第百三十二話
「ふむふむ……」
『野咲イチゴの果実酒』
『独自に品種改良した木の実を度数の高い穀物由来の酒に漬けたもの』
『高糖度とアルコールにより雑菌の繁殖が抑えられている為飲用可』
『ワイルドベリー酒の一種である“アルコール度数48”』
『落命アジサイの薬用酒』
『非常に毒性が高い花の未成熟種と花弁を穀物由来の酒に漬け込んだもの』
『高糖度とアルコールに加え浄化作用のある薬が配合されている為飲用可』
『極めて高い解毒効果とか解呪効果を持つ一種の霊薬“アルコール度数45”』
『天来のゲッツェの神命酒』
『荳贋ス埼嚴螻、縺ョ譫懷ョを蒼天の雫と朱海の涙と共に神酒に漬け込んだもの』
『#$%'を逸脱した結果危険と判断された為封――』
『飲用不可飲用不可飲用不可飲用不可のむなのむなさわるなふれるなみるな』
『触るな』
『触るな』
『戻せ』
『見るな』
「!? っなんだこれ!?」
「なになに!? どうしたの急に」
酒棚の瓶を一つ一つ【観察眼】で調べて回っていた時だった。
ひと際美しく、同時に鎖で厳重に封のされていた瓶を調べると……かつて、俺が人工ダンジョン『リンドブルムの巣窟』の最深部で戦った、謎の施設で培養されていたヒトガタと似たような、歪な説明文が表示された。
「メルト……この瓶、なんだか分かる?」
「え? これ、ここの棚にあったの?」
「そう、この棚の一番下、ここに置いてあったんだ」
「……そこは一か所だけ空いていたはずよ? 本当にそこにあったの?」
「え……いや、確かにここにあったよ。もしかして……見えないようにされていたのか」
「そんな……私ずっと住んでいたのに知らなかったわ……昔から『子供は飲んじゃ駄目な大人のシロップだから、メルトは触っちゃダメだよ』って言われていたから……」
「なるほど、ならあまりこの棚には近づかなかったんだね」
「うん。それで、その凄そうな瓶がどうかしたの?」
「うーん……説明しづらいけど……もしかしたらメルトのおばあちゃんって……とんでもない偉人だったのかなって思ったんだよ」
話を濁しておこう。もしかしたら、メルトのおばあさんは『この世界の謎』にあと一歩で触れられるところまでいったのではないだろうか?
このダンジョンに閉じ込められた時、もしかしたら彼女は独自にダンジョンを調べ、そして俺と同じように『謎の空間』を見つけ出したのではないだろうか?
このお酒は、なんだかそんな経緯で誕生したような、そんな気がする。完全なる勘だけど。
もしかしたら、ダンジョンマスターを倒す以外の方法でここを抜けるつもりだったのかも。
「そうよー、おばあちゃんは大天才なのよ! きっともう二〇年若かったら、この大陸を統一してたかもってよく言っていたわ!」
「ははは、案外笑い話じゃなく本当にそうなっていたかもしれないなぁ」
そんな思い出を笑いながら語るメルト。
実際、能力も高く知識も人並み以上の種族である銀狐族なら、その気になれば国を興すことだって出来たのかもしれないな……。
「ところで、持っていくお酒、決まった?」
「全部持って行こうか。調べた限り、どれも悪くなっていなかったよ」
「おー! じゃあ帰ったらタンサンスイだっけ? あれで割って味見してみましょう!」
すっかり、帰宅時の寂しそうな気配が彼女から消えていた。
センチメンタルな雰囲気は、どうやらこの果実酒への好奇心で上書きされたようだった。
「もう夕方になっちゃったねー? うーん……里の方は明日行こっか」
「了解。じゃあ晩御飯作ろうか」
「分かった! じゃあどうしよう、私の家だけどシズマにお願いして良いかしら?」
「よしきた。俺はセイラの次に料理が上手だからね、任せておいてよ」
しっかりとスキルが成長していますので、是非ともご賞味ください。
体力 5581
筋力 1901
魔力 136
精神力 671
俊敏力 1755
【成長率 最高 完全反映】
【銀狐の加護】
【観察眼】
【初級付与魔法】
【生存本能】
【高速移動】
【投擲】
【美食家】
【リズムステップ】
【神の導き】 ←New
【初級攻撃魔法】 ←New
【初級回復魔法】 ←New
【初級夜天魔法】 ←New
【演奏Lv3】
【料理Lv4】
【細工Lv1】
【裁縫Lv1】
【剣術Lv7】 ←ランクUP
【弓術Lv1】
【格闘Lv1】 ←New
【狩人の心得Lv1】
【学者の心得Lv1】
【盗賊の心得Lv1】
【剣士の心得Lv5】←ランクUP
【戦士の心得Lv8】←ランクUP
【傭兵の心得Lv2】
【舞踏の心得Lv5】←ランクUP
【聖者の心得Lv2】←New
【凶拳の心得Lv1】←New
【魔術の心得Lv2】←New
【星術の心得Lv1】←New
『融合可能項目習得』
『融合実行しますか?』
「なんか出た……」
「なになに? 何が出たの? 虫? 私、虫よけのお薬撒いておいたのになー」
「あ、違う違う、こっちの話」
「そう? 何か考え中なのね? 今のうちにお台所の道具、出しておくね」
「あ、うん。お願いするよ」
これはあれか、過剰に増えたスキルをまとめてくれるのか。
それで、得られる効果が変わる可能性もあるが……好奇心には逆らえない。
俺は、メニューに表示されている見慣れない選択肢の『実行』を選ぶ。
すると――
【神眼】
【初級万能魔法】
【ウォリアーズハイ】
【食繋者】
職業毎に憶えるパッシブスキルの一部が融合し、初めて見る名前のスキルが表示されていた。
これは……この世界がやったことなのか? それともゲームのデータが全て反映された結果、未実装の何かがこうして現れたのか?
