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第百三十六話

「うーむ……これはちと想定外じゃの……」


 闇の中、声が響いてくる。

 目を開いても闇は晴れず、ただただ闇がどこまでも広がっている。


「ここは……円卓じゃないのか」

「うむ、ワシとシズマだけの空間じゃよ」


 次の瞬間、目の前に背の高い老人が現れる。

 長い手足に、年齢を感じさせない、それどころか常人よりも遥かに姿勢の良い老人。

 少しだけ伸ばしたあご髭に、短く刈り込まれた口髭を合わせた、お洒落に整えられた髭。


 まるでポニーテールのように長い髪を結わいでいる姿は、どことなく侍を想起させる。

 髪も髭も真っ白なのに、どことなく若々しさすら感じるのは、やはり出で立ちが武人めいているからだろうか。


「……ワシのバックボーンはあまりにも強烈すぎるからのう。そこにシズマ、お主自身が積み上げた実績が加わっておるのじゃよ。ワシは『武術の達人、旅先の闘技場ですら無敗を誇り全ての武術を極めた剣聖』となっておるでの。元々、ワシはゲーム制作における『テストキャラクター』だったようじゃよ。つまり『全てのモーションテストを行う為にあらゆるデータと文献、動画を参考に生み出された職業』という訳じゃ」

「つまり……これまで以上の情報量が頭に流れ込んできて、身体が限界を迎えた……?」

「うむ。参考資料にあらゆる格闘、武術、剣術の漫画すら取り入れられているからの。情報量は常軌を逸しておる。しばらくは休むとよい。精神世界で、少しずつ知識を吸収していくのじゃ」


 身体の権限を明け渡す……その方がいいのかもしれない。

 今、少しだけ知識を思い出そうとするだけで、膨大な量の知識が脳を埋め尽くすのだ。


『呼吸の頻度から相手の体調を読み取り靴のすり減り方と直前の足の置き場から体捌きの癖を読み取りその情報を加味した上で体表の筋繊維の蠢きを感じ先んじて動きを封じる術』

『手を握る際にどの指が先に動いたのかを把握して相手の心理状態と攻撃方法に予測を立てる』

『目線の動きだけでなく呼吸の変化と組み合わせを見てそれがフェイントか否かを読み取る』

『攻撃の意志が全身に伝わる際の気配の変化を読み取り相手の動き出しより先に動く』

『攻撃を受けた際にどの方向にどの強さで受け流せば最も相手の隙が生まれるのか瞬時に判断』


 軽く読み取っただけで、このくらいの情報が一気に事細かく頭の中を埋め尽くすのだ。

 これはもう……全てをマスターするのは不可能だ。


「しばらくワシがこの身体を使わせてもらうぞい。心配せんでくれ、国と敵対するようなことはせんよ。メルトちゃんのこともしっかり守るぞい」

「ああ……頼むよルーエ……」

「うむ、任されよう」


 強さ的には問題ない……人格も……問題ないだろう。

 この膨大な戦いの知識……全てマスターしているルーエなら……安心出来る。








 肉の重みを感じる。

 腕を上げると、確かにその重さが骨を通じ伝わってくる。

 全てが、知識の通りに動き、床に倒れる我が身を支え起き上がろうとすると、どの筋肉が働き、どう動くのかが正確に予測され、その映像が脳裏に浮かぶ。


 これが……戦いの、武の知識、その集合体を宿すワシの力なのか。

 皆が、一度はワシが顕現するべきだと言う理由がよく分かる。

 全ては無理でも、その一欠片でもシズマに宿れば、それはそのまま、全ての姿でも応用可能な強力な武器になるのだから。


「シズマ! もう大丈夫なの!? お薬、持ってるのかしら? 私、何か調合するよ!?」

「ん……いや、もう大丈夫じゃよメルトちゃん。心配かけたの」


 心配そうに床に座るワシを覗き込む、心優しい娘さん。

 なんと愛らしいのだろう。もしも、ワシに孫娘がいたら、こんな風に心配してくれたのだろうか。


「えっと……?」

「本来の人格、シズマは今、心の奥で休んでおるんじゃよ。ワシの持つ膨大な知識が一度に流れ込み、身体の限界を超えてしまったようじゃ。なので暫くはワシがこの身体を動かすことになるんじゃ。だからよろしくのう、メルトちゃん」

