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第百三十五話

「そうですね、俺は表舞台に立つつもりはありませんし、シレントも功労者とはいえ今は治療中の身。そうなると俺達の頭目にあたる人間……団長が表に出てくる必要がありますね」


「そうなるね。恐らく、式典にも出席することになる。セイムさん、貴方は平穏を愛する人間だということは分かっているよ。けれども、必要に迫られたら救いの手を差し出してくれる人間だということも理解しているつもりだ。だから、今回の発表については知らせない方が良いかもしれないと思っていた。いや……でも私は甘えていたかもしれないね。出席の要請をしたかもしれない」


 コクリさんの言葉は真実なのだろう。だが同時に、ここまで力を見せてきた旅団という存在、その長が本当に信用出来る人間なのか、自分の目で確かめたいという、女王陛下の考えなのだろう。

 ……まぁ、セイム以外が注目される分にはそこまで困ることはないとは思うけれど。


「幸い、団長はリンドブルムに滞在中です。実は、今回俺がゴルダ側に行ったのは、旅団に用事があっただけではないんです。今回の戦争、多少は戦火に巻き込まれ、被害に遭った住人もいます。旅団と関係のある人物が被害に遭い、お子さん一人が廃墟に取り残されていました。その子供を保護して戻って来たんです。団長はその子を引き取る為にこちらに来ているんですよ」


 丁度いいので、団長が近くにいると、すぐに連れてこられると嘘の説明をする為に、レントの話を絡める。

 が、どうやらそれが良くなかったのか、コクリさんの顔が青ざめる。


「な、なんてことだ……旅団の長はお怒りではないのかい? いや、先に謝罪させて欲しい。そうだ、いくら戦争が短期間で終わったとしても被害は必ず出る。そんなことも失念していたのか私は」


 ……そうだよな! 旅団の関係者の死亡、そして団長直々に子供を引き取りに来るとか、国にとっちゃ大事件扱いになるよな!? 旅団の今の影響力、立ち位置をもっと考えて発言すべきだった。


「た、たぶん大丈夫だと思いますよ。ただ団長がこっちに来ている間、団を取りまとめる人間としてまた俺が出向くことになるので、しばらくはこちらの方で団長の相手をしておいてください」


「以前から思っていたのだけど、セイムさんは旅団の副団長のような立場なのかい? そんな人間をこちらの国に所属させるなんて、今考えるとその時点で文句を言われかねないのではないかな」


「そのことについてはしっかりけじめをつけてきましたし、こうして定期的に用事を承ったりしているんで大丈夫ですよ。では明日か明後日か……団長がこの家に来てくれると思いますので、王宮に向かってもらえば良いですか?」


「……いや、こちらから迎えに行くつもりだよ。シレントさんやセイムさん、それに報告によるとシーレという女性や、シズマ君。いずれも十三騎士に匹敵する猛者なのは分かっているんだ。そんな人間達を束ね、今回の戦争や国の危機を救う為に尽力してくれた旅団の責任者にあたる人間を呼びつけるなんて真似は出来ないよ」


 ……気が付けば、旅団という存在は国家に恩を売り過ぎたのかもしれないな。

 スティルの案がなければ、そのうち冗談抜きに国の重鎮として取り立てられていたかもしれない。


 今の扱いですらギリギリだ。

 恐らくシレントの負傷によって、これ以上旅団に依存しないように考えを改めたのだろう。


 今回のコアの発表を最後に、恐らく国側はもう、俺達を国の中枢に関わらせるようなことはしないつもりだろうな。




「話は変わるのですが、昨日、中層区周辺を通った時、メルトが『冒険者の巣窟の雰囲気が少し妙だ』と言っていました。何かあったんですかね?」


 少々気になっていた為、一度話題を変えるつもりでメルトの疑問をぶつけてみる。


「おっと……そっちの話題か。ふむ……簡単に言うと『縄張り争い』の延長かな? そこまで深刻なものではないけれど、少し客足は遠のいていると言えるね。実は、その件って難民問題とは無関係じゃないんだ。そのうち、国の方で対処することになるだろうね」


「なるほど……まさか、難民の中に危険な人物が……?」

「いいや、そういう訳じゃないんだ。まぁ、この件に関してはセイムさんの手を煩わせるようなものでもないさ。それに、巣窟の出入り口付近なら変わらず盛況なようだしね」


 ふむ、難民問題に関係しているのに、難民が問題を起こしている訳じゃない、か。

 少々気になるけれど、確かに深く関わるべき問題でもない、か?


