第百三十一話
「『ファイヤボール』」
小さな、握りこぶし大の炎が手の平から射出され、オウルベアの翼に風穴を開ける。
肉と体毛の焼ける匂いがあたりを漂う中、翼を焼かれながらもオウルべアが突進してくる。
痛みに我を忘れているのか、まるで半狂乱になっているかのような雄たけびを上げながら。
「『ミラージュステップ』」
一瞬、身体が軽くなるような感覚と共に、一歩大きく飛び跳ねるように横にステップすると、今まで自分が立っていた場所に、半透明の自分が残されていた。
瞬間無敵回避+ダメージ判定のある分身を残す魔法だ。
あまり強い魔法ではないが、魔物相手なら効果があるみたいだな。
対人では見抜かれるだろうけれど。
「グェ!?」
「おー……一瞬動きが止まるのか」
分身に突撃し、一瞬だけ身体が硬直するオウルベア。
俺は真横から、もう一度『ファイヤボール』を、今度は足に向かい打ち込む。
すると、自重を支えきれなくなり、崩れるように跪く身体にむかって――
「『アイスブレード』」
氷の細い剣を生み出し、それをブーメランのように射出する。
激しい回転と共に、氷の剣が深々と魔物の首に突き刺さり、血を溢れさせながら、地面に完全に崩れ落ち、やがてダンジョンに吸収されるように、身体が小さな光となり分解されていく。
「ふぅ……初級魔法でも結構やれるな……」
レントは着せ替え用の装備しか持っていない。なので、特別強いアクセサリーも武器も持っていないのだ。
杖があれば、もう少し魔法の威力も高められるのだが、今の威力でも十分に戦えている。
「おー! レント凄い! 凄い魔法さばきね! 強い強い!」
「はは、ありがとう。まだ基礎的な魔法しか使えないけど、これだけ種類があれば割とやれるね」
メニュー画面を開けば、しっかりとレントのステータスが表示される。
この世界にレベルという概念はなくても、レントのようなゲームのキャラクターにはレベルが存在する。
どうやら、ここまで戦闘を繰り返してきたおかげで、順調にレントも育っているらしい。
レント 魔術師/星術師
レベル 7
体力 122
筋力 13
魔力 388
精神力 198
俊敏力 113
【初級攻撃魔法】
【初級夜天魔法】
【星を思う】
【星に願う】
表示されるレントのステータスは、お世辞にも高いとは言えない。が、それでも一部ステータスは、この世界の住人を突き放す勢いで成長しているのではないだろうか。
レントは生粋の後衛アタッカーとして作っている。が、正直俺は物理で戦いたい人間なので、オートで敵に攻撃が当たる魔術師をあまりプレイしていなかったのだ。
無論、DPSによるヘイト管理や魔法の切り替えなど、魔術師は魔術師で面白い要素があるのだが。
「レント、いっぱい魔法使ったけど大丈夫? 頭痛くなったりしない?」
「ん、大丈夫だよ」
サブ職業の『星術師』は、正直弱い職業だ。だが、この職業を絡めると独自に習得するスキルが強力であり、サブに設定して初めて真価を発揮する、変わった職業だ。
【星を思う】
『日中の非戦闘時のMP自然回復速度を倍加させる』
『魔法で敵にダメージを与えた場合その数値の1%分MPを回復する』
【星に願う】
『夜間の魔法威力を30%上昇させる』
『MP消費量を1.2倍にさせるが戦闘中もMPが自然回復するようになる』
昼と夜で、異なる効果で魔法を補助してくれるパッシブスキルを習得出来るのだ。
そこまで劇的な効果ではないが、アクセサリーと似たような効果をアクセサリーなしで発動できるのは、乗算方式で計算される為数字的には非常にありがたい。
加算されるアクセサリーと組み合わせたら、その効果は計り知れないのだ。
つまりその気になれば『魔法討ち放題』にもなれるし『高火力砲台』にもなれるという訳だ。
まだまだ覚えられるスキルは存在するが、現状のレントではここが限界だ。
そうだよなぁ……もっと育てていたらよかったよなぁ。
そうして、レントでの戦闘を主軸としてメルトの家を目指し、この森を踏破していくのだった。
「なんだか凄く不思議な気分よ、私。この辺りは私が動物をよく狩ったりしていたところなの。家はもうすぐなんだ」
「おお、ついに到着するのか……!」
それから三時間程、戦いながらメルトの案内で森の中を直進していると、メルトがどこか懐かしそうに、けれども複雑そうな表情でこの場所について教えてくれた。
懐かしいと同時に……寂しく辛い生活の思い出が色濃く残る場所、なんだろうな。
「ふぅ……そろそろレントでの戦闘経験も十分積めただろうからセイムに戻るよ」
「えー! 戻っちゃうのー? レントちゃんもっと抱っこしたいわ!」
「……それは召喚したレントで我慢してください」
「はーい」
メニューをいじりセイムに戻る。そしてそのまま、再びハウジングメニューを使い、無事に召喚可能となったレントを選ぶ。
すると、すぐに目の前に、物言わぬレントが召喚された。
……そしてすぐさまメルトに持っていかれた。
ああ……物言わぬ幼女がメルトの餌食に……!
