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第百三十四話

 ピジョン商会の従業員についてだが、予想していたことだが、かつて国境越えが出来ないだろうとこちらに残されていた獣人の従業員と、その家族が主な護衛対象だった。


 なんでも、この戦争が起きる少し前から、何やら不穏な空気をこの国に残っていた従業員が感じていたらしく、手紙によるやり取りが商会長さんと行われていたらしい。


 確かに言われてみれば、ゴルダは神公国ほど秘密裏に軍を動かしていたようには思えなかった。

 国境に兵士を配備したり、トラップまで仕込んでいたようだし。


 そしてその手紙のやり取りの間に開戦、そのまま電撃的に決着がついてしまった、と。

 どうやら、調教された鳥を使う方法や、国境を秘密裏に抜けられる『専門家』による手紙の配達、所謂『裏の仕事人』も存在しているそうな。


「正式にゴルダ側の冒険者ギルドから住人の避難許可が出てるってことは……レンディアは難民の受け入れについても既に考えているってことか……」

「難民、逃げてきた人のことよね? そうだよね、そういう人って沢山いるわよね」


 今回俺とメルトは、馬に乗って先頭を走る馬車と並走していた。

 俺、乗馬とか初体験なんだけど、どうやらセイムとしての経験なのか、他のキャラによるものなのかは分からないが、普通に出来ちゃいました。

 メルトは俺の後ろです。腰に抱き着かれているので少し照れくさいです。


 なお、レントは他の難民の皆さんと一緒に馬車の中にいます。

 そりゃそうだよな、傍から見たらただの子供だもんな。


「ただ、恐らく難民キャンプをどこかに設置するにしても、そこまで苦しい生活にはならないはずだよ。少なくとも……もう、既に気候は変化してきてるらしいから」

「あ、なるほど。じゃあ、みんなご飯が食べられるのね?」


 国の詳しい方針は分からないが、もう……レンディアの領土は『ダンジョンコアの力を受けて肥沃な大地に変わりつつある』のだから。


「近いうちに、女王陛下から何か発表があるかもしれないね。難民が増えていくことに不安を抱く貴族、住人は絶対に出てくる。その不満を打ち消す最高の材料があるんだから」

「あ、そっか。コアのことよね」

「シー」


 もう、しばらくはセイムとしての俺に何か依頼をしてくることはないとは思う。

 だが、コアの発表については、なんらかの形で紹介されるんだろうな。

 少なくとも十三騎士の一部には、セイムである俺が焦土の渓谷のコアを持ち込んだと知られているわけだし。


「ま、その時になってみないと、だ」

「そうね? 今はしっかり護衛して、みんなをリンドブルムまで送り届けよう?」


 こうして、俺達のリンドブルムへの帰還を兼ねた護衛任務が始まったのであった。






 移動を始めて数日経って思ったのだが、元ゴルダ領内の治安はそこまで悪化していないのだろう。

 あまりにも唐突な王都陥落は、残された兵士、国軍の士気を著しく低下させたのは言うに及ばず、残った国軍が降伏したことからして、敗残兵の野盗化、というのも起きていないと思われる。

 まぁ既にレンディアの軍が大量に流入しているこの状況で、賊になるなんて自殺行為だしな。


 そうして国境まで俺達は辿り着いた訳だが、ここまでの道のりで起きた戦闘なんて、野営中に魔物がこちらの様子を窺っているのを追い払った程度で、殆ど問題なんて起きなかった。


 そのうち、レンディアから追加の派兵が行われ、こちらの復興に着手するんだろうな。

 戦争の爪痕が急速に復興されていくことを思うと、俺が強引な方法を使ってでも戦争を速攻で終わるように動いたのは無駄じゃなかったんだな、と改めて実感する。


「ここから先はレンディア領地です。すでに道中でも安全は確保されていましたが、もう安心してくださいね」


 国境の門、既に半壊しているその場所を通り過ぎたところで、キャラバン全体に聞こえるようにそう宣言すると、移動していた難民の皆さんが一様に喜びの表情を浮かべたのが印象に残った。