「ともあれ、旅団の団長さんが近々この家に来ることは了解したよ。セイムさんはまたしばらく戻らないのかな?」


「そうですね、念のため団長が戻るまでは旅団の方でみんなを取りまとめておきますよ」


「了解だよ。それと最後に……その、団長という人と接するにあたって、何か気を付けるべきことはあるかな? 流石に、機嫌を損ねる訳にはいかないだろう……?」


 コクリさんの心配は理解できる。そうだよなぁ……セイムはともかく『あのシレントが付き従う人間』というだけで、警戒するよなぁ。

 団長は……誰にするべきか。以前、スティルは『アレ』を使うべきだと言っていた。


『アレ』は、正直『特定の目的の為だけに作ったキャラ』だ。

 確かにカンストまで育成しているし『職業』だけで言えば……『最強と準最強』に匹敵する、あのゲームにおける数少ない『特殊職』の一人だ。


「たぶん大丈夫ですよ、失礼なことをしなければ。凶暴な人間でもありませんし『気の良いお爺さん』ですから」

「お爺さん……ご老人なのかい? これはちょっと驚いたよ……」


「まぁ、シレントと戦ったら一方的にシレントを戦闘不能に出来るくらいの人間だということだけ留意してくだされば問題ありませんよ」

「……あの彼をかい? それはもはや……人間ではないのでないかな?」


 その職業は、正直攻略、通常のプレイにおいては『弱い』。

 だが……あのゲームにおける人気コンテンツの一つ『対人アリーナ』というものがあるのだ。

 つまり、プレイヤー同士の戦いだ。


 その特殊職業『剣聖』は、ズバリ対人に特化した性能をしている。

 故に、攻略ではそこまで強力な力を持っていない。が、対人では話は別だ。


 圧倒的な『出の速さを誇る技』に『細かく素早く間合いを制御出来る移動法』。

 相手の位置によって使い分けられる『豊富な技の選択肢』に『単体相手なら圧倒的な効果を発揮するアビリティ』。


 職業のコンセプトがそもそも『対人戦における玄人向け』というものなのだ。

 無論、操作難易度は鬼高く、一人用の高難易度スタイリッシュアクションゲームのような繊細な操作と、難しいコマンド、目押しが要求される。


 だが、使いこなせば強い。ただただ強い。アリーナでは一時『剣聖』だらけになった結果、もう完全にプレイヤースキルの差だけで勝敗が決まるようになったのだ。


 装備の質や相性や運なんて勝敗に関係しない。

 純粋に中の人の技量だけで決まる勝敗は、純粋な『格闘ゲーム好き』な層には支持されたが、ネトゲの大半を占める別な層には受け入れてもらえなかった。


 結果、『第二第三の特殊職』が実装され、結局俺のキャラクターの中でも、その特殊職二人が『最強と準最強』になったのだ。


 それを、スティルは『旅団の責任者』として丁度いいと言っていた。


「それでも凶暴な人間ではないので、必要な式典、発表に同席する必要があるのなら、お願いしてみてください。きっと応じてくれますから」


「了解したよ。そうか……最初はどうにか説得して、セイムさんに出席してもらおうと考えていたんだ。が、まさか旅団の頭目、団長が来てくれるとなると……こちらも相応の用意が必要だろうね。ありがとう、セイムさん。君達の団長の機嫌を損ねないよう、最善を尽くすと約束するよ」


 そう言って、コクリさんはコーヒーを飲み干し席を立つ。


「美味しいコーヒーご馳走様。今度は私がご馳走するから遊びに来て欲しいかな。最近、冷たいコーヒーを美味しく淹れる方法なんかも研究中なんだ。少々季節外れではあるけれどね」


