を鑑みるに、この推論は恐らく当たりだろう。


「俺も詳しくは分からないんですが、最近巣窟の中間あたりの店で、冒険者や傭兵と、アンダーサイドから上がってきている『裏側の人間』がよく争っている、と」


「ほう、さてはアンダーサイドで起きたという事故の影響じゃな? 随分と大きな穴が出来て、物理的に風通しがよくなったと聞いたの」


「ええ、そうですね。自分もたまにアンダーサイドに顔を出していたのですが……今は国の騎士の出入りも増え、そこの住人が表に出てきているんです」


 ふむ……メルトちゃんの話では、アンダーサイドは広大な面積を持つという。

 なら、そこをただのならず者一歩手前、どこか怪しげな場所として寝かせておくのはもったいないと判断したか。


 大穴が生まれ関与する口実も出来た以上、これを機にアンダーサイドを正式な街の区画として整備する……といったところかの。

 難民の受け入れ先としては、安全で広く、雨風もしのげるので持ってこいじゃろう。


「ではこの辺りで店を探すとしようかの?」

「そうですね、ここより先は……危険かもしれません」

「あ! この辺りならあそこがいいわ!」


 すると、メルトちゃんが一軒の店を指し示す。

 それは、ワシの記憶が正しければ……この街に来て始めて行った店のはず。

 彼女にとっては思い出の店なのだろう。


「あそこ! 酒場だけど、美味しいおつまみがあるのよ! お魚の燻製がとってもおいしくて、お野菜とチーズと一緒に、ガブー! って齧るの!」

「へぇ! うまそうだな! 燻製ってあまり食わないし行ってみないか?」

「私は飲まないけど、メルトちゃんのお話聞いたら食べたくなっちゃった」

「ふむ、少し寒いからホットワインやエッグノッグがあると嬉しいな」

「ほう、グラントくんはいけるクチじゃな。よし、あの店にしようぞ」

「わーい! あそこ、私の思い出のお店なの! みんなと行けて嬉しいわ!」


 素直に喜ぶメルトちゃんに、皆も笑みを浮かべる。

 さて……ではワシも魚の燻製を肴に、この世界の酒を堪能させてもらいますかの。

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