「可愛いなーレントちゃん。今なら逃げられないし! ぎゅー」
「……」
「メルト、なんだか可哀そうだからそこまでにしてあげて」
「はーい。はい、レントちゃん手つなごう?」
無言でメルトの手を取るレント。
こちらが指示を出さなければ、採取や門番といった行動は起こさないが、簡単な指示ならこうして聞いてくれる。
なら、ある程度の知能を持っているし、自立行動も可能なのか……?
身体の中には恐らく人格が宿っているはずだが、その記憶がないとシーレは言っていた。
なら、何かの影響で人格が表に出られないということか?
「さ、行きましょう。もう少しで私の家が見えてくるから」
「了解、それじゃあ行こうか」
こころなしか、この辺りは木が少ない気がする。
メルトの活動範囲なのだとしたら、森を切り開いたりもしていたのだろう。
そうして彼女の先導の元、少しだけ歩いて進むと、森の先に拓けた場所が見えてきた。
「はー……戻ってこられたわ……見て、私の家!」
「おー……意外な程大きいね」
「うん、おばあちゃんが研究とか資料を保存するのに、沢山スペースが必要だったんだ」
ついに、メルトの家に辿り着く。
そこは、周囲を森に囲まれた、大きなログハウス風の家だった。
大きな家に、小さな家がさらに二つ連結されているような作りだ。
ここもメルトが魔法で保護していた関係か、雑草や蔦に侵食されている様子はない。
井戸や、洗濯物を干す為だろうか、太めの柱が二本、庭に設置されている。
他にも薪割り台と思われる切り株や、小さな小屋もある。
長い間、彼女が一人で過ごしてきた場所。
「……なんだかおかしいわ、嬉しいし懐かしいし、不思議な気分」
「メルト……」
玄関に向かったメルトが、扉に鍵を差し込もうとして手を止めていた。
もう片方の手で、目をこする彼女の頭を、そっと撫でる。
「おかえり、メルト」
「そうね……ただいま」
ガチャリと、鍵の開く音がする。
それはまるで、メルトが自分の中に封じてきた感情の扉をも一緒に開けたかのようだった。
家を開けると、どことなく香草や花の香が仄かに漂ってきた。
生活感は……正直あまりない。それはメルトが、生活に必要そうなものを全て、自分の収納魔導具に収納してしまい、家の中ががら空きだからなのだろう。
「はー……帰って来た帰って来た……なんにもない!」
「イスとテーブル、それと暖炉と台所しかないね」
「台所で使う道具とか全部持って行ったからねー。他にも服とかタンスごと持って行ったわ」
「なるほど」
「そうだ! 荷物はもう今の家に置いてきて余裕があるから、新しくおばあちゃんの資料とか本、持っていこうっと! あと果実酒!」
少し静かだったのも束の間、すぐにメルトは思い立ち、嬉しそうに家の奥に向かっていった。
そして何故かトコトコとついていくレント。もしや、近くに行かないとまた抱きしめられて襲われると学習したのだろうか。
「俺も行くかな」
木造の、どこか落ち着く家。
何も知らなければ、温かな印象すら受ける、そんなログハウス風の家。
辛い時間が多かったのだろう。だから、今日はここで、楽しく過ごそうと思った。
自分の家の最新の思い出を、楽しいものにしてあげたいと、そう思った。
「うーん……セイム、これって全部持って行っても良いのかしら? 悪くなっていたりしないかなぁ?」
「うん?」