「それは楽しみですね、アイスコーヒーは俺も好きですから」

「ほう? それは嬉しいね、なかなか理解してもらえないから」


 そう、最後に嬉しそうに笑い、コクリさんは帰っていった。

 ……さて、じゃあキャラチェンジの前にメルトに状況を説明しないとだな。


 俺は、隣の談話室で二度寝を決め込んでいるメルトを起こす。

 レントが無表情のまま抱き枕にされていて可哀そうでした。


「んー……寝ちゃってた……コクリちゃんは?」

「もう帰ったよ」

「えー……あ、冒険者の巣窟のこと、聞いてくれた?」


「ああ、聞いたよ。簡単に言うと、今どこかの勢力かな? 喧嘩中で少しピリピリしてるんだってさ。入り口付近ならそこまで危なくないから、はむす亭も大丈夫じゃないかな」


「そっかー、ならよかったわ。でも、喧嘩はよくないわよねー?」

「そうだね、よくないね。そのうち国が介入するらしいよ」

「なら安心ね。女王様に『こら!』ってしてもらいましょ」


 ははは……本当にそんな感じで解決したら、平和で最高なんだけどなぁ。

 ともあれ、メルトに今後の方針、新たに別な姿となり、それでセイム達全員の責任者のふりをすることを伝える。


 せっかく家に帰って来たというのに、また慌ただしくしてしまい申し訳なく思うのだけれど、意外にも、メルトは少し楽しそうだった。


「次はどんな人なのかしら!?」

「んー……たぶん中身は俺のままなんじゃないかな? 見た目はお爺さんなんだけど」

「へー! 私、おばあちゃんはいたけれど、おじいちゃんっていたことがないの。少しわくわくするわ!」


 なぜだか、メルトのその言葉に、胸の奥がざわめいた気がした。


「恐らく、その姿で王宮に呼ばれることもあると思うんだ。だからもしかしたらメルトも一緒に呼ばれるかもしれないんだ。そうなるとレントは一人でお留守番になってしまうけれど、出来ればそれは避けたい。だからそろそろ召喚を一度解除しようと思うんだけど」


「そ、そんな……レントちゃん、可愛いのよ? 私がぎゅってしても、最近は嫌がらないし、少しだけ抱き返してくれるのよ。尻尾のことが気に入ったのか、尻尾を枕にして寝たりして、すっごく可愛いの! ずっと一緒がいいわ」


「ははは……でも、検証の結果がどうなったのか調べたいし、実際にレントと心の中で話を聞いてみたいんだ。だから、ごめんよメルト、一度、戻さないといけないんだ」


 まるで、お気に入りの人形を手放したくない子供のように、レントを抱きしめて後ろに隠そうとするメルト。

 なんか……凄く悪いことをしているような気がして心が痛む……!


「うう……そっかぁ……レントちゃん……またね?」

「……」


 悲しげに別れの挨拶をするメルト。が、レントは相変わらず無表情で無言。

 だがその時、レント小さく頷き、ぎこちなく手を振って見せた。


「!? レント、やっぱり意志が芽生えたのか!?」

「……」

「レントちゃん! またね!」


 これは早急に精神世界で話を聞いてみないといけないな。

 名残惜しいが、レントの召喚を解除する。


 光に包まれ消える小さなシルエットを見送ると、確かに寂しいと感じてしまう自分がいた。

 そうだよな、なんだかんだ、夢丘の大森林からここまでずっと一緒だったんだもんな。


「さて……じゃあ次は俺が姿を変える番だな。今回はもうこの街に来ているって設定だから、そのままここで変身、地下通路を使わないで普通に活動を開始するよ」


「うん……わかった」


「はは……元気出しなよメルト。いつか、もっと一度に呼べるようになったら、レントと一緒にシーレも呼べるようにして、一緒にこの家で過ごそう?」


「うん、そうね、そうしたい! でも……どうすればみんなの心? が元に戻るのかなぁ」

「そうだなぁ……レントは多少、こっちのことを理解してくれていたみたいだけど」


 これは精神世界で会議をした時にでも考えるべき議題だな。

 ただ、スティルの推論では『不十分な召喚』の可能性も示唆されていたな。

 やはり何か代償、依り代になりそうなものがあれば解決出来るのだろうか。


 そう考えながら、俺はメニューの項目を操作し、キャラクターを『ルーエ』に合わせる。

 光に包まれる。目線がぐっと高くなる。

 シレント程ではないが、ルーエは長身だ。おじいさんだけど。


 長身のおじいさんが剣の達人とかかっこよくないですか?

 そう思ってキャラクターメイクをしたのだが、剣聖のストーリー的にも、なんだか老師っぽい立ち位置で物語が展開されていたし、案外合っているのではないだろうか。


「ふぅ……」

「わ! おっきいおじいさん!」

「だろう? 確か一九〇センチ……この世界で言う一メイル九〇サイスはあるんだ」

「へー! なんだか不思議、おじいさんなのに若い人の話し方ね?」

「ね。それとこの身体はね、剣の達人なんだ。だから、もしかすれば身体の基礎的な動かし方とかが知識として身に付くかも――」


 鼻から、唇の形をなぞるように、何かが垂れてくる感触がした。

 目が熱い。痛い。涙が流れ続ける感覚がした。

 違う、視界の半分が赤く染まっていくのが分かる。


「え!? セイム!? シズマ!? え、名前、まだわかんない! ねぇ! どうしたの!?」

「あ……え……」


 手で顔を触れる。手が深紅に染まる。

 おびただしい量の鼻血が流れていた。

 台所のシンクに移動し、水道の蛇口をひねる。


 血が止まらない。目の痛みが激しくなる。視界がどんどん赤く染まっていく。

 目から流れ出ていたのも、血。

 これはなんだ。なんだこれは。


「め……ると……」


 口が、手が動かない。

 意識が暗転する。

 ……なんで……こんな……。

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