「ほ、本当のおじいちゃんになっちゃったのね!? じゃ、じゃあ……よろしくね?」

「『ルーエ』じゃよ。ワシの名前はルーエ。ルーエでもおじいちゃんでも、好きに呼んでおくれ」

「う、うん。じゃあ……おじいちゃん?」


 心臓が強く脈打つ。こんなに可愛い存在がいるのか。孫とはこんなにも尊い存在なのか。

 ……不謹慎だが感謝するぞ、シズマ……ワシに孫娘を一時的にでも与えてくれたことを。


「うむうむ、おじいちゃんじゃよ。ちっとお風呂に入ってくるかの。さすがにこんな顔で表には出られんじゃろう」

「そうね、おじいちゃん、顔が血だらけだもの」

「ほっほ、まるでトマトジュースを飲みながらむせた老人じゃな! しっかり顔を洗ってこよう」


 いやはや……メルトちゃんは良い子だ。シズマも良い子だが、直接現実で交流出来んからのう。

 どうにかしてワシを召喚して、身体の自由を取り戻せないだろうか? 

 孫と孫娘と一緒にどこかに旅に出てみたいと思うのは、この広大な世界で肉の身体を得たが故に生まれた、ワシの我がまま、なのかの?




「はー……良き良き……家にこんな露天風呂とはなんとも贅沢な……」


 湯に浸かりながら、この肉の身体の動かし方を一つ一つ確認していく。

 湯の中で身動き一つせず、ただ筋肉への力の入れ具合でどう肉体が脈動するのか、それを一か所ずつ見極めていく。

 微かな動きも、湯に微かな振動を伝えてくれる。それを肌で感じ取り、自分の身体感覚を研ぎ澄ませていく。


「……イメージ通り、じゃな。どこかで一度、実戦を挟む必要がありそうじゃが」


 自身のステータスを確認していく。

 ゲームの時代、猛威を振るった自身の力。それが、現実となった今、どこまで出来るのか。

 手始めに、スキルの効果を確認、改めて自分の肉体でどう発動させるのか、意識しながらおさらいをしてみる。


【瞬歩】

『特殊な歩法で予備動作なく体勢を変化させることなく任意の距離を移動』

『攻撃の予備動作を省略する効果と攻撃後の隙を消す効果を持つ』

『ただし方向と距離は細かく自分で設定する必要がある』


【精密斬撃】

『対プレイヤー専用スキル』

『攻撃発動中に任意で攻撃方向を変化させることが出来る』

『また正確に相手の攻撃に合わせることで攻撃を弾き相手の体勢を崩す』

『体勢を崩した相手に与えるダメージが40%上昇する』


【鬼哭】

『対プレイヤー専用スキル』

『相手の技の発動の直前に正確に所持している武器を攻撃した際』

『相手の技の発動をキャンセルし再発動まで強制リキャストを発生させる』


【慟哭】

『自身の最大HPを半減させ一時的に(60s)全ステータスを1.2倍にする』

『同時に通常攻撃にHP吸収効果(与ダメージ10%)とMP吸収効果(与ダメージ1%)を付与する』

『効果時間の終わり際にもう一度発動させることにより回復したHP×20のダメージを与える』


【魔刻】

『発動から10秒後に自身のHPをどのような状況でも強制的に1にする』

『発動中は全ての攻撃が確定でクリティカル判定となる』

『また受けるダメージを1/10に減らす効果を持つ』

『再使用までのリキャストは10m』


【抜刀二連】

『対プレイヤー専用スキル』

『戦闘開始から二回分の攻撃に相手を強制的にダウンさせる効果を付与する』

『ダウンは体勢が崩れた扱いとなり更に防御-50%のデバフ効果を持つ』


【剣ノ声】

『装備している武器が“刀”の場合のみ武器のポテンシャルを完全に引き出す』

『武器ステータス×1.5武器に応じた属性追加ダメージを付与』


【大禍時】

『対プレイヤー専用スキル』

『戦闘開始から30分経過した場合のみ発動可能』

『強制的に互いの最大HPを1/10にする』

『状態異常扱いではない為一部のスキル以外では解除不可能』




 正直、対プレイヤースキル以外はどれも微妙としか呼べない効果しか持たない。

 だが、この世界におけるプレイヤーとはなんぞや?

 人が命を持ち、人生を謳歌、獣ですら自身の命を燃やし生きている。

 全員がプレイヤーではないのだろうか?


 もし、ワシがこれらを十全に扱うことが出来れば、ワシはもしかしたら……『再び最強の座』に返り咲くことが出来るのではないだろうか?