 今回の護衛の責任者は俺だ。現状、俺以上のランクの冒険者が、ゴルダには残っていないのだ。

 一応、若手の冒険者が数名同行しているが、彼らも恐らく、このままレンディアに移住するのだろうな。それこそ、かつての俺のように。


 改めて、避難民の顔ぶれを見渡す。冒険者以外の全員が獣人だ。

 つまり、メルトほどではないにしろ、長年不自由な思いをしながら、それでも国を抜け出すことが出来ないでいた住人達なのだろう。


 ピジョン商会で働いている人間はまだ扱いが良かったのだろうが、きっと家に残されていた家族は、どこか肩身の狭い思いをしてきていたのだろうな。


「みんな嬉しそうね。たぶんだけど、この大陸って変わっていくんだと思うわ」

「そうだね。……この大陸だけなのかな、こういう問題を抱えているのって」

「んー……行ってみないと分からないんじゃないかしら?」

「だよなぁ。……この大陸のダンジョンに挑んだら、次は隣大陸にも目を向けようかな」


 他の大陸にも、天然のダンジョンというものは存在しているはずだ。

 まだ詳しく調べてはいないが、この国は元々『人工のダンジョンコアの欠片』を資源として輸出していた。

 つまり、需要も、活用方法も、その特性や効能も知られているって訳だ。


 なら、恐らく人工ではない、天然のコアの存在だって知っていても不思議じゃない。

 聞いた話によると、この大陸『ダスターフィル』は、全世界の大陸の中では、小さい方らしい。


 なら、まだまだダンジョンは存在していても不思議じゃない。


「リンドブルムに戻ったら、何か依頼でイズベルに行くようなものがないか探そうか」

「そうね、お仕事ついでに移動出来るからお得ね! イズベルについたら案内してあげるわ!」


 レンディアの領土に入り、少しだけ肩の力を抜き、残りの旅路を踏破していく。

 難民の皆さんはどこに住むのだろうかと若干の心配もあるのだが、今回はピジョン商会所縁の人間だという話なのだし、恐らく商会長が用意しているんだろうな。


 ……あの人、本当抜かりないというか、油断出来ないよな。

 戦争終結直後にこうして自分の商会の人間を脱出させるのにも、何か他の狙いがありそうだ。

 そうして、残りの護衛任務も滞りなく進み、俺達キャラバンは無事にリンドブルムに到着したのであった。






「お疲れさまでした。今回の依頼の報酬は、ピジョン商会からだけではなく、レンディア王家からも支払われます。難民受け入れの為、今後似たような王家からの依頼が増える見込みですから」


 総合ギルドの冒険者ギルド受け付けにて、俺とメルトの帰還報告を兼ねた依頼達成報告をすると、そんな話を教えてもらった。

 やはり、難民の受け入れは国家規模で行っていくつもりなんだな。


「それとなのですが、セイム様に内々に会って話したいという、コクリ様からの伝言を預かっております。もし、都合の良い日があれば教えていただきたいのですが」

「あ、それなら明日で構いませんよ。しばらくはこちらでゆっくりするつもりですから」


 コクリさんからの伝言か。恐らく国がらみだとは思うが、果たして……?




 自宅への帰路の最中、なんだかメルトが神妙な顔をしていることに気が付いた。

 中層を抜け上層から南門に向かう最中、彼女はずっと周囲を気にしていたようだが……?


「メルト、どうしたんだい?」

「うーん……ねぇねぇ? 今、上層に来る途中に中層、冒険者の巣窟を抜けてきたわよね?」

「そうだね、どこか寄りたかった?」

「ううん、そうじゃないの。なんだか……活気が無かったの。少し、変な空気が漂っていたわ」

「え?」


 マジか。俺、何も感じなかったんだが。

 だが言われてみれば、いつもより冒険者の数が少なかったような気もする。

 今はもう、新年祭も終わり二月に入っているのだが、その影響にしては……確かに少なすぎたか?


