第百三十三話
「この辺りからもう、私が魔法で雑草とか生えないように、土を硬くしていたの。だけど、家から離れた村の方はそうする余裕がなくて、たぶん雑草だらけになっていると思うわ」
「そっか。じゃあ……その処理とかしにいくんだ?」
「んー……どうしようかな。思い出もたくさんあるわ。でも、もう住んでいた人は誰も戻ってこない。だったら、自然に、私達の暮すこの森に還してしまうのも良いかなって思っているのだけど」
「なるほど……メルトに任せるよ」
「うん。自然に、ゆっくりと森に還っていくなら……もう、それでいいかなって思うことにするわ」
メルトの家から出発し、村を目指し森を進む。
その最中、彼女は自分の考えを、ある意味では『過去との決別』を意味する考えを口にした。
……それもありかもしれない。すぐに無に帰すわけじゃない。ただ、無理に維持するのではなく、自然に任せるという判断は、彼女の思いの風化と共にするみたいで、自然な流れに感じたのだ。
「実は村の中にね、みんなのお墓っていう訳じゃないけど、慰霊碑になるように私が魔法で成長させた、おっきな樹があるんだ。そこにお参りしに行こうと思っているの」
「そっか。じゃあ俺も行くよ。お供えに、そうだな……昨日作ったカレーでもお供えしようかな」
「えー! もったいないわ! 私が食べる!」
「ははは、そっか。じゃあ挨拶だけしていこうか」
自然に、彼女は笑えていた。
もう、メルトは新しい生活、道に向けて歩き始めているんだなって、そう思えた。
銀狐族の村は、ゴルダ縦断中に見かけた廃村とよく似た規模の広さだった。
別段、種族特有の建物がある訳でなく、家がポツポツと存在し、広場に大きな池があったり、ちょっとした公園、遊具が置いてあったりと、ありふれた、どこにでもありそうな村だった。
そう、どこにでもありそうな村でしかない。
それなのに、勝手な理由で住人が……生贄にされたのだ。
俺は、やっぱりゴルダ王も、情報を提供したフースのような黒幕も、許せそうにはなかった。
「すっかり雑草が伸びちゃってるわねー。こっち、こっちよ。村の一番奥にお花畑があるの。元々そこにあった樹を、私がたっぷり魔法をかけて大きくしたんだ」
「ああ、ここからも見えるよ」
村のどこにいても見えるくらい、大きな樹が聳え立っていた。
無人の村を見守るように、全員の魂を天に届けるように、どこまでも高く、高く。
樹の根本まで移動すると、そこには沢山の品が、村人全員分の所縁の品であろうものが綺麗に祭壇に並べられていた。
「これも、そのうち全部この樹に飲み込まれるかもしれないわね」
「そうだね。全部全部飲み込んで、空まで伸びていくと思うよ」
「そうね、そうなるといいわね」
メルトは、祭壇の前で手を合わせる。
異なる文化、世界でも、祈る時の所作は同じなんだと思いながら、俺も彼女に倣う。
手を合わせ、犠牲になった住人に祈りを捧げる。
「全部終わったよーみんな。悪いヤツもやっつけたし、ダンジョンマスターもやっつけたのよ。ここはもう、みんなだけの村になったのよ」
静かに、樹に話しかけるメルト。
彼女を祭壇の前に残し、俺はレントを引き連れ、少しだけ花畑から離れておくことにした。
積もる話があるだろうから――
レントを連れて村を見て回っていると、中央にある広場にあった遊具をレントが見ていたので、ブランコに乗せてやる。
漕ぎ方を知らないのか、ただ座っているだけだったので軽く背中を押してやり、ゆらゆらと揺れるレントが、なんだかシュールで面白かった。
「……ダンジョン攻略をしていれば、そのうちフースの一味と遭遇することもあるのかね」
ダンジョンやコア、そういったものに執着しているように感じた。
俺も、ダンジョンは攻略していきたいと思っている。
なら、いつかまた再び会うこともあるかもしれない。
「……この大陸のダンジョンは残り一つか。この大陸にはもういないような気がするんだよな」
二国間の戦争を引き起こし、何か実験をしようとしていたように思えるのだ。
人口ダンジョンについては、恐らく天然のダンジョンよりは容易にコアが手に入るだろうと考えて、なんらかの手段で変貌させた可能性が高い。
ならば恐らく、天然のダンジョンを踏破するだけの戦力をこの大陸に用意することが出来なかったと見るべきか。
「そうか……だから勇者召喚をさせたのか。ダンジョン化はその下準備……?」
少なくとも一〇年以上前から用意していたことになる。
それだけ時間があれば国外から戦力を集められそうではあるが……それが出来なかった?