ダンジョンコアが俺のメニュー画面に新しい機能を追加したのだろうか……?
『ブースト可能なプログラムを発見』とか言っていたからな……その影響かもしれない。
【神眼】(観察眼+神の導き)
『人や物の情報を読み取ることが可能』
『また周囲の地形情報を正確に読み取ることが可能となる』
『また敵対者の身体に攻撃可能な弱点を新たに複数表示させる』
【初級万能魔法】(初級付与魔法+初級攻撃魔法+初級回復魔法+初級夜天魔法)
『全系統魔法の一部を使うことが可能となる』
【ウォリアーズハイ】(高速移動+投擲+リズムステップ)
『戦う意思に呼応して全ての動作が高速化し身体能力が向上する』
【食繋者】(美食家+生存本能)
『食事をすると6時間のリジェネ効果に加えスタミナ消費がなくなる』
『また空腹でない限り10分に一度死の淵から蘇ることが可能』
『デメリットとして食事の量が最低1キロ必要となる』
「すげえ……一部にデメリットあるけど……」
絶妙に、合成前よりも一部の効果が強くなっていた。
【神眼】の効果は弱点付与か……これは大きいな。
そして【美食家】と【生存本能】が合成されるとは思わなかった。
これ、シレントじゃなくて俺でも一〇分に一度は死を無効化出来るようになったってことか。
……最低一キロ食べる必要あるらしいけど、水で重さをかさ増し出来そうだな。
「よし、終わった! メルト、晩御飯何食べたい? 食材ならいっぱい持ってきてるからなんでも作れるよ」
「え! なら私……あれが食べたいわ! 前に野営で言ってた『シズマの住んでいた国で子供も大人も好きな料理』っていうの!」
メルトのリクエストは、以前野営中に焚火を眺めていた時、ふと思い出し、思わず口にしてしまったことでメルトが興味を持った『カレー』のことだ。
いやぁ……林間学校で作った時のことをついつい思い出してしまって。
この世界にも一応、米の原種みたいなのはあるっぽいけど、かなり希少なものらしい。
なので、今回はパンで食べよう。
「よし、じゃあ……スパイスの調合頑張るか」
大丈夫、セイラの時に沢山この世界のスパイスは買ってあるので、それを配合すればカレー粉は作れます。
流石は【料理Lv4】だ。ちゃんと何が必要なのか知識として知っている。
だが、ここはあえて――
「メルトって、乳鉢とか薬を粉にする道具って持ってるかい?」
「あ、持ってるよ。あとおばあちゃんの部屋にもゴリゴリってする奴あるから、持ってくるね」
すると、メルトが『薬研』と呼ばれる道具によく似たものを持ってきた。
ズシンと、重さを感じさせるそれがテーブルに置かれる。
「何か粉にするのね? 私がやろうか?」
「そうだね、メルトの方が慣れてるだろうし、お願いしようかな」
今回はあえてメルトに料理の手伝いをお願いする。
なので、彼女の前にカレー粉に必要なホールスパイス等を並べていく。
こうしてみるとかなりの種類があるな……今回はちょっと多めの一九種類だ。
「わ、多いわね! なになに、お薬でも作るの?」
「いやいや、この配合でとても美味しい料理の材料、スパイスが出来るんだよ」
「へー! あ、この葉っぱ知ってる。他にも錬金術で見たことあるのが混じっているわね? あ、唐辛子! 他には……植物の実とか種を乾燥したものに、ハーブね?」
「ちょっと大変かもだけど、お願いするよ」
そうして、俺はその間に他の材料の下ごしらえをしておく。
今回はルゥを作る欧風カレーではなく、野菜と一緒に煮込んで作るインドカレー風だ。
いやぁ、凄いな。手順が頭に浮かんでくる……これが【料理Lv4】の力……!