「うーん……何かあったのかしらねー?」

「あそこにはお世話になった『はむす亭』もあるからね。もし、何か問題が起きているなら助けてあげたいね」

「そうねー」

「明日、コクリさんと面会することになるだろうから、そのついでに聞いてみようか」

「そうね、コクリちゃんならきっと何か知っていると思うわ。コクリちゃん物知りだから」


 相変わらずのちゃん付けである。本人が許してるみたいなのでまぁいいか。




「はー! 我が家が一番ね! ただいまー! ……オカエリー」

「メルト……一人で何やってるの」


 帰宅すると、メルトが愉快な行動をとり始めた。

 一人二役で遊んでいるのだが、たぶんそれだけこの家が恋しかったのだろう。


「レントちゃんおいで? 家の中案内してあげるわ」

「……」


 俺がセイムの姿だからなのか、大人しくメルトの元に駆けていくレント。

 どうやら、レントに家の間取り、トイレやお風呂の場所を教えているようだ。


 ここまでの道中、やはりレントは生理的行動はしっかりと自分の意志でこなすことが出来ているようだった。

 これなら、召喚したままにしていても問題ないと思うのだが、問題は周囲の人間の反応だ。


 正直、旅に連れて行くのが難しいとまでは言わないが、彼女には自己防衛機能が備わっていない為、人質にされたり連れ去られるリスクがある。


 なら、家で留守番をさせることも不可能ではないと思うのだが、それはそれで体裁が悪い。

 どこかのタイミングで、一度召喚を終わらせるべきだ。既に十分な検証は出来たのだし。

 ……メルトが反対しそうだけど。


「セイムー! 枕が足りないのだけど、持っていたりしないかしらー?」


 おっと、いつの間にか二階の寝室にレントを連れて行ったみたいだ。

 まだ寝るには少しだけ早いけれど、そうだな、寝具くらい出しておこうか。


 俺は早速、新たに解禁された『ハウジングメニュー』の中から、家具の一種である寝具、枕を一つ選んで取り出す。


「おお……ゲーム時代はただの小物扱いだったのに……しっかり枕だ」


 ふにょんと、軽く押すと指が沈み込む、低反発枕さん。

 俺は少し苦手だけど、割と市民権を得ていた枕だったな、これ。


 ちなみに俺は断然『そば殻』の枕派だったりします。

 ノットマイクロビーズ! イエス天然素材!


「おーい、持ってきたよー枕」


 早速寝室に向かうと、レントがベッドの上でうつぶせに寝たまま、ぼよんぼよんと跳ねていた。

 ……え? 釣った魚みたいな動きしてて恐いんだけど。君本当に意志がないの? 人格ないの?

 なんかもう、思いっきり遊びたがりな子供にしか見えないんだけど。


「メルト、レントはどうしたんだい?」

「ベッドが気に入ったみたいよー? 可愛いね?」

「……ちょっと恐い」


 無表情のままこちらを振り向き、相変わらずうつぶせのまま、ぼよんぼよん跳ねている。

 ホラー映画かな?


「はい、これ枕だよ」

「ありがと! これをレントちゃんに使わせて……なにこれ! ふにょんって! まるで動物のお腹みたいに柔らかい!」

「もしレントが気に入らなさそうだったらメルトが使っていいよ」

「私のと交換するね? 私が使ってみたい」

「ははは……じゃあはい、もう一つあるから使いなよ」

「わーい」


 その後、夕食や入浴を終えた俺達は、久々の我が家でゆっくりと旅の疲れを癒すのだった。

 ……しばらくメルトの部屋が騒がしかったのは、きっと枕の使用感に興奮していたんだろうな。




 翌朝。朝食を食べていると、レントが率先して食器を片付け始めた。

 これ、本当に意志が表面に出ていないのか、それとも薄っすらとレントの意志が現れているのか、一度確認もかねて召喚を解除したいところだ。


「レントちゃんかわいいねー? どんな子なのかなぁ本来は」

「結構元気でちょっと生意気だけど素直な子だよ」

「え、分かるの?」

「実はね。たまに、眠っている間に俺の魂に眠っているみんなと話せたり出来るんだよ」

「えーーーーいいなーーーー!」


 はは、確かにうらやましがる気持ちもわかる。

 が、もしも仮にメルトが俺の精神世界に来たら……スティルを見て思いっきり警戒しそうだな!