分からない……敵がどの程度の規模なのか、どこにいるのかすら俺には分からないのだから。
「……もしも、オーダー召喚したみんなに意志が宿るとしたら……もう一人召喚出来るとしたら……スティル辺りが適任かもしれないな」
黒幕をかく乱し、追い詰める役目を、あいつ一人に背負わせることへの申し訳なさはある。
だが……スティルはその役目を買って出てくれるだろう。
……警戒していた癖に、一番過酷な役目を押し付けようとするなんて、俺も大概だな。
「おーい、二人ともー」
その時、花畑からメルトが戻って来た。
「お待たせ! ブランコに乗せていたの?」
「なんか気にしていたみたいでさ」
「懐かしいわね。ここって昔から遊具が置かれていたの。私も昔乗せてもらったわねー」
そう、思い出話を語りながら、村の外へ向かう。
もう、良いのだろう。彼女の中で、決着が完全についた……ってことなんだろう。
「よし! じゃあリンドブルムに帰ろっか! それともゴルダの王都に寄る?」
「んー……必要ないかな? メルトの軽鎧を受け取りにイズベルだっけ? あっちの町にも行かないとだしね」
「そうだった! 楽しみねー、新しい鎧。なんだか防具があると『冒険者』って感じがするわ!」
「もう紅玉ランクだから、かなりの上澄みなんだけどね、メルト」
「えー?」
お邪魔しました、村の皆さん。
最後の生き残りである彼女は、俺が外の世界に連れて行きます。
この村のことは、他の存在に荒らされることのないようにします。
だから、どうか安心してください。
「シズマ?」
「ん? ああ、挨拶したんだ」
俺は、村の入り口で、村に向かい最後に頭を下げていた。
誰もいなくても、ここにはきっとみんながいるような、そんな気がして。
「真似しよっと」
彼女も軽くお辞儀をし、今度こそ村を後にしたのであった。
夢丘の大森林を抜けるまでの間、宣言通りキノコ狩りをしつつ外を目指す。
そして森を抜け出したところで、俺はシズマの姿からセイムの姿に代わるのだった。
「んー、王都に向かうつもりはなかったけど、もしかしたら王都から馬車が出ているかもしれないから、一応寄ってみようか?」
「あ、そっか。でも、私入れるかしら?」
「大丈夫だよ、もうゴルダは実質的に滅んだんだから。それに、どのみち今のメルトは冒険者だからね」
そうだ、俺もお世話になった人がこっちの冒険者ギルドにいるかもしれないからな。
顔を出す意味でも一度、行ってみた方が良いだろうな。
そうして、次の目的地として定めたゴルダ王都へと向かうのだった。
王都に到着する頃には、すっかり日が沈み始めていた。
夕焼けが、より一層戦火に見舞われた王都の悲惨さを際立たせているように思えてしまうのは、俺がそれをした張本人だからだろうか。
「すみません、中に入っても良いですか?」
門番を務めていたのは、王国の兵士ではなく、ギルドの制服を着た職員だった。
「失礼、貴方はこの国の住人なのでしょうか?」
「いえ、我々はレンディアの冒険者です。許可を頂き、こちらの領地に入ることを許された身なのですが、時間が時間なので、今日はここに宿泊しようかと思いまして」
「では、ギルドの登録証を提示してくださいますか?」
俺とメルトがタグを出すと、それが本物だと判別出来たのか、すんなりと通してくれた。
が――
「失礼ですがこのまま冒険者ギルドにて詳しい精査をして頂きますね。何分戦後ですから、こちらも警戒態勢を維持している状態なのです」
「なるほど、了解です」
それもそうだよな。火事場泥棒や敗戦国に対する略奪、治安の悪化を危惧しているのだろう。
もう一人の門番に連れられ、俺とメルト、そして特に何も言われなかったレントが冒険者ギルドまで案内、もとい連行? されていくのだった。
「なんだか不思議な感じ……私が王都の中にいるなんて」
「そっか、初めて入るんだね?」
「うん。だけど……凄い匂い……掃除はされているけど、街中血の匂いでいっぱいよ」
「……そうだろうね。シレントが、ここで大量虐殺をしたからね」
「……そっか」
俺のことを気遣ってか、それ以上は何も言わないメルト。
そうして冒険者ギギルドルドに到着した俺達は、ギルドタグを受付で調べてもらうこととなった。
どうやら、タグには簡易的なメモを残す機能が付随しているらしく、ギルドではそれを読み取る方法があるのだとか。
この辺りの仕組みはギルドの制度に関わる為明かされてはいないのだが、俺達のタグには『総合ギルド上位権限により自由に大陸内を移動することを許可する』と記されていたらしい。
「確認、完了しました。お二人は正式な許可を得ていることが分かりましたので、自由に街の出入りが許可されます」
「よかった。では今晩はこの街に宿泊したいと思っているのですが、問題ないでしょうか?」
「ええと、そうなりますと現在は街の宿が休業中となっておりますので、ギルドに泊まって頂くことになるのですが」
「それで構いません」
どうやら、街の住人の大半は既に国外に逃げてしまっており、今も営業している店はほんの一握りしかないそうだ。
「そうだ、馬車って出ていますか? 明日、リンドブルムに向けて発とうかと思っているのですが」
「そうですね……現在乗合馬車は運行していませんが、リンドブルムへの移動を求めている人は多いですからね。そういった人達の護衛という形でなら、馬車に乗せてもらえるかもしれません。現在、ゴルダに残っている冒険者は少なく、護衛を任せられる人間が少ないという状況なのです」
「なるほど、ではそれでお願いします」
そうか、戦争前にこちらに所属している冒険者達も殆どリンドブルムに移動していたのか。
となると、今のこの街の治安はどうやって維持されているのだろうか?