「……なんての。この身を焦がす野心など、本来ワシには関係ないもんじゃ。かわいい孫娘といつか迎える孫の為、おじいちゃんがんばっちゃうぞ。はー……びばのんのん」


 良い湯だ。体がとろけてしまうような、極上の湯だ。

 毎日これに浸かれると思うと、これからの生活が楽しみだの……。






「はい、おじいちゃん。コーラよ。お茶よりもお風呂の後はこっちの方が美味しいのよ」

「おお……メルトちゃんは本当に良い子じゃなー……ほら、お礼にこれをやろう」


 入浴後、ワシに差し出されたのは、よく冷えたコーラだった。

 冬場でも、風呂上りの火照った身体には冷たい飲み物が一番効くというもの。


 ましてや、こんな可愛い孫娘がわざわざ用意してくれたのだ、恐らくこれより美味いものなどこの世には存在しないのではなかろうか。否、間違いなく存在しない。


 ワシはメルトちゃんに、お礼代わりに『スモークビーンズ』を一瓶手渡す。

 ジュースにはお菓子じゃろ? 生憎これ以外に合いそうな菓子はワシには分からんのだ。


「わぁ、ありがとうおじいちゃん。一つ食べてみるね」

「んむんむ、よく噛むのじゃぞ」


 ポリポリと、燻製された豆菓子を咀嚼する姿が、この上なく可愛い。

 いや、どちらかというと『めんこい』というべきか。

 どこの言葉かはよく分からないのだが、これがふさわしい気がするのだ。

 うむ、めんこいのだ。メルトはとてもめんこいワシの孫なのだ。

 ……これは、シズマに体を返すのを躊躇してしまいそうになるの……。


「よし、メルトちゃんや。一緒にお出かけしようかの? 戻ったばかりで街の様子も気になるじゃろ? どうかの?」

「いいわね! 私もまだまだ行ってみたい場所が沢山あるのよ。おじいちゃん、リンドブルムは凄く広いから、私もまだまだ知らない道が沢山あるんだから」

「ほっほう、それは楽しみじゃの? では着替えて行くとするかのう」


 今の装備はこの世界ではまだ見たことのない、どことなく和装に似た着流し風のコートだが、悪目立ちしないだろうか?

 ふむ……他の装備を見繕ってみよう。幸い、ワシの個人用アイテム欄には、膨大な量の装備が眠っているのだから。


 対人戦であっても、対策は必須。現在の対戦環境でどういう構成が猛威を振るっているのか、その対策にあらゆる装備を持っているのがワシなのだ。

 そして……シズマはそれらの情報に加え、圧倒的な反射神経と操作精度を駆使し……剣聖が運営により弱体化されるまで『ただの一度も負けたことがない』のだ。


 故に、ワシの設定に加えられているのだ『無敗』だと。

 そのバックボーンが、ワシの強さを支えている。ワシに『最強であれ』と、強く訴えかけてくる。

 その願いだけはいつまでも持ち続けよう。ワシの主であり、将来の孫であるシズマの為にも。


「よし、この服ならどうじゃ。あまり目立たないじゃろ?」

「おじいちゃん、背がおっきいからコート似合うわね! かっこいい!」

「そうじゃろうそうじゃろう! よし、では早速リンドブルムに出発じゃ!」


 んむんむ、ワシの身長を高くしてくれて感謝するぞ、シズマよ。

 別に身長でゲーム時代はリーチに差なんてなかった。

 が、視覚的効果で相手に誤認させることは出来るからと作ったはず。


 ワシには、しっかりとゲーム時代の知識と記憶が残っている。そしてその原因も分かっている。

 ……ズバリ、ゲームのデータ全てが再現されている以上、そこにはしっかりと『チャットログ』も含まれているのだ。

 そして、シズマは恐らく普段はゲーム外のチャットでコミュニケーションを取っていたのだろう。


 が、ワシは対人アリーナ専門のキャラクター故に、多くの人間とコミュニケーションを取る必要があった、と。

 だからワシには分かる。当時のシズマの考えや知識の一部が、しっかりとワシに共有されている。


 ……ワシの戦い、武の知識の膨大な量にシズマは苦しんでいた。

 だがワシに言わせれば……当時のお主も、負けておらんかったよ。

 その膨大な知識と情報収集で、当時無敗の記録を伸ばし続けていたのだから。


「ほっほ……楽しみだのう」

「ね! 楽しみねおじいちゃん。きっと、新しい年だから新しい屋台だってあるかもしれないわ!」

「うむうむ、そうじゃなぁ」


 楽しみだ。

 シズマのこれからの成長も、このめんこい、ワシをおじいちゃんと呼んでくれるこの子の将来も。

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