完成したインドカレーもどき。
今回は牛を使ったので、インド人にとっては背徳のカレー。
「大変よ……これは人を惑わせる料理に違いないわ……粉にしている間も良い香りだったけど……あの配合の粉を火で炒ると、本当に大変な香りになっていたもの……!」
「ね? 美味しいでしょこれ」
「美味しすぎるわ! どうしてこんなに美味しい配合を考えられたのかしら、シズマの世界の人は! きっと天才錬金術師が考えたに違いないわ!」
「…………」
我ながらこれは美味しい……! 付け合わせはただの丸パンだけど、十分に美味しい。
メルトはもうさっきから丸パンをカレーに浸しては食べ浸しては食べを繰り返し、物言わないレントは、黙々と料理を口に運んでいた。
そうか、普通にご飯は食べるのか……指示を出さなくても生理行動は自分の判断で行うのかな?
「さっきの黄色い粉、きっと高く売れると思うわ! ああいうのって薬師ギルドに持ち込むのかしら? それとも料理人ギルドかしら?」
「料理人ギルドじゃないかな? 今度セイラの姿で持ち込んでみるよ。ついでにお米について情報が得られないか聞いてみるよ」
「お米……パスタの実のことね? どこの国で育ってるのか分かるといいねー」
楽しい団らんの時間が過ぎていく。
この家に、新しい思い出が一つ増えてくれたらいいな……そう、思った。
夕食後、食器を片付け終え、収納すべきものを収納したところで、今晩の寝床について相談する。
「夜はレントちゃんと私、一緒に寝るね?」
「お願いするよ」
「……」
「……レント、メルトと寝てくれるかい?」
何故か、メルトと寝るという話になった瞬間、レントがこちらに寄って来た。
シズマの姿でいると、やはりキャラクターは一種の忠誠心が働くのだろうか?
お願いすると、しぶしぶといった様子でメルトの隣に移動するレント。
「シズマはどうしよう? おばあちゃんの部屋って私の部屋から遠いから、怖くない? 大丈夫?」
「だから子供じゃありません。大丈夫だから、こう見えてもメルトより年上だから」
「えー?」
背も勝ってるでしょうに……!
そんなに童顔かねぇ、俺。
翌朝、ベッドで目覚めると、部屋の外から良い香りがしてきていた。
身支度を済ませて外に出ると――
「おはようシズマ。朝ごはんは私が作ってあげるね」
「おはよう。なんだか良い匂いがするね? 何を作ってるんだい?」
「昨日、森で採ったキノコを焼いて、パスタと絡めたやつ! 私も少しは料理を覚えたのよ? 乾燥したパスタも自分で茹でられるし、どのキノコが合うのか分かってるんだから」
「おー、やるなぁメルト」
出されたのは、どことなくペペロンチーノにも似たキノコのパスタだった。
ずんぐりとした大きなキノコがスライスされ、こんがりと焼かれてトッピングされており、初めて嗅ぐキノコの良い香りがする。
「ん! 美味しい……メルト、このキノコ凄く美味しいね。パスタに凄く合うよ」
「ね! もっと美味しい食べ方があるかもしれないから、今度何か作ってくれる?」
「ああ、勿論」
『レッドポルチ茸』
『非常に高級な食用キノコであり通常種のポルチ茸の一〇倍の価値がある』
『火を通すことで歯応えが増し芳醇な香りと共に特有の味を流出させる』
『汁を飲用する料理や水分の少ない料理に向いている』
思わず【神眼】発動。
リンドブルムに戻る時はセイムの姿になるので、今のうちに情報だけでも探っておこう。
……しっかし随分と高級なキノコなんだな……。
「メルトメルト。このキノコ、帰りながら採れるだけ採って行こうか」
「そうねー。これリンドブルムに売ってないからね。ほとんどどこの森固有種だもん」
朝食を終え、再びこの家を後にするメルト。
里の様子を見た後はそのまま森を出る為、この家に戻ることはしばらくないだろう。
そのことに気が付いたのか、メルトは玄関で立ち止まり、じっくりと家の中を見渡していた。
「前にこの家を出る時は、大急ぎで飛び出したの。だからこんな風に見渡すのって不思議な感じよ。大急ぎで荷物を詰め込んで……魔法で保護して、走って森を抜けて。もし、途中でダンジョンマスターの気配が戻ってきたらどうしようって、すっごくハラハラしていたわ」
「そっか。じゃあ『いってきます』も言えなかったんだね」
「うん、そうね。じゃあ……今日はしっかり言うね」
嬉しそうに、彼女が笑う。
そして誰もいない家に向かい、彼女は元気いっぱいに――
「いってきまーす!」
そんな言葉を残し、一緒に外へ飛び出したのであった。