「あら!? ちょっと、貴方セイムさんじゃない!?」
するとその時だった。
ギルドの受け付けの奥から、俺の名前を呼ぶ女性の声が聞こえてきた。
そちらに視線を向けると、そこにいたのは――
「懐かしいわね。どうやってこっちに来たの貴方?」
かつて、セイムとして冒険者ギルドに登録する際、実技試験を担当した女性職員がそこにいた。
「お久しぶりです、お姉さん。実は、リンドブルムでそこそこギルドに貢献してきたので、特別な許可でこっちの領地に渡って来たんですよ。今回の戦争で、お世話になった方の安否が気になって確認に来たんです」
「あらそうだったの……もしかして、その子達かしら?」
すると、レントだけでなく、メルトもその恩人の関係者だと思ったようだ。
「いえ、彼女もリンドブルムの冒険者ですよ。出身はこっちの国ですけど」
「あらそうなの……じゃあ、その子供が?」
「ええ。残念ながら……この子以外は誰も見つけられませんでした。幸い、リンドブルムにはそういった身寄りをなくした人間を引き取る集団の知り合いがいまして、彼らに彼女を託そうかと思い、こうして一緒に旅をしているんです」
確かに……子供の姿のレントの方がこういう時都合が良いな……。
レント、スティル、そしてハッシュのファインプレーだな。
「そうなの……貴女、お名前は?」
「……」
「私はメルトよ!」
「あはは、そうね、貴女の名前も聞いておかないとね。それで、貴女は?」
メルトの反応にお姉さんが笑う。正直、俺も笑いそうになった。
「その子、どうやらショックなことがあったのか、口が利けない状態なんです。心を閉ざしかけているといいますか……」
「そんな……いえ、そうよね……戦争は、こういう被害者も生む。そんなこと……分かっていたんだけどね」
なんだか騙して申し訳ないが、実際……レントのような子供だっているのかもしれない。
いや……もし、シレントとしての虐殺を目撃した人間や、俺が殺した兵士に家族がいたら、同じような状況になっていても不思議ではないのだ。
……知らん。そんなことは知らん。戦争に加担したなら全て覚悟の上のはずだ。
俺は、絶対に、誰にも謝らないし、後悔なんてしない。
一人、勝手に独善的な決意をする。
「それで、どうしてここに?」
「ああ、今晩はここで泊まって、明日リンドブルムに移動する希望者の馬車の護衛に参加するんですよ」
「あら奇遇ね? その希望者ってあれよ? 貴方がお世話になったキャラバン、ピジョン商会のこっちの本部で働いている従業員の一部とその家族なのよ?」
「え? それは本当に奇遇ですね……実はあれからも、ピジョン商会さんとは懇意にしてもらっているんですよ」
「なるほどねぇ。上手く立ち回っているみたいね? じゃあ、明日からの護衛任務もよろしく頼むわね」
そういって、お姉さんはギルドの奥へ引っ込んでいってしまった。
いやはや……本当懐かしいな。
「セイムの知り合いだったのかしら?」
「そうだね、冒険者にしてくれた受付さんだよ」
「へー! あの人、もの凄く強いわね! たぶん私より!」
「へ?」
え? マジで?
「気配で分かるわ。凄いわねー……あんな人がいるなら、このギルドは安泰ね」
……マジかよ。そういうレベルの猛者だったのかよ……試験の時は思いっきり手加減してくれていたんだろうな……。
そうして、懐かしい再会を果たしたところで、俺達はギルドの休憩スペースで旅の疲れを取るのであった。