家の奥、細い通路を辿り、恐らく隣接している小さい家の部分であろう場所。
どうやらここはおばあさんの研究室兼資料室の役割をしていたのか、一軒まるごと一つの部屋になっていた。
本棚が沢山並び、実験機材のようなものも幾つか残されている。
その中には、恐らく果実酒であろうガラス瓶も大量に並べられていた。
「ふむ……そうだ、こうすればいいのか」
俺は【観察眼】を発動可能な元の姿、シズマに戻る。
ついでに【初級魔術】を覚えられているか確認も出来るという訳だ。
「……やば、色々フィードバックされて少し頭痛い……」
元の姿に戻ると、若干の頭痛と共に身体がふらつき、近くにあったソファに座り一息つく。
「あ、シズマに戻った! あれ?」
「ん?」
ソファに座り休んでいると、何故かトコトコとレントが駆けよって来た。
なんだなんだ? 何も指示を出していないぞ俺は。
「……」
「おっと……」
「シズマなつかれてるわねー」
レントが、ソファの隣に腰かけてきた。
何を言う訳でもなく、ただ座るレント。
……そうだ、この状態のレントはどういう状態なのか調べられるのではないか?
俺は【観察眼】を発動させ、今のレントがどういう状況なのか調べてみる。
『レント』
『魔術師の少女と思われる存在 不完全な召喚により肉体と精神の結合に異常が存在する』
『比較的強力な個体ではあるが特定の人物の命令にしか反応しないため暴走の兆候はない』
『主であるシズマを慕う反面少なくない負の感情も溜めこんでいたが改善傾向にある』
これは……そうか、この世界の出身じゃないレントの情報は『最近のもの』しか分からないのか。
そして『不完全な召喚』という文言と『精神と肉体の結合異常』という文言……これはヒントになるな。
「なるほど……精神と肉体……か」
「なになに? 何か分かったの?」
「ん? ちょっとレントの診察してたんだ。シズマかシーレの姿になるとね、人やモノの診察が見ただけで出来るようになるんだ」
「へー!! 私は私は!?」
「ん? そうだなぁ」
確か、以前シーレが見た時は普通に尻尾や耳について書かれていたような。
『メルト』
『上位種族銀狐族の更に特殊個体の女性』
『過酷な環境に幼い頃より晒されていた為に銀狐族の持つ“環境適応能力”が異常に働いた個体』
『種族最大の特徴である“権限と特性の譲渡”を既に済ませている為以降の成長は緩やかになる』
『だが既に“物事を吸収する”という能力を極限まで鍛えている為に特性を失ってなお成長が早い』
『要注意要注意要注意』
まただ。これは、シーレが見た情報とは明らかに異なっている。
まるでそう……『世界を監視する存在の目線で語られているような文言』だ。
……メルト、いや銀狐族はどうやら、ただ希少な獣人という訳ではないみたいだな……。
「どう!? 私はどんな感じなのかしら?」
「なんか『もう前みたいにすっごく早く成長出来ないはずなのにメルトは特別頑張ったから、これから先もどんどん成長する』ってさ。よかったね、メルト」
「おー! よく分からないけど成長するのね! きっと背もおっぱ……胸も大きくなるわ!」
「ははは……」
胸って言いなおしただけ成長したのかもしれない。
そうして、俺は今度こそ本来の目的である、大量の果実酒を調べて回るのだった。
……おばあさん、相当な酒好きだったんですかね? なんか棚三つも埋まってるんですが。