 そんなことを考えていると、家の扉が誰かにノックされた。


『セイムさんはご在宅かな? 今日は都合が良いって聞いてきたコクリだよ』

「おっと。メルト、レントを連れて隣の部屋に行っておいてくれるかい?」

「うん、分かった」


 そうか、俺が会いに行くんじゃなくて、向こうが来てくれるのか。

 ……これ、相当俺の重要度が国の中で上がってきているっぽいな。


「はーい、今開けます」


 扉を開くと、今日も白衣姿のコクリさんが、少しだけ疲れた顔で立っていた。

 見れば、うっすらと目の下に隈が出来ており、美人が少しヤンデレ風味になっている。


「コクリさん、どうぞ家の中で休んでください。少し、顔に疲れが出ていますよ」

「うん、そうさせてもらおうかな」


 椅子に座るコクリさんに、俺はキッチンで沸かしていたお湯を使いコーヒーを淹れる。

 この都市は基本、紅茶を出す店ばかりだけれども、コーヒーも存在していることは、セイラでスパイスを買い漁っていた時に確認済みだったのだよ。

 もちろん、大量に確保してあります。


「この香りはコーヒーだね。珍しいね、それを買うのは研究者くらいなものだと思っていたのに」

「やっぱり徹夜する時とか、気分をリフレッシュするのに飲むんですね?」

「ふふ、その口ぶりから察するに、セイムさんも同じような飲み方をしていたんだね?」


 少しだけ、コクリさんが嬉しそうに笑う。

 銅製のコーヒーフィルターに挽いた豆の粉を詰め、ゆっくりとお湯を注ぐ。


 日本にいた頃から、実は結構コーヒーには拘っているのだよ俺は。

 ネトゲ廃人、コーヒーに凝りがち説……あると思います。


「どうぞ、コクリさん」

「ありがとう、セイムさん。んー……良い香りだ。上手だね、淹れるのが」


 コーヒーで眠気と、そして早朝のまだ寒い中やってきた彼女の冷えた体を癒す。

 お互いに一息ついたところで、コクリさんが話し始めた。


「ゴルダに行ってきたんだってね。難民の護衛、感謝するよ。既に向こうに派遣する騎士団や冒険者でキャラバンを組み始めていたんだ。こうして護衛の前例を作ってもらえると、これから向かう他の人間も安心出来るからね」

「いえいえ、俺達も足が欲しいと思っていただけですから、お礼を言われるほどでは」

「ふふ、そっか。何をしてきたのかは……聞かないでおくよ。実はね、今日はそのことではなくて、ちょっと申し訳ないんだけど……この国の行事、今後について個人的に相談したいことがあるんだ」

「個人的に……ですか?」


 少し、コクリさんが言いにくそうに切り出した。


「もう、私達はセイムさんを始めとした旅団の皆さんにお世話になりっぱなしだからね。正直、国としてもこれ以上セイムさんに負担はかけたくないっていうのが本音なんだ。ただ……」

「いいですよ、相談ならいくらでも乗ります。個人的じゃなくてもいいんですよ」

「……本当、君は優しい良い男だと思うよ、私は」

「照れますね」


 さて、ちょっとだけ身構えよう。コクリさんの持ってくる話は、なんだかんだ結構重要なものが多いのだから。


「実は……そろそろダンジョンコアについて国民に発表をしようと考えているんだ。そこで……そろそろセイムさんの上司、旅団の代表と詳しい話をしたいと女王は考えているんだ。セイムさんを目立たせない、過度な注目が集まらないようにするにしても、流石に功労者不在で発表と言っても示しがつかないからね」

「あー……そういう話でしたか……」


 ついに……この時が来てしまったか。

 そうだよなぁ……流石にダンジョンコアについて発表するなら、最低限関わっている人間を公表して同席させないと……多方面から不審がられるよなぁ……。

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